Episode:09
「いいかげんにして。採血だったら後でして、凍らせて送るから。
それにあたし、採血しにここへ来たわけじゃないの」
早々に会話を打ち切って引き上げようとする。
けど。
「――よく見るとなんだ、その格好は? ずいぶんな安物を着ているな」
「ファールゾンっ!」
さすがのあたしも、思わず怒鳴りつけた。
彼に悪気がないのは分かっている。研究ばかりで世間の常識をまったく知らないだけだ。
でも、言っていいことと悪いことがある。
ただ当のファールゾンは、なにを怒鳴られたかさえ分かっていない。
「だってそうだろう? グレイスともあろうものが、そんなそのあたりで売っていそうなものなど。
こっちへ戻ればひとつも不自由はしなくてすむのに、君の考えていることがわからないよ」
「……ファールゾン=ゼニア?」
あたしの声が、刃を含む。
「ん? なんだ、怖い顔をして?」
次の瞬間、あたしは動いていた。強烈な左の回し蹴りを食らって、あたしより大柄な彼が吹っ飛ぶ。
イマドが口笛を吹いた。
それを後ろに聞きながら、お腹をかかえて転がったままの彼に、あたしは歩み寄る。
「早く帰ってもらえる?」
これ以上、みんなに嫌な思いをさせたくない。
「帰ってくれないなら、あたしも考える」
「うぐ……いやだから、君にはそれは、ふさわしくないと……」
あたしはもう一歩進み出た。
「何も分かってないのに、何が言いたいの?
それよりこれ以上みんなに嫌な思いさせるなら、容赦できないわ。今ここであたしが何をしても――どこからも文句は出ないのよ?」
この恫喝に、ファールゾンの顔から血の気が引いた。
実際、いまあたしが口にしたことを実行しても、本当に文句は出ない。そのことは彼も知っている。
「分かったなら、少しは慎んで。
――だれか、ファールゾンを連れていってくれる?」
少し離れたところで成り行きを見ていた家の者に声をかけると、彼らは慌てて走り寄ってきて彼を連れていった。
それを見届けて、みんなの方へ振り返る。
「あの、ごめんね。うちのが、なんかヘンなこと……」
許してもらえるとは思えないけど、ともかく謝った。