第1話
漆黒の闇が辺りを包む。森はことの成り行きを見届けようと静けさを増すばかり。鳥の鳴き声も、虫の羽音さえ聴こえない。
「貴方、気づいてたんでしょう?」
女は、鋭く尖った硝子の破片を喉元に当てた。
「馬鹿が」
化け物は低く重たい声で、女を咎める。しかし、それは女を奮い立たせるに充分だった。
赤い、トロリとした液体が女の肌をぬうと豊かな頂きから地面へと落下した。
奥底に秘めたる力は、隠しきれはしない。強い生命の香りは、遠くまで行き渡るだろう。
此処が見つかるのも時間の問題である。
化け物は、ただ黙って女を睨みつけた。
女の目は、恐怖、憤怒、悲しみ、憎しみが混ざり合い、そして反発し合う。女は手に持つ紅く染まった凶器を目の前の化け物に突き刺した。
女の細く弱い手が裂け血が出るほどに力をかけ、化け物の肉に深く深く突き刺した。
化け物は低く呻くが、微動だにしなかった。ただただ、女の憎悪をその身で受け止める。
女は見上げて、化け物の瞳を見たー・・・
その瞳の奥に、懐かしき男の姿が映し出される。
女は、目を見開き、驚愕の色を浮かべる。
「バルク...」
青白く渇いた唇が震えながらも、口にした名はほんの数カ月前に唇を交わした相手だった。
女は、此処から山を2つ超えた村に母と弟と暮らしていた。贅沢は出来ないけれど、親子3人で日々を楽しんで送っていた。深い山々に囲まれ、外部の人間との交流が滅多にない土地ではあったが恵みのある豊かな大地が村人たちの生活をここに根付かせた。村人たちは、お互い助け合い、楽しみや悲しみを共にし平和な生活をしていた。だが、突如としてそれは崩れ去った。
数百年という長い年月、封印されていた強大な力を持つ吸血鬼が目覚めたのだ。それによって町、村、集落が次々と壊滅の状態へと陥った。何故、何者によって、封印が解かれたかは誰も知るすべが無かった。だが、確固たる現実が目の前に舞い降り、悪夢を突きつけた。
数百もの化け物たちが空を黒く塗りつぶし、陽の光を隠した。下は夜のごとく黒で覆われた。そして、化け物たちは驚愕の色を浮かべ何が起きているのか理解出来ていない村人たちに容赦無く襲いかかった。