私は縁結びの神様ではありませんっ!
「こんなにカップル成立させてるなら、縁結び得意なんでしょ? お願い、うちの弟を結婚させて!」
「……はあ。でも、あの、この小説はフィクションですよ……」
私は翼の生えた美女天使様に向かって、申し訳なさそうに事実を口にした。
☆
さかのぼること十分前。←近い
私、天木美鳥は自宅でキーボードに指を滑らせていた。すごい勢いで文書が打ち込まれていく。
ちょっと前なら、作成してるのは生徒に配るためのプリントのはずだった。私の職業その1は小学校の先生だからだ。
……ただし、正規雇いじゃない。臨時扱いだ。
つまり、産休代理である。
うちの都道府県の小学校の先生は現在常勤講師に空きがない。常勤は無理だけど産休に入る先生がいるから、その間だけ代打バッターなら雇う、というわけで働いていたわけだ。それが先日終わってしまった。
大学を卒業してから二年、もうずっとこの状態。産休代理で食いつないでいる状況である。毎年常勤に空きがでてもわずかな数で、そこは当然もっと優秀な人に持ってかれてしまう。
非常勤の口すらない時は、普通にそこらへんでアルバイトだ。最近は人手不足のあおりで時給がアップしてるから助かる。
それでもとても一人暮らししていけなくて、いまだに実家暮らしだ。そろそろ家族から向けられる視線が痛い。
親には「結婚すれば」って言われるけど、ごめん、相手がいません。婚活しても、こんな収入の安定しない女性はまず候補から外されるだろう。
親も考えが古い。女は永久就職して専業主婦になっちゃえばいいとか。今時は夫婦共働き家庭が多いのよ。
そう反論すると、「ならもう先生なんてあきらめて、他の職種に就きなさい」と言われる。
……分かってるよ。でも、あきらめきれないのよ。
小さい頃からの夢だった小学校の先生。せめてあともう一年、と悪あがきして現在に至る。
だけどこの前また、常勤になれませんでした。
「……はあぁ」
ため息しか出ない。
いけないいけない。
どんより沈んだこの気持ちを晴らすべく、ストレス発散に私が2年前始めたことは小説を書くことだった。
現実逃避ともいう。
書いたのは女性向けの王道シンデレラストーリーだった。現実から逃げたくて、二次元の中だけでもハッピーな気分になりたくて、気づけば一本さくっと書きあげていた。
そうなると人間わいてくるのは、誰かにこれを見てもらいたいという欲求。そこで私は小説投稿サイトにのっけてみた。
最初はあまり見てもらえなかった。閲覧者数も少なく、評価もつかなかった。
それでも別によかった。しょせんは私の自己満足だし、元はといえばストレス発散。その目的は達成したのだからよしとしよう、とプラスに考えた。
そうやって気ままに次の作品、次の、と書いていたら、ある日メールが届いた。某出版社から、マンガに使ってもいいかという話だった。
二つ返事で受けたのは言うまでもない。
正直、最初は詐欺かと思ったけどね。本当だったよ。実際雑誌に掲載されるまで信じられなかったわ。
原稿料振り込まれるまでマジで詐欺を疑ってました、はい。
その後もいくつか使ってもらってる。でもまるきりそのままマンガになるわけではなく、色々変えられていることが多い。
マンガになる工程で私が関わることはない。すべて漫画家さんと担当さんが好きに変更し、作っている。描くのは漫画家さんなのだから、その人の描きやすいように変えていいと言ったらそうなった。今では使われたことすら、見本誌が届いて初めて知るというありさまだ。
無断使用というわけじゃない。一応担当さんから「時期は不明だけど使いたいんで、よそに渡さないでください」と連絡があるから。ようするに取り置きだ。
私は多作だから、一本だけじゃなくまとめて取り置きされる。その中から必要に応じてマンガに使われるんだ。いつ使うのか、何ていう漫画家さんが描くのかはまったくの不明。
これまで五人ほど担当さんが変わったが、事前に「○月号に○○先生で載ります」と教えてくれた担当さんは一人きりだ。あとは全員事後承諾。
見本誌ちゃんと送ってくれるだけマシと思うのは、一回マジで無断使用されたことがあるから。
ところで原作者はみんなこんな感じなんだろうか。他の原作者を知らないから謎。
そもそも、私はその雑誌に描いてる漫画家さんに一人も会ったことがない。描いてくれた漫画家さんにすら会ったことがないくらいだ。毎回違うけど。せめて描いてくれた漫画家さんには会って、サインもらいたいのは人の性かと思うんですけど?
……は話を戻そう。
そういうわけで、今日も新しいネタをパソコンに打ち込んでいた。
すると、メールが届いたのに気付いた。小説投稿サイトに連絡先として登録してあるアドレスに。
件名は「仕事の依頼」とあった。
担当さんなら別の専用アドレスを教えてあるはず。おかしいな、と思いつつもクリックした次の瞬間。
パソコンの画面が光に包まれた。
「ええ?!」
しまった、ウイルスか!
とっさに考えた。
開くと作動するウイルス仕込んだメール。いたずらに備えて、使えなくなってもいいフリーメールを登録しておいたのが役に立ったか。いやでもこれは、パソコン自体に影響が。
電源やケーブル全部ひっこぬこうとした。ら、その手をつかまれた。
って、誰に?
つかんでるのは、画面から出てきた手。
……え。
「えええええええ?!」
仰天して叫ぶ。
お、お化け?! でもあの有名な凶霊が出てくるのはテレビじゃなかったっけ? それに私呪いのビデオ見てないし! まず今時ビデオってないよね!
硬直したのがまずかった。
私はそのままパソコンの中に引き込まれてしまったのだ。
☆
目を開けると、そこは不思議な空間だった。
白が基調の西洋風の建物の中。まるでお城の中みたいだ。礼拝堂みたいな、荘厳な空間。
ロココ調だかバロック調だか知らないけど、中世ヨーロッパの礼拝堂。ただし十字架はなく、代わりに神様らしい石像が置かれている。ギリシャ神話の女神像に似ていた。
キリスト教系の建物なのに、神像はギリシャ系なのかぁ。
そんなことを考えること自体、混乱がまだ続いてたんだろう。
日本にこんなごちゃまぜの建物あったんだ。まぁ、日本じゃ色んな宗教がごたまぜになってるのはよくあることか。ところでここはどこだろう。
ああ、パソコンに吸い込まれたんだった。じゃあ、その中か。
ほほー、最近のコンピュータウイルスはすごいなぁ。こんなこともできるのかあ。
とのんびりコメント。
……してる場合じゃない。
「ここどこ?!」
叫んで跳ね起きようとしたら、腕をつかまれたままなのに気づいた。それどころか、両手をがしっと握られた。
「よく来てくれたわね!」
……はい?
私は声の主をまじまじと見た。
スーパーモデルかと見まがうばかりの美女。金の長いストレートヘアに緑色の瞳。すらっとした八頭身のナイスバディはうらやましい限りだ。おお、腰がくびれてる。ウエスト細い!
透き通るような肌はシミ一つない。UVケアどうやってるのか、ぜひ教えてもらいたいところだ。
格好はといえば、白のドレス。清楚・清純というのがぴったりの、高そうなドレスだ。どこの高級ブランドだろう。
頭には金のティアラと輪っかがついている。
……輪っか。浮いてる。
ああ、細いワイヤ―でティアラとつながってるのね。
まじまじと見たら、細工なんてないのが分かった。本当に浮いている。
さらに美女の背中には羽があった。
真っ白い、天使の羽。
ほお……天使のコスプレですか。すごいね、本格的。気合入ってますね。
「え……と、あなたは?」
とまどいながらもきく。
美女はにっこり笑って、
「初めまして、わたしはアイリス。アンジェ族の女王よ」
「……はい?」
さらに凝った設定ですね。
アンジェ=天使ですか。はあ、確かにそんなコスプレですね。
羽と輪っかついてるし、飛んでるし……。
「―――って飛んでる?!」
目を疑った。
美女は10センチくらい宙に浮いていたのだ。
さらに言うなら、私も。
「ううう浮いてる―――!?」
足が床についてない。美女に腕をつかまれてるせいか、私も浮かんでいた。
ワイヤーアクション?と観察しても、見当たらない。
まさか……本当に、天使ってオチ?
美女天使様は首をかしげた。動作一つがお綺麗です。
「浮いてるわよ? どこが珍しいの?」
「ふっ、普通は飛べませんよ! 羽もないし!」
美女は落ち着いたものだった。
「あら、そうなの? ふうん、世界が違うとそんなこともあるのねえ」
「世界が違う?」
天使は私を窓の方に連れて行き、床に下ろした。
「ようこそ、我が世界へ」
私はただ口をぽかんと開け、間抜け面するしかなかった。
眼下に広がるは大空。きれいな青い空のあちこちには雲と建物が浮かんでいる。
アレだ、天空の城的な。
山も飛んでて、川から水がはるか下に流れ落ちている。
この下どうなってんの? 陸地あるの? 遠すぎて見えない。
遠くには丸い虹がかかっていた。虹が丸いなんてありえない。
「えー……これはあれですかね。飛ぶ力を持つ青い石によって、天空に城を作った的な」
滅びの呪文唱えたら崩壊するのかしら。人がゴミのうんぬん。ロボットの兵隊どこ?
「なにを言ってるのか分からないけど、私達は羽を持ち、飛ぶことのできる種族なのよ。だから空に住んでるんだけど?」
すみません、脳の処理能力オーバーしてます。
混乱した頭でも、さすがにここが別世界だってことは理解できた。
「……私、パソコンで作業してたはずなんだけど……。まさかインターネット、つまり電脳空間が異世界につながってたとか、そういう設定?」
「ねっと? 知らないけど、ここは我が一族の礼拝堂よ。時折神様からのお告げがあるの。一方的に声が聞こえてくるだけなんだけどね。最近はその声が一つに限られてて、しかもとってもいい内容で。それを書き留めたのがこれよ!」
ドン!と出されたのは紙の本。
そのタイトルは。
「ぎゃあああああああああ?!」
思わず悲鳴をあげてしまった。
私が書いたやつじゃないかー!
マンガに使われたたことはあっても、実は私の文章は小説として紙書籍化されていない。そこまでする価値はないってことだろう。現にそのままマンガ化されたのは一つくらいだ。あとは全部変えられている。
それでも文句言ったことはない。だから足元見られてるのかな?
コミックスが出ても、印税はもらえない。
耳を疑うよね。事実です。漫画家さんはもらえてるのかもしれないけど、私には一銭も入らない。取り置き時に手付料的な、あと雑誌掲載時に使用料として一定の金額が払われておしまいだ。
印税に関しては交渉したんだけど、取り置き時のお金が「ネタ買い取り料」という意味になるので印税なしですと言われてしまった。
マンガが声優さんの声つきで音声化された時も、お金はもらってない。
さすがにこの時は「そんなら代わりにアフレコ現場見学させてください!」って頼んだら、「もう終わってます」だってさ。
事後報告かい!
原稿料だって、見本誌送られてきて使ったことに気づくから連絡とって請求書送って、振り込まれるんだし。それも最初は安かった。相場は知らないが、金額を人に言うと100%安いと言われる。印税くれるなら分かるけど、くれないのにその金額?ってね。
最近は値上げしてくれたよ。研修期間が終わった後のバイトみたいだな。
―――って、そんなこと言ってる場合じゃない。
とにかく何が言いたいかというと、私の話はマンガに使われても、小説として書籍化はされていない。理由は品質。
そんなもんを目の前に突きつけられてみろ。作者としては絶叫するわ!
ていうかプリントアウトすんな!
「あ、これだけじゃないわよ。まだ他にもあるわ」
ごろごろ出された。
色んな意味で死ぬ。
ショックのあまり魂抜けかけてる私に、美女天使はグイグイ迫ってくる。
「すごいわね、こんなにたくさんカップル成立させてるなんて。尊敬するわ。敬意をこめて、先生とお呼びしてもいいかしら?」
「……は?」
確かに職業その1は小学校の先生ですが、
「いいわよね! こちらは教えを乞う身だし。それで仲人のプロたるあなたにお願いがあるの」
ん?
私は眉をひそめた。
何か言ってることがおかしい。
私はカップル成立に寄与したことはない。プロどころか、現実には彼氏いない歴=年齢という壮絶な経歴だ。
平凡で特に取柄もなく、収入も不安定な私がモテるわけがないのだ。
とはいえ、彼氏はほしい年。誰かいい人いたら紹介してくれません?
「お願い、縁結びの神様! うちの弟を結婚させて!」
「…………」
私は無言で天使を見返した。
パニックが一周して冷静になってきた。
聞き間違いかな。いや、間違いじゃない。美女がらんらんとした、期待に満ち溢れた目で見てる。
―――……えーと……。
必死に脳みそ振り絞って考えた。
この人、お話を本当のことだと思ってる?
どういう勘違いだ。
口の端をひきつらせる。
ネットの小説投稿サイトに載ってるライトノベルなんて、フィクションに決まってるじゃないか。
そんなの誰だって知って……。
―――ああ、そうか。この人はインターネット上で見たんじゃない。どういう理屈か知らないけど、電脳空間と異世界がつながっていて、アップロードされたデータが音声化され、流れてきたと。
しかもそこは礼拝堂だった。そこで神のお告げと間違われてしまったんだ。
そりゃ礼拝堂で不思議な声が聞こえてきたら、お告げって思われるよね。
内容が内容だけに、私はカップル成立を生業にしてる縁結びの神様だと勘違いされてしまった。経緯は不明だが弟に困ってる姉はなんとかしたくて、神様を召喚したらしい。
話は分かった。分かりました。
だけど物質化したものを作者につきつけるのはやめて――!
色んな意味でプルプルしてる私は、精神力をかき集めて舌を動かした。
「……はあ。でも、あの、この小説はフィクションですよ……。登場する人物・団体は架空のものであり、実在のものとは関係ありません」
「えっ?」
今度は天使が固まる番だった。
しばーらくフリーズする。
「……小説?」
「はい」
「小説ってなんだっけ」
「物語です。お話。作り物の創作です。本当にあったことじゃありません」
「え、お話なの? 創作なの?」
「そうですよ。この物語はフィクションです」
「ええええええ―――?!」
美女はこれでもかというほどのけぞった。
「うっそー! 縁結びの神様じゃないの?!」
「違います。ただの人間です。たぶんこの礼拝堂とこっちの世界がつながってたんですね。書かれた話がデータ化される時、どういうわけか音になって聞こえてきたんでしょう」
推測だけどおそらく事実を説明した。
美女がガックリうなだれる。
「そんなあぁぁぁ……」
「ま、勘違いは誰にでもあることですし」
私は励ました。
「誤解がとけたんでしたら、帰してもらえますか? 作業途中なので」
「……いいえ」
ぐりんっと顔を上げた美女にまた手をつかまれた。
「作り話でもここまで大量に考えられるのはすごい! 面白かったもの、私、ファンになっちゃった!」
「……ありがとうございます……?」
困惑気味に返した。
というのも、私はただの原作者だからだ。アンケート結果が良くても悪くても、教えてもらったことさえない。
反響も知らないから、初めてのことでとまどうしかなかった。
もちろん読者からのお便りなんてもらったことがない。漫画家さんはもらうだろうけど、原作者に送る読者は少ないだろう。どんなにがんばって話を作っても、前面に出るのは漫画家さんで、評価もあちらのもの。
―――私、いる意味ある?
何度も思ったことがある。
脳みそを雑巾みたく絞りに絞ってひねり出したアイデアが雑誌掲載時アンケート一位をとっても、教えてもらえない。ファンがついても漫画家さんにだけ。面白かった、よかったと言ってもらえるのは漫画家さんであり、私ではない。
……だから、素直にうれしかった。
ヤバい、涙が出そうだ。
「……ありがとうございます」
もう一度言った。
ぎゅっと手を握り返す。
美女はにっこり笑った。
「きっかけは勘違いだったけど、いいの。こんなすてきな話を考えられる人なら、きっと力になってくれる。改めてお願い、うちの弟をどうになするのに協力してほしいの!」
「弟さん……ですか?」
目をぱちくり。
ええと、美女が女王だって自己紹介してたってことは、女王様の弟にあたる。この場合、王子様でいいのかな?
「そう。私の弟がどうにか結婚相手を見つけられるよう、力を貸してほしいのよ!」
「………………」
沈黙。
いやいやいやいや。
オイオイオイオイ。
「……えー、王子様ですよね? 王族ですよね? そんな方の結婚相手探しに、異世界人の庶民がお役に立てると思います?」
「もうあらゆる人に頼んだのよ。使用人に至るまでお願いしたわ。でも全滅」
どんだけまずい王子なの?!
そりゃ神頼みもしたくなるだろうよ。
「あなたなら逆に常識も物の考え方も違う分、新しい視点で問題点を指摘してくれそうだし」
「なるほど。一応伺いますが……その王子様はどんな方なんです? そこまで難しい方なんですか?」
「えっと……」
女王が言いよどんだ。目が泳いでる。
「……百聞は一見に如かずね」
ぐいと腕をひかれた。そのまま窓から外へ飛び出す。
「うぎゃあああああああああ?!」
乙女らしからぬ悲鳴をあげてしまったのは見逃してもらいたい。
高度ウン千mの空を、私は連行された。
あ、王子登場までいかなかった……。
次章で。
経緯は違いますが、私がマンガ原作やってるというわけで、買い取りシステムとか原稿料とかは実話です。多作なのも私自身の話ですね。
毎回何か意図して書いてて、『勇者の嫁』は伏線とミスリード、『魔王の母』は主人公がハイテンションで『サロンウィッチ』で伏線回収と後日談、『乳母やります』は育児コメディー。今回は『異世界結婚相談所』といかに似せず、ヒーローをどれだけおバカで変人にできるか、です。どうなんだその意図?