これからも、よろしく
「・・・これで最後、っと」
祐一が最後の荷物を積み込む。
「じゃあ、行くね。お父さん。お母さん。お姉ちゃん」
「栞は、俺が責任を持って守りますから」
「ああ。祐一君なら心配なく栞を任せられるよ」
「喧嘩とかしちゃダメよ?」
「栞をよろしくね。相沢君」
祐一と栞は一礼すると、軽トラックに乗り込んだ。
そう。今日から祐一と栞は同棲を始めるのである。
「よう、相沢」
「悪いな、北川」
「お願いします、北川さん」
祐一のアパートまで来ると、二人は待っていた北川と共に荷物を部屋に運び出す。
「しかし、同棲なんて羨ましい限りだ」
「お前も香里と同棲でもすればいいのに」
からかうような北川の言葉に、祐一は言い返す。
「み、美坂とか・・・?」
北川は固まってしまう。
「そうだ。お前らはどっちも大学生なんだし、そろそろそのくらいまで進んでもいいだろ。そもそもいい加減、香里を下の名前で呼んだらどうだ?」
「し、下の名前・・・」
「そうですよ。お姉ちゃんだって、きっと北川さんが下の名前で呼んでくれるのをずっと待ってるはずですから」
「そうだな・・・相沢と栞ちゃんなんて最初からファーストネームで呼び合ってるんだもんな・・・」
「・・・おーい、北川?」
「・・・はっ!・・・悪い悪い。そろそろ続きをしようぜ」
「そうだな」
止まっていた手を再び動かし、三人は作業を再開した。
「ふぅーっ、終わった」
「ああ。ありがとうな、北川」
全ての荷物を運び終え、祐一と北川は居間で休んでいた。
「ご苦労様ですー」
飲み物を持った栞がキッチンから出てくる。
「ありがとうな、栞ちゃん」
「いえ、私は途中で抜けちゃいましたから。このくらいはしませんと」
軽い荷物を運び終わったあと、栞は重い荷物も運ぼうとしたが、祐一が強く反対したので先に部屋に戻っていたのだった。
「・・・栞、レイアウトはこれで良かったのか?」
祐一が尋ねる。
「そうですね・・・。後はここで暮らしながら調整しますから、大丈夫です」
「ああ」
三人はまったりとお茶を飲んで談笑する。
「・・・さてと、俺はそろそろ帰るかな」
北川が立ち上がる。
「じゃあな、北川」
「ありがとうございました。北川さん」
北川が帰り、二人になる。
「さて、栞の歓迎会でも開こうとのことだが・・・」
「それを発案したのは祐一さんですよ。他人事みたいに言わないでください」
祐一の発言に不穏なものを感じ取った栞はすぐに指摘する。
「ああ・・・でも俺は料理とか作れないからな・・・惣菜を買ってくるか、栞が料理するかのどっちかになるんだが」
祐一が申し訳なさそうに言う。
「・・・そういうことですか」
栞が呆れたように言う。
「すまん。栞」
祐一が頭を下げる。
「・・・冗談ですよ。私が作りますから心配しないでください」
柔らかい笑顔を浮かべる栞に祐一は戸惑う。
「・・・怒らないのか?」
「当然です。むしろお料理作らせてくださいって言おうと思ってたんですから」
「そうなのか?」
「はい。今日から祐一さんに養ってもらうんですから、腕によりをかけてお料理しなきゃって思ってたんです」
「栞・・・」
「あ、でも私もアルバイトで生活費を稼ぐんですから、祐一さんも少しは働いてくださいね」
栞が思い出したように付け加える。
「ああ。俺はどうすればいいんだ?」
「このメモに書いてある物を買ってきてください。その間に私はお掃除しちゃいますから」
栞はメモを渡す。
「分かった。じゃあ行ってくる」
祐一は買い物へと出かけた。
「おかしいなあ・・・」
ごそごそ。
「ここ以外に見てない場所なんてあったっけ・・・」
ごそごそごそごそ・・・こつん。
「え?」
背中に何かが当たり、見上げると・・・
「ただいま。栞」
「ゆ、祐一さん!」
栞は驚いて飛び上がる。
「か、帰ってきたなら一声かけてください。びっくりするじゃないですか!」
栞は憤慨したように言うが・・・
「それより何を探してたんだ?栞」
「は、はい?」
祐一の言葉に、栞はどきりとする。
「おかしいなあ、どこにあるのかなあ、とか言いながら家捜ししてたろ」
「そ、そんなこと・・・」
「そもそも最初からおかしかったんだよ。普段なら、栞は俺に一緒に来てくださいとか言うだろう?でも今回はあえて俺一人を行かせた。だから一人で何かする気じゃないかと思って物陰に潜んでいたわけだ・・・」
栞は祐一に追い詰められる
「・・・わかりました。認めますよ」
栞は観念したように溜め息をつく。
「何を探してたんだ?」
「そ、それは・・・」
栞は言いよどむ。
「栞、普通のやつなら自分の部屋を勝手にあさられたら怒るぞ?でも俺は、栞が俺を困らせたりしないだろうと信じているから、こうして冷静に問い詰めてるんだぞ?」
そのように言われると、栞も口を割るしかない。
「・・・祐一さんの、えっちな本です」
「・・・は?」
顔を真っ赤にしながらの栞の告白に、祐一は唖然とする。
「その・・・お姉ちゃんが、男の人は一人でする時のためにえっちな本をたくさん隠し持ってるものだからって・・・」
「やっぱり香里の差し金か・・・」
祐一は納得したように唸る。
「ごめんなさい・・・」
栞は申し訳なさそうに俯く。
「・・・そういえば、栞は持ってるのか?」
「・・・はい?」
祐一の言葉の意味がよく分からなかった栞は、顔を上げて聞き返す
「だから、栞は一人でする時のためにえっちな本を持ってるのかって」
栞は今度は意味を理解し、顔が再び瞬時に真っ赤になる。
「そ、そ、そんな物持っているわけないじゃないですか!そもそも私は一人でしたりなんてしませんよ!!」
栞は大慌てで否定する。
「・・・本当か?」
「当然です!私はそういうのに縁のない人生を送ってきましたし、祐一さんと付き合いだした後も、祐一さんという恋人がいるのに一人でするのは祐一さんに対して失礼だろうって・・・きゃあっ!」
栞の言葉は、祐一に押し倒されて中断させられた。
「ゆ、祐一さんっ!何するんですかっ!」
「あ、悪い・・・」
我に返った祐一は体をどける。
「いきなり押し倒すなんてひどいです!そんなことする人、嫌いです!」
「ん、んなこと言っても、栞があんまり可愛い事言うから抑えが効かなくなったんだぞ?」
祐一は慌てて弁明しようとして口を滑らせてしまった。
「・・ゆ、祐一さん」
「あ、いや、その、なんだ」
なんとか会話を繋ごうと祐一はわたわたするが、結局二人とも黙り込んでしまう。
「・・・とにかく、ここにそういう本は無いからな」
祐一はそっぽを向いたまま言う。
「・・・本当ですか?」
「ああ。俺には栞がいるんだから、そんなもの必要ないだろうと思ったからな」
「そうですか・・・その・・・嬉しいです」
それだけ言うと、また沈黙してしまう。
「・・・え、えーっと、とりあえず買い物に行かないか?」
「そ、そうですね」
二人は逃げるように買い物に向かった・・・。
「ふぅ・・・ただいま、と」
アパートに戻ってきた祐一は、買い物袋を置く。
「お邪魔します」
栞も続くが・・・
「違うぞ栞。『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』だろ?」
「そ、そうですね・・・」
栞は顔を赤くする。
「香里と北川にあそこまで言われた以上、今日は開き直るって言ったろ?思うまま存分に甘い雰囲気にしてかまわないんだからな」
開き直ったように祐一が言う。ギクシャクとした雰囲気のまま買い物に出かけた祐一と栞は、途中で香里と北川に遭遇し、散々にからかわれたのだった。
「そうですか・・・。じゃあ、お願いがあるんですけど・・・」
「何だ?」
「お帰りのキス・・・しませんか?」
栞の言葉に、祐一の顔はあっさり赤くなる。
「あ、ああ。そうするか」
祐一は唇を寄せ、栞に軽くキスをする。
「・・・祐一さん。やっぱり私たちには完全に開き直るのは無理じゃないですか?」
「・・・俺もそう思う」
交際期間三年以上の二人だったが、二人とも純情すぎる以上、何年たってもそこまで開き直るのは無理そうだった。
「・・・ごめんな、栞。俺がもっと色々エスコート出来れば、栞の好きなドラマみたいに出来るんだろうが・・・」
「いえ、別にいいですよ。それに・・・いつまでもドキドキしていられる関係は、とても素敵だと思いますから・・・」
「そうか・・・」
祐一はくすぐったそうに笑う。
「あ、そろそろお料理しないといけませんから!」
栞はキッチンに走る。
「ふぅ・・・」
どうも、二人とも今日は意識してしまっている。栞と今日から同じ部屋で生活すると思うと、どうしても浮き足立つような感覚がするのを祐一も自覚していた。
「・・・栞」
「なんですか?」
「これ、何人分だ?」
「祐一さんと私の二人分ですよ」
「いや、これはそんなもんじゃないだろ・・・」
栞の作った料理の数々。それは明らかに二人や三人で食べきれるものではなかった。
「ごめんなさい。張り切りすぎてちょっと作りすぎちゃいました。」
「悪いけど、全部は無理だぞ・・・」
かつて、付き合いだしたばかりの頃の巨大弁当が頭をよぎる。祐一は実質一人で食べなければならないのだから、完食しようとすれば以前のように意識を失うことは確実だろう。
「だめです。ちゃんと食べてください」
「・・・マジか?」
「マジです」
有無を言わせない調子の答えが返ってくる。頑固な栞のことだから、まともに説得しようとしても無駄だろう。
「・・・そうか。ちょっと残念だ」
なので、祐一は搦め手から攻めることにする。
「・・・?何がですか?」
「これを全部食べたら昔みたいに倒れちまうだろう。そうなったらせっかくの同棲初日なのに栞の相手をできなくなるし、それに・・・作ったアイスを一緒に食べれなくなるからな」
「作ったアイス、ですか?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
祐一は立ち上がると、冷凍庫からいくつもの容器を取り出す。
「祐一さん、それは・・・」
「俺お手製のアイスクリームだ」
「わーっ、ありがとうございますー」
栞は無邪気な笑顔を浮かべる。
「秋子さんに教えてもらって、栞の好きな味・・・バニラとストロベリーとチョコミントを作ってみたんだ」
祐一が解説する。
「・・・確かに、これは祐一さんと二人で食べたいですね・・・」
栞がしばし考え込む。
「・・・祐一さん、デザートのために少しお腹に余裕を作ってくださいね」
「いや、全部食ったら無理なんだが・・・」
「しょうがないですから、日持ちしそうなのは残しちゃっていいですよ」
作戦成功!祐一は心の中でガッツポーズをする。
「よし、じゃあ食べるか!」
「はぁ。今日からこんな料理を毎日食えるんだよな・・・ちょっと感激だ」
「ゆ、祐一さん、褒めすぎですよ」
栞が頬を少し赤らめる。栞の料理の腕は祐一の知る限り、秋子さんぐらいしか上に立つ人間がいないくらいになっていた。あと数年もすれば、秋子さんと同じくらいになるかもしれない。
「・・・でも私は、秋子さんにお料理についていろいろと教わった身ですから、さすがに勝てませんよ」
祐一がそんな感想を言うと、栞は謙遜するように答えた。
「そうか・・・まあ、栞の料理ってとこが重要なんだから別にいいけど」
「お褒めにあずかり、光栄です」
栞は芝居がかった仕草で頭を下げた。
「おいしいですー。やっぱり祐一さんの愛がこもってますね」
「・・・愛ってなんだよ」
食後のアイスクリーム。栞はお返しとばかりに祐一のアイスを絶賛する。
「でも、祐一さんって何種類くらい作れるんですか?」
「そうだな・・・バニラ、チョコレート、ストロベリー、チョコミント、紫いもの五種類だな。後はカレー味やわさび味なんかもあるぞ」
「なんでそんなアイスがあるんですか!?そんなアイス考えた人、大っ嫌いです!」
「落ち着け栞!秋子さんがレシピ持ってるだけで、まだ俺には作れないから!」
平静さを失った栞を祐一がなだめる。
「そ、そうなんですか・・・?」
「ああ。そもそもそんなアイス、俺も食えないし・・・それに、その二つはジャムアイスとセットで伝授されるようだからな・・・」
「ジャ、ジャムアイス・・・」
「そうだ。例の『甘くないジャム』だ」
栞が凍りつく。あのジャムの洗礼は、忘れられるものではない。
「とにかく、俺がそれを作ることはないから安心しろ。栞」
「はい」
ジャムの脅威を前に、二人はその話を打ち切ったのだった・・・。
「・・・祐一さん」
「なんだ?栞」
深夜、二人は布団の中で手を繋ぎ、仰向けになって天井を見上げていた。
「こんな風に同じお布団で眠るのは・・・何回目くらいでしょうか」
「そうだな・・・」
栞の質問に、祐一は少し考え込む。
「・・・特に意味のないことじゃないか?」
「どういうことですか?」
「だって・・・」
祐一は照れくさそうに笑う。
「これまで一緒に寝た回数より、これから一緒に寝る回数の方がずっと多いんだろうからな」
「そう・・・ですね」
「まあ、末永くよろしく頼むぞ?栞」
「もちろんです」
おどけたように言う祐一に、栞は満面の笑みを返した。
いつのまにか香里と北川がくっついてますが、あまり気にしないでください。前作とかを読めば予想できると思いますし(もっとも詳しい経緯を作品化するかと言われれば要望されでもしなければ書かないでしょうが)