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第五章‡回顧、連結、果てに自己完結‡

 第五章 ‡回顧、連結、果てに自己完結‡

(⇔Dear broken world.)


    13.孔谷透


 休日二日目の午後、予定通りの時間、みつきと共に還界と合流し、行動を開始する。目的地は勿論、神斜が狙っているだろう翡翠――翡翠や伊賀奇先輩の言によれば殺される心配はないんだろうけど、半殺しならアリ、だとか屁理屈を使われる可能性も否めないし、他にアテもない以上警戒するに越したことはない――の住む時計塔。

 異変に気づいたのは、後は階数にして二つ分の階段を上れば、時計塔に辿り着く地点でのことだった。

「……変だな」

 一旦立ち止まって、耳を凝らす。

「どうかしたの?」

「いや……さっきから呼び掛けてるんだけど、返答がないんだ」

 先程から――翡翠に連絡が取れない。無論、どれだけ逸脱した基本性能を誇っているとしても彼女とて人の子、眠ったり他の何かに熱中しているときは通話できないこともある。しかし、こんな太陽がほぼ真上にある時刻に眠る趣味はない筈だし、何か手が離せない事態にでも遭遇してるんだろうか。

「翡翠の?」

「ああ」

 さすがに裏事情に深く通じている黙祷部、翡翠のことも知っていた。

 還界或華、識別称号《白いあくま》。秩序立った闇を正式な手順に則って圧縮したような漆黒の黙祷部専用制服、すなわち勝負服(一部の男子の間でのみ通称となっている)に加え、現在猫耳装備中。しかし、どうせなら尻尾も付ければよかったのに。伊賀奇先輩、意外と詰めが甘い。

「しかし、似合ってるね」

 せっかくなので、褒めてみた。

「わ、私だって好きで付けてるんじゃないわよっ! ……あの青ダヌキ、なんで角二つハンデのオセロであんなに勝てるのよ……!」

「……」

 記憶によると、確か一般人相手なら角四つのハンデでもいける、と言っていた気がする。さすがの最速思考でも、《白いあくま》相手には慎重になった、ということか。

 というか、五十戦もやったのか。負けが確定した後も。

 さすが、負けず嫌い。そしてサド。

「別に、今なら外してもバレないんじゃ?」

「無理ね。翡翠の耳があるもの」

 あ、そうか。どうも日常的に彼女と通話していると、その存在の特異性を失念してしまいがちになる。

 遠辺翡翠。識別称号《先天的悪性子女(ワースト・ワン)》。

 決して人前に姿を現さず、しかし学校内のあらゆる誰かを、その本人自身よりも深く理解している観測者。発汗や呼吸・脈拍、果ては心音から内臓の健康状態まで、知ろうと思えば彼女に探れない情報はない。だが真に厄介なのは彼女の根っからのお人よしであり最上質であり、同時に自らを正義という立場に置くことができないことで。

 一言で言えば。

 彼女は、他人をまるで(・・・・・・)自分(・・)自身のように(・・・・・・)捉えることで(・・・・・・)対象者の(・・・・)全てを(・・・)共感する(・・・・)

 故に――彼女と対話することは、深淵に立って自問自答する作業に酷似する。

「……本当、嫌な女だよな」

 ホント、あのおせっかい焼きは。

 自分の手を煩わせずに、無邪気に無意識に人を傷つける。

「……何? それ、もしかして私に対する不満?」

 独り言を聞かれた。

「まさか。こんないじり甲斐あ……もとい心強い援軍がいてくれて、助かるよ」

 俺は武闘派じゃないから、物理的な防御には自信がない。この先、神斜大地――《未完の終焉(unbroken)》――や、それに準じる危険人物と遭遇した場合、彼女がいるかいないかで大分行動と結果が違ってくる。

「助かる、ね。……どうでもいいけど、そんな死んだ魚みたいな目で言っても説得力感じないわよ」

「悪かったね」

 よく言われるけどさ。

 人の容姿に文句を付けられても困る。訂正。困らないけどつまらない。

「それに、私が貴方を手伝うのは、親切心なんかじゃないわ。あの男に借りを作らないためと、……身内の不始末を処理するため。それだけよ」

 身内――そう言ったときの彼女の表情は、自分の中に渦巻く感情をどのベクトルに向けるべきか迷っているように複雑そうだった。その、感情の処理に不慣れな様子は、どことなく律先輩と重なるものがある。

 もっとも、もう過去の人だけどさ。

「それは別にいいんだけど」

 彼女の腹心に興味はない。むしろ理想としては、神斜と一戦交えてくれる展開を密かに希望してたりする。

 この二人が出会ったとき、何が起こるのか。それはきっと、俺が感情らしきものを取り戻すのに、大いに参考になる。明確な根拠を提示することはできないけれど、この仮説には、俺にしては揺るぎのない確固たる確信がある。

 と。

「行こ、くーや。お姉ちゃんが待ってるよ」

 今日に限って口数の少ないみつきが、穏やかな重圧で先を促した。

「……そう、だな」

 今日のみつきは、朝からどことなく雰囲気が違う。

 まるで何かを覚悟しているように、決意しているように、いつもの笑顔を保ちながらも、張り詰めた空気を纏っている。

 なんだろう。久しぶりに姉に会うから、緊張してるんだろうか。

 遠辺みつきが、遠辺翡翠に会いに行く。

 それは正直なところ、俺にとって、あまり心穏やかでない事態だった。

 ……心穏やかでない? なんだって?

 一体俺は――何に、恐怖を感じているっていうんだ?


 昨日、とある事情で演劇部を訪れた後、学校からの帰路。事情を説明した俺に対して、みつきは予想外にも「わたしも行く」と言い出した。

「……いいのか?」

なんで、今になって急に?

「うん。お姉ちゃんとは、いつかこうしなきゃいけなかったから」

 穏やかながら、決意のこもった声色。

 その瞳は、淀み一つない光に満ちて。

 その強い覚悟を。始まることのない俺が、止められるわけもなく。

「……わかった」

 俺は、ゆっくりと頷いた。


「……どうしたの? 行くなら、先を急ぎましょう」

「ん。……ああ」

 踊り場で止まっていた俺たちは、再び目的の地へと歩き出す。しかし、一歩足を踏み出した途端、今度は還界が、動きを封じられたように停止した。

「どうした?」

「――大地?」

 かすかな呟きは、俺に向けられたものではなかった。

 怒りと驚きと喜び、その全てを混然とさせた繊細にして絶妙な声色で。

 まるで雷に打たれたように、三白眼を見開いて。

 まるで見えない巨大なハンマーで殴られたように――還界は、飛び出していた。

「お――」

 声を掛けよう、と思った瞬間、彼女は風圧と共に姿を消していた。

 ……やっぱり、本職は格が違う、か。

「……となると、見逃せないな」

「行こ、くーや」

「ああ」

 彼女の通過したであろう道を、腰に掛かる僅かな重みの意味を感じながら、野次馬根性全開で全速力で追いかける。

 殺戮鬼と悪魔の邂逅。

 およそ常人とは懸け離れた二人の関係は到底度し難く、しかしあるいは彼ら自身にも説明できない何かがあって。

 その顛末は――あらゆる意味で予想通り、俺がヒトになるための重要な一ピースとなった。


 その途上。

 屋上への入り口に置かれた、五十瀬正義の死体を、通り過ぎた。


       14.神斜大地


 実を言えば――大熊が生命体じゃないってことぐらいは、フェミニストに定評のあるオレと言えど、貫いたときの手応えから理解していた。やはり、生きているモノとそうでないモノでは破壊したときの充実感が違う。

 で、どう改良してみたところで所詮は命令で動く機械。スピードもパワーも警戒するほどではない。後ろから強襲されようが余裕で避けられるレベルの脅威だ……と思ってたんだが。

「……ったく。最高のタイミングだぜ、或華」

 さすがのオレも――最愛の女、還界或華の登場とあっては、心穏やかではいられなかった。むしろ、その一瞬の隙を見逃さなかった深澄をこそ褒めるべきだろう。

「グッジョブ」

 褒めてやった。

「…………」

 無言で親指を立ててきた。誇らしげだ。

 さて。

 現在オレは、階段のふちに咄嗟に伸ばした左手の指先の力だけでどうにか落下を免れている。本来のオレなら一秒と掛からず復帰できるシチュエーションなんだが、利き腕はイカレてる上に、背中の傷は思ったより深い。とめどなく血が流れ出ていくおかげで、次第に思考がぼやけてきやがる。

「……ありがと、ね」

 不意に。

 金髪ツインテール無口美幼女が、そんなことを呟いた。

「……何が?」

「わたしが今、生きてること」

 奇妙なタイミングで、お礼を言われた。

 確かに、あのまま投げ出されていれば、大怪我は免れなかっただろうが。別にお前のためなんかじゃなく、下手に回避とかして熊が制御不能になって、万が一にでも死なれると困るんで、右腕を犠牲にしてまで確実に保護しただけなんだが。まぁそもそも、勝敗なんて初めからわかりきっていたことだし。この程度の小物に遅れをとるオレじゃない。

 って、今絶体絶命なんだけどな。

「いやぁ。男として当然のことをしたまでサ」

 クールな雰囲気を全身に漂わせてみる。背中を切り裂かれた折につい反射神経全開で振り向いちまったせいで、額からも流血していた。垂れ落ちる血が瞼を覆う。チ……そろそろ、指が痺れてきやがった。

「なんで、わたしを助けたの? わたし、あなたのこと好きに、ならないよ?」

 変なの、と付け加えて、深澄は首を傾げる。まるで、結果の伴わない行動など無意味だ、とでも言うように。

 そのどこか機械的な仕草に、こんなときだってのに思いを馳せた。

 識別称号、《人間嫌い(アンチ・ヒューマン)》。

 たかだか知能が、生存能力が高いというだけで地球を我が物顔で占有する人間という種を憎む、人間の少女、か。

 ――ハ。これ以上ないってくらいに、矛盾してやがる。

 それが人間だってコトに、お前は気づいてんのか?

「……さぁて、な。オレはいいものは愛でるし、そうでないものは無視するか視界から消す。お前はいいものだ」

 そんでもってかわいいは正義だ、と結ぶ。果たして、深澄は表情を隠す前髪をちょいちょいといじり、

「ありがと。さよなら」

 感謝の言葉もそこそこに、容赦なくオレの指を蹴り飛ばした。

 ――ハ。上等だ。

 さすがに、誤魔化し切れるもんじゃあなかったらしい。

 落下、落下、落下。瞬間的に体重を失い、風を切る感触が、待ったなしで身体を蝕んでいく。さすがにここで気を失うと一巻の終わりなんで、左腕の肉を噛んで意識を繋ぎ止める。

「死んじまってる右腕をクッションにすれば、なんとか……」

 なるわきゃねぇが、オレならどうにかなる。多分。

 頭から落ちるように体勢を入れ替え、落下地点を確認。屋上の床は後もう少しのところまで迫っ――

「――馬鹿野郎! 何してんだっ!!」

 或華が。

 全てを許容するような包み込むような笑顔で、大怪我は免れないであろうオレを受け止めるように両手を広げて、待っていた。

 マズ、い。マズいマズいマズいマズいマズいっ……!

 このままじゃオレは、間違いなく或華を、コ、ロ/こんな望まない形で。/だが、チ、チの巡らない脳はうろんな思考しか許さず、衝動のみを捉えて意思と成す/逃げろ、逃げ逃げニげろ、お前はこんなことろで■されるような価値じゃないっ……!

「或華ァァアアア――っ!!」

 最大限の殺気をたぎらせ、そこを退け、と警告する。

 だが、還界或華は。

 オレが認める最強の女は、一歩足りとも引くことがなく。


「――馬鹿ね。これで、貴方は」ずぷ、り。


 私を二度と忘れられないわ、と。

 勝ち誇ったように。自らの心臓を抉り取った相手に向かって。恋人に睦言を囁くように、呟いて。

 魂を譲り渡すような接吻を交わし。

 絶頂に達したように、緩やかに倒壊した。


       15.還界或華


 人は、一人で生まれて一人で死ぬ。

 いくらお互いの情報を交換しあったところで、いくら肌を重ね合わせたところで、いくら時間を共有したところで、突き詰めれば他人は他人。限りなく近づくことはできても、決して交われない漸近ぜんきん線。

 そんな当たり前のことが――私には、どうしても耐えられなかった。

「――大地」

 見上げた遥か先、螺旋階段の終点付近。

 私と同じ喪服じみた漆黒の衣装に身を包む少年――神斜大地との再会。彼は、階段のへりに辛うじてかけられた左手だけで、自分の全体重を支えていた。

 正直な話――彼が瀕死の状態であったことに、それほど驚きはなかった。

 だって、自業自得だもの。

 あんな不安定な()き方をしていれば、どこかで転ぶのは当たり前。

 自分の欲望を押し付けているだけでは、自分が望むものだけを一方的に略奪していくだけでは、やっていけない。

 そう教えてくれたのは、大地。他ならぬ、貴方だったのに。

 大地の体が、ずるりと下にズレる。利き腕が潰れた今の彼に、文字通りもう手は残されていなかった。

「……ざまぁないわね」

 無様というなら、人間としての誇りさえ失って獣と化した今の彼ほど、無様な存在はいない。ライオンや鷲が人間に駆逐されたように、突き詰めていけば強靭な単体は脆弱な群体に敵わない。

 でも、大地? 

 貴方はもう、人の輪には交じれないでしょう?

 それでも貴方は、全てを壊そうと、世界で一番美しいものを貶めようとするんでしょう?

 なら――特別に、手伝ってあげるわ。

 一人きりなのは、私も同じだから。

「――馬鹿野郎! 何してんだっ!!」

 大地の咆哮が上がる。上と下で目が合う。空気にさえも敵愾心を燃やしているような鋭利な双眸に、ほんの少し逡巡と焦燥が混じる。

 あらあら。そんな泣きそうな顔しちゃって。

 ホント、いつまで経っても弱虫なんだから。

 確かめるまでもないけど、そもそも、貴方が男を殺すようになった理由からして、殺戮鬼になった理由からして、臆病者の発想よね。

 私といると・・・・・我慢できそう・・・・・・になかったから(・・・・・・・)私から逃げるために(・・・・・・・・・)世間から隠れる・・・・・・・大義名分を作った(・・・・・・・・)

 そんなところでしょう?

「――でも、いいわ。許してあげる」

 そんな貴方の弱さが、今このとき、私にとって最大のチャンスを生んでくれたんだもの。

 主の意思に反して鎌首をもたげた大地の左腕が、私の心臓を狙う。

 ――そう。それでいいの。

 そうやって私と(を)、交わり(侵し)なさい。

「或華ァァアアア――っ!!」

 猛獣が雄叫びを上げる。

 その慟哭は、どこか孤独を嘆いての啼泣ていきゅうに聞こえた。

 利害の一致、利用され利用しあった関係、喰う者と喰われる者。

 私たちの関係は、せいぜいそんな風に形容されるかもしれない。

 でも――そんなことは、それこそ関係がない。


「――馬鹿ね。これで、貴方は」ずぷ、り。

 私の心臓に、断罪の杭(神斜大地)が突き刺さる。私と彼が一つになる。

 一人では生きられない私と、これから先も自身が自身であるために、同位の誰かが必要だった貴方は、きっと、出会うべくして出会った。

 これで貴方は強くなり、これで私は満たされる。

 これで貴方は――私を二度と、忘れられないわ。

 

 最後に少し、彼の呼吸を、生の息吹を奪い取って。代わりに私の呼吸を渡す。

 疑うことのない、至福のまどろみに包まれて。

 私の時間は、永遠に停止した。

 

 

いやー……諸事情により投稿(というかPC自体)と大分疎遠になってしまいました。話の続きを待って下さっていた方 (いるといいんですけど……)、大変申し訳ありませんでした&お待たせしました、第五章です。ついでにこれまでの章も手直ししました。途中で(・・)←が入るのはその部分を強調してるルビ振りなんですが、携帯の方ではルビが()で表示されるので、どうしても読みにくくなってしまうようです。ご勘弁下さい。で、次にいつ機会があるのかわからないので、最終話まで一気に行きます。よろしければ、どうか後しばしのお付き合いをば。

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