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46,558,512分の1の運命 そのガラポンを回してはいけない

作者: 本田べじ
掲載日:2026/04/24

「それでね、この新井式回転抽選器を回すのです。出てきた球の色が青色なら平穏な証拠です。そのまま養生してください。黄色なら要注意、赤なら身に危険が迫っています。そして黒なら……残念ですが諦めてください」


状況をよくのみ込めない俺に、目の前の老人が淡々と説明する。


目の前には山が広がり、その中にぽつんと建物がある。

建物は寺のような形をしていて、入口にガラポンが置かれていた。

新井式なんちゃらはよく分からなかったが、老人はガラポンを指している。


そもそもどっから現れたんだ、このじいさんは。

ここを訪れたときは確かに誰もいなかったはず。


「それで、回しますか。あなたもどこか悪いのでしょう?」


老人は笑っているようにも怒っているようにも見える表情でガラポンの取っ手をくるくると回した。

がらがらと、たくさんの球が入っている音が聞こえる。


「違います」

「そうですか。確かに体は健康そうですね。ではご家族の誰かが? その場合は回すときにその方のことを頭の中で強く念じてください」

「違います!」


すると老人は、不思議そうに俺の顔をまじまじと見た。


「ならばなぜここにおいでに? ここはあらゆる不調を抱えた人たちが命を長らえるために訪れる場所。何もないならここに来る理由がないはずです」


俺がこの辺鄙(へんぴ)な山奥にある寺を訪れたのはある理由からだった。


「失礼ですがおじいさん、ここの責任者の方ですか」


すると心底驚いた顔をして大きく口を開けた。


「いいえ!」


突然の大声にびくっとする。


「私がこの寺の責任者だなんて、そんなのあり得ませんよ」

「そ、そうですか。すみません」


老人はぶつぶつと小さな声でぼやきはじめた。


「ここを訪れる人が多いから、私は親切で案内をしてあげているんです。本来の責任者が何もしないからこんなことに。そもそもあの人らは私になんでも押し付けるからいやなんです。私はごらんのとおりただの気の弱い老人ですからね、あの人らはなんでも私にさせて、自分たちは楽をしようという魂胆なんです。たしかにあの姿じゃ人前に立てないのは分かりますがね、それにしたって——」


「あの、すみません」


ずっとひとりでつぶやきつづける老人にしびれを切らし、俺は声をかけた。

ぴたり、と言葉が止む。

深いしわに囲まれた瞳が、ぎょろりとこちらを向いた。


「それで、その、責任者はどこに?」

「ここですよ」


ふいに背後から声が聞こえた。

高い声。

まだ幼い子供の声だった。

変声期前のやわらかな声の中に、ひんやりと冷たいものが混ざっている。

思わず振り向いた。


「僕に用事があるんですね?」


声の持ち主は、やはり子供だった。

小学校低学年くらいの小さな子供が、子供とは思えない落ち着きぶりでこちらに笑みを向けている。

作務衣(さむえ)のようなものを身に付けていて、足は草履だった。


「説明は済んでいますよ。まったく、人使いが荒いんだから」


老人が子供に頭を下げ、だが文句を口にする。

子供は懐から財布を取り出し、中から数枚の小銭を出した。

老人はそれを奪うように受け取ると、そそくさと帰っていく。


「すみません。アレはああいうやつなんです。気を悪くしないでくださいね」


慣れた素振りで懐に財布をしまうと、ふいに俺に視線を向けた。

不思議な色の瞳をしていた。

黒だが黒ではない。

鏡のように、すべての風景を映し出す。

木々の緑、寺の屋根の赤、空の青。

さまざまな色が複雑に絡み合ったその真ん中に、俺の姿が映っていた。


「それで、僕に話とは?」

「本当にお前がこの寺の責任者なのか?」

「ええ、そうですよ。正確には寺ではありませんが、あなたがたにとっては大した違いはないでしょう」


子供はふっと風のような笑い声を出した。

こんな子供に文句をつけるのも気が引けたが、そのためにわざわざこんなところまで来たのだ。何も言わずに帰るわけにはいかない。


「お前は、俺の祖母を殺した」

「おばあさまですか」


子供は顔色を変えることなく、話の続きを待っている。


「5年前、祖母はここでこのガラポンを引いた。その時出た色は黒だった。この寺の人間が祖母にこう言ったらしい。『あなたは数日後に死にますよ』と。それにひどく気落ちした祖母は、その言葉どおり4日後に死んだ」

「そうですか」


そこには何の感情も浮かんでいない。驚きも、罪悪感も、恐怖も、なにも。

ただ淡々と相槌を打っているだけだった。

それに俺はカチンときた。


「なんだよ、それ。もっと他に言いようがあるだろ」

「他、ですか。他……」


子供は首を傾げしばし考えたあと、「ああ」と手のひらをぽんと叩いた。

そしてゆっくり頭を下げる。


「お悔やみ申し上げます」

「そうじゃないだろ! 馬鹿にしてるのか?」

「いいえ、馬鹿になどしていませんよ。ただ、これはそういうものなので」


これ、と子供はガラポンに視線をやった。

それは何の変哲もない、ただのガラポンだ。

商店街の福引で使う、木製で取っ手の付いたガラポン。


「俺は、急なストレスが原因だと思っている」

「ストレスはたしかに死因になりえますね」


ふんふんと頷くその姿は、やっぱり馬鹿にしているようにしか見えない。

小さな子供の姿をしていなかったら、怒鳴りつけていたかもしれない。

俺は必死に自分を抑えた。


「とにかく、ここでお前がばあちゃんに、「もうすぐ死ぬ」なんて言わなかったら、ばあちゃんはいまも生きてたかもしれないんだ。人の生死に対して適当なこと言って、どう責任取るんだよ」

「自分の運命に対して責任を取れる者など、この世に自分以外いませんよ」

「何わけわかんないこと言ってるんだよ!」


子供はガラポンの取っ手をくるくると弄んだ。

どこかが緩んでいるのか、きぃきぃと取っ手の金具が軋んだ音を立てた。


「でも不思議ですね」

「何が」

「あなたのおばあさまが亡くなったのはいまから5年前でしょう? なぜいま訪ねてきたのです?」

「それは……」


俺は仕事で忙しい両親に変わって祖母に育てられた。

祖母は俺のことを大事に大事に育ててくれ、俺はそんな祖母が大好きだった。


高校卒業と同時に祖母の家を出て、そのまま都会で就職したから、帰省するのは年に二回だけ。

半年ぶりに会うたびに祖母がどんどん老いていくことが辛くて、だんだんと連絡もおろそかになっていった。

祖母が亡くなったあとも、俺は祖母の家を片づけることができなかった。


家を売る話も出たが、すべて断った。

いまでも祖母の家に帰ると、あの優しい笑顔で出迎えてくれるような気がしていたのだ。


しかし現実は厳しい。


固定資産税や雑草問題、離れた場所に家を持つことの大変さを5年の間に身に染みて感じた。親は無関心だったから、すべて俺がやらなければならなかった。


「日記に書いてあった」

「日記」


5年ぶりに祖母の家に帰ってきて片づけをしていた俺は、祖母の日記を見つけた。


その日記の最後のページに、この場所で起きたことが書かれていたのだ。


「俺がもっとばあちゃんを気にかけてたら、死ななかったのに。ここでのことを知っていれば、気にすんなって言ってあげられたのに」


わかっている。

これはやつあたりだ。


五年後に遅れてやってきた喪失感を埋めるために、原因となったこの場所に因縁をつけに来ただけだ。

しかも五年前なら、目の前にいる子供など生まれていないか、赤ん坊だっただろう。

急に大人げなく感じて頬が赤くなる。


「すまなかった」


一言そう告げるのが精いっぱいだった。

俺は背を向けて歩き出す。

その背中に、声が追ってきた。


「本来ならば、あなたのような無礼を働いた方にお教えする義理はないんですが……」


足を止め振り向く。

子供がうっすらと笑みを浮かべてこちらを見ていた。


風が吹き、木々がざわめく。

瞳が、きらきらと色を変えていく。


「ですが私も神に仕える身。特別にお教えしましょう」

「……何を」


無礼なことをしたのは百も承知だが、かといって目の前の子供やこの場所に対する不信感がなくなったわけではない。


「あなたには、あなたのあばあさまに(とり)りついていたものと同じ(わざわい)()いています」

「はぁ?」

「このまま帰れば、あなたもあと数日の命です」


何を言われたのか一瞬分からなかった。

しばらくして、これかと思った。

やはり祖母はこんなふうにこの寺の人間に騙されたのだ。

祖母は信じやすい人だったからそれを真に受けて、結果的にストレスで死んだ。

それと同じことを俺にやろうとしているのか。


「……ふざけんのも大概にしろよ」

「僕がわざわざ、あなたのような無礼な人を呼び止めてまでふざけると? そんなに暇ではありませんよ」

「だったら何なんだ。あと数日の命だって? こんなに健康なのに」


持病もない。

職場で年に一回健康診断だってしている。

もちろん何も異常はない。

それなのに、あと数日の命?

まったくもってふざけてる。


「信じてませんね。とりあえず、言葉で言うよりも体感してもらった方が早いでしょう」


あからさまにため息をついて、子供はガラポンを指さした。


「この中には青、黄色、赤、黒がそれぞれ五個ずつ入っています」

「だからなんだよ」

「あなたは必ず黒を出します。さあ、どうぞ」


無視して帰ることもできた。

だが俺は、どうしてもこのインチキな子供を言い負かしたくて仕方なくなった。

とりあえず見せてもらおうかという気持ちで取っ手に手をかけた。

キィっと音がした。

俺は勢いよくガラポンを回した。


ガラガラと中の球が動く音が森の中で反響する。

やがてカランと球が一つ転がり出た。


「黒ですね」

「だが確率は4分の1だ。黒が出てもおかしくはない」

「では、続けてあと4回引いてみてください」


ガラガラと回す。カランと転がる。黒。


ガラガラと回す。カランと転がる。黒。


ガラガラと回す。カランと転がる。黒。


俺はだんだんと怖くなっていた。

回すことが恐ろしい。

取っ手を持つ手が震える。


「どうしたんですか。最後の一回ですよ。早く回してください」


あれほど色を取り込んでいた子供の瞳は真っ黒に変わり、何も映っていない。

ガラポンの受け皿には、4つの黒い球が鈍く光を反射していた。

それが子供の目に見えて、俺は思わず目を背ける。


「知っていますか。5回連続で黒が出る確率。15,504 分の1なんですよ」


思い切ってガラポンを回す。

遠心力でかき混ぜようと、高速で何度も回す。

そうしてゆっくりスピードを落とすと、ガラポンが一つの球を吐き出した。


「黒……」


俺の額には冷や汗が浮かんでいた。

何とか平静を取り戻そうと大きく深呼吸をした。


「だまされないぞ。中身が全部黒という可能性もあるじゃないか」

「なるほど。それではこうしましょう。いまから僕がこれを引きます。出る色は青です。しかも5回連続で引いてみせましょう」


子供はどこからか踏み台を持ってきてその上にあがり、ガラポンに手を伸ばした。

何も考えるそぶりもなく、ひょいっと取っ手を回す。

ガラポンからは勢いよく青い球が転がってきた。


2回目、3回目、4回目も同じ結果だった。


そして5回目。


「これで青が出れば確率はどのくらいだと思います? 黒が連続5回出たあとに、青が連続5回出る確率」

「知るかよ」

「46,558,512 分の1ですよ。驚きますよね」

「何か仕掛けがあるはずだ」

「たしかに、偶然と呼ぶには出来過ぎている。ですが、この世はすべて必然なのです。5年前におばあさまが亡くなったのも、今日あなたがここに来たのも、すべてはじめから決められているんですよ。それってとてもつまらないことです。例えば僕が、最後の一回は赤色がいいと願ったところで、青色以外を出すことはできない。なぜならそれがはじめから決まっていることだから」


子供がくるっとガラポンを回した。

出たのはやはり青色だった。


「ね?」


退屈そうに子供が首を傾げた。


だが、きっと何か裏があるに違いない。

俺はガラポンに近づくと、両手で持ち上げて逆さに振った。


「壊さないでくださいよ」


子供が俺を制止し、ぶつぶつと文句を言いながらガラポンの蓋にあるねじを外した。

蓋が開き、中が見える。

中には、赤と黄色しか残されていなかった。


「これで満足しましたか?」


俺は項垂れた。

だとしたら俺は……。


「あと数日で死ぬのか」

「そうなりますね」

「信じられない」

「皆さんそう言います」


立っている気力もなくて、俺はその場に座り込んだ。

祖母もこんな気持ちだったのだろう。

自分がもうすぐ死ぬということが頭では理解できても心がそれを拒絶している。

でも、目の前の子供は嘘をついてなどいないのだとなぜかはっきりとわかった。


「あと数日なんて、何したらいいんだよ……」

「短いと思われるかもしれませんね。ですが、数日あれば以外といろんなことが出来るみたいですよ」

「たとえば」

「そうですね、遺言書を書くとか、遺産相続とか」

「遺産相続……」


俺は祖母から遺産相続を受けていた。

祖母の残した遺言書により、すべての財産が俺のものになったのだ。

だが祖母の死を受け入れることのできなかった俺は、どうしてもその金に手を付けることができなかったのだ。

俺には財産を残したい相手などいない。


「こんなことになるなら、あの大金で派手に遊べばよかった」

「まだ間に合いますよ」


頭を抱える俺に、子供はにこりと笑顔を見せた。


「幸い、あなたには(わざわい)()いているだけで、体そのものには異常はありません」


俺は不審な目を子供に向けた。


(はら)うこともできますよ」

(はら)うって?」

「あなたに()いているその(わざわい)(はら)ってしまえばあなたの寿命はもとに戻ります」


言っていることはよくわからない。

(わざわい)だの(はら)うだの、日常では聞くことのない言葉だ。

だがこの現実離れした状況が、俺にその言葉を信じさせた。


「生きられるってことか……?」

「ええ、あらかじめ決められた寿命までですが」

「それでもいい! (はら)ってくれ、頼む!」


俺は必死に頭を下げた。

数日の命なんて冗談じゃない。

生きられるなら生きたい。

子供が俺を真上から見下ろした。

ふっとまた、風が吹くような笑い声が聞こえた。


「でも、高いですよ?」


子供の目がにやりと弧を描く。

俺は反射的に立ち上がった。


「金とんのかよ! 恥ずかしくないのか!? 人の命に付け込んで金儲けだなんて」

「なら別にしなくてもいいですよ」


あっさりと告げた子供に、俺は少し焦りはじめた。

(はら)うことが出来なければ、俺は数日後には死ぬ。祖母のように。

インチキだと決めてかかってここに来た時とは打って変わって、俺の中ではそれは純然たる事実としてそこにあった。


「……ちなみにいくらだ」

「そうですね。あなたの場合なら2000万円ってところでしょうか」

「いくらなんでも高すぎる! 足元みすぎだろ!」


そうですか、と子供は言った。

もったいない、と小さな声で続けてつぶやく。


「お金で買えるだけまだましじゃないですか。本当の寿命の場合は、どれだけ金を積まれてもどうすることもできませんから。で、どうします?」


2000万円は大金だ。

そう簡単に決められる額じゃない。

だが時間がない。

どうする、どうすると頭の中で考えを巡らせる。


「あなたがおばあさまから受け継いだ遺産はたしか、1800万円ほどでしたね」

「……何でそれを」


家と土地を除いた金額が、たしかにそのくらいだった。

驚きと恐怖が混じった顔で子供を見ると、出来の悪い生徒を前にした教師のように、にっこりと微笑んだ。


「言ったでしょう? すべてはあらかじめ決まっているのだと」

「どういうことだ」

「どういうことだ」


子供は、俺の口から零れた言葉を一瞬の遅れもなく同時に真似して見せた。


「なんでそんなことが」

「なんでそんなことが」


驚愕で発した言葉すら、正確に、なんなら俺より少し早いくらいに真似をする。


怖い。


目の前にいる子供が、何か恐ろしい存在に感じられて俺は足がすくんだ。


「怖がらせてしまいましたか?」


子供はふふっと笑った。


「あなたのおばあさまがここに来たときも、こんな天気でした」


晴天とはいえない、少し霞みがかった空を見上げた。

木々に覆われた山の中で、この場所だけがぽっかりひらけている。

つられて上を見上げると、木々の先端が円を描くように空を丸く切り抜いている。


「私は神に仕える身。誰にでも平等です」


子供の瞳の色がくるくると変わっていく。

風景が映っているのかと思った。

だが違った。

その目の中に、景色を閉じ込めたようにたくさんの、おそらくはここを訪れた人の姿が浮かんでは消えていた。


「あなたのおばあさんは、禍がかなり奥まで侵食していました。体の不調にも出てしまっていた。そこからでもなんとかなる場合もありますし、祓うのに充分な資産もありました。ですが、おばあさまは祓うことをしなかった」


瞳の中に、祖母の姿が見えた。

顔を覆って泣いていた。


「すべてのことはあらかじめ決まっているのです。私はおばあさまに話しました。5年後、孫のあなたがここに来ることになると」


話の行きつく先が予想できてしまった。

聞きたくない。聞いてしまったら俺は、自分を許せなくなる。


「おばあさまは、自分よりもあなたを救ってほしいと言っていました。財産をすべて孫に譲るから、そのお金で孫の命を救ってほしいと」


涙がとめどなく流れた。

大の大人がみっともないと思ったが、こらえることが出来なかった。


「ばあちゃんは、俺を助けるために……」

「ええ。ですから、あなたが手を付けずにとっていたあのお金は、おばあさまから贈られた何よりのプレゼントなのです」

「ばあちゃんには、生きていてほしかった。俺のことなんかほっといて、自分のために使ってほしかった……」

「おばあさまがそんな立派な方だったとあなたもわかっているでしょう?」


俺はだまって頷いた。


「それに、おばあさまがその選択をすることもあらかじめ決まっていたことです」


運命が決められている。

自分で選んで行動しているつもりでも、本当に自分で選んだものなど一つもないのかもしれない。


涙が止まり冷静になると、ふと気になることが浮かんだ。


「なんで遺産が1800万って知ってるのに、祓う費用が2000万なんだ」

「それは……。その方があなたの罪悪感も少しは減るかなと思いまして」

「本当か?」


うさん臭さがいまいち拭えない。


結局俺は2000万円で祓ってもらうことになった。

高かったが、これで命が助かると思えば必要な支出だった。




「それでは、こちらが振込用紙です。振り込みが完了したらこちらから念を送り禍を祓います。もう一度ここに来ていただく必要はありません」

「それって、なんか祓われたって感じがあるのか?」

「気づく人は気づきますが、そもそもこんなに憑かれていても気づかない方なので、おそらく何も実感はないと思います」

「そんなもんか」



俺は振込用紙を握りしめて歩き出した。


「あ! 伝え忘れていました」


深刻な声で子供が言い、俺は振り返る。


「振込手数料はそちらの負担でお願いします」

「…………わかった」


俺は聞くかどうか迷っていたことを聞いてみた。


「金を払うのは納得したんだけどさ、もしあのとき無償で、いやたとえばせめて1000万とかで祓ってくれていたら、ばあちゃんは助かったんじゃないか? 神に仕えるとか言ってただの拝金主義に思えるんだが」


子供は目を丸くしたあと、ふふっと笑った。


「たしかに神に仕えてはいますが、神は給料を支払ってはくれないので」




翌日、銀行の人から詐欺じゃないかと心配されながらも、俺は振り込んだ。


その後、その子供に会うことはなかった。



だが、いまもこうして俺は生きている。

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