時を越えたサクラ
久しぶりの投稿です!
この話は台本の原作として書き下ろしたもので、短編小説となっております!
急ぎで書いたもので、駄作すぎるかもしれませんが、最後まで読んでいただければ幸いです。
僕は必ず生きて帰ります。そしたら、僕とー。
これは七十年前の僕と君との約束。
私が住むこの町には桜並木があり、桜が満開になるとたくさんの人が集まる。特に、樹齢百年を迎えた大きなしだれ桜。戦争をも生き抜いたこの桜は、大きな存在感があった。
でも、幼い頃からその光景を目にしている私にとっては、こんな景色など日常の一部で、対して気にも留めていない。
今は深夜十一時。塾を終え、帰路である桜並木を歩く。
この道も昼には桜を見に人が溢れかえるが、この時間ともなると人はおらず閑散としている。まるで、この世界には私と桜しかいないようだった。イヤホンから流れる歌に合わせて、鼻歌を歌いながら歩く。
すると突然
「サクラさん……!」
突然、イヤホンから流れる音よりも大きな声で名前を呼ばれ、驚いて振り返る。
そこにいたのは、坊主でカーキ色の服を着た二十代の日本男児という感じだった。服だけでなく顔までも、すすのようなものがついていて汚れていたが、ホームレスという感じはしなかった。
「やっと会えた……。」
その男は穏やかな笑顔を見せながらも、目には涙を浮かべていた。
しかしこの男に見覚えのない私は、ただただ混乱し、無意識に
「どちら様ですか?」
という疑問が声になって出てしまう。
そんな問いかけに、男はさっき見せていた笑顔をふっと消し、目から輝きを消していた。
「覚えてないんですか?僕のこと。」
一瞬不安そうな表情を見せたものの、何か納得したように一度頷くと
「そうですよね……。無理もない。あなたにとって僕は忘れたい存在なんだ。」
無理矢理作ったような笑顔を見せ、そうつぶやいた。
このとき、私は怒りに近い感情を抱いていた。私は何も知らないのに、いかにも私が悪いように言われているような感じだったから。私は関係ないのに……。だいたい他人の前で急に泣きだしたり、残念そうな顔をされたり。こちらにとってみれば全く迷惑な話である。
「あの……!なんのことか知りませんが、一人で勝手に自己完結しないでいただけますか?!だいたい急に話しかけてきて……。警察呼びますよ?!」
怒りに任せ叫ぶように怒鳴り散らす。
さすがに男も自分の間違いに気づいたのだろう。
「あの……。あなたは野田サクラさんではないのですか……?」
その問いかけに私は
「いえ、私は松井 桜です。」
とハッキリ答える。これで人違いなことが証明された。もう私に用はないだろう。しかしそれでも、まだ腑に落ちていない様子だ。
もういいだろと言わんばかりに踵を返し帰ろうとする私に、男はまた声を掛けてきた。
「あの……本当に野田サクラさんではないのですか……?あなたにそっくりな女性で……。どうしても他人とは思えないんです。」
男は必死に問いかけてくる。
私はもううんざりといった感じで、今はもう怒りというよりは呆れている感情に近かった。これはまだ帰れなさそうだな……。腹をくくり、もう一度男に向き直る。このまま無視するわけにもいかない。これは私のほんの少しの良心。
「お聞きしますが、野田サクラさんはあなたとはどういったご関係で?」
とりあえずまずは「野田サクラ」についての情報を知らなければ話にならない。そう思い疑問をぶつけてみる。
「彼女は僕の婚約者だった女性です。」
丁寧に返ってきた返答から、私は違和感を感じた。ん?婚約者「だった」?
その含みのある返事に、私は「野田サクラ」とその男に興味を持ってしまいこんなことを聞いてしまったのだ。
「あの、あなたのお話、もっとよく聞かせていただけませんか?」
このときはただの興味本位だった。まさかこんな形で私たちが繋がっているとは知らずにー。
一九四四年、春。僕は野田サクラさんという女性にプロポーズをしました。
しかしそれはとても不確定なもので、僕が生きて帰ってこれたらの話です。そう。僕は戦地へと向かうように命を受けていたのです。いつかこの日が来るとわかっていた僕は、案外あっさり命を受け入れていました。今思えば、彼女には守ろうにも難しい約束をしてしまったものだと思います。
なので僕は保険を付けたのです。
「僕は必ず生きて帰ります。そしたら、僕と結婚してほしい。でも……でももし万が一、僕に何かあったとしたら、そのときは『この箱』を開けてください。」
と。
「必ず生きて帰る」なんて、そんなのただの綺麗ごとに過ぎない。でも、彼女を安心させるために僕は嘘をついてしまいました。
そして、僕らの間にはすでに二つになる子供がいたのです。その子のためにも僕は絶対に帰らなければならなかったんです……。
彼女は悲しんでくれました。
「そんな……そんな縁起でもないこと言わないでください……!私はあなたが必ず帰ってくると、信じていますから……!!」
確かこのとき、彼女は泣いていてくれたと思います。
僕はそんな彼女の頭をポンポンと撫で、
「さくらさん、よく聞いてください。あのしだれ桜の木の下にこの箱を埋めます。僕が帰ってこなかった時には、掘り起こしてこの箱を開けてください。」
彼女は僕の胸に顔をうずめ、コクっと頷くような仕草を見せましたが、「はい」とは言ってくれませんでした。
そして僕はこのように死んでしまった……。約束は、果たされなかったわけです。
そうして僕はこの場所に、未練とともに霊として、今日まで残され続けているわけです。
この箱も……。彼女に開けられることなく取り残されてきた……。きっと彼女は他の方と生きるという幸せを見つけたのでしょう。それはとても喜ばしいことだ。
なのに……なのに……!!僕は何を未練にこの場所にいるのでしょうか?!彼女が幸せなら、僕は幸せのはず……。もう、自分がわからないんです!!成仏する方法すら、いまだにわからないんです!!
「違う……。あなたは勘違いしてる……。」
過去の出来事を思い出し振り乱していた男も、今まで静かに聞いていた私が、突然喋り出したことに驚き目を丸くしていた。そしてなにより、今までの事実を否定されたことにもだろう。
実際、私自身も困惑していた。あれ……。な……に、否定してるんだろう……?
私はこの出来事を知っている。どこで聞いたんだっけ?あ、そうだ。これはあの時―。
その日は、おばあちゃんの様子を見に行く日だった。
特別大きな病気をしているわけではないけど、ボケはかなり進行していて、娘である私のお母さんのことさえわからない。もちろん私のことも。
おばあちゃんがいるのは、学校からバスで二十分の老人ホーム。私は一週間に一回の頻度で、おばあちゃんのところまで出向いていた。
最初はおばあちゃんも私の訪問に喜んでいてくれたけど、最近では
「はじめまして。どなたかしら?」
っていうおばあちゃんの第一声から始まる。今でこそ慣れたけど、初めてこんなことを言われた日、気持ちが追い付かなくて涙が溢れてきてしまった。おばあちゃんは当然、私が何で泣き出したかなんてわからないから、
「どうしたの?なにか悲しいことでもあった?」
なんて心配そうに聞くもんだから、余計にそれも胸に刺さった。
この日もいつも通りの時間に着いて、おばあちゃんがいる部屋のドアを少し開け、
「幸子さん、いるー?」
おばあちゃんに声を掛けてみる。
おばあちゃんは私の声に気づき、こちらを見るも、なにかいつもと様子が違う。すると、私の顔を見るなり、泣きだしたのだ。
「ど、どうしたの?おばあちゃん!」
近くまで駆け寄ってみるも、まだ泣いたままだった。
すると突然、私に抱き着き
「ずっと待ってたんだよ……。どこに行ってたの?母さん。」
と私に向かって呟いた。その時、私を見るおばあちゃんの顔は、心底安堵した幼い子供の顔のように見えた。
しばらくしてもおばあちゃんは私から離れることはなく、私の肌のぬくもりや感触、匂いを確かめているようだった。私は一向にこの状況が呑み込めず、この状態で固まっていることしかできない。
困ったな……。と一人うろたえていると、おばあちゃんが再び口を開いたのだった。
「あの時、防空壕の中にいれば安全だったのに……。お母さんはどうして爆弾が降る、危険なところに飛び出して行ってしまったの ?」
そんなこと私に問われてもわからない。『防空壕』や『爆弾』という言葉を聞く限り、きっとおばあちゃんが小さかったときの戦時中の話。そして私は、おばあちゃんのお母さんと間違えられている……?
「えっ……、あの、なんのはな―」
「あたし本当に怖かったんだよ。一人であんな暗い場所で……」
なんの話?と聞く前に言葉を遮られてしまった。おばあちゃんはそのまま話し続ける。
「お母さんは『すぐ戻るから……。必ずこの場所に帰ってくるから……!』って……、約束したのに……。全然帰ってきてくれなくて……!ずっといままで待ってたんだよ。」
おばあちゃんはより一層、私を強く抱きしめた。
この日は結局、おばあちゃんは泣き疲れて、そのまま寝てしまった。わたしは呆然としたまま、家に帰った。
そしてその一週間後。おばあちゃんは亡くなった。あの日の会話が、私とおばあちゃんとの最後の会話になった。
「―あの時、私はただ、ボケちゃって変なことを言ってるようにしか聞こえなかった……。でも、わかったよ。おばあちゃんの……おばあちゃんのお母さんこそが野田サクラさんだったんだ。」
全てが、繋がってしまった。あのときのサクラさんの行動。そして気持ちも―。
「サクラさんはあなたとの約束を果たすために防空壕を飛び出したんだよ。」
私の確信に対して、男はまだ気づかない。
「もし……あなたのおばあ様のお母様がサクラさんだったとして……。なぜわざわざそんな危険なことを……。」
あぁー、もうホントに鈍いなー!これだからこの人は成仏できないんだ……。こんなんじゃ、サクラさんが可哀想じゃん……。
私はため息を一つつき話し出す。そう、これはただの私の推測。でも、きっと事実。これをこの人に伝えなきゃ。
「サクラさんはその箱をとりに行ったんです。」
わたしは男が手に持っている箱を指さして言った。
「きっとサクラさんは察してしまったんです。あなたがもう、帰ってこないことを……。だからその箱を取りに行った。あなたと約束した、大切な箱だから。でも、その途中で……」
ダメだ。これ以上は言えない。 私には戦争の恐ろしさなんてよくわからないけど、サクラさんの最後の姿は、脳に光景がスルリと入り込むように流れ、胸が締め付けられた。サクラさんはこの箱を「開けなかった。」のではなく「開けられなかった。」のだ。
男の表情を見ると、その眼には涙が浮かんでいた。
「じゃあ彼女、は……、最後ま、で、僕をっ……!僕は大馬鹿…者だ……!!最後まで……彼女、を…信じ続け、て、いなかっ、た……!彼女は……彼女は僕を!僕を信じてくれていたのに!」
うぅっ…、あぁぁぁあああ!!!!嗚咽を漏らしながら泣き続ける男。
すると、男の周りを桜吹雪が舞い始めた。徐々に男の体が薄れていくのがわかる。
「サクラさんは、あなたが戦地へ向かった後も、あなたの写真を見ては微笑んでいたそうです!!だから、だから…!!あなたはずっとサクラさんに愛されていたんですよっ!!!」
ほとんど薄れてしまった男に私は叫ぶ。
男は涙を見せながら
「ありがとう―。」
と呟き、そのまま桜吹雪とともに消えてしまった。最後の男の表情は、微笑んでいるように見えた。
さっきまで男が立っていた場所には、一つの箱が―。最後まで私がわからなかったのは、この箱の中身だけ。
なにが……入ってるんだろう……?私は箱を持ち上げそっと箱を開けた。
そこには綺麗に四つに畳まれた、一枚の紙。それを広げると、婚姻届けだった。
夫の欄には「国枝 宏」の文字。あぁ、あの人、こんな名前だったんだ。
妻の欄には、なにも書かれていない。……ん?突然文字が浮かび上がる。そこには、「野田 咲来」の文字が。よかったね。国枝さん。天国で結ばれたんだね。ふっと上を見上げると、必死に瞬く星とあの大きなしだれ桜が見えた。桜はいつも通り散っていたが、今日だけはとても綺麗に見えた。
あとでお母さんに私の名前の由来を聞いた。すると、「桜」の名前を付けたのはおばあちゃんらしい。
お母さんがなんでこの名前にしたのかって聞いたら
「ふふっ、それはね、私の好きな花だからなの。それでね、『サクラ』って言うのは私の大好きな人の名前なの。」
って。
最後までお読みいただきありがとうございます!!
書いてて気づいたんですが、桜ちゃん気が強すぎる(笑)作者も書いててビックリです!
頭にはまだ、いろんな書きたいストーリーが詰まっているので、時間があればどんどん投稿していきたいと思います!
そして、コメントや意見がある方、気軽に書き込んじゃってください!