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第四章‡幕間‡

 第四章 ‡幕間‡

(⇔Curtain Call.)



 11.神斜大地


 昔、オレは間違いを犯した。

 大切なものを、世界の他の何よりも大事にしていた宝物箱を、大事にするあまり、抱き締めた腕で押し潰した。


“……ねぇ、大地? それでも、わたし――”


 そのとき、思ったんだ。

 オレは――壊し方を(・・・・)間違えた(・・・・)、と。


「……ケッ」

 今日もよく殺した。ただ、最近はスキルアップし過ぎたせいか痛みを感じる前に絶命()っちまう輩が多いので、出血多量やショックで死なない優しい肉の千切り方を目下研究中。

「チィ……あんのアマ、卑怯なマネしやがって……」

 それはさておき。現在地は時計塔の根元、鈍色の長い長い螺旋階段、その始点。てっぺんに住んでる奴が開けっ放しにしたせいで吹き込んできた風やら雨の被害を被ったせいだろう、一歩足を踏み出すと、ギシ、と耳障りな音を立てた。

「ナルホド……侵入者対策も兼ねてるってワケか」

 いくらアイツが他に類を見ないレベルで地獄耳でも、完全無欠というワケにはいかない。彼女自身が寝ていたり他の作業に没頭している間だけは、束の間とはいえ学園のプライバシーは守られている。

「盗み聞きとか、趣味悪いにも程があるっつーの……」

 まぁ、人のコトは言えないだろ、とか突っ込まれそうだが。人殺しだし。

 で、そろそろ本題。

 先日はよくもオレの邪魔をしてくれやがったクソ女をとっちめてやろうと思ってやってきたんだが、そこは三日三晩杯を酌み交わした仲、相手もお見通しのようで、守備兵を用意していた。お陰で、気乗りのしない殺しを大量にさせられる羽目になって、『一日と半分待ってくれたら入ってきていいよ』とか言われて、そうするとオレとしても無闇な殺生は手が疲れる訳で、正直な所焦らしに焦らされたオレの憤りはメーターを振り切ってリミットブレイク寸前だった。んでもって次の日の午後、宣言通り時計塔付近に人影はなく、死体の山は清掃部が処理したらしく綺麗なもので――あの部、部費がやたら高いのはきっと心のアフターケア費なんだろうな、と思った。ドンマイ、恨むならオレと同時期に生まれたことを恨め――これをひたすら上るだけ、だと思っていたんだが。

「最後の最後だけ女を用意するたぁ、アイツが考えそうなギャグだな。いい趣味してるぜ、ったくよ」

 規則的に鳴り響くやかましい轟音と共に、遥か頭上から、ボロくなった階段を片っ端から踏み抜いて疾駆する一つの影。一足ごとに建物全体を揺らすような重量感は、どうあがいても人外の領域だった。

「ま、実際人じゃえねぇしな」

 こちらとしても、エリスやら比奈やら、直接戦闘型の女子が相手でないだけありがたいし、文句は保留してやろう。要は殴る相手が女でないのなら、弱者だろうが強者だろうが、男だろうが獣だろうが関係ない。

 本番前の時間潰しなど――誰で代用しようと、大差ない。

「さて。挨拶は必要なさそうだな」

 駆け下りてくる標的は、勢いを緩めることなく咆哮した。このまま体当たりをかまそうというハラらしい。遠目にもわかる鋭利な爪が、意味もなく壁を抉り取る。戦闘意欲は充分、っつーことか。

 その正体は、体長二メートルは優に超える巨大な熊。某ボクシング漫画に熊は下りが遅いと書いてあったクセに、あの速度。もしかすると、上りはもっと速いのかもしれない。

 そこまで直径のない円をぐるぐると描き続ける大熊、それだけならただの異常な光景だが、更に目を引くのは、それに平然と騎手よろしく跨る女子の存在だった。

 瞳を前髪で隠した、短めの金髪のツインテール。オレの眼力を使うまでもなく、つるっぺたんであることがわかる各部。彼女の年にしては小さな体躯――乗っている獲物がビッグサイズなせいで、彼女の小ささが殊更際立つ――。オレの眼力を使うまでもなく、つるぺったんであることがわかる各部。

 所属は共生部長、名は森守深澄もりもり みすみ。識別称号は確か、《人間嫌い(アンチ・ヒューマン)》。

 ……ん? 何か、まとめた情報に重複があったような。まぁいいか。

「よーお。そいつ何号?」

 騒音に負けないように、大声で聞いた。相手は声では返さず、熊の背中に当てていた手を片方離し、指を四本立てた。オレクラスの動体視力がないと判別できない、受け手を選ぶ対応だった。

「あーそういや、三号改は或華が倒したんだっけか。そりゃあ……」

 負けられねぇな。

 しかし今回は、大きさ以外は見た感じ普通の熊なんだが、どんな仕掛けを施しやがったんだか。

「ま、いいや。行くぜ、熊」

 もはや何段飛ばしだかわからない勢いで迫りつつある大熊に対し、距離を取るのではなく、逆に縮めていく。

「……!」

 馬上、ではなく熊上の深澄が、小さく驚く雰囲気があった。構わず速度を上げ、一撃に込める力を溜めていく。

 常識的に考えれば、オレの敗北は明らかだろう。上と下という位置的不利、人間と熊という体格的不利、始動した時間差による速度的不利。ナルホド、翡翠がお膳立てしたに相応しい、よくできた作戦だ。真っ向から挑まれれば迎え撃たずにはいられない、オレの性質を熟知している。

 だが――翡翠。

「お前の唯一のミスは――本体を、女自身にしなかったことだ」

 刹那、熊が視界に姿を現す。こんな直径の短い螺旋階段での遭遇だ、会った、と思った瞬間にはもう衝突している。

 故に――勝負は、一瞬で決着した。

 オレの喉笛を噛み砕かんと開かれる凶悪なアギト、心臓を切り裂かんと振られる一撃が致命傷の右手、どちらをかわせなくてもアウト、だがそもそもこの状況で回避する術など皆無。

 だからオレは更に踏み込み、――躊躇なく、敵の大口に腕を突っ込んだ。

 肉の抉れる小気味よい音、右腕の筋肉という筋肉、神経という神経がズタズタに破壊される嫌な感覚。

 だがその代償として、大熊の後頭部から、使い物にならなくなった手首から上が生え出していた。

 一呼吸遅れて、放射線状に散布される二匹の獣の血潮を混ぜ合わせた赤い雨。やがて、数秒の痙攣を経て、大熊の鼓動は停止した。

 ついで、ロケットのように飛び出しそうになった深澄の制服のリボンを空いた左手で掴み、捕獲する。

「……こんなもんか。ったく、死んでも離さないったぁ、いい根性してるぜ、コイツ」

 右手に食い込んだ牙は、どうあがいても抜けそうになかった。仕方がないので、絶命した大熊の首をへし折り、てこの原理でねじ切った。うむ、我ながら無粋極まりない。

「修行足んねぇな……」

 こんなんじゃ、本番で絶対失敗する。

 アイツと()るときは、アイツを()るときは、もっと上手く仕留めなけりゃ、台無しだ。

 なるべき綺麗なカタチのまま――一番美しい部分だけを、永遠に奪い取る。

「そういや、怪我ないか?」

 オレの腕に抱かれた深澄は、制服の所々が破れている以外は――今回の戦いのせいだけじゃなく、日ごろから苦労してるんだろう――問題なさそうだったが、一応聞く。

「……ん、大丈夫。ゴムが外れたくらい」

 ぽつり、と呟くようなか細い返答。これが彼女独特の喋り方だが、大事な実験動物……もとい《お友達》を殺された割に、ショックは少ない様子だった。

「って、マジか! 待ってろ、今すぐ直してやる!」

 見れば、彼女のアイディンティティであるツインテールの片翼がばらけていた。これはこれでいいという輩もいるだろうが、オレから言わせれば素人以外の何者でもない発言だ。わかっとらん。

 ポケットから取り出した大小意匠材質彩色多種多様の髪をまとめるゴム(常備)の中から、彼女に似合うものを素早く選定し、無事な左手と口を使ってさくっと結んでやる。

「……あ、ありがと」

「気にすんな。男として当然のことだ」

 存在意義を取り戻した深澄の頭をくしゃくしゃになでてから、天を仰ぐ。残りは、段数にして後五十ちょいといったところ。それくらいなら、腕の痛みも気にならないだろう。

 少し名残惜しかったが、リボンを引っ張って捕獲したときのせいで、胸元が開き気味になっているグッジョブな眺めを隠そうとしない深澄を置いて(恥ずかしくないのか、と聞いたなら、「あなたは、虫ケラの視線に、恥らうの?」とか言われそうだ)、上へと歩を進める。

 そこで――違和感を、感じた。

 発信源は遥か下方。螺旋階段を降り切って、さらに二階ほど下だろうか。さすがのオレでも、人間の気配を読み取れる距離はあの地獄耳女には敵わないが、特定の人物に関しては話は別だ。

 還界或華。

 オレが恋焦がれる横惑おうわくの少女であり、

 オレが一般的に見れば破綻したモノになった、その始点であり、

 オレが最初に瓦解させるべき唯一の存在。

 彼女の最大の特性はひとえに、極端に孤独を忌避する習性であり、その手段として実体としての自分ではなく、記録としての自分を外界に広めることを選んでいる点にある。それは実感の持てない充足であり、実際に交わった結果として残る副産物みたいなものだとオレなんかは思うんだが、彼女にとってはどうやら質より量の方が大事らしかった。あるいは、彼女と正面から相対できる人間の少なさが、彼女をそうさせたのかもしれない。

 しかし、まさかお前。

 ここに来るつもりじゃ、ねぇよな?

「……でも、本当に拍子抜け。こんなに弱いなんて」

 自戒するように呟く深澄。予想以上にオレが強かったとは言ってくれない。まぁ、人間なんて醜悪な生物――これはあくまで深澄の考えであるが、彼女の言に迎合するなら、オレにとって人間とは男のみを指す言語となる――を褒めるのは抵抗があるんだろうな。うい奴め。

 そんなことを考えながら、下の気配が気掛かりではあったが、女を無視するのはオレの存在意義に関わるので、声だけで適当に(アバウトではなくベター)相槌を打つ。

「まぁな。正直、もちっと歯ごたえがあると――」ざくり。

 

「――こんな簡単に引っかかるなんて、思ってなかった」


 今更ながら、振り向けば。

 首から上を喪失した大熊が、俺の背中を切り裂いていた。


      12.伊賀奇創兵


 いつか無に帰る全てのものに意味がないとすれば、この世における全ての事象には意味がなく、喜怒哀楽にも栄枯盛衰にも森羅万象にも有象無象にも魑魅魍魎にも意味がない。

 ただ、ここで肝心なのは。

 意味がないとする判断そのものにも、また等しく意味がないという事実。

「なんてね」

 どうでもよい言葉遊びだった。仮にこの世が既に手詰まりだとしても、あらゆる行動の価値が同じならば、自分の気が向くままに好きにやればいいだけの話であって、なんら問題なかった。

 しかして、こんな一度結論を出した無駄な思考で時間を潰すような真似をしているのは――どうにも僕は、そろそろ訪れるであろう人物の登場を、思ったよりも心待ちにしているようだった。

 そして、見計らったように、

「……創兵さん。いらっしゃいますか?」

 部室の外から、控えめに呼び掛ける声がした。軽く応じると、ややあってゆっくりとドアが開かれた。

「やぁ、茂花君。三日と十二時間と四十五分と十秒ぶりだね」

「そんなに細かくは覚えてませんけど……はい、久しぶりですね、創兵さん」

 ふわり、と大輪の花が一つ咲くように、穏やかに笑う茂花君。しかし、今回の笑顔は今一つ精彩を欠いていた。

「ふむ。どうも、お疲れみたいだね」

 その辺の椅子を引っ張り出して、僕に向かい合う形で置いて座らせる。ちなみに服装は、いつものように白衣ではなく、夏の太陽によく映えるであろう白いワンピースだったけれど、こんな薄汚いところではむしろ不自然なものですらあった。

「あ、ありがとうございます」

「それで? 律君の事件について、何か進展はあったのかい?」

 積もる話はあるのだけれど、茂花君の体調をおもんばかってすぐに本題を切り出した。途端、少し疲れ気味だった彼女の瞳が、たちまち覇気を取り戻す。この、仕事モードに入ったときの彼女の強い意志を感じさせる丸く大きなとび色の瞳が、僕のお気に入りの一つだった。

「はい。茅さんと光さんに協力してもらって調べたんですけど、やっぱりあの現場はいわゆる密室状態でした。鍵に糸を引っ掛けたり氷を使ってみたり、ありそうなトリックの痕跡も注意して調べたんですけど、特には見つかりませんでした」

「はっはっは。そりゃいいね」

 自分たちに観測できないから存在しないだろう、だなんて。的外れな努力もいいところだ。現実問題、こんなに限定された世界の中でも僕の両手じゃ抱え切れないくらい世界は広く、たとえば説明されても理解すらできない事象なんて、数え切れないくらいあるに違いないのに。

 つまるところ。

 考えるべきは、トリックではなく、その動機。

「その和室、だったっけ? 鍵は誰が管理してたんだい?」

「二つあったんですけど、一つは辻宮さん、もう一つは孔谷さんとみつきさんと五十瀬さんが交代で使っていたそうです。あの日は、孔谷さんが」

「ふぅん。律君の死体は、鍵を持っていたってことかい?」

「……はい。手の中に握りこんでたみたいです。少なくても、死後硬直する前に」

「あ、そうそう。それなんだけれど、死体は正座していたって聞いたけれど、それは死後にそういう姿勢にさせられたってことかい?」

「えーっと、私も最初はそう思ったんですけど、違うみたいです。特に血痕が飛び散った様子もないですし……不思議なんですけど、ナイフをお腹に刺されたあと、辻宮さんは、その姿勢(・・・・)を保(・・)ったまま(・・・・)、出血多量でお亡くなりになられたみたいなんです……」

「――そりゃあ、また」

 なんていうか……そう、健気な話だね。

 普通なら、もがくなり腹を押さえるなりナイフを抜こうとするなり、事態を改善しようと試みるところだろうに。

 そんなにも――五十瀬君のことが、好きだったのかい?

 自分の静止よりも、優先順位が上だったのかい?

「……創兵さん? 何かわかったんですか?」

 首を傾げてこちらを見上げてくる茂花君。さすがに十年来の付き合いだった。

「いや――そうだね。茂花君は、誰かを自分のものにするっていうのはどういうことだと思う?」

「え? え――あ、あ、あの、それってどういう……?」

 何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にして俯く茂花君。いくつになっても、この辺の愛らしさは健在だった。

「どうって、言葉通りの意味だけれど」

「じ、事件に関係あることなんですか……?」

「あながち、関係がなくなくなくなくなくもない」

「え、えーっと……?」

 しばらく指を折って表か裏か考えていた茂花君は、しかしやがて面倒になったのかため息をつくと、心を落ち着けるように深呼吸してから、ゆっくりと答えた。

「うーん……その人が、一日中私のことしか考えられないくらい私のことを好きにならせる、とかですか?」

「ふむ」

 茂花君らしい答えだった。

 僕なんかだと――あらゆる一挙一動を僕の許可なしには行えないようにすること、とか答えるところなんだけれど。

「じゃあ、その方法として対象の殺害は含まれると思うかい?」

 愛するが故に、占領するために、その人間を殺す。

「――ないです。絶対」

 考えるまでもない、とばかりの即答だった。

 全く――どこまで素敵なんだい、君は?

「ま、そういうことさ。くだんの殺戮鬼だって、決して僕たちには理解できない思考ルーチンで動いてる訳じゃあない。彼には彼なりの理由があってやってることだからね」

 どこまで逸脱したところで、人間は所詮、ヒトという種の枠組みからは抜け出せない。

 でも、だからこそ。

 その壁すらも突き破る存在の出現を、切望して止まないのが、人間のさが

「えっと、つまり、……神斜さんは辻宮さんを殺してない、ってことなんですか?」

「おや、君も殺戮鬼君の正体を知ってたのかい?」

「朽木先輩に聞きました」

「ああ、成る程。……ま、そういうことさ。第一に彼が最初に殺すべき女性は或華君をおいて他にないし、第二に彼が殺したのなら密室トリックだなんて小賢しい真似はしないだろうさ。そもそも――翡翠君の存在を知っている者なら、密室にする意味のなさを、充分に理解している筈だからね」

 地獄耳というには地獄耳過ぎる地獄耳を持つ極悪人。

 正義の価値を知りながら、さながら深海魚が浅瀬に憧れるように、その場所に辿り着けない憧れに灼かれる少女(ワースト・ワン)

 いやはや――どうにも世の中、世知辛いね。

「あ、そっか、そうですよね。……じゃあ、翡翠さんのことを知らない誰かが犯人なんですか?」

「それも違う。それなら、翡翠君が孔谷君に犯人を告げることで、とっくに事件は解決してる筈じゃあないか」

「え……あれ……?」

 そう。

 となると答えは一つしか――いや。

「二つとも三つとも言えるところが……なんていうか、難儀だよね」

「?」

 ともあれ、この舞台の主役は僕たちじゃあない。犯人逮捕だなんて疲れることはせずに、のんびりと事の顛末を見届けることにしようかな。



えーと、今更ですが、この作品に出てくる大地や或華その他のキャラは、僕の他の作品にいる彼らとは別物(別世界の住人?)です。バックボーンは大体同じですけど。

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