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苦手な方はご注意ください。

短編系

闇騎士のとある一夜

作者: 硝子町 玻璃

ふいんき小説。恋愛要素ほとんどないからファンタジーにしました。


 とある国にある城のとある一室での話だ。

 口内に広がる苦味にシラーは顔をしかめた後、何とか嚥下する事に成功した。比較的甘口とされる赤ワインだったが、それでも酒特有の匂いと苦さは付き物だ。

 同じ赤紫色、同じ原材料であれば、ただの葡萄のジュースの方がよほど美味い。あれが苦くもなく酔いもしない、甘い飲み物だ。まだグラスに残るワインをそのままに、シラーは首を横に振る。


「私には無理だ。後は全部お前にやるよナイトライト」

「君、結構これ高いみたいなのに」

「わーたーしはお子様味覚なんだよ。あれほど美味いって言ってたんだ。お前が飲むのが一番いい」


 瓶にもまだまだのこっているが、全部ナイトライトが飲めば済む話だ。元はと言えばナイトライトが「これなら君もいけると思う」と持ってきたワインでもある。

 もう既に日付が変わり、窓からは澄み切った黒い夜空が見える。その中央にはぽっかり浮かんだ純白の月がぼんやりと夜の世界を照らしていた。花が咲き乱れる春でも、茹だるような暑さが続く夏でも、植物が枯れていく秋でも、酔いも覚めるようなひんやりとした空気が漂う今の季節でも月夜は美しい。

 シラーの視線に気付いたナイトライトは溜め息を付いた後、空になった自分のグラスにワインを注ぎ一気に煽った。美しい金髪の聖騎士、と呼ばれている男にしては随分と荒々しい。怒っているのかとシラーは肩を竦めた。


「悪かったよ。別にお前は悪いんじゃないから機嫌治せ」

「腹なんて立ててないよ。これ僕の金で買ったわけでもないから」

「ん? 貰ったのか」

「ロインズ殿から君への贈り物」


 表情一つ変えず告げたナイトライトとは対照的に、シラーは露骨に顔をしかめた。ロインズはナイトライトと同じ、聖属性の魔術を極めた騎士にのみ名乗る事を許された聖騎士だ。

 シラーは先日、ロインズと模擬決闘を行い見事に打ち破った。こちらは闇騎士、向こうは聖騎士。所属する部隊は異なるものの、ロインズの方は聖騎士団長だ。相手の面子を潰さぬように適当に戦い、適当に負けるつもりだったシラーの事情は大きく変わった。


『私が勝てばあなたと一夜を過ごす権利をもらおう』


 ロインズは騎士団長であると同時に大の女好きだった。城の侍女や女兵士だけでなく貴族の女にも平気で手を出す。団長の座に就けたのも、どこかの女の家のコネのおかげとも言われている。

 そんな男と一夜を過ごす事の意味などシラーでも分かった。全力を出さずに負けるのも嫌な話だったが、そんな形で男と寝るのも嫌だった。そもそも、あんな下半身の管理がだらしない男が初めての相手なんて考えたくなかった。


 嫌な事づくめの決闘直前、シラーはナイトライトの元に相談にし行った。頭もよく平兵士の頃からの付き合いの彼なら何か策を思い付いてくれるはずだ。そう考えたのだが。


『だったら全力を出せばいいじゃない』


 ナイトライトが告げたアドバイスは実にシンプルなものだった。そして、シラーはそれに従い、相手が上の人間である事を考えずに全力を出した。

 結果はシラーの勝利。もはや圧勝と呼べるものだった。愛人の家のおかげで団長にのし上がったとされるロインズの実力はたかが知れていて、やはり剣術はシラーの方が上だった。更に追い詰められたロインズが苦し紛れに聖属性の魔術を放てば、それを闇属性の魔術で相殺した。


 半殺しにされたロインズだったが、その後何故かシラーを気に入り、執拗に追い掛け回すようになった。妙なスイッチでも入ってしまったのだろう。もう一夜叩きのめそうとしたが、ナイトライトが「放っておけばその内飽きるよ」と言われて無視する事にした。


「ワインに何か盛られてたらどうすんだ」

「言われなくてもちゃんと調べたよ。特に何も入ってないし魔術も施されてなかった」

「だったらいい。というより、お前も飲んでいるんだ。何かあったらお前も道連れ決定だな」

「嫌な道連れだなぁ……」


 嫌そうに顔を歪めながらもナイトライトはワインを飲んでいる。それだけ美味い酒なのだろう。決闘の一件だけでなく、シラーは色々な事をナイトライトに相談して、ナイトライトはシラーに的確なアドバイスをしてくれる。これでも感謝しているのだから、ワインはそのお礼代わりにする事にした。

 シラーはつまみに用意された上等な牛から作られた干し肉を噛み千切り、空になったグラスを指差した。こぽぽ、と音を立てて底から透明な水が沸き上がる。闇騎士になったからと言って、闇属性一辺倒なわけではない。闇属性が一番得意なだけであって、こんな風に水を生む事ぐらいは造作もなかった。

 氷水のような冷たく澄んだ水が、ワインの甘みと肉の味が残る口内を綺麗に洗い流す。そこに干し肉をまた一枚。酒は嫌いだが、つまみに分類される食べ物は好きだった。


「チーズはないのかチーズは!」

「えー……君酒飲まないでしょ」

「酒は飲まなくても生きていけるが、食い物は食べなければ死ぬ」

「はいはい。厨房に行って貰ってくるよ」


 ナイトライトが立ち上がる。かなりの量を飲んでいたはずなのに足取りは素面そのものだ。感心していたシラーだったが、ナイトライトが部屋から出ていこうとする前に呼び止める。


「肉が無くなった!」

「僕のつまみをわけてあげるからそれを肉代わりにして」

「生の人参を切ったものなんてつまみになるか!」

「はいはい。あ、一応ドアに鍵かけておきなよ。ロインズだけじゃなくて、君と遊びたがる悪趣味な連中何人かいるみたいだから」

「うん? ……まあ、分かった。よし、ではお前だと分かるように二人だけの合言葉を決めよう。戻ってきたら二回ノックしろ。そしたら、私は問題を出すからお前はそれに答えろ」

「いいよ。じゃあ何にする?」


 シラーの提案にナイトライトは仕方ないとでも言うような表情で乗った。早く行かせろと顔に書いてあるのに気付かず、シラーは青みかがったボブカットの黒髪を揺らして元気良く立ち上がる。

 そして、会話をしている最中に思い付いた問題を口にした。


「北と言えば?」

「問題の内容がシンプル過ぎて分からないんだけど」

「馬鹿め! 太陽が昇る方向に決まっているだろう!」

「それ、合言葉だから他の人にはバレないようにって事だよね? 君、本気でそれ言ってるわけじゃあないよね?」


 本気で案じているナイトライトを強引に部屋から追い出す。こっちは小腹が空いているのだ。

 パタンと扉を閉めてから椅子に座り大きく背伸びをする。闇騎士の証である漆黒の鎧はシラーには少し重い。戦闘の時は魔術で重みを感じないようにしているが肩が凝るのが最近の悩みだった。

 酒は苦手なのでアルコールに逃避する事も出来ない。こんな物のどこが美味しいのかとナイトライトが飲み残したワインに口を付ける。


「…………………」


 聖騎士らしい真面目で温厚な性格なのは知っているが、こういう所はいまいち理解し切れない。シラーがグラスをテーブルに置いた瞬間だった。

 窓硝子が激しい音を立てて砕けた。敵襲かとシラーは壁に立て掛けておいた剣の柄を掴み抜剣する。


「来たれ漆黒の闇よ。この地は我の地なり。他者が足を踏み入れる事は赦さん」


 動揺せずに詠唱を唱え終わると足元から黒い霧が現れ、室内に広がっていく。敵の動きを奪う魔術である。シラー以外にこの部屋に存在する生物がいれば、それを捕らえる。

 数秒後、黒い霧の中から霧で出来た闇の手が飛び出してきた。のだが、シラーは手が捕まえたものを見て首を傾げる。 人間よりも遥かに小さく薄い黄色の柔らかそうな毛に覆われた体。ひくひくと動く鼻。頭部から生えた二本の長い耳。

 兎だった。どこからどう見ても兎だった。闇の手もこれが単なる侵入者であれば潰す勢いで握っているところだが、小さな生き物を痛め付けないように掌に乗せている。

 それだけではない。闇の手は次々と現れ、次々と兎を霧の中から拾い上げる。彼らも驚いているようだが、シラーも驚いていた。どうして兎。


「申し訳ありません。誤ってあなたの部屋に不時着してしまったようです……」


 これまた小さな銀色のティアラを被った兎が掌の上で頭を下げる。兎って喋る生き物なのか。そう思いながらもシラーは指をぱちんと鳴らした。

 霧が晴れていき、闇の手も兎を床に降ろした後に消滅させる。この兎達は悪い存在ではない。そんな自分の勘を信じてみる事にした。

 すると、兎はシラーの前にぴょんぴょん跳ねて集まった。全部で十体。その内の一匹、銀色のティアラを被った兎をシラーは抱き上げた。


「あっ! 姫様が!」

「お前達は魔物ではなさそうだが、信用したわけではない。一番偉そうなこいつは人質……兎質だ」

「姫様ー!」

「私は大丈夫です。この方はきっと悪い人間ではありません」


 姫とやらはシラーに抱き上げられたまま、騒ぐ兎達を宥めた。しかし、随分と触り心地の良い体毛である。検査と言って頬擦りしても構わないだろうかと考えていると、扉の鍵が勝手に解除されて開いた。

 干し肉とチーズを皿に乗せたナイトライトが呆れたような顔で入ってきた。念のために闇属性の魔術による結界も張っていたのだが、この男には通用しなかったらしい。


「何回もノックしたのに」

「そんな事を言っている場合ではない! 私は今、この兎のもふもふを堪能したくて堪らないのだ!」

「あ、窓まで割れてる。君まさか酔っているんじゃ……」


 ナイトライトの視線がシラーが大事そうに抱えている兎に向けられる。それからシラーの前に群がっている兎達へ。


「すごいなぁ、月兎つきうさぎなんて初めて見た」

「月兎って何だ?」

「名前通りの生き物だよ。あそこ出身」


 ナイトライトの指の先にあるのは大破した窓、ではなくその向こうにある白く輝く月だった。月兎は正確には兎ではなく妖精に近い存在だ。その高い魔力と知能で月の世界を治めている種族である。


「すごいなお前達! あんな遠くから来たのか!」

「興奮するのはいいけどね、普通は月兎はこっちに降りたりしないって聞いている。しかも、シラーが抱っこしてるのは姫。こんなに堂々と人に姿を見せるなんて……」

「逆だ! 姫様は人間に捕まって地上に落とされたんだ!」


 一匹の兎がそう叫ぶと、他の兎もそうだそうだと賛同するように飛び跳ね始める。顔を合わせるシラーとナイトライトに説明を始めたのは兎姫だった。


「先日、突然月にとんでもない化け物を連れた人間が現れ、私を愛人にすると言って地上に連れ去ったのです」

「兎を? 特殊性癖の持ち主なのかな……ていうか、月兎に手出すなんて」

「その男は私に変化の術をかけて人間にすると言っていました。元は兎でも姫と一夜を共に出来るなんて、と喜んでもいました」

「…………………」

「己の欲望のために姫を拐うとは何事だ! 許せないな!」


 その男の暴挙に開いた口が塞がらないナイトライトと対照的に、シラーは憤りを隠せずに声を荒げた。ロインズの一件もあって、そう男が余計許せなかったのだ。

 兎姫をナイトライトに預けて再び剣の柄を掴む。刃が持ち主の怒りに呼応して漆黒に輝く。


「外道め、この闇騎士シラーが成敗してくれる!」

「そのくっさい台詞どこで覚えたの」

「う、うるさい。……そんな事より月兎は本当に地上には滅多に降りないのか?」


 冷静なツッコミを受けて少し落ち着きを取り戻したシラーが疑問を口にする。


「私は昔、お前達に似た兎を助けた事がある。毛皮を狙った密猟者に殺されかけていた所に出会してな。確か薄黄の毛に金色の王冠を被った……」

「……まあ、そんな事はどうでもいいけど、どうしてその姫様がここにいるの?」

「僕らも地上に降りて姫様を取り返したんです。それで逃げている最中だったんですが……えーと……」

「私の部屋に来てしまったんだな。あれで」


 粉々になった硝子の上に転がるのは、ニンジンの形を模した兎サイズの飛行船のようなものだった。それが三台。あんなものが猛スピードで突っ込んで来たら硝子なんてひとたまりもないだろう。


「しかし、その男はどこのどいつだ。一度懲らしめて置かなければまた姫を奪いに来るぞ」

「は、はい! その事なんですが、少し困った事になりまして……」

「困った事?」

「男が私に術をかけようとした時にちょうど彼らが来てくれたのですが、その際男は従えている魔物に私を捕らえるように命令をしようとして、失敗してしまったようなのです」


 どこか遠くから地鳴りがするのは気のせいか。眉間に皺を寄せながらシラーは床を見下ろす。


「失敗? 自分の魔物なのに?」

「彼は魔導書に封じられた魔物を偶然呼び出す事に成功したと言っていました。さほど魔力を持たない彼では操り切れず、魔物が暴走を始めました」

「……その魔物は今どこにいるんだ?」


 シラーが聞いた直後の事だった。外から凄まじい轟音が響き渡った。シラーとナイトライトは窓の外を見る。


 月の儚い光に照らされた夜空に浮かぶ巨体。数メートルはあるであろう灰色の翼。冬の夜の空気を震わせるけたましい鳴き声。

 それは魔鳥と呼ばれる獰猛な魔物だった。魔鳥の長い嘴の奥から灼熱の炎が吐き出され、街を燃やしていく。人々の悲鳴が炎の音に掻き消される。

 シラーはその光景を数秒眺めた後、剣を頭上へと翳した。


「来たれ漆黒の闇よ。我を災厄から護りたまえ。更なる闇で災厄を拒絶したまえ」


 シラーの痩身を黒い鎧兜が包み込む。それと同時に窓の手摺に身を乗り上げた所で、ナイトライトが慌てて止めた。


「あれは多分姫様の言う通魔導書に封印されていた化け物だ。一人で行くなんて無茶だから止めなさい」

「しかし、こうしている間にも奴は街を破壊している。 私は行くからな!人々を守るのが騎士の役目だ!」

「はいはい。君一人でも大丈夫そうだけど万が一って事があるからね」


 溜め息一つついてからナイトライトは素早く詠唱した。全身をシラーとは対照的な雪のような純白の鎧兜が包み込むのを待たず、出現した白銀の剣を自身の足元に突き立てた。



 地上にあるもの全てが紅蓮の炎に包まれていく。燃えていく建物と逃げ惑う人々を、赤き災厄をもたらす魔鳥の上で聖騎士団長であるロインズは呆然と眺めていた。

 これは月の民を我が物にするという禁忌に触れた自分への罰なのだろうか。いや、ならば何故関係のないはずのこの国の人々が苦しむ必要などあるはずがない。

 まさに奇跡としか言い様のない出来事だった。団長という身でありながら少ない魔力で召喚に成功した、かつて一つの国を壊滅させた忌まわしき灰色の翼を持った魔物。これを使いこなせれば、団長の名に相応しい力を手に入れられるはずだと確信した。

 だが、あまりに強大な力を手にしたロインズは欲に目が眩んだ。その力を自らの願望を叶えるために行使する事を選んでしまった。

 月兎。月に住む妖精に似た種族であり、変化の魔術で人間に変えれば美しい姿になると言われている。だが、月に張られた結界は強力で高名な魔術師ですら月兎を目にする事は出来ず、ほとんどが謎に包まれていた。

 どうせなら、誰も手に入れられない女を抱いて自分の物にしたい。そう思った結果がこれだ。魔鳥はロインズの命令を一切聞かなくなり、町の破壊を始めた。

 そもそも魔鳥は元からロインズの命に従うふりをしていたのかもしれない。月兎の姫を人間に変えようとしている最中に、追手に姫を奪われて激昂しているロインズを魔鳥はせせら笑っていた。力を手にして酔いしれる人間が自分の思い通りにならず、怒り苦しむ姿を見たくてわざと傀儡と化していたのだ。


「やめろ……もうやめてくれ……」


 ロインズを背中に乗せて国が燃える様を見せ付ける魔鳥に訴えるものの、その声が届く事はない。地上からは城に控えていた聖騎士と闇騎士が攻撃しようとするが、魔法が届かず大多数で結界を張って炎を防ぐのがやっとだった。

 このままでは。絶望に心を囚われ、我が国が滅びゆく光景を見る前に自ら命を絶とうと考えた時だった。


「来たれ聖なる光よ。舞い降りよ気高き純白の竜。清らかなる心で悪しき魂を打ち砕かん」


 前方から白い光の矢が数本魔鳥めがけて向かってくる。魔鳥はそれを身を翻して回避しようとしたが、右の翼に一本が命中してしまう。

 光の矢は翼に埋まった瞬間、目映い閃光を放ち羽を肉を骨を燃やしていった。血すら残らない。激痛に魔鳥が悲鳴を上げる。


 何が起きたのかとロインズが矢が向かってきた方向に目を向ける。炎の光によって仄かに明るくなった夜空の中を白い物体が駆けてくる。

 それは白銀に輝く鱗を持った美しいドラゴンだった。そして、その上には二人の人間が乗っている。

 一人はロインズがいつか抱こうと目論んでいた闇騎士のシラー。

 もう一人は団長であるロインズよりも高い実力を有していると言われている聖騎士であり、部下であるナイトライト。ナイトライトは満面の笑みを浮かべるシラーに兜の上から頭を撫でくり回されていた。


「お前すごいぞナイトライト! こんなにすごいドラゴンを召喚出来るなんて聖騎士の中の聖騎士じゃないか!」

「痛い痛いやめて。それにあまり長い間は出しておけないからさっさとあの烏倒すよ」


 巨大な魔鳥を烏呼ばわりした後、ナイトライトは白銀の剣を月へと降り翳した。


「来たれ月の光よ。舞い降りよ気高き純白の竜よ。滅びをもたらす魔を清らかな光で浄化せよ!」


 ナイトライトの叫びと共に竜の体が一際白く輝く。魔鳥が反撃に出るべく突っ込もうとするが既に遅い。竜が純白の炎を吐き出し、ロインズもろとも魔鳥を飲み込んだ。死の予感にロインズは堪らず叫ぶ。


「ひ、ひぃぃぃぃ助けてくれぇ!!」


 全身を聖なる炎で焼かれる魔鳥の断末魔に掻き消されないようにと声を張り上げるロインズ。ナイトライトは鼻を鳴らした後、ぽつりと呟いた。


「それは対魔物の炎だから人間は焼かないよ……あんたみたいなクズはどうかは分からないけど」

「ん? 何か言ったかナイトライト」

「何でもないよ。それよりどうして君剣構えてるのさ。もう魔物は退治したっていうのに」

「お前だけに頑張らせるのはいけない。私も騎士として何かをしなければ」

「えー……?」


 ナイトライトの「えー?」も気にせずシラーは漆黒の剣の切っ先を地上へと向けて詠唱を始める。


「来たれ深淵の闇よ。暗き門を開き、滅びの炎を全て無に還したまえ」


 黒い空に無数の穴が生じ、多くのものを燃やしていた炎がその中へと吸い込まれていく。怯え戸惑っていた人々からの悲鳴が止み、町に静かな闇が戻り始める。

 その様子をシラーは満足げに見下ろしていた。後は怪我人の救出や手当てをすればいい。自分達も降りて先に地上で動いている騎士達と合流するのだ。


「よし、ドラゴンに私達を降ろすように言えナイトライト」

「君今のでかなり魔力使ったでしょ。まだ動けるの?」

「あんなもの使った内に入るか!」


 異空間の門を開く事は容易ではない。しかも複数。熟練の魔術師でも魔力が底を尽きる程の魔術を使ったシラーにはまだまだ余裕があった。

 生まれ持った絶大な魔力と卓越した剣術によって女性初の闇騎士になった彼女にとっては、高度な魔術もあんなもの扱いのようだ。本当に彼女は人間なのかとナイトライトは疑った。が、『彼女』は外見はどこからどう見ても人間だった。







 一ヶ月後、町は兵士達の頑張りと魔術師や聖騎士闇騎士の魔術によって完全にとは行かないが、ほぼ平和を取り戻していた。その裏でロインズは団長及び聖騎士の称号を剥奪され、牢屋行きとなった。本人があの魔鳥を蘇らせてしまったと自白したのだ。焼かれずに済んだ木の上に落下したロインズを発見した兵士達に、諦めたような表情で全てを話したのだと言う。

 思わぬ形で空席となってしまった聖騎士団長の座は今回、大きな功績を残した彼が継ぐ事になった。


「本当は面倒臭いから嫌なんだけど、そうも言ってられないからね」

「そんな事をシラー様が聞いたら怒られますよ」

「窓を壊した君達は怒られなくて、どうして愚痴っただけの僕は怒られるんだろう」

「わ、わざと壊したのではありません。……本当は最初はシラー様でなくあなたに助けを求めていた事を考えると申し訳ないですが」



 町や城が大きく見回せる小さな丘の上でナイトライトは欠伸をしていた。その隣には銀色のティアラを被った黄色の兎。

 今回の事件の原因になってしまったと、地上にやって来た月兎は町の復興に協力する事になった。伝説の種族の介入に城の大臣は大騒ぎだったが、彼らの魔術は大いに役に立った。愛らしい外見で魔鳥の恐怖に怯えていた子供達の心も癒す事が出来た。


「でも、別にこっちでも偉くなりたいから地上での生活始めたわけじゃあないんだ。ただ彼女に恩返しがしたくて様子を見に行ったのが始まりだし。そしたら、生き急いでる感がすごくて放っておけなかったから一緒にいるようになって気が付いたら団長かぁ……」

「王族である事を捨てて恋に生きる兄を私は大変好ましく思いますよ」

「恋ねぇ。まあ、恋なのかな。どうしてよりにもよってあの子を好きになったかは自分でも分からないけど」


 くわぁ、とナイトライトが再び欠伸をした時だった。背後からドスドスと大きな足音を立ててシラーが走ってきた。月兎好物の新鮮な人参と赤紫色の液体が入った瓶を抱えて。


「ナイトライトも姫様もこんな所にいたのか。捜したぞ!」

「君騎士なのにあの足音はちょっと……」

「お前相手に気配を隠してどうする。ほら、姫様! 美味しい人参を持ってきたぞ」

「ありがとうございますシラー様」


 兎姫はシラーから人参を受け取ると、それを美味しそうにカリカリかじり始める。ふわふわと柔らかい背中を撫でてながら「おかわりもあるぞ」と微笑むシラーは私服なためか、騎士にはとても見えない。

 その笑顔をぼんやりと眺めていたナイトライトだったが、突然視界が紫色になる。シラーに瓶を突き出されたのだ。


「お前には団長になったお祝い。葡萄ジュースだ」

「……ワインじゃなくて?」

「だってお前ワインというか酒が本当は嫌いだろ。この前もワインを魔術でただのジュースに変えて飲んでいたじゃないか」


 ナイトライトが顔をしかめる。だが、それに臆する事も気を悪くする事もなくシラーは笑った。笑ってナイトライトの金髪をくしゃりと撫でた。


「これからは一緒に甘いジュースを飲むぞナイトライト!」

「……はいはい」

「あと、つまみは干し肉と人参の他にチーズも付けろ」

「ジュースにつまみは要らないよ……」

「酒につまみはあって、何故ジュースにつまみはない!?」


 頬を膨らませるシラーにナイトライトは「知らないよ」と首を横に振る。そんな二人の会話を聞きながら兎姫は人参を黙々と食べていた。

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[一言] もふもふのうさぎにティアラがちょこんと乗った光景を想像しました。 死ぬんだが?可愛すぎて死ぬんだが?
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