手
頭の中に、流れ込んでくる声。それは耳を塞いでも聞こえる。
『うわー!すげーー!これ、マジ楽しい!!!』
こちらは真剣にトレーニングしようとしているのに、それを邪魔するかのような陽気な声。
「うるさい」
私が呟いたところで相手に伝わるわけではないと分かってはいるが、言わずにはいられなかった。
『なぁなぁ?聞こえてるんだろ?すげー楽しいぞ!出てこいよ』
頭に響いた声に、クナイに伸ばした手が止まった。
「わざと?」
相手は楽しすぎて無意識に私に声を飛ばしていたわけではなく、意識して私に声をかけていたらしい。
つまりは最初からトレーニングの邪魔をしようとしていたわけか。
その事実にため息が出る。
そのままため息を吸い込み、止まっていた手を伸ばす。手にしたクナイは手にしっかりと馴染んだ。
望んで手に入れたわけではない能力と思い出したくない、けれど忘れることもできない嫌いな過去、その全てと共にあった武器。
手に取れば、あの人と私は住む世界が違うと、自分を戒める事が出来る。
『なに難しいこと考えてるんだ?暗いぞ』
私の思考が重く落ちていたことを感じ取ったらしい。また声が聞こえる。
『外はこんなに天気が良くて気持いいいのに、そんなところで考え込んでたら勿体無いぞー』
窓のない暗いこの部屋では、そんなもの感じられない。手にしたクナイを目標めがけて投げた。
『あっ!珍しい蝶が飛んでる!捕まえてやるからなー!』
能天気な声が聞こえるのと、目標より少し外れてクナイが刺さったのは同時。
『なっ!すばしっこいな!こら!!まて!!って、あっ!ヤバ!!川っ』
突然慌てたような声に、思わず扉に向かって走っていた。
勢いよく扉を開けば、明るい光が目を射る。それと同時に腕を引っ張られる感覚。
「落ちたんじゃなかったの?」
外の明るさ目が慣れなくても分かる、腕から伝わってくるあたたかな感情を持つ人。
「ごめん。嘘」
ほっとしたと同時に、少しだけ騙されたことに腹が立つ。
「ごめんって。でも、外はこんなに気持いいいんだぜ?」
明るさに慣れた目に映ったのは屈託のない笑顔。
「だから、何」
その笑顔に近づいてはいけない気がして、目を背けた。逸した視線の先にある緑も、水も、何もかもが眩しい。
「世界は広いし、今オマエの周りにあるものが全てじゃないんだ」
先ほどの能天気な声とは違う、明るいけれど優しい声。
「な?オレと一緒に行こう?」
腕を掴んでいた手が、するりと落ちて私の手を握る。
あなたの手は、私の手に馴染まないけれど、離したくなくて握り返した。