第七章‡ふたりでひとり、ふたりはひとり‡
第七章 ‡ふたりでひとり、ふたりはひとり‡
(⇔Is she her?)
18.遠辺みつき
「大好き」
『大嫌い』
わたしたちの会話は、一年前と同じように始まった。
それも当たり前。だってわたしたちには、元々これしかないから。
場所は、屋上にある尖塔型の時計塔、さらにその尖端。前日の雨でまだ濡れているそこにわたしたちは隣り合って座って、沈み行く夕焼けを眺めている。
「……久しぶりだね、お姉ちゃん。元気だった?」
『うん。みつきは……聞くまでもないよね』
顔を向けずに、わたしたちは話す。
「あ、何それ、どういう意味―?」
『どうって、そのままの意味だよ?』
「むー。お姉ちゃんのいじわる」
そんな当然のこと、言わなくたっていいのに。
「でも、いいの? このままだと同じじゃないの?」
一年前と。とわたしは聞く。
『違うよ。今のクーヤは、ちゃんと罪を持ってる(人間してる)もん』
ずっと逃げてばっかりのあの頃と違ってね、とお姉ちゃんは答える。
「お姉ちゃんのお陰でね」『わたしのせいでね』
わたしは微笑んで、お姉ちゃんは微笑んだ。
同じ行動をとったわたしたちは、でも決して重なり合えない二人。
こんなに近くにいるのに、わたしたちはとっても遠かった。
『……ごめんね』
お姉ちゃんが、不意に謝った。
どんなときになっても、どんなことが起きても、必ず悪とされる方に身を置くために生きているお姉ちゃんが。そうすることでしか、善いものがそこにあることを感じられないお姉ちゃんが。
「いいよ」
わたしは首を振って、体重をお姉ちゃんに傾ける。わたしの身体が少しずつ少しずつ、お姉ちゃんの身体に沈み込んでいく感覚。
それは、役目を終えた太陽が地平線に没するイメージに似ていて。
わたしが後に遺すのは、残照のように贈り手のいない賛美歌。
『……わたしはみつきちゃんを利用したよ。みつきちゃんが生まれたのもみつきちゃんが死ぬのも、全部わたしの身勝手のせい。それをみつきちゃんは――許してくれるの?』
縋るようにお姉ちゃんは尋ねる。だってこれは、お姉ちゃんにとって初めての、悪も善もない、自分の意思だけを物差しにしてとった行動だから。迷っちゃうのも、仕方ない。
「うん。だってわたしは、遠辺みつきだから。わたしは、わたしを許すよ」
くーやは、お姉ちゃんのことを、他人をまるで自分自身のように捉えることで、対象者の全てを共感する、と言ってたけど。それは裏を返せば、お姉ちゃん自身も、常に自問自答を繰り返したってことでもあって。
その深い苦しみからお姉ちゃんを解き放てるのは、お姉ちゃんの他人ではない、わたししかいなかった。
『……ごめんね。ありがとう。みつきちゃん』
「ううん。ありがとう。お姉ちゃん」
そこで、わたしたちを溶かし合う作業は終わって。
わたしたちは、ずっとずっと昔のわたしたちとして、一つになった。
19.孔谷透
神斜は苦労して螺旋階段を上ろうとしていたみたいだったけど――買出しの度に下界に下りてくる翡翠が、いちいちそんな面倒なものを使うはずがない、というところには頭が回らなかったらしい。
「確かこの辺に……お、あったあった」
赤いボタンをポチッと押すと、巧妙に壁に偽装されたエレベーターが開く。乗り込む。目的地は一つしかないから、回数表示はもちろんない。
数十秒の軽い浮遊感の後、ドアが再び開く。そこは、翡翠の家のリビングだった。
「ここに来るの、久しぶりだな……」
何度かきたことはあるんだけど、何故かすれ違いになってしまって、会うことができなかった。前に会ったのはそう、一年前の――――
「……あれ以来か。はぁ……」
気が重い。
いや、気分は軽くなったんだけど。
さっきから、徐々にだけど、俺に感情らしきものが戻りつつあるのを感じている。人間気の持ちようで世界はいくらでも輝いて見える、とは誰の言葉だったか。世界が実際はどんなに醜くて見るに耐えないものだとしても――
「関係ないね。そんなこと」
伊賀奇先輩の言を拝借してみる。
実際など不要。真実など不要。
ただそこに、俺たちの世界があればいい。
思考が逸れた。やはり、俺の無意識はとことんこの件について考えたくないらしい。
「さぁ――現実に決着を付けにいこうか」
屋根裏から、この世界の天辺へと上る。
進入を拒むような突風。構わずその場所へ辿り着く。
そこには。
――こんにちは。久しぶりだね、くーや。
一人の少女が、待っていた。
ふゆき は こんらん している!
……なんだか話が消えたり消えたりしてるなぁ、と思った方。全て機械音痴の作者のせいです。申し訳ありません……orz