死刑執行その③
その日、カルミ―ナはベッドの上で惰眠を貪っていた。
時計の針は17時を過ぎている。
シミのついた片引戸の襖が乱暴に開けられた。
「おい!いつまで寝てやがる!」
一人の男が怒鳴りながら畳の上に足を踏み入れた。
碇谷 泰造 51歳
この家の家主である。
彼は入口横のスイッチを押す。
和格子傘の蛍光灯がパッと点灯した。
「うわあ!眩しい!眩しいですわ!」
カルミ―ナは身をよじりながら布団に潜り込む。
「なあ。起きて支度しなくてもいいのか?」
「……行きたく……ありません」
布団の中から、か細い声が聞こえてくる。
碇谷は額にシワを寄せ、強面顔を歪めた。
「ったく!執行の日はいつもこんな調子だな。それとクール宅急便が届いてるぜ」
「……そこに置いといてください」
「ふうん。差出人は『清滝 春人』って書いてあるぜ」
「え!なんですって!」
カルミ―ナは布団から跳ね起きると、碇谷が持っているダンボール箱の宛名シールを食い入るように確認した。
「嗚呼!春人君……」
カルミ―ナは愛しげにダンボールに頬ずりをする。
「おいおい!確かに血は渡したぜ。執行に遅れるんじゃないぞ」
碇谷はそう言うと半ば呆れながら部屋を出て行った。
カルミ―ナは、うっとりとダンボールを見つめながら頬を紅潮させた。
「春人君……待っててね!今日さえ終われば…貴方の血……頂くから。うふ!」
彼女はそう言うと、ダンボールの中から保冷剤で養生された牛乳瓶ぐらいの大きさのガラスケースを取り出し、部屋の隅に置いてある冷凍庫を開けた。
中には様々な血液提供者の名前入りのラベルが貼られたガラス瓶がぎっしり並んでいる。
そして彼女は大事そうに、春人の瓶だけ何も置いていない最上段中央に収めた。
その後、彼女は床からスマホを拾いメールメッセージを打ち始める。
『清滝 春人様。送って頂いた血液が只今届きました!いつも本当にありがとうございます。貴方様の血液は毎回とても美味しく頂いています。きっと体調管理もしっかりなされてご採血されておられるものと思います。今回も貴方様のお気遣いに感謝し ありがたく頂く所存でございます。今後ともよろしくお願い申し上げます』
彼女は送信ボタンを押すと、背伸びをして大あくびをした。
「じゃあ支度を始めよっか!」
彼女は赤地に黒いコウモリ柄が散りばめられたジャージを脱いで着替え始めた。
「今日はギリギリにならないようにしないと……」
黒スーツの上着のボタンを止める手元もどこかせわしい。
支度が終わり「行ってきます」と玄関の引戸を開けた時である。
「カルミ―ナ!ちょっと待て!」
二階からけたたましい音を立てて碇谷が階段を降りてきた。
「こいつはいいのか?」
そう言って彼は1枚の紙切れを突き出した。
《死刑執行招集辞令》の文字。
「ああ!いけない!ありがとうございます!」
カルミ―ナは慌てて書面を受け取るとバッグにしまった。
「ったくよう!忘れんなよ……」
「えへ!すいません!」
彼女は呆れ顔の碇谷にペコリと頭を下げた後、玄関を飛び出して行った。
大東拘置所に着いた彼女は執務室に入った。
「へえ…今日はギリギリじゃないんだね 。はい、これ」
そう言って白鳥からカルテを受け取る。
(え!僧侶?)
彼女はプロフィールを見て目をしばたたいた。
死刑囚名:法念(本名:種村 良男)
罪状:殺人罪
属性:39歳男性 浄土真宗萬国寺 僧侶
犯行内容:三人の女性を強姦の上殺害
確定判決:死刑
「お坊さん……なんですか?」
「そうだよ。今日は楽勝じゃない」
カルミーナは赤い瞳で白鳥を睨んだ。
「楽勝とか……言わないでください」
「あはは!そんな怖い顔しないでよ。そろそろ時間だよ」
「…………」
彼女はムッツリしたまま執行室の扉を開けて中に入った。
中央の椅子には剃髪姿の男性が固定されていた。
「帰命無量寿如来、南無不可思議光、法蔵菩薩因位時、在世自在王仏所」
彼は目を閉じたままお経を唱えていた。
その周りには何か静謐な空気が流れていた。
「あ、あの……」
カルミ―ナは少し遠慮がちに声がけした。
読経が止み、男は彼女の方に顔を向けた。
「これは失礼しました。あなた様は?」
「死刑執行官のカルミ―ナでございます。本日の執行を担当させていただきます」
「ほう。しかし貴方様は、何やら人ではないような……」
「はい。吸血鬼でございます」
「なる程。妖かしの方でございましたか。このご縁も釈迦如来様のお導きでございましょう。真に奇なるかな。南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏」
「法念様、でよろしかったでしょうか?」
「はい。相違ございません」
カルミ―ナは一呼吸置くとはっきりと宣告した。
「これよりあなたの吸血死刑を執行いたします」
「ほう。吸血処刑とは?」
「あなたの頸動脈から吸血を行い、失血死に至らしめます」
「なる程。ではあなた様はその方法で今まで多くの人を殺めてきたのでしょうね」
カルミ―ナは伏し目がちになった。
「そ、それは……はい……」
「貴方様は大変重い《業》をお持ちのようです。南無……」
彼女は法念から目を背けながら言った。
「こ、これ以上あなたとお話をしているわけにはいきません。死刑執行させていただきます!」
「いいえ。あなた様はその牙を振るう必要はございません」
「え!何をおっしゃっているのですか?」
「あなたのその牙は、罪人に対して振るわれるものでございましょう。しかしあなた様の目の前には罪人はおりません」
「は、はあ!?」
――罪人がいない?
――どういうこと?
カルミ―ナは混乱をきたし、言葉を失ったまま相手を見つめることしかできなかった。




