4話
「さて……。いよいよ今日が『成功者倶楽部』の記念すべき初活動日だね」
どこか緊張した面持ちの藤さん。
整備委員会室に集まったいつもの4人。
藤 絢子、斎藤大介、石川ヨシマロ、そして僕、佐渡琉飯。
毎週木曜の放課後は本来であれば、委員会の活動日であり、
整備委員の僕らは要請のあった部室の美化活動や修繕業務をいそいそと行っている。
要請がない日は各々、委員会室で無為な時間を過ごしていた。
僕は漫画を読んでいたし、大介は机に突っ伏して寝ていた。
ヨシマロは腕を組んで瞑想?にふけっているか、竹刀を弄っているし(ヨシマロは剣道部だ)、藤さんはいつも窓の外をぼーっと見ていた。
だが、今日は「いつもの」木曜日ではなかった。
「俺なりに研究し、準備は進めてきたつもりだ」
ヨシマロは仰々しい様子で古風な風呂敷から分厚い本を次々と取り出した。
彼女欲しいしか言っていなかった男とは思えない謎の熱意だ。
だが、出てきた立派な自己啓発本の一部は「モテるために!」のような枕詞が付いたイカガワシイものもあったのは残念である。
「すごいね……。大介君と琉飯君はどう?」
「俺はどうかなぁ。何をすればいいのかイマイチ分からなくてな。実は対して何かをやったわけではない」
大介は両手を頭の後ろで組んだまま、答える。
「僕はそこそこ考えてきたつもり」
「OK」
藤さんがヨシマロの持ってきた本を何冊か手に取り、パラパラ本を捲る。
「私も結構自己啓発の本は読んできたつもり。色んな細かい技術を教えてくれる本もあったし、考え方を教えてくれる本もある。その中でね、私がいいなぁって思った本には共通することが書いてあった」
「何?」
「なりたい自分を強く! イメージできるかどうかが一番大切ってこと」
「うん、僕もそう思う」
まさしく僕が考えてきたことと同じだった。
自分のなりたい成功者を本気で考え、イメージできるかどうかが成功のカギだ。
「みんな、私がみんなにこの前宣言した言葉覚えている?」
「あぁ、あの恥ずかしい奴な」
鼻で笑う大介に少し顔をしかめた藤さんは軽く咳払いをし、
「私! 藤 絢子は高校卒業までに誰もが認める美女になり、彼氏を作り、そして一流の大学に進学します! その為に、自分磨きに対するどんな苦労も厭わず、目標を達成するために努力することをここに誓います!」
また叫びやがった。
「それって暗記科目なのか?」
「覚えたよ! そりゃ、覚えたよ! ただの妄想で終わらせない為に。幸せな将来を、未来の私をしっかりとイメージしてその為に頑張るって、自分に言い聞かせるために! その為に宣誓文を考えた。
なりたい理想の自分をしっかりと常にイメージするために毎晩10回宣誓文を私は叫んでる」
「そりゃすごいな」
大介の言葉だが、僕も思わず頷いてしまった。
「理想の己を心の中で明確に描けるか……。そして、それを信じられるかどうかが大切。
そういうことか」
神妙な面持ちで呟くヨシマロにどういうことだと言ってやりたい衝動が生まれたが、まぁ、そういうことだろう。
ヨシマロの言う通りだ。
「で、君たちはどんな成功者になりたいの? 大介君は?」
大介はもじゃもじゃの髪を掻きむしる。
「そうだなぁ。俺はシンプルに男らしい男になりてぇな。
クールで何事にも動じない……強い男になりてぇ」
具体性の欠片もないが、何となく云わんとすることは伝わる。
大介はハードボイルドな映画が好きだし、髭やタバコに異様な執着を持っている。
(勿論、今は髭もないし、タバコも吸っていない)
「いいんじゃない? ヨシマロ君は?」
「俺も少し大介と被るのだが、本当の侍になりたい。鉄のように、固く、鋭く、闇をも切り裂く刃のような心と身体に」
「な、なるほど」
僕にも、おそらく藤さんも大介も理解できなかっただろう。
「琉飯君は?」
6つの瞳が僕に向けられる。
「そ、そうだな。僕は一言でいうとスタイリッシュでカッコいい男になりたい。見た目もよく、女性には優しく、でもユーモアも併せ持って、やる時にはやる――そんな男になりたい」
ツッコミ役不在の僕らの会話。
『何をクラスの脱落者が絵空事をほざいているんだ』
僕らのこの会話をもしクラスの勝者である彼らが聞いたら、そう思うことだろう。
いいんだ、今はそれで。
言わせておいてやる。
だが、僕らは変わる。
成功者になる。