1話
「こんなはずじゃないんだよなぁ」
「は?」
後夜祭も終わり、数時間前までの騒がしさが嘘だったように静まった校舎内。
その一室の整備委員会室。
肉体的にも精神的にも疲れ切った僕たち男3人は言葉なく、
机に突っ伏していた。
紅一点の藤 絢子は一人、窓からグラウンドを虚ろな目で見降ろしている。
委員会の連中は誰もがこういう時に口を開かないので、僕が彼女の相手をすることになる。
おさげ頭の後ろ姿に僕は言葉を投げかける。
「なんだよ、急に」
「私達こんな敗者の人生じゃ駄目だと思う」
なんか悪いものでも食ったのだろうか、この根暗女。
しかも、勝手に僕たちも敗者呼ばわりとは。
否定はしないけど。
こちらを振り返った藤さんの黒ぶちメガネの奥が冷たく光る。
「文化祭は準備の雑用に追われ、文化祭中は委員会室で引きこもり。後夜祭後は片付けの雑用。――おかしくない?」
「おかしい……とは思いたい」
悲しいかな、ここだけは藤さんと同意見だった。
おそらくは黙っている2人も同じだろう。
くじ引きでやらされることになった整備委員会はただの美化委員で、雑用に追われる日々。
高校生活、一大イベントであるはずの文化祭も代わり映えのしない委員会の面子といつもと同じような雑用。
当然満足も納得もしていない。
「でもさ、別にまだ敗者の人生って決まったわけじゃないだろう。僕たちはまだ高校生。子供だ。これから、大学行って社会に出て、まだまだチャンスはあるはずだ」
藤さんに言った言葉なのか、自分自身に言った言葉なのか、無理して明るく発した僕の声は静寂に溶けていった。
「負けたとは俺も思っていない」
しばらく続いた沈黙を斎藤大介が破る。
「じゃあ、勝っている?」
冷たい藤さんの一言に大介は黙ってもじゃもじゃの天然パーマを掻きむしる。
「俺は彼女が欲しい」
一応女子がいるにも関わらず空気の読めないことを言ってしまうのが石川ヨシマロ。
さらさらとした黒髪が特徴で美形だが、発言が浮世離れしていて、時に気持ち悪い。
「私達はこれまでの人生負け続け。きっとこのままだとこれから先もずっと負け続ける」
妙な説得力があった。
否定はしたい。でも、できない。
きっとそうなるだろうという確信に似た恐怖。
僕は無意識に俯いてしまう。
「佐渡琉飯君!」
耳の傍で叫ばれたかのような衝撃で思わず、顔を上げる。
佐渡琉飯、僕の名だ。
「斎藤大介君! 石川ヨシマロ君!」
大介もヨシマロも椅子から跳ね上がり、驚く。
僕ら3人の視線が自身に集中しているのを確認した藤さんは緊張しているのか、
顔を赤らめている。
そして、息を吸い込み叫んだ。
「私! 藤 絢子は高校卒業までに誰もが認める美女になり、彼氏を作り、そして一流の大学に進学します! その為に、自分磨きに対するどんな苦労も厭わず、目標を達成するために努力することをここに誓います!」
普段から大声を出すことに慣れていないのだろう。声は裏返り、叫んだ後は肩で息をしていた。
僕らはそんな彼女を理解できない「なにか」を見るかのように唖然としてまじまじと見つめることしかできない。
それもそうだろう。単なる同じ委員会の同級生が急に訳が分からないことを叫びだしたのだ。
僕として見たら恐怖でしかない。
それでもこのメンバーでこういう時に言葉を発せることができるのは残念ながら僕しかいない。
「えっと、急にどうしたの?」
「私は絶対に成功する! そう決めたの」
藤さんはカバンをゴソゴソ漁り、1冊の分厚い本を取り出した。
「この本を読んで私は確信した。強い強い意志の力があれば必ず願望は達成するってね。私達はこれまでずっと口だけだった。強い意志を持たずに、口だけは達者で人の悪口ばっかり。でも、自分たちは何も行動しない。
そんな自分から卒業しようって。そう決めたの」
突っ込みどころは満載だ。
冷静になれ、そう言ってあげるのが本当の優しさなのだと思う。
恥ずかしながら、まだ僕は子供なのだろう。もう少し冷静なら引いた目で彼女を見れたはずだった。
だけど何故か感動に似た感情が芽生えていた。
「僕も……成功したい」
気づいたら変なことを口走っていた。
大介もヨシマロもぎょっとして視線を僕に向ける。
「でしょ! そうでしょ! 成功したいよね、君たちも!」
藤さんは笑うと目を細め、人懐っこいキツネのようになる。
「そりゃあ、まぁ。成功したくないって言ったら嘘になるよな」
「彼女が欲しい」
大介とヨシマロの言葉を聞き、満足そうに藤さんは微笑んだ。
「決まりだね!」
「何が?」
「一人だけの意志の力じゃ成功はできない。私達は互いに互いを高めあう仲間になろう!」
その言葉が『成功者倶楽部』結成の産声となった。