戦慄の学園生活
「星野さん、こっちの席空いてるよ!」
「どこから来たの?」
「好きな食べ物は!?」
休み時間になると、可憐な転校生・くるみの周りには一斉にクラスメイトが群がった。
「あ、ええと……」
くるみは愛想笑いを浮かべながら、必死に彼らの背後にある「異様な気配」に耐えていた。
(モコ、やっぱりこの人たちおかしいわ。質問攻めにしてくるけど、視線が獲物を狙うハンターみたい……!)
『くるみ、耐えるんだモコ。今は目立たず調査に徹するんだモコ』
そんな喧騒の中、くるみはふと窓際を見た。
そこに座る少年、佐藤和希だけは、周囲の盛り上がりなど一切目に入っていない様子で、猛烈な勢いでノートにペンを走らせている。
(……やっぱり、あの人だけだわ。この魔境のような教室で、唯一、私に興味も敵意も持たず、自分の世界に閉じこもっている「普通」の人……)
くるみは、救いを求めるように、勇気を出して和希の席へと歩み寄った。
「あの、佐藤君……? 私、星野です。これからよろしくね」
精一杯の笑顔で話しかける。だが、和希からの返事はない。
「…………」
和希は眉間にしわを寄せ、ブツブツと「……いや、ここはもっとルナの葛藤を出すべきか……」と独り言を漏らし、くるみの存在にすら気づいていない。
(えっ……無視!? 私、今、完璧な転校生スマイルで話しかけたわよね……?)
くるみは困惑した。自分の魅力が通じないどころか、認識すらされていない。
隣の席の彰人は、そんな彼女を「悪いな、こいつ今『執筆モード』なんだ……」という、ひどく疲れ果てたような、同情の入り混じった目で見守っていた。
「悪い、和希! 今日はバイトが早番なんだ。先に失礼するわ!」
彰人が、耳のイヤホンを気にしながら慌ただしく教室を飛び出していく。
「おう、お疲れ彰人。俺もあと少しでキリがいいから、すぐ帰るよ」
和希はノートを広げたまま、最後の一文を書き込むことに集中している。
教室には、まだ残っている生徒も数人いたが、くるみもまた、忘れ物をしたフリをして和希の出方を伺っていた。
「……あ、晩飯のパン買うの忘れてた。学食の自販機まだ生きてるかな」
和希は不意に立ち上がると、愛用のノートを机に開いたまま、フラリと教室を出ていった。
「今よ……」
くるみは、吸い寄せられるように和希の机へと歩み寄った。
彼がこれほどまでに没頭していた「創作」とは一体何なのか。唯一の一般人である彼の、頭の中を覗いてみたくなったのだ。
だが、ページを覗き込んだ瞬間。
くるみの全身から、血の気が引いた。
そこには、可愛いステッキの挿絵と共に、とある魔法少女の設定が書き連ねられていた。
【魔法少女プリズム・ルナの設定案】
・導入:街に蔓延る『影の魔人』を倒す魔法少女。
・昨夜の展開:駅裏の廃倉庫での初陣。必殺技『ルナティック・レイ』を放つが、反動で右腕が筋肉痛になるというドジっ子属性を追加。
・小物:変身アイテムのコンパクトは、普段は筆箱の底に隠している。
「……な、な……っ!?」
くるみは、自分の右腕をさすりながら、ガタガタと震え出した。
昨夜の戦いの場所、技の名前、そして筋肉痛。さらには、自分以外は妖精のモコしか知らない「コンパクトの隠し場所」まで。
「……どうして……? 誰にも、言ってないのに……。ただの『創作ノート』に、どうして私のことが……」
和希のノートは、彼女にとって「楽しいファンタジー」ではなく、「自分のプライバシーがなぜか完全に筒抜けになっている、理解不能な物」に変貌した。
「ふぅー、ギリギリ売り切れてなかったぜ」
自販機のパンを両手に持ちながら、和希が戻ってきた。
その能天気な笑顔。だが、今のくるみには、その笑顔が「すべてを見透かしている上位存在」の微笑みにしか見えなかった。
和希は自分の席に座ると、くるみがさっきまで覗き込んでいたノートを平然と手に取り、くるみに向かって明るく話しかけた。
「あ、星野さん。まだいたんだ。……ねえ、ちょっと聞いてよ」
そう言いいながら和希はノートの1ページ目をパラパラとめくった。
「君さ、さっきの自己紹介で『複雑な事情』って言ってたろ? あのフレーズ、すごくインスピレーションを刺激されたんだ。……で、さっき歩きながら思いついたんだけど」
和希は、くるみの心臓を素手で握りつぶすかのような「アイディア」を、あくまで「たまたま思いついた面白いネタ」として口にする。
「その『複雑な事情』の正体がさ、実は『不思議な妖精と契約した魔法少女』……だったりしたら、めちゃくちゃ熱くない? ほら、このノートに書いてる『プリズム・ルナ』みたいなさ!」
「………………は?」
くるみの思考が、完全に停止した。
自分の正体。秘密。それらを、この少年は、今まさに「面白い思いつき」として、目の前で提示している。
(……この人、今……私の正体を、何でもない『ネタ』みたいに言い当てた……!?)
くるみは、和希という少年の「あまりにも精度の高すぎる偶然」に、底知れない恐怖を覚えた。
「……あ、やっぱりだめかな? いきなり魔法少女とか、突拍子もないよな」
「そ、そんなことないよ……! とても……その、センスがあると思うわ……」
くるみは震える声で精一杯の賛辞を贈った。もしここで「当たっている」と認めたら、自分の正体がバレてしまう。だが、この「偶然」が重なりすぎている少年の前で、下手に嘘をつくのも恐ろしかった。
「おっ、マジ? 君、わかってるじゃん! 気に入ったよ!」
和希はガッツポーズを決め、再び猛烈な勢いでノートにペンを走らせる。
「いやー、いいキャラになりそうだぞ、ルナ!」
くるみは、その背中を見つめながら、冷や汗が止まらなかった。
この教室の、あの恐ろしい気配を放つクラスメイトたち。そして、彼らの中心で、ただ一人「普通」でありながら、恐るべき的中率で正解を言い当てる少年。
(……このクラス、やっぱりおかしいわ。私、とんでもないところに転校してきちゃったのかも……!)
こうして、魔法少女星野くるみの、戦慄の学園生活が幕を開けた。




