魔法少女は、無自覚なアドバイス(ノイズ)に縛られる
放課後の教室。和希は購買のパンを片手に、帰り支度をするくるみに何気なく話しかけた。
「あ、そうだ星野さん。さっき言ってた魔法少女の物語の続きなんだけどさ。やっぱりステッキって、『ここ一番で不発になる』のが一番熱い展開だよな。魔力回路が焼き切れて、絶体絶命のピンチに陥る……みたいな! 限界があるからこそ、知恵で勝つのが面白いんだよ」
和希は自分の「物語のリアリティ」について語って満足げに去っていった。くるみは「あはは、そうだね」と力なく笑って返したが、その夜、その言葉が最悪の形で的中する。
その夜、埠頭の倉庫街。巨大な『影の怪人』と対峙したくるみは、ステッキを構えながら、ふと昼間の会話を思い出した。
(……佐藤君、あんなこと言ってたけど……。まさか、ね。これ、一応『聖遺物』だし、そんなにヤワじゃないわよ)
だが、昨夜の連戦で生じていた微細な魔力の歪みと、今夜の激しい出力。これらが最悪のタイミングで重なる。
「これで決める……っ! プリズム・バースト!!」
トリガーを引く。だが、ステッキは眩い光を放つ代わりに、バチバチと嫌な火花を散らし、内部で魔力が激しく逆流した。
「……えっ!? うそ、動かない!? まじでオーバーヒートなの!?」
『くるみ、逃げるモコ! 回路が焼き切れてるモコ!』
和希の言葉が脳裏をよぎる。単なる偶然。しかし、あまりにもタイミングが合いすぎていた。
さらに、影の怪人が分裂を始める。
くるみにとっては、すべてが「佐藤君が昼間に熱弁していた通りの絶望」にしか見えなかった。
「きゃあぁ!!」
武器を失い、増殖した怪人に追い詰められたくるみ。最後の一撃を覚悟して目を閉じた、その時。
暗闇を切り裂くように、どこからか凛とした声が響いた。
「――急急如律令」
刹那、影の怪人たちは、その足元から湧き出した数多の不可視の呪印によって、悲鳴を上げる暇もなく一瞬にして消滅した。くるみが目を開けた時には、怪人たちは影も形もなく、ただコンテナの上に、夜の闇に紛れるような黒い和風の装束を纏った謎の人物が立っていた。
その顔には、闇夜に白く浮かび上がる、不気味な「狐のお面」が着けられていた。
狐面の人物は、座り込むくるみの方を一度も見ることなく、ただ「フン……」と短く鼻を鳴らすと、そのまま夜の闇に溶けるように忽然と姿を消した。
(……助かったの? でもあの人、誰……? あの狐のお面……魔法少女の関係者じゃない……別の「何か」だわ……)
翌朝。登校したくるみは、昨夜の出来事を確認せずにはいられず、和希の席へ歩み寄った。
「……あ、佐藤君。おはよ。昨日の、お話の続き……結局どうなったの?」
和希はカレーパンを頬張りながら、ノートを広げて見せる。
「おはよ、星野さん。ああ、続き? 結局、ステッキが故障して絶体絶命のところに、『正体不明の助っ人』が現れて、圧倒的な力で敵を蹴散らす展開になったんだよ。ほら、ここ。『謎の加勢によって、ルナは間一髪で救われる』って」
そのノートの紙面には、昨夜の出来事を予見していたかのような文章が、記されていた。
それを見た瞬間、くるみの背筋に凍りつくような衝撃が走る。
(……待って。このノートに、昨日の時点でこれが書かれてたの……?)
ステッキの不調、影の分裂。そして、自分も正体を知らないあの「狐のお面」の人物。
昨夜起きたことのすべてが、和希がこのノートに綴った「創作」の範疇に収まっていたのだ。
くるみの視線は、和希の笑顔ではなく、彼の手にあるノートに釘付けになった。
彼がこの紙の上にペンを走らせるたびに、現実がそれに無理やり形を合わせている。あるいは、このノートが未来そのものを記述しているのか。
(……あのノート、絶対におかしい。……もしかして、あれが全ての元凶なの……?)
くるみは、和希が大事そうに抱えるそのノートを、底知れない恐怖と強い不信感で見つめ続けた。




