第十話【黒い鬼と黒い鉛筆VS武蔵坊弁慶=決着】
二ヶ月ぶりですね! 読者の皆さん! 今回の前書き担当の筆無茜と!
貝塚真です。
真君、確か今回は異常に長いんだよね?
うん。文字数が一五〇〇〇以上あるらしいよ。
二ヶ月ぶりだからかな? 何だか作者の人、変じゃなかった?
そのことについてはあまり触れないであげようよ、茜さん。
そうだね。真君が明後日の方向を向き始めたからそろそろ前書き終わろうか?
全然、前書きらしいことはしてないけどね。
それでは!ボロ秀第十話!
【黒い鬼と黒い鉛筆VS武蔵坊弁慶=決着】
頑張ってください!
気分が悪くなったら十五分以上の休憩を!
「か……の…………神乃!」
「!…………嫁?」
「…………アンタこんな時に……!」
「それより、此処は…………………何処だ?」
「本っ当にマイペースね……アンタ」
呆れたと言いたげな顔を私に向ける嫁。互いに両手両足を縛られていながら余り動揺していない。
私はともかく、この娘は何故平気な顔をしていられるのだ?
やはり、奇妙な変人の嫁だから本人も変人なのか?
類は友を呼ぶというがこの場合はどうなのだろう?
様々な疑問は残るが今はこの状況をどうにかせねばなるまい。
試しに首を左右に動かし辺りを探ってみるか……。
辺りは日が落ち夜となったせいか暗い。だが月光を反射する湖と月光そのものにより全く見えないと言うほどではない。
だから、辺りを見渡せるというものだ。首を捻れば不良がアリのごとくいる。
「弁さん! 一さん、携帯の電源切ってるっぽいです!」
「あの人は機械音痴だからな…………おおかた何かのボタンと間違えて電源切っちまったんだろうぜ……ハァ……」
「弁さん! 郷御前が……こっちに向かってるって連絡が郷御前の部下から!!」
「何だと!? 火憐は一狼さんについて行って瓶高を制覇しに行った筈だろ!?」
「弁さん!! 瓶高ってなんですか?!」
「一狼さんをシメようとしてる馬鹿な高校だ!! てか、それぐらい知っとけ!」
「弁さん! 郷御前が……来ます!!」
「てめぇ等!! 整列だァ!!」
『へい!! 弁さん!!』
付近でだらけていた不良共が一斉に立ち上がり背筋を伸ばし整列した。そして、訓練された戦士並みの敬礼。弁というまとめ役は整列した不良共の一番前に立った。
さらに暗闇の中ここにいるどの不良よりも存在感が強い足音が聞こえてくる。
月の光に照らされ現れたのは――――
「弁慶、アンタ達何やってんの?」
整った制服、かなり伸びている鮮やかな黒髪。そしてくびれたウエスト。腰にはよく使い込まれた竹光の様な物がありその声は落ち着いたトーンの美声。
スレンダーな身体を持ち一歩後ろには恐らく側近と思われる女が二人。
どちらも制服を着てはいるが左の三つ編みの方はかなり着くずしている。一方、右のパーマというものが掛かったショートの方は二人と制服は違うが美声の娘と同じく整っている。また右の方だけ何か長い棒が入っていそうな袋を自身が小柄のためか背負っている。
「お前さんが気に入りそうな女を二人程確保しておいた。だがあのショートヘアーの方は気をつけろ。俺の部下が一人一撃でやられた」
「そう。麗斗、稲。その二人はいいから用事を済ませて帰りましょう」
「はい。姐さん」
「了解」
「あ? 用事って何だよ?」
「一狼が瓶高を制覇したっていう報告。それと例の二人組みを早く見つけろっていう伝言よ」
「おおっ! さっすが一狼さんだ!! おい! お前等宴の用意だ!!」
『へいっ!!』
「お前等、伝言の事忘れてたんじゃないだろうね?」
「同感」
「そんな訳ねぇだろ! あの二人を探せって言ったのは一狼さんだ! あの人の言う事は絶対だからな!!」
『その通りだ!!』
「一狼、相当怒ってたわよ。早く見つけないとアンタ達、一狼に殺られるかもね」
『………………』
「全員揃って青ざめるなんて情けないわねェ」
「凝然」
「二人共、行くわよ」
「おい、どこに行くんだよ!」
「拠点よ。それ以外どこがあるの?」
「この女二人はどうするんだよ!?」
「さぁ? 好きにすれば」
「アタシ達の知ったこっちゃないわよ」
「自由」
スタスタスタスタ
火憐、郷御前、姐さんと三つの呼び名を持つ細身な娘は麗斗(三つ編み)と稲(パーマショート)と呼ばれた二人の側近を連れ、去っていった。
*
夕日が沈み辺り一面が暗くなった現時刻、十九時頃。
隣で鼻歌を挟みながら歩く変人の横顔に苛立ってしょうがない。
「大誠、懐かしい場所に行くぐらいではしゃぐな。ガキじゃあるまいし」
「いいじゃねぇかよぉ。なんてったって俺達の思い出が詰まった場所だぜ」
「発想がガキだな、お前」
「おう。若返った気分になるからよ。にっひっひ」
どれだけポジティブシンキングなのか知らないが口調が明るいというのと笑い方がらしくないところをみるとやはりはしゃいでいるようだ。
「気持ちはわからないでもないけどな、あんまり顔に出すなよ。みっともない」
「秀に言われたくないな」
「どういう意味だ!?」
しゃくにさわる言い方をされつい強い口調で聞き返してしまった。
だが当の変人は別に気を悪くしたわけでもなくただひたすら鼻歌を口遊む。
「ん? そう言えばだけどよ、秀?」
「何だよ? 何か思い出したのか?」
「ああ。神乃ってさ、よくあそこまでお前に喰らいついていけてるなあって思ってよ……アレって普通の女子の体力でも問題ないのか?」
大誠の問いに対し少し考える。
(俺が思うにあの異常なスタミナと鋭い手刀は普通の女子高生ではまず無理。ましてやあの小柄だ……一体どこにそんな力があるのかという疑問もあれば空手等の武道経験者なら不可能では無いという仮説もある。だが武道経験者ならば必ず癖が出る筈。なのにあいつにはそれが無かった。俺のような過去があるというならば話は別だがあいつの過去なんて知る由もない)
俺がたどり着いた仮説と言えそうもない仮説。
息を吸い、そして、
「多分、神乃アテナは人間じゃ無い。名前だけで考えれば、女神アテナっていうとんでもねぇ答えになっちまう。俺の筆箱を見た時あいつがなんて言ったか覚えてるか?」
「勿体ぶらずに教えろよぉ」
気の抜けた声ではあるが否定が無いということはあながち聞く気になったということか。
俺は続きを述べるためにまた息を吸う。
「『この世に二つとて在る訳がない!』『私しか持つことを許されていないからだ!』って真剣な顔であいつは言った。まるで、あの筆箱が何かの力をもった特殊な物だと言いたい様な感じだった」
「つまり秀は、神乃があの筆箱が本当は何なのか知っていてそれを管理していた女神様は神乃自身でどういうわけか秀が持っていたから取り返しに来た本物の女神って言いたいのか?」
「えらく、分かりにくいが結論はそうだ。まぁ、あの体力や手刀も神様なら頷ける」
「でも神様って神話に出てくるあれだろ。ギリシャ神話とかどっかそこらへんの。本当に実在すると思うか?」
「言っただろ。多分って。俺も神様が本当にいるなんて信じちゃいねぇよ。ただそれぐらいしか例えることができそうも無かっただけだ」
大誠は今だにう~んと頭を悩ませている。
あいつを神だっていう決定打が無い以上悩ませても仕方無い。
「おら、行かねぇのか? 鬼柄湖に」
「…………」
無いおつむを使って考えているからだろうが、俺の話を無視した大誠にイラっとしたから取り敢えず一発鳩尾目掛けて右拳を叩き込む。
そうすると案の定、息を詰まらせ涙目になった大誠の出来上がり。
「ゴートゥオニガラコ?」
慣れない英語を使い再度問いをにっこりと笑って優しさ(半分殺意)を込めて投げる。
「…………い……エス」
腹を抑えて変人も涙目で返答したのだった。
*
葵という娘が去り不良共は緊張の糸が切れたかの様にその場で息を吐いた。
「それにしても一さんは流石だよな!」
「ああ! 学校一つ制覇するのに一日かかってないんだからな!」
一人が喋り出すとそれに釣られて周りにいる不良たちも賑やかに騒ぎ出す。
これだけの人数を従え、尚且つ葵の様な強いであろう者まで支配下に置く一狼と呼ばれる者。
一体どれほどの器の持ち主なのか…………。
「弁さん! この女共……好きにしていいんですよね?」
この一言が鼓膜を震わせると悪寒が走った。隣で大人しくしているアリアも同様なようだった。
だが、アリアは一瞬こそ私と同じようになったがすぐに落ち着いた表情になった。
弁慶なる者が先程の問いに対し何か悩んでいる様子。
そして、ついに、
「よし。いいだろう。好きにしろ!」
『ヒャッホォォイ!!!!』
今の一言によりそこにいる不良の全員が片手を上げ大音量で声帯を震わせる。
不良達にとってキーワードだったようだ。
拳って走り出した。
私達に向かって。
各々、私達に手を伸ばしている。いち早くと言った表情で。
これは、まずい!
今は両手両足動かない上に神としての力も権限も無い……。
状況が詰んでいる。
こんな奴らに…………こんなっ奴らに!!
処女神たる私が…………!!!!
苦い悔やみを噛み締めているこの一時。
突如、静けさが訪れる。
「飛び蹴り一丁! 入りまーす!!」
「ぬおっ!?」
何が起きたのか、私は一瞬分からなかった。
だがこれだけは言える。
名を心の中で叫んだ自分を凌駕する人間が弁慶を蹴飛ばしたということは。
*
「何だテメェは!!」
「弁さんになんて事を!!」
「そうだぜ秀。今のは飛び蹴りじゃなくて回し蹴りの方がいいと思うぜ?」
「しょーがねぇだろ。空中で身体回すのは難しいんだからよ」
「テメェただで済むと思うなよ!!」
「リンチ確定だァ!!」
「大体、何で此処にこの二人がいるんだよ?」
「俺が知るわけねぇだろー。ここでこわーい顔してる後輩達にでも訊いてみるか?」
ニヤリと大誠は笑う。
久しぶりに思い出の場所に足を運んだのはいいもののトンデモない現場に遭遇してしまった俺達二人。
大誠は影で見守ると鼻血を垂らしながら提案したがそれは人としてどうだ? と問い返したところ沈黙が返ってきた。
沈黙は肯定とみなす俺は雑兵共を仕切っているデブに飛び蹴りをかましたというのが今に至るまでの経緯だ。
「ちょっと!? アンタ達! 何してるのよ!?」
「お、アリア! 無事か?」
「笑顔で私を心配してくれるのは凄く嬉しいけどアンタ! 約束を破る気?!」
「だってよ。秀」
「俺に答えろって言いたいのか?」
「頼むぜ、親友っ!」
微笑を浮かべ親指を立てた拳を突き出してくる大誠。
俺は一度月を見上げ溜め息を吐き剣間に向き直る。
そして弁論する。
「俺はあの時『もう二度とお前達を泣かせたりしない』といった。大誠は『平和に生きる』といった。だから俺は約束した内の一人であるお前を泣かせないために、大誠は平和を維持するために、今ここにいる。結論を言ってやる……約束を破る気は! 毛頭! 無い!!」
言い切った俺の隣で変人がパチパチと拍手をしている。うぜぇ。
剣間は一瞬驚いたようだが表情を元の凛とした顔に戻した。どうやら納得してくれたようだ。
本当なら剣間に対しては大誠が話すべきなんだが…………こういう真剣なことは柄じゃないと思っているコイツは意地でも言わないだろうな。
拍手がうざい。
それと、何時の間にか俺と大誠を円形に囲んだ雑兵の目が俺達に集中している……気持ち悪い。ホモかこいつらは?
「随分と大見得張るじゃねぇか。さっきの飛び蹴りも効いたぞ」
おまけにさっき蹴飛ばしたデブが立ち上がり俺に視線を向けている。
その身体は正に武蔵坊弁慶と呼ぶに相応しいデカさだ。俺は勿論大誠よりも縦横がでかい。
「大誠、二年ぶりだな」
「そうーだな。で、やり方はどうする?鬼門でいくか?」
「多分自然とそうなると思うぜ? あのデブ俺に狙いを絞ったみたいだしな」
「……(ブチッ)」
「ん? そうか。じゃ、あのデブは任せるわ」
「……(ブチブチッ)」
「ああ。お前はあのデブ《・・》の手下が神乃と剣間に近づかない様に熊城で頼む」
「……(ブチブチブチッ)」
「りょーかい」
「ゴラァァ!! 黙って聞いてればァ好き勝手言いやがって!! 俺を『百力豪腕の弁慶』だって知ってんのか!! 馬鹿にしやがってェェ!!」
「吠えるな、デカ物。さっさとかかってこい」
デカ物は吠え、釘バットを掲げながら俺に向かってくる。
それと同時進行で大誠は剣間と神乃の元に走り出した。
俺が敵の親玉を相手し、大誠が知人の守り、雑兵の相手に徹する。
これが鬼門と熊城。
*今二年の時を経て、黒夜叉と黄金熊が嵐を巻き起こす。
*
「筆無…………」
「神乃。アンタ、あいつの昔を教えて欲しいのよね?」
「ああ」
「あいつはリンチにあっていったって言ったわよね?」
「ああ」
「その時にあいつを助けた……っていうか協力したのが大誠なの。
二人になったことでリンチではなくなったんだけど……あの二人、何故か互いに殴り合っていたのよね……。まぁ、リンチしてた連中はあの二人が何時の間にか倒していたのよ。
ふふっ、それの後からはもうあの二人だけの喧嘩になっていたわ。おかしな話よね助けに入った大誠を殴って、相手にするなんて理不尽よね。
でも、その時の二人もうフラフラだったのに顔が笑っていたわ。
きっと正々堂々、殴る事であの二人は何か似たものでも感じとったんでしょうね」
「何かとは?」
「さぁ? 私にはわかんないわ。
でも、その日以降、私が気づいたときにはもう既に大誠の隣にあの筆無がいたし喧嘩するにも二人でやっていたわ。
あの時の二人は、色々と荒れていたから喧嘩しない日が珍しいってぐらいほぼ毎日喧嘩していたわ。その度に怪我をして、私や築谷に心配かけて、真君や茜ちゃんを泣かせて、こっちの身にもなって欲しいものよ」
「真? 茜? 誰だ? その二人は?」
「真君は大誠の義弟。茜ちゃんは筆無の妹。二人は同級生で幼馴染みよ」
「では、筆無のあの強さは一体何だ? あれ程の体格差がありながら何故優勢に戦える?」
「多分それは、大誠が今私達を守ってくれているからでしょうね」
「どういう意味だ?」
「正確に言えば、今の筆無に不安や動揺、心配事がないことが秘訣だと思うわ」
「迷いがないということか? 確かに戦いにおいて迷いは致命的なものだが――――」
「違うわよ。大誠が私達を護ってくれることで筆無には弱点となる穴が塞がったのよ。筆無が一番強くなる時、つまり全力を出せるのは人質への心配が無くなった時。そして、大誠が一番強くなるのは誰かを護っている時だから。互いが全力を出せるように互いが相手の弱点を塞いでいる。この戦い方からあの二人に厨二病って言っても間違いないキャッチコピーがついたの。聞きたい?」
「是非聞かせてくれ!」
「そこまで食いつくんだ……。ごほん。『前門の鬼、後門の熊。黒夜叉と黄金熊』」
「今の状況がまさにその言葉通りだな」
「昔を思い出すわね。アレを見てると」
「思い出に浸る前に私達はどうすべきか……」
「別にどうもしなくていいわよ。あの程度の人数なら問題無いだろうし、安心して観戦してれば?」
「それもそうだな」
*
「オラァ!」
「よっと」
デカ物が釘バットを縦に振り下ろすと俺は前に出た。
何故なら下がって体勢を立て直すより、攻撃して隙が出来た敵をわざわざ見逃すほど俺は馬鹿じゃない。
そして、相手の懐に入ると右拳をデカ物の鳩尾に叩き込んだ。
「出た! 秀の十八番『鳩尾クラッシュ』!!」
「なによ、その名前! 物騒ね!」
「なるほど。相手の攻撃を見切り、間合いを詰め、急所に拳を……流石と言ったところか。筆無!」
「ちょっと! 神乃! アンタ今筆無にときめいたでしょ!」
「何を言う! 嫁! バカバカしい!」
「真っ赤になって否定されても説得力ねぇぜ?」
「貝塚は黙って、私達を護りなさいよ!」
「なっ!? それが護ってやってる俺に対して言う事かよ!?」
「五月蝿いぞ! 夫婦!」
「誰が夫婦よ!」
「貴様だ! 嫁!」
「誰が嫁よ!」
「うるせぇぞ!! 黙ってろ!」
たっく……始まったら止まりゃしねぇ。漫才なら学校でやれ。きっとうけるから。
「よそ見してんじゃねえ!!」
後ろから迫ってくる弁慶の突進を左に飛び、躱す。
「この野郎! 逃げんじゃねぇよ! ビビってんのか?!」
「逃がしてんじゃねぇよ。反撃されるのが怖いのか?」
猛進する身体を止め俺に向き直る弁慶。その顔は自信に満ちている。
「確かにさっきのストマックブローは中々見事だった。それは褒めてやるよ。だが、しかし!!」
さっきの鳩尾への攻撃は完璧に決まっていた。それを受けても尚、立ち上がるのは恐らく――――
「俺には効かん!!」
ボロい制服を脱ぎ捨てたそのデカい身体には剣道で使用される『胴』が装着されている。やっぱりか。
「何だありゃ!? アンナもん反則だろ!」
大誠の意見も最もだが、グチグチ言ってあいつが胴を外す訳が無い。
「喧嘩にルールなんてねぇんだよ!」
そう叫ぶと弁慶は左手に持った釘バットを上段に構える。そして、俺に向かってまた猛進してくる。
懲りないやつだ。学習能力が枯れてんのか?
俺は弁慶によって振り下ろされる凶器を左に躱す。
だが、躱した俺の目前に金属バットの先が現れる。
体勢がやや崩れている、今の俺じゃあ……! 避けることは……不可能!
咄嗟の判断で左腕で金属バットの進行を食い止める。
それでも、俺は、背後で輝く湖まで吹っ飛んだ。
*
「はっはっはははは!! さっきのお返しだ!」
「秀!」
迫り来る不良達を相手取りながら筆無の名を叫ぶ変人。
筆無があれ程までに飛ぶとは……奴の腕力は一体どれほどの……!
「てめぇ! よくも秀を!」
「なんだぁ? 今度はてめぇが相手に何のか?」
この変人が私達から離れれば間違い無く不良達は私達を人質に取るだろう。それが解っているからこそ変人は苦虫を噛み潰した様な表情になっている。
筆無…………。
奴は、私達を助けにきた。だから奴は今、湖に……。
私にも責任があるようだな。
この嫁を護ることが出来なかったこと。筆無からアレを取り返せなかったこと。
その根底は私が天界からアレをこの地界に落としてしまったこと。
あの時から剣呑は感じていた。なのに防げなかった。
全ては私の……失態が招いたこと。
ならば、名誉挽回せねばなるまい。
私は神だ。人間を、生きとし生きるものを導き、支え、護るのが使命。
「っ!」
「ちょっと! 神乃!?」
私は使命を全うする為、走った。
私の権限の根源である、今は筆箱の形をした『神の武装庫』へ。
*
冷たい……。
俺は……ああ、そうか。
湖に吹っ飛ばされたのか…………ったく。やっぱり、身体が鈍ってたか。まぁ、二年ぶりだからな。喧嘩するのは。
そう言えば、鬼柄湖ってこんなに綺麗だったのか……潜ったことないから知らなかったぜ。
さて、そろそろ、休憩は終わりにしねぇとな。
水を掻こうと両手を伸ばす。だが、左の腕に刺激が走る。
っつ!?
口から漏れた酸素を惜しむだけの余裕が無く刺激が走った部位に顔を向ける。
すると、左腕は紅く腫れ上がっており、全く動かす気になれない。考えたくは無いが、恐らく…………折れているな。
……まいったな。冷や汗が出るがそれも瞬時に水と同化する。まるで、行くのが無意味と言いたげに。
右手だけで何とかして水を掻き、足をバタつかせ水面へと浮上する。
それでも『行かない』なんて、選択肢、俺には無い。
溺れるのは当然だが、何より、俺には有言実行の義務がある。
『買った喧嘩は必ず勝つ』
そうでないと気がすまない。
俺は右手と両足を限界の速度で動かし浮上した。
*
「今頃、あのすばしっこい黒髪は湖の底に沈んでるだろうぜ! 後は俺を馬鹿にした、てめぇをブチ殺すだけだ!」
「こんなに怖い後輩……見覚えがねぇんだけどなぁ…………」
額に汗を浮かび上がらせながらも気さくに冗談を口にする大誠。途中、アテナが離れた。だが、それを追いかけることが出来ず、近くにいるアリアを護ることに専念している。
秀が湖に飛ばせれた後、暫く不良達の相手をしながら弁慶の猛攻を受けふらふらになりながらもなんとか耐えている。
相棒が戻ってくることを信じて。
「ったく……イってぇ、攻撃かましやがって…………今度は俺が褒めてやるぜ……弁慶!」
大誠の信じていた相棒の声が鬼柄湖にいる全員の神経を刺激した。
「秀! って!? お前何だその腕!!」
湖に視線を向けた大誠が見たものは。
全身から水が流れ落ち、左腕が血まみれの鎖の様に無残に肩からぶら下がっている。
髪は濡れているにも関わらず獅子の様に逆立っていて、瞳には闘争心が満ち溢れ、爛々としている。
身体のダメージは入院ものだが、意地がそれを否定している。
つまり――――
「漢だな……お前」
思わず、弁慶が敵に敬意をはらう。それだけ、今の秀は颯爽としていた。
「ハッ……お前が釘バットと金属バットの二刀流だって知ってても多分さっきの攻撃はこの俺じゃあ、避けられなかっただろうし。何より、喧嘩には、卑怯も、やり方も、何にもねぇ」
秀は水のせいで重みが増した制服を器用に右手だけを使って、脱ぎ捨て、白いカッターシャツの裾をズボンから出し、ラフな格好になる。
「喧嘩に必要なのは――――」
そして、二年前までの口癖を。
「理由と、何があっても折れねぇ意地の二つだ!!」
喝破した。
その後、まるで呼応するかの様に言葉が返ってくる。
「筆無秀! どうやら私は貴様のことを見くびっていたようだ。よって、貴様に敬意を評し、私の力を貸してやろう!」
秀と大誠がこの場所に到着した地点にアテナは仁王立ちしていた。その手には右に秀の筆箱、左はその筆箱の中。
「てめぇ! こんな時に、なに俺の筆箱盗んでんだ!」
「安心しろ。もう『返せ』とは言わん」
「そりゃそうだろうな! だってもう、お前の手の上にあるんだもんな! もうその必要が無いからな!」
「違う。これはお前に預けると言っているのだ」
「はぁ!?」
「筆無、貴様に神の恩恵を授けよう!!」
アテナが言い切ると白い筆箱が白光をあげる。
そして、一つの光りが秀の左手に吸い寄せられる様に収まる。その光りは縦の長さを増し、光が消えると黒い刀身の直刀が姿を現した。
「って、なんだこりぁ!? 刀!? こんな物騒なもん筆箱に入れた覚えはねぇぞ!?」
素っ頓狂な声を上げ驚愕の表情を浮かばせる秀。
アテナは落ち着けと言わんばかりに言葉を並べる。
「当たり前だ。それは貴様の筆箱に入っていたヒノキに私の権限を少しばかり宿したのだからな」
淡々と述べるアテナ。その言葉と現状に自分の予測を確信した秀。そして、全く状況を理解出来ていない弁慶とその手下、大誠とアリアの二人。
秀は左腕の痛みが取れていることに今気づく。
その思考を察したアテナは追加説明をする。
「ついでに、その腕の傷も権限により完治させた。感謝しろ」
秀はその説明に取り敢えずと納得した。
そして、弁慶を見据え、笑みを漏らす。
「おい、弁慶。これで、お前の負けは確定した」
切っ先を標的に向け秀は勝利宣言をする。
「はぁ?」
突然の妄言に首を傾げる弁慶。いくら、鋭利な凶器を持っていたところで自分はそれを向けられることに恐れない。幾度となく積み重ねてきた経験がその自信をさらに強靭なものにする。
(一狼さんの……に比べりゃぁあんなもん屁でもねぇぜ)
「まぁ、直ぐに分かる。それより、お前、誰の部下だ? お前がコイツら纏めてるのは見れば分かる。だがな、お前はコイツらにとって絶対の存在じゃない。お前自身も自分の力に邁進してないところを見ればお前の上にいることが分かる。答えろ」
「誰が、教えるかよ!! あの人は、お前なんぞが名前を訊いていい御人じゃねんだ!!!!」
周りにいる不良すら凄ませる怒涛の咆哮。
「…………そうか」
立派な忠義に感服する秀。だが、その顔は弁慶を哀れんでいるようにも見て取れる。
表情とは裏腹に腰を落とし居合いの構えを取る。
弁慶との距離、およそ一〇m。
(走って来るなら、来やがれ。両バットでたたきつぶしてやる)
弁慶は内心で秀が起こすであろう行動を先読みし、対策を瞬時に編み出した。
だが、その対策は無意味となる。
何故なら――――
「フッ!」
秀は地を一度蹴る。たったそれだけの動作で、一〇mの距離が刹那に詰まった。
「!?」
弁慶は思わぬ出来事に身体が一瞬、固まる。これでは、防御の体勢も取れない。
「吹っ飛べ!!」
秀の一声が発せられると同時に横一文字に切り裂かれる金属、釘の両バットと胴。
そして、今度は弁慶が、吹っ飛んだ。湖とは逆の方向。
また、秀と弁慶に距離が出来る。その距離、およそ二〇m。
弁慶の配下の不良達が、挙って弁慶の元へ駆け込む。
その壮大な足音がこの喧嘩の幕引きの合図となった。
*
「ふぅ……終わったぜ」
息を吐き、唖然としている大誠、アリアに分かりきったことを告げる秀。
表情は疲労を訴えている。
「筆無、貴様は流石だ」
一人、秀を褒めるアテナ。まるで、我が子を愛でている母のような顔をしている。
「それより、お前等、何でこんな面倒なことに巻き込まれた? まず、それを――――」
「まず、それじゃねぇだろ!」
平静でいる秀に対し大誠は秀に詰め寄った。
「お前、何だよ!? アレ! 普通の奴があんな距離をあんな短い時間で移動できる訳がねぇだろ! お前どうかしちまったのか! あんな超人じゃなかっただろ!?」
「煩いな。ギャアギャアと……」
唾を飛ばしながらも疑問を解決させるべく秀を質問攻めにする大誠。
そんな、変人の唾を止めるべく黒い刀身を変人の変な喉元に引っ付ける。
瞬時に大誠の顔は青ざめ、大きく開けていた口を塞ぐ。
「貝塚の言う通りよ。筆無、アンタどうしたの? それに神乃、アンタも、一体……?」
「私は…………貴様等で言うところの神だ。神としての名は『アテナ』。知恵と戦いの女神だ」
「は?」
口をポッカリと開くアリア。
秀はその言葉を訊いて、頷いた。
「やっぱりな……お前の言動には謎な点がいくつもあった。まぁ、有り得ないと思ってはいたが……こんなもんが飛んできたら、嫌でも理解するしかねぇ」
黒い刀身を見つめながら、秀は驚きもしたが、難問に正解したという達成感を味わい笑みを浮かべた。
その言葉にアテナは眉をひそめる。
「神に向かって随分と失礼な物言いだな。その『黒鉛筆』と私の助力が無ければ今頃、貴様は湖の藻屑と化していたであろうものを」
「ドジな失敗を仕出かした上に俺の伯母の若い頃に化けといてどっちが失礼な物言いだろうな?」
黒い刀――――黒鉛筆と呼ばれた直刀を地面に突き刺し、杖にしつつ、アテナの揚げ足をとる。
「なっ!? 貴様、まさか、あの者の血縁者なのか!?」
「だったら、何だ? 神様がその程度で驚くなよ。もっと、堂々としろ」
「貴様に言われる筋合いは無い! それより早く、黒鉛筆を渡せ!」
「おい、そのブラックシペルンって元からこの刀の名前か? それともお前がその場の思いつきで付けたのか? 答えろよ、女神様」
「も、勿論、元々付いていた名だ」
「歯に衣を着せぬ。女神様?」
「…………その場の思いつきだ」
秀に問い詰められ、苦々と正直に答えたアテナ。
「神様が嘘をつくとはな」
「くっ…………楽しいか? 目くじらを立てるのは?」
凄みを込めた声を口にした女神は黒夜叉を睨む。
「まぁ、相手が、嘘つきな神様だからだけどな。滅多にいじれない、貴重な体験だ。今のうち堪能しておこうと思ってな」
「悪趣味な人間だ。流石、黒夜叉と謳われるだけはあるな」
「てめぇ、誰に聞いた?」
「あそこで唖然としている嫁からだ」
「嫁? ああ。剣間か」
「筆無、アンタまで、『嫁』=私なのね……」
「あんまし、気にするんなよ? アリア」
「誰かさんの行動のせいでこうなってんでしょ!」
「人に責任を押し付けるなよ!」
アリアの肩に手を置く大誠を怒鳴り散らし、見事、夫婦喧嘩の劇場が開かれる。
そんな劇場を鑑賞しながら、アテナは秀に訊く。
「貴様、攻撃が当たる瞬間、刃から峰に返したな?」
「何だ、気づいてたのか? てっきりわからなかったのかと思ったぜ。まぁ、気づいたってことはお前が強いってこと。俺や大誠が来なくても剣間は無事だった訳か。無駄な労力を使っちまったぜ」
肩を竦め、溜め息を吐いている鬼を女神は横から見つめる。
(いや、今の私ではあの娘を護ることは出来なかった。感謝しているぞ。黒夜叉よ)
「何だよ? この黒いの返せってか?」
横からの視線に気がつきその元に耳にたこができるほど聞かされた言葉を送る鬼。
「………………いや、この筆箱は、貴様に預けよう……今の私が持つには値しない」
その鬼の疑問に女神は目を閉じ、そっと呟いた。
小さな呟きを一言も逃さずに鬼の聴覚は聞き取った。
そして、自身は、黒鉛筆を地に突き刺したまま踵を返し鬼柄湖に背を向ける。
「おい、大誠、剣間。そろそろ帰るぜ。もう九時は回ってるだろうしな」
「げっ!? マジかよ! 今日は真とゲームする約束してたのによ! じゃあな、秀! アリア急いで帰るぜ!」
「あ、ちょっと!? 待ちなさいよ! まだ、話は終わってないでしょ!」
走り去る金の熊を聖母は追いかける。その光景は平和を表しているように思えた。
「筆無」
アリアに続こうと歩き始めた秀だが、女神に呼び止められる。
「何だ?」
秀は先日や学校での対応とは真逆の生き生きとした表情で振り向く。
女神は顔を俯かせ、もじもじと何かを躊躇っている。
「用がないなら、俺は帰る。それと最後に言っておく」
躊躇しているアテナに秀はニヤリと笑った。そして。
「俺達は別にお前がどんな存在でどんな目的であろうと知ったこっちゃねぇんだよ。お前が俺達の関係や生活を壊そうとしない限り、俺達はお前を苦しませる様な真似はしない。
寧ろ、お前を楽しませることになるかもな。だから、『正体を公表しないでくれ』なんて言う必要性はゼロだ。
分かったらお前も帰れ。何処に泊まるかは知らねぇけどな」
女神らしくない彼女を鬼が女神アテナの勇ましい表情に戻した。
そして、女神アテナは鬼の後を追った。
*
「………………お、お前等……一狼さんに伝えろ…………例のヤツ等は見つけた……と」
『弁さん!』
弁慶は大の字に寝転がり荒い息の末、言葉を並べた。
今回は何だか私達と翼さんが出てないね。
そうだね、後、兄さんのクラスメイトの二人と担任の教師も。
なのに、また新キャラ登場だね。
あのショートヘアの女の子どこかで会ったことがあるような……。
まさかの伏線かな!
次は番外で僕が主人公みたいです。僕に主人公が務まるかは分かりませんが頑張ります。
真君ガンバレー!
茜さん、そろそろ。
うん、そうだね。
それでは
皆さん
バイバーイ(さようなら)