人の形をしたもの
僕の暮らす町ラゴ・シュタットは、周囲を山々に囲まれ、人間の領土からも離れた平和な町だ。
元は広大な湖だったらしく、地殻変動の影響で川の水が入ってこなくなり、干上がったところに町を作ったんだとか。流れ込んでこそ来なくなったが、川は今でも漁という形で町に恵みを与えてくれている。
人間の死体が上がったのは、この川でだそうで。魚を獲りに行った町の住民が発見したらしい。
あの川の上流は人間の領土じゃない、僕ら魔族のものだ。何故そこに人間の水死体が流れ着くのか?魔族軍の 認可を受けて入ってきた人間なのか?たぶん、町長さんが訊きたいのはその辺だと思うけれど。
……でも、水死体かぁ。あんまり見たくないなぁ。
軍属だった頃に、地形を利用して人間軍の一個大隊を水責めしたことあるけど、浮き上がってきた大量の水死体に部下たちが吐きまくってたな。
僕は吐く物ないから平気だったけど、やっぱり気持ちの良いものじゃなかったし。
僕の屋敷は町の外れに、役所は中心部にある。この町は中心部へ行くほど標高が低く、雨の日の役所は水没防止の結界を貼るほどだ。
迎えに来てくれたリン(フィアリンス・ラムド。二足歩行型、猫を祖先に持つ、元気で明るい女の子だ)と一緒に役所へ辿り着くと、幾らかの魔族が集まっていた。
リンが「通してー!スゥーリィー・ジムが来たから通してー!」と言えば、皆はこちらを見て、ひょいっと足だけ退かす。……うん、スライムだから狭くても大丈夫だけどね。
身体を少し細めて通れば、役所の中では牡鹿の角を持った二足歩行型の男性魔族が、その場でぐるぐる歩き回っていた。町長さんだ。
彼は僕に気づくと、凄い勢いで突進してきた。
「スゥーリィー・ジムぅぅぅぅ!!死体が、人間の死体が流れ着いたんですよぉぉ!でも不審なんです!腐敗してないし、小柄な女の子なのに異常に重さがあるしぃぃ!」
「町長さん、当たってます。角がすごく僕に刺さってる」
町長さんのご立派な角が、僕の緑の弾力ボディにブスブス刺さっていた。僕ら無形型魔族が物理無効で良かった。
にしても、腐敗してない上に重い?
腐敗に関しては運搬中に腐らないよう、防腐の術を施していた。意図的に遺棄された、もしくは死体を扱った商売で事故が起きたと考えられるけど……重いって?
「とりあえず、その水死体を見せてください。奥の部屋ですか?」
「うう……。こちらです、お願いします……」
一緒に来たリンとはここで別れて、僕は役所の奥へと通された。複数の扉がある内、以前物置にしていると聞いていた部屋に案内される。
物置にしては片付いた部屋だった。壁際に資料を保管しているのだろう棚が並ぶ中、中央には長方形型の机があった。その上に、白いシーツをかけられた塊がある。人の形をしていた。
町長さんの許可を頂いて、シーツを捲る。
小柄で可愛らしい少女だった。褐色の肌に、金色の髪は胸元までの長さ。ボロ切れ状態の白い布を纏っている以外には、何も身に付けていない。
触腕を伸ばして、身体を調べていく。なるほど、確かに腐敗してない。だけど、防腐の術も施されていない。『人間ならば』これはおかしい。で、重さが異常なわけで。
「と、いうことは。……ごめんね、失礼しまーす」
「どうしました?スゥーリィー・ジム……おぇっ!」
少女の口の中から触腕を突っ込んで体内を探っていると、案の定後ろで町長さんが嘔吐いた。彼やエルドのような二足歩行型の魔族は人間に近い体躯をしているから、なんとなく苦痛が想像できちゃうらしい。
体内に探る触腕が、ゴツゴツとした硬質な物にしか当たらない。あー、やっぱり。人間じゃないや、この娘。
「これ、自動人形ですねぇ」
「自動人形って……うえっぷ……人間の造る?」
「はい。人間そっくりに造られた、機械仕掛けの人形です」
「……え?まって、待ってくださいよ!?確か自動人形って戦闘に使われるやつでしたよね!?あばばばば……!おおお起きたら大変な事になるのではぁぁぁ!」
町長さんは一気に扉まで後退り、後頭部を打ち付けるより先に、角を思いっきりドアにぶつけた。あの角、本当に不便だなぁ。
「大丈夫、壊れてますから起動しませんよ。それにこれ、少なくとも国が戦闘用として造った物じゃなさそうですし」
「そ、そうなのですか?」
「国管理用の通し番号が刻印されてませんから。個人が作成した物ですね。体格も戦闘には向いてませんし」
僕ら魔族が知る自動人形は、大体が人間軍が所持する『量産型戦闘用』だ。人間そっくりな、けれども感情のない機械たち。僕も過去に交戦したことがある。死を恐れず突っ込んでくる上、無駄に頑丈だから手を焼かされた。
量産型戦闘用は人間軍、正確には国が生産し、管理している兵器だ。過去に捕獲したやつを思い出す。各個体の身体に管理番号が振られていたはずなんだけど、これには何処にも刻印が施されていない。
確か、金と技術さえあれば娯楽用などで自動人形を造ることは許されていたはずだ。たぶん、この個体はそれなんだろう。
最も、無害そうな外見を利用した暗殺用かもしれないけど。
しかし、気になるなぁ。どうして自動人形が流れ着いた?
外部損傷がほぼ無いし、中を弄った感じ、恐らくエネルギー変換機器の異常で停止してるだけだ。過去の戦闘で壊れた個体とは思えない。
……情報、とれるかな?
「町長さん、軍部に連絡いれておいて頂けますか?『所有者不明の自動人形を修理、管理下に置く。管理許可を求む。スゥーリィー・ジム』と」
「あ、あの?修理?修理しちゃうんですか?むしろ出来ちゃうんですか?」
「昔、捕獲した量産型を解体したことあるんで。構造は理解してます。なかなか興味深かったですよ?まぁ、直せない部分はオリジナルに造りなおしちゃえばいいですしね」
「……そ、そうですかー……」
スィーっと町長さんは僕から目を逸らした。なんで自動人形解体したこと話す度に、皆こういう反応するのかな?
人型の中身取り出して並べるのって、そんなに抵抗ある光景なの?
自動人形の口から触腕を抜き、シーツをかけなおしてやる。そのまま触腕をぐるりと巻き付けて、身体を持ち上げた。
ああ、重いなぁ。
◆
「わぁ!お若いのに魔王さんなんデスネ!凄いデス!」
「おいコラ。質問に答えろ。お前、どこの人間の所有だったんだ?何故、故障してこの付近に流れ着いた?」
「私のマスターはそちらのぷにぷにした方デスヨ?」
「いやいや、あいつどう見ても人間じゃねぇだろうが。無形型魔族だから。お前を製造したのは人間だろう。そいつらと、お前の所有権保持者のことを訊いてるんだよ」
「マスター!そちらのお手伝いしまショウカ?」
「こっちの話を聞けぇぇ!」
リビングから騒がしい声が響いてくる。僕の目の前には、破壊された玄関の扉。外側から衝撃波で壊されたそれの被害状況を、隣に立つリオネが小さなノートに控えていた。
「……スゥーリィー・ジム。やはりこれは私からも弁償させていただきます……」
「いーや、大丈夫。エルドの個体資産から差し引きでいいから。僕が許す」
「……では、もうそろそろ陛下を許していただけないでしょうか?陛下を止められなかった私にも非がありますので」
ああ、リオネは本当に良い娘だなぁ……。
午前中に預かった自動人形は、夕方近くには無事修復完了した。
思った通り、起動停止の原因は大気中のマナをエネルギーに変換する機器の異常。エネルギー変換が出来ないということは、動力源を失うに等しいわけで。その状態で起動出来るわけがない。
城の軍部倉庫になら昔解体した自動人形のパーツが保管してあるけれど、あいにく自宅にそんな物は無かった。僕お得意の術式で、エネルギー変換機器と同じ働きをする式を組んで、内部に刻んだら修理は完了。
しかし、試しに起動させてみた自動人形の第一声は
「おはようございます、マスター!とってもプニプニ魅惑の身体デスネ!気持ち良さそうなので、抱きついていいデスカ!」
……であった。
そして褐色肌の少女(全裸)に抱きつかれるスライムの図。事案発生。
どうして人型ですらない僕を主と認識できたのか疑問だけれど、それ以上に四肢を駆使して抱きつく……もとい、絡みついてくる全裸人形(事案)をどうしようかと困っていたところに、エルドとリオネが訪ねてきたのだ。リオネが居たので、きちんとベルを鳴らして。
……うん、認めよう。この直後の、僕の反応が悪かった。
困って助けが欲しいあまり、ついこう叫んじゃったんだ。「エルド、助けてーっ!」って。
結果。
エルド、僕に何かあったんだと焦って、衝撃波を発生させる術発動。扉を破壊して入ってくる。リオネ、あとに続く。
エルド、全裸人形に抱きつかれる僕を見て呆然。リオネ、「あ、これ、大して緊急事態じゃない」と気付く。
エルド、凄い速さで全裸人形を引っぺがす。リオネ、破壊された玄関を振り返って青ざめる。
エルド、全裸人形……自動人形に何やら捲したてる。リオネ、僕に対して平謝り。
まさに混沌……!
本当に、本当にエルドが術の出力を加減してて良かった。本気で行使してたら、この辺り一帯の地形が変わるところだった。よくまぁ、扉とその周辺だけで済んだものだ。
「おーい……スゥーリィー……。俺が悪かったから、もうこいつパスしていいか……」
若干疲れた顔をしたエルドが、人形の首根っこを掴んでぶら下げながらやって来た。人形は作業中に掛けてあげてたシーツに包まっていた。
彼女が小柄なのに対して、エルドは体格が良い上に身長もあるから、人形は床に足がつかずプラプラしている。「マスター!私、浮いてマス!」なんて言ってて楽しそうだ。
マイペース、かつ自分のペースを乱されるのが苦手なエルドにとって、この人形のような無邪気で奔放なタイプは相性が悪い。さぞかし疲れるだろう。知ってて投げてやったんだけどね!
「猫みたいになってるから下ろしてあげなよ。リオネ、見積もり終わった?」
「はい、細かな算出は後日となりますが」
「ありがとう。ついでに悪いけど、自動人形に服を着せてあげてくれない?町の子に貰った服、リビングに置いてあるから」
「御意」
リオネはノートを懐にしまってエルドから人形を受け取ると、服が入った包みを小脇に抱え、一番手前の客室へ入っていった。
エルドが溜息をつく。
「……で。君達、あの自動人形を回収しに来たの?」
「そのつもりだったんだがな。中は見たんだろ?どうなんだ、あの人形」
問いに対し、自動人形の中身を思い出す。懐かしい記憶にある戦闘用量産型と違い、内外ともに武装の施されていない造り。暗殺用にしても、何かしら仕込みはあるだろうけれど、あれにはそれすらなかった。
「戦闘用じゃないのは確かだね。造りが非力すぎる。皮膚装甲も薄いし」
「術士型ってわけでもないのか?」
「無いね。自動人形が術を行使する為に必要な、マナを練り上げる機関が備わっていない。あれじゃ術は使えないよ」
僕達魔族や人間は、何もせずとも自然と体内にマナを生み出し、自発的に貯蔵している。この体内マナを利用して周囲にある大気中のマナを操作し、術を行使するのだ。
このマナ操作の部分こそが術者の腕を問われる場面だけれど、自動人形は生物ではないので体内マナが存在しない。その為、大気中のマナを体内マナ代わりに貯蔵、生物の体内マナに近い性質へ変換し、それによって術の行使を可能にしている。
自動人形が動力を得る為に必要とするエネルギー変換機器も、大気中のマナを取り込む代物なので同じに見えるけど、この機器では術の行使が出来ないらしい。どうやら、マナ性質を体内マナに近いものへ変換する機能が備わっていないようだ。
技術的な問題で、ひとつの機器に複数の役割を与えられないのかもしれない。
正直、この辺りは解体しただけじゃ解析出来なかったから、いつか仕組みを勉強したいんだけど……。その為には人間と和解しなきゃいけないんだよねぇ。
エルドは僕の答えに目を伏せて思考した。
「だとしたら、娯楽用か……。この付近に流れ着くってことは、人間がわざわざこっちの領土に侵入してまで捨てたとしか思えないが……。目的がわからないな」
「どうする?軍部の管理下に置いておく?」
「いや、戦闘能力が無いなら、お前の方で預かって欲しい。オルドガイルの件があるからな。極力他に手を割きたくない」
「僕は構わないよ。どうして人間とは似ても似つかない形状の僕を主と認識できたのか調べたいし、せっかくだから色々観察してみたいしね」
「悪いな」
「いいってば。それより、オルドガイルの件はどうなったの?」
「今のところは手掛かり無しだ。追わせた部下が殺られたからな。相手の規模もわからない。引き続き警戒してくれ」
「うん、わかった。……エルド、無理はしないでね?」
「無理してるのは俺じゃなくて、部下の奴らだ。俺は平気だから心配すんな」
「……うん」
違うよエルド。肉体的な意味じゃない。精神的な、気持ちの面だよ。
それは言葉にせず、飲み込んだ。魔王という立場である以上、彼は甘えや弱音が許されない。それはエルド自身が一番よくわかっていることで。
彼が平気な素振りをしているのだ。ならば、それを尊重しなければ。僕は、何も言わず支えればいい。
……うん、それでいいんだ。
「陛下、スゥーリィー・ジム。自動人形の着替えが済みました」
扉の開く音がして、リオネが顔を出した。どこか表情が柔らかい。
「マスター!どうデスカ?似合いマスカ?」
彼女の後ろからひょっこりと自動人形が出てくる。またもや僕に抱きつきそうな勢いだったのを、リオネが肩を掴んで止めた。
白のフリル付きワンピースに、水色のカーディガン。金色の髪は左右でおさげに結んでいて、小さな白いリボンが付いていた。
質素だけれど全体的にお嬢様っぽいのは、これをくれた魔族の娘の趣味だ。思いの外可愛らしい。
「……靴はサイズが大きすぎましたので、靴紐で無理に固定している状態です。人間の足に合う物はそう無いでしょうから、気になるようでしたらオーダーメイドになりますが……」
「その辺りは大丈夫だよ。この町にオーダー受けてくれる店があるから」
二足歩行型の魔族は人間に近い体躯ではあるけれど、足は祖先の動物を模した個体が多い。
この靴は服をくれたのと同じ魔族の娘から貰った物だけど、彼女は狼を祖先とした魔族。足は狼のそれを大きくしたものだ。靴に関しては数日履ければ良いぐらいの気持ちでいただいたから、別に問題はなかった。
リオネは左手首の腕時計をちらりと見て、言った。
「……陛下、そろそろ城に戻りましょう。執務が滞っております」
「わかってるっつーの。スゥーリィー、玄関は明日にでも業者を来させるから。悪かったな」
「気にしなくて良いよ……って言いたいところだけど、お金の方は宜しくね?」
わかってるって、とエルドが笑う。彼に従うためリオネが自動人形から離れると、自由になった人形は僕に駆け寄って来た。余程この身体を気に入ったのか、またもや抱きついてくる。僕はそこそこ体積があるものだから、人形の細腕では抱えきれていない。
「…………」
エルドが再び不満顔になる。隣のリオネが視線で窘めるけれど、機嫌がじわじわ悪くなっていくのがわかった。
本当、小さい頃から僕を取られるのが嫌いだよなぁ……。
「エルド、一応これは僕を主扱いしてるし、言い聞かせればなんとかなるよ。最悪、機能停止させちゃえばいいし。だから早く帰ってお仕事しよう?」
「……お前がそう言うなら」
でも何かあったらすぐに連絡しろよ、とエルドはしつこく言って、リオネと共に庭先の転移石に触れて消えた。
後ろから抱きついている自動人形に視界を移す。
「ほら、もう離れて。君、名前はあるの?」
「名前デスカ?……データ照合、該当アリマセン」
「名前なしか。まぁ、追々考えるとしようかなぁ。こら、いい加減離れて」
「マスターぷにぷにで気持ちいいデス!」
「言うこと聞けない悪い子は、停止させちゃうよ?」
「はい、ゴメンナサイ!」
人形がパッと離れる。予想より素直に離れた人形は、屈託の無い笑みを向けてくる。
こうして、僕と自動人形の二人暮らしが始まったのである。
☆ちょこっと設定☆
術式とは何かしらの物質・物体に体内マナで式を書き、その式の設定通りのマナ消費、出力で現象を発動できる技術。
その場かつ自力でマナを練り上げなければならない魔術行使と違い、式を書き込んだ本人でなくとも、式通りの威力で発動可能な点が特徴。
人間に例えれば、才能がなくとも使い方さえ覚えてしまえば、機械の便利さを享受できるのと似たようなものである。
ちなみに『複雑な式を組む』のは、『自分の頭脳だけを頼りに精密機械を一から造る』に近い。