お面。
返品はききません。
祭りの気配は、闇のなかにぽかんと浮かんでいた。
田舎道を車で走っていると、突然、道端の広場から仄かな灯りが視界に入った。盆踊りの会場らしい。
中心に櫓が立ち、そこから四方へ提灯が幾本も延びている。朱と黄のほのかな灯りが、夏の夜の闇の中、ぼんやりと揺れていた。
風がないのに、提灯はかすかにゆらぎ、その下の地面に長い影を落としている。出店はわずか二軒。祭りの日までにはまだ間があるのだろう。
人影はなく、ただ古い提灯の明かりだけが、静かにこの場所を照らしていた。そのうちの一軒で、親父が黙々と支度をしていた。
店先に並ぶのは、今どき見ない古いお面ばかりだ。鉄人二十八号や、どこか懐かしくて少し不気味な面々。流行りのキャラクターなど、一つもない。
「はやりのものは商わないんですか?」
試しに声をかけると、親父はゆっくりと顔を上げた。
「一点物のおめんをつくるんだよ。だから並べられない。あんたにお似合いの一点物…どうかね?まだ開店前だから、サービスでつくってやるよ」
提灯の灯りが、親父の皺深い顔を半ば影に沈めている。祭りのレトロな空気と、闇と明かりのコントラストに、私の心は妙に高ぶっていた。
「…じゃあ、ひとつもらおうかな」
「あいよ。顔の型を取るから、ちょっと横になっておくれ」
その言葉のあと、記憶はない。目が覚めたとき、櫓も屋台も提灯も、跡形もなく消えていた。
私はただの田舎の公園のベンチに横たわり、夜の風だけが頬を撫でていた。夢でも見たのかと目をこする。その手に、妙な違和感があった。
トイレの洗面台に向かい、鏡に自分の顔を映した。たしかに、私の顔がある。だが、微妙に横へずれている気がした。
指で触れると、顔がするりと元の位置に戻る。おかしい。顔がずれることなど、あるはずがない。
そのときになって、ようやく気づいた。私の顔に、もう一枚の「顔」がかぶせられている。肌の質感まで酷似した、私そっくりの面だ。
指をかけて、ゆっくりとめくった。下から現れたのは、赤みを帯びた生々しい筋肉の繊維だった。
皮膚一枚分の下で、血が静かに滲み出している。
提灯の灯りはもうどこにもなく、ただ夜の闇だけが、私の顔を包んでいた。
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