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Pseudo World  作者: 織田 伊央華
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第3章「遭難」

第3章「遭難」

2054・10・23 金曜日 09:02 旧東京都世田谷区 弦巻中学校


 サイドインダストリアル社製強化アーマーSDE‐34Sに身を包む少女レイラ・スプラグドルは目の前の状況に、ただ立ち尽くしていた。黒を基調とした攻撃力重視の強化アーマー越しにも自分が震えているのがわかる。レイラの目の前には、とても17歳の少女が見るようなものではない光景が広がっていた。

 一言で言い表すなら真っ赤な絨毯。血液の海だった。床に転がるレイラの仲間たちは津美と胴体が分裂しており、その眼は見開かれ恐怖の色を映している。

 レイラは考えた。なぜ、このような状況になったのか。 

 気付いたのは数分前。隊長に指示され、武装の最終確認するために弾薬などを学校の入り口付近に設置されている簡易型の小型保管倉庫に取りに行った。隊を離れたその数分後、この状況に陥った。

 ゴーグルにこの場に表示されている仲間の数は自分を含め6人。全員だ。

「な・・・なん・・で?」

 自然とレイラの瞳が揺れる。その時突然背後で物音が聞こえた。

 仲間?いや、違う。生きているのは自分だけだ。なら、後ろにいるのは?もちろん敵だ。しかも仲間を、家族を殺した憎い敵。 

 そう思った時にはレイラはすでに銃口を背後の敵に向け、引き金を引いてた。

 手首に感じる強烈な反動。銃口から放たれた銃弾は、敵に命中する。しかし、その弾が敵を倒すことはなかった。

「し、まったっ!」

 気付いた時には次の行動に移っていた。

 自分が持っていた武装はすべてペイント弾に換装されていた。それを証明するかのように視界の端に捉える敵の姿は、ピンク色の発光塗料に輝いていた。しかし、捉えたのはそれだけではなかった。

「フォートオーク?」

 レイラの声が上ずる。

 フォートオーク。15年前の事件時に最も多く確認されたオークのなかに司令官と思しき強力なオークが複数確認された。通常のオークよりもはるかに優れた頭脳を持ち、筋力や俊敏さなどではオークを凌駕する。最初に確認されたのがイタリア。その後、ルーマニア、ケニア、エストニアと複数の国で確認されているが、生体の把握はされていない。その理由と言うのが数が少ないというのもあるが、個体として強力であるため捕獲、もしくは討伐された数が数体しかいないとの事実故だった。

 そんな強力なオークがなぜこんなところに。泣きたくなるような最悪の状況の中レイラは走る。後ろから追ってくる気配はない。安心。いや、安心できない。使える武器が非殺傷能力しかない武装だけのこの状況では楽観視はできない。

 だが、とレイラは階段を複数同時に飛び降りながら考える。

 仲間は弱点とされる首の部分を正確に切断されていた。正確に。では、と思考を巡らせる。敵には我々の強化アーマーを破るほどの武器をもっていないのではないか、と。元々オークの持つ剣やナタなどの刃物から身を守るために強化アーマーが開発された。その過程で防弾や耐衝撃の構造はもちろん防刃能力も最新モデルとなれば相当なものだ。実際レイラが来ているこの強化アーマーも国際基準のトリプルAクラスに準ずる防刃性能を持っている。これは音速で接近するナイフなどが数千回同じ場所を攻撃しても破れないものである。

 では、と考える。敵に接近してナイフで首筋を攻撃すれば、撃破可能ではないのか。

 いや、敵が単体とは限らない。実際に確認できたのは先ほどの一体のみ。では、強化アーマーによって通常の人間の何倍かの膂力はあるものの非武装に近い現状ではリスクが高すぎる。第一、なぜ無線がつながらない?

 レイラは先ほどからつながらない本部との通信にイライラしながらも駆ける足のスピードは落とさない。

 なら最善の策は?レイラは考える。

「日本かロシアとの合流ね」

 口に出した時にはすでに体が動いていた。


 大通りに出たレイラは奇跡的に、なのかオークと接触せずにいた。たった数百メートルほどしか走っていないのに全身からは大量の汗が噴き出している。

「おそらく日本はこの駅で網を張るわね」

 ゴーグルに表示させたマップを確認したレイラは短く呟く。そして腰のジョイントからナイフを取り出すと右手に握る。

「視界は最悪、状況も最悪。場合によっては日本やロシアからも攻撃されるわね」

 短くついたため息にはすでに疲れがにじみだしている。だらしがない、と自分に鞭を打ちながらレイラは再び走り出した。目指すは、

「世田谷駅ね」


 しばらく走っているレイラの視線の端に緑のつるが巻き付いた錆びた信号機が映る。ここも酷かったのね。そう内心で呟きながらレイラは駆ける。道路に放置された自動車や荷物等、当時の惨状を彷彿させる風景はレイラの記憶を疼かせる。

 徐々に霧は濃さを増す一方、レイラは大通りに出た。国道三号線、15年前までは1日数万台近くが行きかう大通りだった。しかし、今現在は車はおろか人ひとり確認できない。

 そんな大通りに出たレイラはスピードはそのままに、駅へと向かう。駅方面に向けて角を左に回った瞬間、発砲音がしたあと、いきなり目の前が真っ白になった。

「こ、これは」

これは知っている。閃光弾、フラッシュグレネードと言われる視界を奪うための道具だ。

距離が少しあったのか早めに元に戻った視界で確認できたのはピンク色の死体、否ペイント弾によってピンク色に染まったオークだった。

「これは・・・」

現状にとまどいを見せていると数メートルしかない視界の先からライフルを下げた少年と少女が出てきた。

「なんでオークがいるんだよ・・・」 

少年はそう言うと血の付いたナイフをライフルの先から取り外すと腰のジョイントに戻す。

「カオル君、この人アメリカの人じゃない?」

レイラの姿に先に気付いた少女が隣の少年に言う。

「日本語、通じるのか?」

 その言葉にレイラは眉をひそめる。

「日本語くらい理解できるわよっ」

 レイラの口からでた流暢な日本語に驚く二人をよそにレイラは足元に転がるピンク色に染まるオークに視線を向ける。

「ところで、こいつどうやって倒したの?」

 そう言うレイラは二人に顔を向ける。

「どうって・・・」

「えー、閃光弾で悶えてるオークを前からストックでどついて・・・」

 少し驚きつつも、そうと一言言ったレイラは短く息を吐く。

「で、武器も持たずにここに来たってことは非常事態だと受け取っていいの?」

 拳銃をホルスターに直しながらカオルと呼んだ少女が一歩踏み出す。

「え、ええ。私の部隊は・・・」

 その瞬間に先ほどの光景が脳裏に蘇る。

「・・・全滅したのね」

 レイラの表情からその先をくみ取った少女が言葉を続けた。

「ええ・・その場でフォートオークも確認したわ」

 その言葉にその場の空気が凍る。

「ユウキ、ユリ、アヤネ、作戦中止。すぐに合流して、緊急事態よ」

 素早く反応した少女はインカムで仲間に呼びかける。

「とりあえずは行動を共にしよう。日本支部所属の轟木 薫だ、よろしく」

 仲間と連絡を取る少女を横目にカオルと呼ばれた少年がレイラに手を差し出した。

「レイラ・スプラグドル、本部訓練部隊所属よ」

 そう言ってレイラはカオルの手を握る。強化アーマー越しに感じるカオルの手の感触に少し安心したのか、なぜかホッとしている自分の心境に少し困惑しながらもレイラは少女に自ら手を差し出した。

「よろしく」

 短く発せられたレイラの声は同じく握り返したユズキの声と比べ少し震えていた。



「んで、いつまでここで待機していればいいんだよ」

 そう愚痴をこぼすのは駅前の花壇に腰を下ろし、退屈そうに荷物を抱えているユウキだった。天に高く上がった太陽が額から薄く汗を流させる。

「本部と連絡が取れない以上、下手に動くわけにはいかんのや。そんくらい脳筋のあんたでもわかるやろ」

 ため息交じりにユウキを窘めるユリの顔にも少し疲労の影が見える。

「さて、この状況をもう一度整理するぞ」

 そう切り出したのはカオルだった。

「まず、この弦巻中学校付近に出現したオーク。これはレイラによってフォートオークと断定、数は1だが他にも複数いると思われる。そして次に通常のオークだが、先ほどのオークを軽く調べてみたが軽装で、どう見ても小隊かそれ以上の規模の隊からはみ出したのか、斥候か、と言うのが妥当な判断だと思う」

 カオルは一度息を吐くと、再び吸い込んだ。

「この状況で考えられるのは二つ。一つはレイラが見たフォークオークは単体行動でたまたまレイラの小隊と遭遇し、俺たちが殺したオークもまたはぐれオークだった。二つめはフォートオークとオークは同じ隊の斥候であり、近くに中隊規模の集団が潜伏している。俺は二つ目が有力だと思う」

 そこまで言ったカオルは囲む仲間の顔を見渡す。

「・・・私もカオルの意見に賛成や」

「俺も」

「私もです」

「私もよ」

「・・・・でも」

 最後にそう言ったのはレイラだった。黒い強化アーマーに身を包み、自分の腕を抱く少女は続ける。

「でも、そう考えたらこの付近は危険エリアに指定されるし、本隊の警備隊が事前調査を行っていたはずよ。まさか今日の朝に突然現れた、って言うんじゃないでしょうね」

 レイラの目は本気だった。冗談ではないと判断したカオルは口を開く。

「おそらくそうだと思う。現に本部とは連絡途絶中、原因不明の濃霧、フォートオークの出現。どれをとってもその証拠たりえるこの状況ではしょうがない・・・」

「・・・・そうね、ごめんなさい」

 そう言うレイラの顔色は一層悪く見えた。

「こういう状況だ、気にするな」

 皆の気持ちを汲んだユウキが和ませるように言う。

「じゃぁ、まずは武器の調達だ。現在の武装はほとんどが模擬戦用の装備だ。弾薬がほしい。確か博士が乗って来てたトレーラーには非常用の武装がなぜかたんまり載ってたな・・」

「じゃ、決まりや」

 そう言って立ち上がったユリは指を鳴らす。

「本部までの距離は約1キロ、ものの数分や。誰が一番早いかかけっこや」

 その声に強化アーマーをアクティブモードに移行したユウキが続く。

「そうだな、武器がない今の状況が一番危ない。早めに行動した方がいいと思うぜ」

「ああ、じゃまずは本部に向かおう」

 カオルの掛け声とともに班員とレイラは一斉に駆け出した。


2054・10・23 金曜日 09:21 旧東京都世田谷区世田谷城跡地 合同演習本部


「いったいどうなってるんだっ!」

 深い霧が漂う本部に怒号が響き渡る。

「はっ、現在調査中ですが各隊との連絡が完全に途絶。なおアメリカの隊についてはシグナルをロストしています。」

 拳を握りしめる上官に下士官が口早に状況を伝える。

「能書きはいい、早く通信を回復させろ」

 殴り棄てるようにそう伝えた上官の顔には焦りの色が見える。

「・・・まったく、なんなんだこの霧は」

「お困りのようですねー」

 多くの隊員が走り回る中、一人の男が白衣を風に揺らしながら本部に現れた。いつも通りのくたびれた服からは不思議と匂いがしない。

「あんたか」

 三笠を知っていた上官の男はため息半分で言った。

「この状況だ、下手なことはせんでくれよ」

 そう言い、再び部下に命令を飛ばし始めた男の背中を見ていた三笠の口元に笑みが浮かぶ。

「この霧、不自然だとは思いませんか?」

「なんだと?」

 三笠の一言が本部の空気を凍らせる。

「深すぎる霧に突然の通信の断絶。たぶんこの霧にはなんかの物質が混じってるんじゃないかとボクは思うんですがね」

 そう言いながら三笠は更に口を釣り上げる。

「そしてこの状況から導き出される答えは、まあ簡単じゃないですか」

 くっくっと笑いを押し殺しながら体を折る三笠に男が眉を吊り上げる。

「貴様、何がおかしい?」

「いや、失礼。すでに気付いているとは思いますよ、あなた以外の数人は」

 そう言った三笠はすっと向きを変え、去って行った。

「くーっっっつつ、全くいつもいつも口を挟みやがってあの野郎っ!」

 ガタンっと通信機を机に叩きつける男の表情は怒りにゆがんでいる。

 そんな状況の中、混乱する本部の中に突如飛び込んできた集団がいた。


「あら、2分もかからなかったんじゃない?」

「おう、短距離走の新記録達成だ」

「そやな、強化アーマー参考やけどな」

「みなさん速いですぅー」

 日本代表組である武蔵野武術学校二年三班だった。

「ちょ、み、みんな早すぎじゃない?」

 少し遅れてその場に到着したのは長い銀髪を振りまく少女だった。

「堪忍やレイラ、あんたのアーマーが機動性重視じゃないの忘れとったわ」

 そう言って両手を合わせるユリを睨んだレイラはすぐに上官の男を見つけるとそばに駆け寄り、敬礼をした。

「れ、レイラ軍曹かっ。いったいどうなっとるんだ?」

 敬礼をするレイラを見るや否や抱き着くように縋り付く。その状況に少し同様しながらもレイラは報告した。

「第二小隊は待機中にフォートオークの攻撃を受けファルカス少尉以下5名は戦死しました。私はたまたま攻撃を免れ日本の小隊と合流、本部に帰投いたしました。」

 その報告を聞いた瞬間あたりの気温が数度落ちたように感じられた。

「・・・まあ、しょうがないんじゃないかな」

 沈黙を最初に破ったのは車両に寄りかかるようにして立っている三笠だった。

「いくら強化アーマーを着てても未武装でフォート型に勝てる確率は大分低いからね。ましてや不意打ち、となるとなおさらだ」

 三笠はその場に崩れ落ちるように座る男を一瞥するとカオル向きなおった。

「さて、この現状をどうするかね?」

 意味深な三笠の発言に少しうつむいたカオルはふうっと息を吐く。

「この現状を理解した上で、俺に聞くのか?」

 先ほどと変わり、違った雰囲気を纏ったカオルがつぶやく。

「まあ、状況が状況だ。君もそろそろ本名を明かしたらどうだ?」

 三笠の言葉に周りが鎮まる中、カオルの深いため息が漏れる。

「しょうがない、か」

 そう言ったカオルは背筋を伸ばすと表情を変えた。

「元博多エリア陸上自衛隊第109師団第一大隊所属玖剣薫(くつるぎ かおる)大尉だ」

 その場にいた者たちの驚きの声が聞こえる。

109師団。陸上自衛隊の中でも特殊部隊と呼ばれる師団。陸上自衛隊とは名ばかりで海上、航空ともにこの部隊に所属している。最新の装備を与えられたこの部隊は激戦区である東京エリアと博多エリアに駐屯しており、錬度の高さはアメリカの特殊部隊に匹敵するといわれている。

「おいおい、なんでそんなエリートがウチの学校なんかにいるんだよ」

 さすがに知っていたらしいユウキは半分呆れた声で言う。

「その件に関してはこの戦闘が終了してから教えるよ。んじゃ、状況の確認だ」

 そう言うとカオルは携帯端末を取り出した。

「三笠、敵の規模と位置は特定できたか?」

「もちろん、僕を誰だと思っているんだ?」

「これか・・」

 三笠をスルーしたカオルは表示される画像に舌打ちをする。

「・・・見えるだけでも2000はいるな・・・」

 片手サイズの端末に表示されたのは衛星写真だった。雲の切れ間から見える黒い集団は廃ビルの隙間を覆うように進んでいる。

「トロルもおるなぁ」

 端で見ていたユリも少し緊張の色を漂わせている。

「・・・よし、場所は把握した。装備は三笠に言ってくれ」

 端末を直したカオルは立ち上がると腰のジョイントからペイント弾を外す。

「おいおい、そんなこと言ったってすぐに用意できると・・」

 眉を吊り上げ、文句をこぼす三笠をカオルの言葉が一蹴する。

「何のためにそんなでかいトレーラーできたんだ?」

 カオルの言葉の後には三笠のため息だけが残っていた。



2054・10・23 金曜日 10:50

 しんと静まり返るコンクリートジャングル東京。この姿を15年前の人々は想像できただろうか。粉々に砕けたガラスは地面に散らばり、手入れを行けていないビルのコンクリートは所々にひびが入っている。そんなビル群がひしめき合う中にカオルたち三班はいた。

『そろそろ先遣隊がオークと接敵する時間だ。アヤネ、見えるか?』

 無線越しにカオルの声がアヤネの聴覚にダイレクトに聞こえてくる。骨伝導型のインカムはやはり慣れない。アヤネはそう思う。うつぶせで寝ころぶむき出しのコンクリートが冷たく、また心地よい。

 10階建ての建設途中のマンションの屋上にアヤネはいた。自分の身長の二倍はあろうかという長大なライフルのスコープを覗いている。バレットM82、バレット社が開発した対戦車ライフルだ。

『捉えました。先頭はやはりレーグ集団です。後続にオークの槍部隊が見えます』

 アヤネは震える自分の声がカオルに届かないように、と祈った。先ほどからスコープ越しに見えるオークの大集団で体の芯から震えている。

『了解した。レーグはこちらで処理する。アヤネは落ち着いてトロルだけを撃破してくれ。あとはこっちで片付ける』

『了解』

 なんか頼もしいなー、とアヤネは思った。大尉なんて言い出した時は驚いちゃったけど、以前までのカオルくんと比べてたのもしくなったな。

 そう思うと今まで早鐘のようになっていた鼓動が徐々に落ち着いていく。

「まずは一発」

 そう呟いたアヤネは再びスコープを覗きこむ。大丈夫、落ち着いてる。私の弾は当たる。

 その瞬間、アヤネはトリガーを引いた。連動して薬室の12.7ミリの対戦車ライフル団の炸薬が破裂するように爆発した。

 銃口から大音量の発射音と共に弾が飛び出す。そして一瞬遅れて強烈な反動がアヤネの小さい体を揺らした。

『ナイスショット』

 無線越しにユウキの声が聞こえる。自動で排莢される巨大な薬きょうが乾いた金属音を響かせ地面に転がる。スコープで覗き込み、先ほどの敵を確認する。

 視線の先の標的、先頭のトロルが丁度膝をつき、地面に倒れるところだった。

『約一キロ先からのヘッドショット、さすがアヤネルや』

 そう、地面に倒れるトロルには頭部と呼ぶものがなかった。いや、吹き飛んでいた。分厚い装甲を貫通させるために改良され、巨大化した弾頭は強大な威力を持っていた。

『・・・次、行きます』

 撃破を確認したアヤネは次の標的へと照準を定め、トリガーを引いた。


「にしてもよく当たるなぁー」

 アヤネの位置から約一キロほど離れた場所でユリがつぶやいた。視線の先には4体目のトロルが倒れ、足元のオークを潰している。

「いい腕だ」

 短く呟いたカオルは首からかけるライフルのセーフティを解除する。

「そろそろ来るわよ」

 いろんなものが散乱する店の中に潜んでいた全員に緊張の空気が流れる。

「表に出たら乱戦だ。まあ、出たとこ勝負だがいきてかるぞ」

「「おうっ」」

 その掛け声と同時に全員が店の外に飛び出していった。



2054・10・23 金曜日 第二東京都皇居

「いよいよ始まりましたか・・・・」

 静かな空間に小鳥のさえずりが聞こえ、庭の細い川からは水が涼しげな音を立てながら流れている。その空間にまるで溶け込むように縁側に座る少女がいた。

 薄手の着物を羽織り、つややかな長い黒髪は後ろで結っている。

「・・・どうやらそのようですな」

 そう答えるのは少女の後ろで正座をし、薄く瞳を閉じている初老だ。袖を通す黒の袴は皴の一つもなく、背筋を伸ばす初老を若く見せている。

 すると、しばらく外の庭を眺めていた少女が口を開いた。

「・・・・ねえ、酒井さん」

「なんでしょう」

「出かける支度をしてください。本庁に赴きます」

「かしこまりました」

 短く返事をした初老は音もなく襖の陰に消えた。

 黒く、雨雲に覆われた空を少女の青い瞳が見つめる。人形のような少女の横顔にはいつもよりも真剣な表情が浮かんでいる。

「これで、よかったのでしょうか・・・」

 そう呟く少女の顔には一層曇りがさす。


「ご用意できました」

 酒井という初老が部屋に戻ってくるまでの数分間、少女の表情が変わることはなかった。



 キリがない。

 カオルは悪態をついていた。

 足元には弾が切れたライフルと拳銃が空の薬莢と共に散乱しており、その上には絶命したオークが倒れている。

 オークの黒い体液を体の所々に浴びていたカオルはその腐臭のような匂いに顔をしかめ、舌打ちをする。

 第一波、レーグ集団を倒したカオルたちは間髪入れずに第二波である本隊と激突していた。様々な防具で身を固めたオークたちの雄叫びが耳に取りついて離れない。

「はっ、はっ、」

 口から出た吐息は荒さを増している。

 数分前から乱戦模様を呈していた現状では通信はおろか、仲間の生存確認すら満足に行えていない。ユズキたちは大丈夫だろうか。

 そう考えながらカオルは両手に握る日本の刀をそれぞれの標的に突き刺す。

 LPA社製高周波ブレードの改良版であるカオルの刀は、一秒間に3600回という振動を繰り返し、刀につくオークの体液を蒸発させて白い煙を上げている。

 飛び出してきた一体の首元に逆手に持った右手の刀を差し込み、そのまま刃を返す。胴と離れ離れになった頭部を視界の端でとらえながらカオルはあたりを見渡す。

 後方には狙撃部隊をメインとした部隊が徐々に後退しながら発砲を繰り返している。聞こえる銃声の数からしても弾切れは深刻なようだ。

 カオルがいる国道の中央には、カオルを含め数人が戦闘を継続していた。しかし、見渡す限りではそのほとんどが体に負傷を負っており、赤い血でSESを濡らしている。

「やはり、多勢に無勢か・・」

 短く呟いたカオルは振り向きざまに左の刀でオークの頭を吹き飛ばした。

 しかし、とカオルは自分に言い聞かせる。今は目の前の敵を殲滅するだけだ。

 その思いに反応するようにカオルの体が反応する。視界にとらえた三体のオーク。切れ味の悪そうなナタと剣で武装したオークめがけて加速する。

 距離にして3メートル。その距離をつめるのは一瞬だった。

 低い姿勢で加速していたカオルは1メートルほど手前で足に力を入れ、跳躍する。あまりの早さに驚愕して目を開くオークの頭部とすれ違いざまに逆手の刀を高速で交差させる。数拍後、地面に着地したカオルの刀からは肉の焼ける匂いが立ち上がっている。

 そんな時、後ろから数を数えながら、元気に叫ぶユウキの声が聞こえてきた。

「さすがエリートさまってところかぁ?」

 そう叫ぶユウキには目だった外相は見られない。

「そう言うお前も元気そうじゃないか。それは、拾ったのか?」

 カオルは腹部に刺した刀を抜きながら問いかける。

「武器は現地調達ってやつさ。なあ、俺と勝負しないか?」

「勝負?」

 飛び掛かってきたオークを回し蹴りでいなしながらカオルが問う。

「そう、倒したオークの数を競う。そうだなぁ、勝った方は負けた方に好きな料理をおごらせるってのはどうだ?」

 そう答えながらユウキは膂力任せに剣を振り回す。

「乗った」

「じゃぁスタートだっ!」

 声と同時にカウントに入る。

 カオルは始めに背後に飛びついてきたオークに、顎の下から刀を突きさした。そして流れるような動作で引き抜いた右の刀で頭上から降りかかる剣を受け止める。刀から伝わる鈍い衝撃と重量が地面にまで伝わる。

 SESがあるからいいものの、通常装備じゃ受け止めることすら叶わんな。と思いながら右に受け流した剣を視界から切り離し、体を回転させ、左の刀で首の裏に斬撃をいれる。

「5っ!」

 不意に聞こえたユウキの声にカオルは舌を巻く。

 先ほどよりも速い。力任せだが、流れが見えるな。そこまで考えたカオルは思考を頭の隅まで追いやった。

 腰をかがめ、目の前のオークの脇下から刺した刀を抜きながらすでに左の刀は更に前方のオークに切っ先が到着している。

 黒の血しぶきを顔に上げながらカオルは目を開く。その光景を目の当たりにしたオークたちは表情を変えた。

 死にもの狂い、とはこういうこと言うんだな。攻撃が増した中、カオルは冷静に敵を分析していた。同時に襲い掛かる複数の刃を加速する思考の中で視界にとらえ、最短距離でよける。鼻先をかすめる剣に表情一つ変えないカオルは刀と融合していく。

 両手にある刀は自分の体の一部。そう言い聞かせ、体をさらに加速させていく。

 右の刀で足を切断し、前に倒れてくるのをすり抜ける時に首筋に一撃。そのまま確認せずに左の刀を逆手に持ち、跳躍。体を捻りながら飛びついたオークの首筋に叩きこむ。そのオークの肩を蹴って後方宙返りをしたカオルは着地と同時に二つの首を地面に落とした。

 その光景を偶然見ていたユウキはちっと舌打ちする。

「さすがエリート、格が違うなっと!」

 そう言いながらいつのまにか持っていた斧を正面のオークの頭部に叩きこむ。

 ぐしゃりとその場に崩れ落ちるオークを見ながらユウキは視界に黒い巨大な物体を捉えた。


 何体倒しただろう。二体同時に突き刺し、引き抜いた時カオルはふとそう思った。足元に転がるオークの屍の数はすでに50を超えている。その時だった。不意に視界が暗くなり、突風がカオルを襲う。

 反射的に腕を交差させ、顔を守ったカオルの視界にソレは降り立った。

 全長15メートルをゆうに超え、退化したその眼と獰猛に生えそろった牙からはだらだらとよだれが垂れている。

「・・・グリークか」

 巨大な翼竜を目の前にとらえたカオルは、驚くほど冷静だった。巻き添えを避けたのかオークが後退したため辺りにはカオルとグリークしかいない。

 ナマズのようなゴム質のような長い首をくねくねと動かしながらグリークは少しずつ地近づいてくる。

 かん高い鳴き声に顔をしかめながらもカオルは視線を逸らそうとはしなかった。

 その瞬間、カオルが仕掛ける。

 脚力で己を加速させ、グリークの懐へ。しかし、あと数メートルのところでグリークの獰猛な歯によってカオルは回避を余儀なくされる。

 いくらSESと言ってもこいつの歯には耐えられない。そう踏んだカオルは決断に迫られる。すでに視界のグリークは二度目の攻撃に移ってる。

「ちっ」

 短く舌打ちをしたカオルは右手の刀を捨てる。その瞬間その腕にグリークが噛みついた。 

 強烈な衝撃と加速に何とか意識を保ったカオルが目を開けたのは地上から数メートルほど上だった。右手を咥えられた状態のカオルの視界には驚きと叫び声を上げるユウキや、ほかの隊員の面々が見える。

 ぶら下がったカオルの瞳には笑顔が見えていた。

「どうだナマズ野郎、チタンとカーボンの味は」

 その言葉とほぼ同時にカオルが左手に持っていた高周波ブレードがグリークの首に鈍い音を立てながら突き刺さった。

 その瞬間強烈な叫び声をあげ、カオルを口から話したグリークはその場でのたうち回る。そんな敵の上に着地したカオルが容赦なく追撃をかける。羽を切断し、腹に突き刺していく。そして最後の力を振り絞った噛みつきを紙一重でよけ、首に刺さったままだった刀を回転させ、グリークの太い首を切断した。

「空で王になったくらいで地上の王者に勝てるわけがないだろうナマズ風情が」

 そう呟き、噛まれた右腕をさすりながら立ち上がったカオルにユウキが急いで近づいてくる。

「だっ、大丈夫かその腕・・?」

「みりゃわかるだろう」

 そう言って二人の視線が右腕に向けれられる。グリークの鋭利な歯によってずたずたに引き裂かれたSESの下には鈍い金属光沢が見える。

「これは・・?」

 金属製の骨格でできたカオルの右腕を見ながらユウキが尋ねる。

「義体とでも言っておこうか。チタン合金と人口筋繊維やカーボンを使い、構成された人口の腕だ」

 むき出しになった金属の腕を見せるカオルはちなみに、と続ける。

「右足、右目も義体化しててな、まあぶっちゃけ噛まれたり、切られたりは平気なんだわ、金属だから」

 そう言うと右手を接近してきていたオークに叩きこむ。

 ユウキは鈍い金属音と共に崩れ落ちるオークを見ながら顔を引きつらせる。

「パワーもSES並ってか、つくづくチートな奴だよ」

 そう呟くと斧を担ぎ直し、再び突撃していった。

「さーて、ユウキは納得してくれたけど、どうすっかな」

 そう頭を抱えながら再び刀を握りなおしたカオルはユウキの背中を追った。



2054・10・23 金曜日 第二東京都 都庁 第一大会議場 11:26

「いつまで不毛な言い争いを続けるおつもりですか?」

 罵声の飛び交う広い会議場に静かな、しかし透き通る声で少女が言う。

 少女の可憐な姿か、またはその後ろに控える初老の醸し出す威圧感か、議員たちは少女の声に従いそれぞれの席へと戻る。

「こ、これはこれは御剣様。お越しくださるときはせめてご連絡をと・・」

「そんな悠長な事を言っている場合ですかっ!」

腰を低く近寄ってきた男を一蹴すると少女は円卓の席に座る。

「現状の説明をお願いします」

 少女が席に腰を下ろすまで誰も口を開かない沈黙に覆われていた空間を再び少女が破る。

 はい、と少女の問いに答えたのは女性だった。皴の入ったスーツに身を通し、目の下には隈が見える。

「長澤局長、でしたね」

「はい。独立防衛局局長の長澤です。以前からご報告差し上げていたオークの集団出現が現実になりました。出現場所は特定できてはおりませんが、現在演習を行っていた民間軍事会社の職員及び、その候補生が戦闘を行っています。」

 紙の書類を片手に淡々と読み上げる長澤の表情は硬く、しかし、口調はやわらかかった。

「その信憑性は?」

 はっと言って立ち上がったのは現防衛相長官である村木(むらき) 和夫(かずお)だった。

「わが軍の情報解析官からの報告によれば事実かと」

 そう伝える村木の額には静かに汗が流れる。

「事実と分かってなお、責任の擦り付け合いを行っている場合ですか?今のままでは15年前の二の前になります。」

 そう言う少女の口調は静かに、しかし力強い。

「そうなる前にと思い、すでにわが局では対策本部を12時間前に設置しております。付近のPMC所属の傭兵にはすでに現地に向かうようにと指示をしております。それと出現付近に近い居住エリアには警察を派遣、すでに避難を開始しています」

 防衛庁の長官に視線を向けながら長澤が続ける。

「どこかの阿呆が報告を無視などしていなければ事前に対応はできていましたが、まあ後の祭りです」

 長澤の冷ややかな視線を横目で受け流した村木を少女が睨む。

「ありがとうございます、長澤局長。その人物については後から詳しく伺うことにして・・・」

 と少女は一息つく。

「現時点をもって東京エリア非常事態宣言を発令します。独立防衛局の権限を拡大、傘下に防衛相並びに民間軍事会社統括機構を組み込み、敵の排除に全力を尽くしてください」

 薄手の着物に袖を通す少女の目からは歳不相応の迫力が感じられる。


「いやいや、さすが東京エリア代表御剣咲弥(みつるぎ さくや)さまだ」

 各省の大臣たちが退いた後、部屋に残った一人の老人が少女・御剣咲弥に声を掛けた。着込んだスーツの上からでも解るほど盛り上がった筋肉で体が一回りほど大きく見えるように錯覚する。

「いえ、森山首相も言い方は失礼ですが睨みをきかせていたように思えましたが」

「滅相もない。こんな老いぼれの言う事など若い者たちにはなかなか届かなくて困っている次第ですよ」

 相変わらず食えない男だ、とサクヤは思う。一代にして築き上げた今の第二東京が衰退しながらも各国と同等かそれ以上に権力を保持しているのはこの男のおかげといえる。元々陸上自衛隊の陸将だった森山最元はその手腕を生かし、軍部から再生させ今にいたる。臨時選挙戦では自ら武器を取り、敵の殲滅を掲げた公約が人気を呼び、代表の座を勝ち取った。

「それにしてもお綺麗ですなぁー。私にも15になる孫がおりますが、いかんせん親を見て育ったためか男らしくてなりません」

 わっはっは、と大きく口を開け笑う森山をサクヤは微笑して受け流した。

「ところで森山首相、自衛隊の方はすぐにでも動かせますか?」

 頃合いを見計らい先に踏み出たのはサクヤだった。

「まあ、御存じでしょうが旧来政府軍と言うのは行動が遅いものです。以前から内部指示系統の改善を図っておりましたが、現時点でも12時間は必要かと」

 そうですか、と再び真剣な顔になるサクヤをしかし、と森山が言いとめる。

「しかし、東京湾で演習中の護衛艦を回せば・・」

 そこまで言ったサクヤの言葉を途中で制す者がいた。

「演習中の為、実弾などはそれほど積んでおりません。ですのですぐに実践というわけには、いささか時間が必要となるでしょう」

国防大臣の相良だ。もと陸上自衛隊幕僚である相良は引退しても自衛隊には強力な影響力もをっている。

「しかし、それでは世田谷で敵を足止めしている彼らを見殺しにしろとおっしゃるのですか?」

 ついにサクヤが声を荒げた。机を叩いたこぶしは微かに震えている。

「落ち着いてくださいサクヤ様。我々はそう言っているのではありません。しかし、自衛隊を動かそうにも時間がかかると申し上げているのです」

 らちが明かない。すぐにそう判断したサクヤは近くに立つ酒井を呼ぶと小さい声で言った。

「横須賀に駐屯中の米軍に協力要請を私の名前を出しても構いません」

 かしこまりました、と短く返事を返した初老はすっと後ろに下がった。その姿を横目で見送りながらサクヤはため息をつく。

 すいません、今回はあまり力になれそうにありませんカオルさん。と少女は心の中で深く謝罪の言葉を述べた。



 戦闘を開始してからどれほどの時間がたったのか。すでに手足は痺れ、SESについた黒々としたオークの血は固まりつつある。あたり一面にはオークの死体が所狭しと転がり、その中には人間の姿も時々垣間見える。

「一時撤退か」

 カオルは背中を見せ、去っていくオークたちの姿を見ながらつぶやいた。

「各員状況を報告してくれ」

 無線越しにカオルはつかれた声をかけ、放置されていた車の上に座った。

『こちら第二班。死亡四、負傷三』

『第四班、死亡二、負傷三』

 次々と上がってくる報告にカオルは深いため息をつく。

「このままじゃ、もたんな」

 そう短く呟いたとき、違う回線から連絡が入った。

『お疲れのところ済まないんだけど、米軍からの通信が入っているよ』

 通信の主は三笠だった。

「米軍?通信できたのか」

『ああ、短波無線だけどうまく横須賀の基地につながったよ』

「了解、こっちに直接繋げてくれ」

『了解、少し待ってくれ』

そこで一度途切れた通信が再開したのは第二次侵攻とほぼ同時だった。


「くっ、きりがない」

 暗い建物の中でユズキは次々と現れるオークをナイフで倒しながら悪態をついた。一〇分ほど前から再開した戦闘は先ほどよりも多くのオークが投入されていた。通りで複数人で防衛線を構築していたユズキたちは数による圧力によりすぐにその防衛線を崩され、多くの仲間を失っていた。残ったのはユズキと他の隊の隊員を含め五人。かろうじて集団からの攻撃を免れた五人はすぐに狭い室内戦闘に移り、各個撃破に取り掛かった。

 しばらくは膠着していた戦況も徐々に悪化してきている。こちらの戦力は消耗する一方で敵の戦力は不明。どれだけの数が日本に侵攻してきているのかさえも分からない状況でなぜ自分たちはこうして戦っているのだろう。ただ機械動作のように単純化していく目の前の戦闘を見ながらユズキは思った。

 すでにビルの一〇階にまで後退を余儀なくされている現状からの生存は難しい。それでもまだ自分はいいほうだ。近くで荒い息を吐く仲間はSESを装着はしているものの、ユズキたちと違い旧型のモデルだ。使用者の負荷も大きいがそろそろ継続時間が厳しくなってくる。

 そんなときふと耳に聞きなれない音が聞こえてきた。空気を切り裂くジェット音。その答えはすぐに耳に届いた。

 地面を揺らすほどの爆音と爆風がユズキたちを襲ってきた。通りに着弾したミサイルが起こす爆風は周囲のオークを蠅のように吹き飛ばし、爆炎を吹きあげた。

「あれは・・・」

『F-22戦闘機ラプター。米軍の主力戦闘機だ』

 無線越しにいきなりカオルの声が聞こえてきた。

「米軍って、通信できたの?」

『かろうじてだが、救援要請を出すことができた』

 ユズキは生き残りのオークにとどめを刺しながら安堵の声を漏らす。

「これで生きて帰れるのね」

 しかし、その声にすぐに返事は帰ってこなかった。

 しばらくして帰ってきたのは予想もしていなかったものだった。

『すまない。カオル君とその近くにいたレイラちゃんをロストした』

 声は三笠のものだった。いつもの飄々とした三笠の口調が違うことからもそれがすぐに真実だということが全身に染み渡る。

「うそ、でしょう」

 座り込むユズキの周りには荒い息を上げる隊員の姿と動きを止めたオークの屍が音もなく転がっているだけだった。



 あと二分。連絡の取れた米軍のスクランブルで戦闘機が現場に到着するまでの時間だ。それまでに攻撃目標のポイントと退避をしなければいけない。次々と襲い掛かってくるオークを蹴散らしながらでは難しい作業だ。

 カオルは両手の刀で屍の山を築きながら見通しのいい場所へと移動していた。開けた大通りに差し掛かり、カオルは決断した。

「ここなら障害物もない」

 そうつぶやくと用水路のフェンスにポインターを結び付ける。レーザー式のポインターは真っ直ぐ伸びて中央分離帯あたりを示す。

「あと1分」

 少し安心した時だった。聞きなれた銃の発砲音。とっさに向けた視線の先に彼女はいた。全身血まみれになり、着ているSESは破けその下の白い肌は赤くにじんでいる。

「レイラっ!」

 瞬時に判断を下したカオルは駆け出した。アクティブモードにSESを移行、急速に加速する体を低く保ち、さらに加速する。目の前に立ちふさがる敵は切り捨て、さらに進む。

 カオルに気づき、武器を振り上げた時にはすでに首と胴体が離れている。意識はすでにレイラの姿に集中していた。

 あと一〇メートル。カオルは己を加速させる。SESの速度ならば二秒もかからない。しかし、いま目の前には一〇体のオークが存在している。

 邪魔だ。

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 すべての動きが止まり、体が軽くなる。

 視界の中のすべての動きが遅く、ゆっくりとした時間の流れの中に存在していた。

 踏み出す一歩一歩が目に見え、レイラまでの最短距離を指し示す。カオルはそのタイタン距離を駆け抜けた。

「レイラっ!」

 かけた声がレイラに届く。振り向いたレイラの顔はすでに満身創痍という表情をしていた。意識があることを確認したのもつかの間、低い空を切る音がカオルの聴覚がとらえた。

「くっ」

 小さく呻きながらもカオルは右の刀を背中に戻し、肩をレイラにかしながら走り出した。

 用水路に飛び込めば何とか。すでに戦闘機はミサイルを発射している。時間はない。爆風を防ぐには用水路に飛び込むしかない。そう判断したカオルはSESを最大稼働値にまで上昇させ残り数メートルを駆け抜けた。地面が陥没するほどの勢いで踏み込んだカオルの足が地面を離れるのと、ミサイルが背後に着弾するのはほぼ同時だった。



「カオルとレイナをロストしたっていうのは本当ですかっ!」

 仮設本部の救護テントの下で一際大きな声が響いた。体に複数の包帯を巻いた状態のユズキは三笠を問い詰めていた。

「ミサイルの誘導にレーザーポイントが必要なのは理解できます。でもなぜその直後に消息を失ったのですか?」

 猛烈な剣幕で問い詰めるユズキをまるで暴れている馬をなだめているかのように両手で制した三笠は深いため息をつく。

「僕もそこら辺はよくわからないんだ。ただ、米軍の大規模な爆撃を最後に世田谷の大通り付近でレイラ君とカオル君をロストしたんだ。おそらく原因は爆風などによる通信装置の破損か、もしくは水中に水没しているかの二択になる」

 その説明を聞いたユズキは崩れるように地面に座る。

「爆撃地点を捜索した部隊の話によると付近には用水路があったと報告されている。あのカオル君が簡単に死ぬはずはない。おそらくはその用水路、多摩川につながっているんだが、粗衣の用水路に飛び込んだんじゃないかな」

 三笠はそう言いながら携帯端末上に地図を表示させ、ユズキに見せた。

「経過した時間から昨日の降雨の影響を計算するとおそらくこのあたりまで流されていると思われる。さっき聞いた話じゃ複数の行方不明者のために捜索隊が組織されるそうだよ。もし怪我が問題ないのであれば君も参加するといい」

 それだけ言うと三笠は去って行った。

「ひでぇな、あんな言い方しなくてもいいだろうに」

 そう言いながらあらわれたのはユウキだった。額にバンドを複数本貼っているがそれ以外には傷は見えない。それを確認したユズキは半分安堵しながらも作り笑いを浮かべた。

「敵の掃討はあらかた終了したみたいだ。まあ、ここいらに住んでた人たちにはとても見せられねえが」

 大型の爆撃機を使い、広いエリアを爆撃した米軍はすでに掃討作戦に移行している。二個師団規模の海兵隊を導入し、ほとんどのエリアをすでに制圧している。

「そう」

 ユウキから状況を聞いたユズキは小さくそう呟くと痛む体を無理やりに動かし立ち上がった。

「まだ休んでたほうが・・・」

 様子を見ていた救護班の人から止められる。しかしユズキはそれを片手で払うと装備を装着していく。

「SESを着れば捜索活動くらいはできるわ。それに人員は一人でも多いほうがいいでしょ?」

「まったく我が班のリーダーは気が強いですこと」

 そう呆れたように言ったユウキは自分の装備を点検しだした。

「まあ、おれも参加しようと思ってたことだし、ついでにユリとアヤネにも声をかけるか」

 ユウキは呟きながら拳銃を腰のホルスターになおすとテントを出ていった。一人残されたユズキはバックパックを背負うと、大きく息を吸い込み両手で頬を叩く。静かなテントの中に乾いた音が響いた。

「気持ち、切り替えなきゃ」

 そういうユズキの瞳にはすでに影はなかった。



 体が重い。体が動かない。

 何かに押しつぶされそうな圧迫感を体に感じながらカオルは不思議な空間にいた。地面はある。しかし、壁がない。というより何もない、と言うほうが正しい。薄い霧が張っているようなぼやけた空間。あたり一面何もない空間にカオルはいた。

 足元の地面は鏡張りのように、何もない曇った空とカオル自身を映し出していた。

「ここは・・・」

 一歩踏み出す。そしてまた一歩。 

 何もない空間をカオルは何かを探すかのようにただ歩いた。何分、いや何時間たっただろうか。そんなとてつもない時間を歩いたかのように感じる。

 すると突然視界を閉ざしていた霧が晴れた。

 そこはまるで静かな湖のように地面と空が境界線を分けたようにカオルの瞳には映った。そしてその先には誰かがいた。体は人のそれと変わらず、ただ顔が真っ白だった。目や耳、口などはなくまるで白いキャンバスのように誰かに描かれることを待っているような、そんな感じを受ける。

「お前は・・・」

 カオルの問いに、白い人はゆっくりと反応した。

 己の右手の人差指で自分の胸を指し、そのままその人差し指をカオルに向ける。

 その動作がカオルにはなぜか理解することができた。理由、と言われてもなぜかはっきりと答えることができない。いえるとしたら勘だ、と答えてしまうだろう。

「お前は・・・・俺?」

 言葉を話さない白い人は、なぜかそういっているように思えた。

「それはどういう・・・」

 再びの問いに、白い人はゆっくりと動く。

 人差指で頭部をつつき、そのあと心臓付近の胸を軽くにぎった拳で叩いた。

「・・・自分で考えろ、ということか?」

 しかし、その問いは帰ってくることがなかった。突然のまばゆい光。薄らいでいく白い人を見ながらカオルは徐々に意識をなくしていった。



「パパ、おにいちゃん起きたよー」

 目を開けたカオルの瞳には小さな女の子の顔が映っていた顔の所々が汚れ、とてもいい匂いとは言えない匂いが鼻につ。少女はカオルが目を覚ましたことを確認するとすぐにカオルの視界から消えた。

 目で周囲を見渡すと布の天井に布の壁。柱と言えるものは煤けた木材の切れ端で、破けたところからは青い空が見えている。

 ここは、と言いかけカオルは声が出ない自分に戸惑った。徐々に思い出す記憶の断片をつなぎ合わせていく。

 米軍の空爆直後、吹き荒れる爆風で吹き飛ばされ、用水路に落ちた。そこまでは覚えている。その時ふと思い出したようにレイラの顔が浮かんだ。

「レ・・ナ・・」

 かろうじて出た声はかすれかすれでとても聞き取れるようなものではなかった。しかし、それに反応するかのように少女が戻ってきた。上気させた頬に荒い息を吐きながら、両手ではかけたコップを握っている。少女が部屋に入るとすぐ後ろから小さな男が入ってきた。

 破けたジーンズに汚れているシャツを羽織り、かけている眼鏡には傷が多く入っている。

「目が覚めたようだね」

 やつれた顔をした中年の男がはそういうとカオルの近くに腰を降ろすと笑顔で言った。

 服装や周りの状況を冷静に観察していたカオルは一つの結論にたどり着く。

 大侵攻の際、被害を受けた企業や施設が閉館および倒産に追い込まれたことはまだ記憶に新しい。会社の突然の倒産により職を失った人数は東京の人口に近かったと報じられ、一時期はどこの路上にも浮浪者の姿が後を絶たなかった。その後、政府の政策で大型の事業がいくつも開始されその八割ほどまでは雇うことに成功した。しかし残りの二割、約二〇〇万人ほどは職に就くことができず、実家へ戻るもの職を探すものと大きく分かれ、残った人々は路上生活を行った。そこで形成されたのが巨大な難民キャンプのようなスラムだった。

 当時一万人規模のキャンプは旧東京内だけで一〇を超え、感染病などの対応に政府は追われた。数年後、政府の報道によるとキャンプはすべて解消された、とカオルは聞いていた。しかし、目の前に見えるのは間違いなくそのキャンプだった。

「はいっ」

 差し出された欠けたコップ。その中には澄んだ水が入っていた。それを見た瞬間、まるで今まで忘れていたこのようにカオルは喉が渇いた感覚に襲われた。

 ゆっくりとすべて飲み干したカオルは今さらながらに自分の体が置かれている状況を理解した。

「この子が川の橋桁に引っかかっている君達を見つけてくれたんだよ」

 自分の役目を果たしたといわんばかりに男の膝に座り笑顔を向けている少女の頭をやさしくなでながら男は話し始めた。

「私は岩下(いわした)という者です。この子は娘も同然に育てていて名前は(あい)、歳は今年で九歳になります」

 そう丁寧に自己紹介をした男はふと思い出したように腰のポケットから何かを取り出した。

「どうぞ、お返しします。発見した時にはすでに破損していて電源すら入らないようなのですが、一応あなたのものなので」

 そう言って手渡されたのは端末だった。作戦開始前に万が一の時の対策のために班長クラスの隊員に配った汎用デバイス。すでに画面は暗く、ガラス質の画面には大きく縦に亀裂が入っている。

「・・・」

 無言で破損した端末を受け取ったカオルはようやく体を起こした。そしてすぐに違和感に気づく。何か固い何かを無理やりに曲げるような不快感を感じながらも体を起こしたカオルはすぐにその正体に気づいた。

「なんだ、これは・・・」

 体に来ているSES、強化外骨格が本来の白色から大きく変色し、異様な形に変形していた。腰のジョイント部分はすべて剥がれ、代わりに骨のような角ばったポーチのような形のものがついており、腹部を覆っていた繊維状の素材は固く鎧のような形に変形している。

「SESが変形している?」

 破れていたはずの右腕部も再生している。

 すでに原型をとどめていないSESを見下ろしながらカオルは考えた。

 三笠からはまだこのSESが開発途中のプロトタイプだと聞いている。しかし、たとえ開発途中であれこのような大幅な進化、とも言える現象が起こりうるのだろうか?だが確かなことは今目の前に見えるこの異形なものは自分が来ているSESだということだ。着た時と同じようにSESのシステムが生きているのであれば生命の維持など特に支障はない、とは断言できない。

 そう考えていたときふと視界に見覚えのある姿が見えた。

「レイラっ!」

 今まで気づいていなかったがカオルのすぐ横にレイラが横たわっていた。

「彼女もあなたと同じ場所で発見しました。その様子だとお仲間のようですね」

 ああ、と短く返したカオルは痛む体を無理やり動かすとレイラの首元に手を添えた。

「脈は・・・あるな。呼吸も整っている」

 一通り確認し終わるとカオルは安心したように座りなおした。

「どうやら寝ているだけのようだな」

 怪我をしている場所に多少雑ではあるが布が巻きつけられているのを見てカオルは頭を下げた。

「すまない、世話になった」

「いや、人として当然のことをしたまでです」

 謙遜する岩下にしばらく頭を下げていると小さな手が伸びてきた。握ればつぶれてしまうほどの大きさの手は少し戸惑いを見せながらもカオルの頬に触れた。

「おにいちゃん、おなかすいてる?」

 その声と同時に藍のおなかが可愛くなった。

「そういえばそろそろご飯の時間ですね。大したもてなしはできませんが、どうぞ食べていって下さい」

 そう岩下は言うと一人立ち上がると、留守番を藍に頼み出ていった。

 しばらくの間藍のにこにことした笑顔を見ていたカオルは少しでも現状を理解するために思い切って質問をしてみることにした。

「藍、ここがどこかわかる?」

 なれていない年下、しかも子供との会話だ。

 子供は苦手だ。頭に思い浮かべながらも薫は口に出すことはない。

「んー?」

 まるまるとした瞳が返事の代わりに薫を覗き込む。その行動に笑顔で返しながらも薫は視線を巡らせた。

 先程は起きたばかりで頭が回っていなかったようだ。次々と視線に入ってくる音、匂い、光景は先ほどとは違う印象を薫に持たせる。微かに聞こえる人の声。重なる声も合わせると少なくとも数十人規模のキャンプだ。ところ破けた布から見える外には古びたビル。しかしそれほど高くないことから旧都心からは離れていることが理解できる。そこで薫は頭の中に地図を思い出す。旧東京世田谷区、戦闘区域であった田園調布のあたりで用水路に落ちた。ならばその用水路は?流れからして近くの河川に合流するはず、ならば最寄りの河川である多摩川に流れる。東京湾に向かって流されたとして、途中で発見される位置は。

 瞬時に頭の地図に検索をかけ、数秒とかからないうちに答えをはじき出す。

「旧川崎市、か」

 ぽつりと呟く薫。その姿を不思議そうに見る藍はその直後にテントに入ってきた岩下に飛びつく。

 岩下の登場で思考を一時中断させた薫は視線を上げる。すると視線の先の岩下は少し凹んだ鍋と数枚の皿を持っていた。両手に持った鍋からは気温が下がってきたからか湯気が登っている。半日以上何も口にしていないせいか匂いを嗅いだ瞬間、薫の口内いっぱいに唾液が分泌された。

 体は正直だな。そう思い、薫は軽く礼を言うと皿を受け取った。複数人で囲む食卓というのは何年ぶりだろうか。少ない光源で照らされる目前の二人。親子でもないましてや知り合いでもない彼らとの食卓。机があるわけでもなく、食卓という表現は少しばかりおかしいかと思うが、薫にとってその程度、瑣末な問題だった。

「・・・美味しいな」

 お世辞でも味がいいとは言えない料理。おそらくは配給食だろう。口に広がる薄い味は軍で食べたことのあるレーションとほぼ同等の味だった。しかし、その味以上に薫はこの時間が何よりも幸せだった。物心着く前に両親を亡くし、養成学校に入学。その後は戦闘に明け暮れたくすんだ生活に身を投じていたためこのような食事は初めてだった。

 笑顔で笑い、話し、どうでもいいような話題で盛り上がる。軍にいた頃では見たことがない、感じたことのない初めての体験を薫はした。

 夜も更け、藍の瞳が徐々にその面積をなくしてきた時間。

「おや、子供にはきつい時間帯ですね」

 ヒビの入っている腕時計に視線を落とした岩下はぼうっとしている藍を見ながら言った。その声でようやく時間がどれだけ経ったのかを理解した薫は立ち上がり、テントの外へと出る。

 そこには一面の星空が広がっていた。

「・・・綺麗だ・・・」

 言葉はそれだけしか出てこなかった。

「ここは新東京(向こう)と比べて空気が澄んでいますからね」

 藍を寝かしつけたのか、同じように岩下がテントから出てきた。

「そうか。澄んでいるだけでここまで違うとは・・」

 夜空一面の星を眺めながら薫はふと周りを見渡す。すると薫たちと同じように夜空を見上げている者が複数いた。見たところ一二歳くらいの子供を連れた家族や老夫婦などで見ている。

 その光景を見ている薫はその時気づいた。付近についているランプの光が十や二十ではないことに。

「どうですか。私たちのキャンプ、大きいでしょう?」

驚いている薫に岩下が声をかける。

「規模から言うと一〇〇組三〇〇人程度が暮らしています。私たちは元々小規模のグループだったのですが、最近こちらのグループに合流させてもらいました」

 そう話す岩下の表情は穏やかなものだった。

「なにかと最近はオークの出現数が多くなり、自衛ができない私たちのような小グループにとって食料よりもそちらのほうが死活問題でした。そんな時このグループの長、まあ皆さんは班長と呼んでいますが、その方に出会いました。どうぞ、ついてきてください」

 そう言うと岩下は歩き出した。

 月明かりに照らされ、瓦礫の転がる歩きづらい道を慣れた足取りで岩下は進んでいく。

「班長と会ったのは約ひと月前。今日のような星が溢れるような夜でした。何時も通り就寝していた私たちは突如オークの集団に襲われました。敵の数は一四。おそらくは偵察部隊でしょう。彼らは次々と襲いかかってきました。当時の私たちのグループはほとんどが子供とその家族、そして老人でまともに戦えると言える人数は五人ほどでした。必死に逃げ惑い、一人また一人と消えていく中、彼らは現れました。一瞬にしてオークを倒し、そして私たちに声をかけたのです。ついてこい、と」

 そこまで言ったとき岩下は思い出したかのように苦笑いを浮かべる。

「年下の方からの命令口調、おかしいでしょう?でも私たちはそうするしかなかった、それ以外に選択肢はなかったのです」

 岩下の後について歩くうちにグループのなかで一段と明るいテントが視界に入ってきた。

「着きました」

 やがて大きなテントの目前に着くと岩下は静かにそう言った。高さは五メートル近く、よくサーカスなどの大型のテントで用いられる構造をしたテント。その入口には屈強そうな男が二人、まるで門番のように立っていた。

「岩下です。例の件で班長にお話があります」

 門番の一人に丁寧に言った岩下は了解を得ると入口を潜った。それに続く形でテントに入った薫は驚きの声を漏らした。

 中央に立てられた大きなポール。それに釣り上げれる形で広がる幕は放射線状に伸び、円形に取り囲むように設置された小さめのポールで支え、テントとして形を成している。広さからしてテニスコート並みの広さを持つテントの中には更に複数のテントが設置されていた。

 数十人の男たちが酒や食事をしている中を悠然と進む岩下。そんな彼を見つけた男たちが向けてきたのは視線だけだった。戦場とは違った緊張を味わいながらも薫たちはテントの中央まできた。そこには一段と大きいテントが設置してある。中央ポールの真下に位置し、そのポールがテントの上から突き出る形の、まるでロシア土産のマトリョシカのようにスモールサイズのテントに岩下は外から声をかけた。

「班長、彼を連れてきました」

 数秒の沈黙、その後テントの入口が開き、一人の女性が顔を出した。茶髪の髪を後ろでまとめ、結い上げている。見た目からして二〇代の女性はどうぞ、というと薫だけを招き入れた。その行動に薫が不審そうな表情をすると岩下は笑顔で送り出した。

「君が例の少年か」

 声の主は部屋の一番奥から声をかけた。見た目からして二〇代の女性、体格は一見華奢にみえる。

「そうだが」

 短く、だが敬語は使わない。

「ほう、面白い装備をしているな。それは強化外骨格か?」

 女性の問いに驚きを得ながらも表情には出さず、薫は視線を彼女が広げている書類に向ける。

「一応、まだ秘密なんですがね。どうやら内部に協力者でもいるようだ」

 軽い駆け引き。それは視線だけで行われる。

「まあ、よかろう。私はこのグループを率いている相良 佐紀だ。皆には班長と呼ばれている」

「俺は武蔵野武術学校第二学年三班所属玖剣薫だ」

 肩に光る腕章を見せながら薫は言う。その行動を見ながら佐紀は視線を鋭くする。

「学生、それも武術学校か・・・納得はいった。だが、まあそうか、まだお互いに知らないことが多すぎる。ここで全ての情報を開示するのはよくはないな」

 独り言なのか、それとも薫に向けてなのかわからない事を言った後指をパチンと鳴らした。

 乾いた音が鳴り、数秒もたたぬうちに一人、先ほど薫を案内してくれた女性が現れる。

由比(ゆい)、こいつに武器庫を見せてやれ、しばらくは戦闘に参加してもらうことになるからな」

 佐紀の言葉に抑制の意味が込められていることを理解した薫は頷くと女性の後について外へと出た。

 テントを後にした二人は、しばらく瓦礫の合間を歩き少し広い広場に出た。元々公園だったのであろう遊具が錆、または攻撃により破壊され無残に転がっている。

「着きました」

 あたりを観察していた薫は女性の声によって視線を前に戻す。すると眼前には複数のトラックが止まっていた。ほぼ閉鎖されている旧東京都。過去にも衛星写真により辛うじて難民キャンプの姿がとられられたことがあった。しかし、ほとんどの住民が生きていくだけで精いっぱいの状態であり、トラック等の移動手段の確保は難しい状態だった。それに加え、たとえトラックを手に入れたとしても道には瓦礫が散らばり、まともに運転できる状態ではない。そんなことから自動車はないと思っていた薫の考えはかき消された。

 ブルドーザーのように車体前方に鉄製の排土板を搭載したトラック。それが五台、そして人員の輸送用であろうトラックが三台、計八台ものトラックと給油用のタンクローリー一大バギー二台バイク三台が駐車してあった。

「これは・・・」

「これは私たちが使用している輸送設備、と言っていいのかわかりませんが重要な移動手段です」

 淡々と説明する女性。その後ろからついていく薫はトラックに張り付いて警備している複数の男たちと視線が合った。

「武器はこちらです」

 そういい、案内されたのは一台のトラックの荷台だった。外見こそは普通の貨物用トラックだが車輪が通常の2倍ついており特殊車両だとわかる。

「中のものであるならばすべて使ってもらって構いません。最新ではありませんが、一世代前のものまでは用意しております。お好きなのをどうぞ」

 目の前に広がる武器の山に視線を向けながら薫は頷く。それを返事とした女性は軽く一礼するとトラックから姿を消した。

 すぐに装備の確認に入る薫。

 すでにメインウェポンを無くしており、サブウェポンも予備弾薬がウエストポーチに一つ残りはなぜか再生している強化外骨格のみが所持品のすべてだった。

 コンバットナイフをレッグホルダーにしまい、メインの選定に移る。壁にかけられた数々の武器は薫が目にしたことのあるものから、ないものまで多種多様に揃っており最終的に選んだのは以前から使い慣れているアサルトライフル・マグプルマサダの現代改修版だった。

 ライフリング、バネの状態等確認し、予備弾薬をウエストポーチに入れていく。サイドアームにはM92Fを装備し、最後に日本刀を手に取った。

「なんでこんなところに刀が・・・」

 西洋剣と違い日本刀は扱いが難しい。剣は基本的に打撃、刺突等を目的にされており、刃での殺傷は考えられていない。これは甲冑など体を防御するために身を固めた西洋と布で身軽さを取った日本との違いが見て取れる。また甲冑等の素材である鉄の採掘、生成、加工法が西洋の方が高かったということもある。なのでどちらかと言うとオークとの戦闘で日本刀を使用するのは非常に困難である。甲冑の隙間を縫うように切らなければならないからだ。

「誰が・・・・」

 使用者のことを少し考え、やめた薫は手に取った日本刀を背中の留め具で固定する。

 その時だった。

「襲撃だっ!」

 遠くから、だが確実に声が聞こえた。そしてそれに連なるような銃撃音。

「音からして、そう遠くはない」

 瞬時に判断した薫は強化アーマーをアクティブに移し、現場に向けて駆け出した。


 到着した現場にすでに沙紀の姿があった。

「状況は?」

 さっと横に寄り、声をかける。すると沙紀の表情が曇る。

「こちらの損害は不明。先遣隊がオークの偵察部隊と接触したらしい。数は少数だが、本隊とそんなに離れた場所では無かったらしい。直ぐに先遣隊との通信が途絶した。おそらくは全滅した、と見ていいだろう」

 次々と連なる現状に薫は状況を整理する。

「先遣隊の消失ポイントは?」

「・・・・ここだ」

 少し間をもって示したのは机の上に広げられた地図。今では余り見る機会がなくなった紙製だ。

「ここから一キロ南の位置。今は警備本体が準備中でまもなくそのポイントに向けて移動を開始する。お前はどうする?」

 静かな問。

 薫はその問に直ぐに返事を返した。

「まだレイラが目を覚ましていない。それに命の恩人がいるキャンプが襲われるの気分のいいものではない」

「そうか」

 短く言葉を交わした沙紀は椅子から立ち上がった。

「では、そいつらにお礼参りをしてやろうか」

 そういう沙紀の横顔は笑っているように見えた。


 夜間戦闘。

 これはオークにとっても人間にとってもあまり好まないものだった。科学料が進化した現代戦においても夜戦は基本的に行わない。ナイトビジョンを装備していたとしても昼間に比べ二割ほどは行動力が減衰する。

 そんな誰もが嫌な状況に陥っている現在の戦闘はオーク有利に運んでいた。

 警備本体がキャンプを出発する数分前から接敵していた防衛小隊はジリジリ削られながら退却を迫られていた。

「隊長っ!敵の数が多すぎます。これじゃ接近戦に持ち込まれますっ!」

「解っているっ!少しずつ下がりながら対応しろ」

 先程からライフルの発射音が拳銃の音に変わりつつある現状に、小隊長である小倉坂は焦りを覚えていた。

 オークとは2年前、このキャンプと合流してから何度も戦闘をしてきた。フォート級も倒した経験がある。だがそんな経験など、大部隊との戦闘では意味を成さない。

「これが、物量戦ってやつか?」

 小さく呟いた小倉坂の声は直ぐに銃撃音とオークの叫び声によってかき消された。


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