境界の死闘、あるいは予定調和の勝利
「見失うな! 奴はこの先に追い詰めたはずだ!」
雨の降る港湾倉庫。『チーム・ベータ』の瀬戸彰人は、二人の仲間と共にターゲットを追い詰めていた。
一人は、彰人が異能に目覚めたあの日、現場に居合わせ、彼を組織へとスカウトしたレン。後方から特殊な魔導銃を構える彼女が、シリンダーの残弾を確認する。使えるのは、もう残り二発。
もう一人は、半年前の任務で彰人が保護し、現在は同じチームの前衛を務めるユイ。小柄な彼女は、感情の読めない瞳で周囲を見据え、魔力で具現化させた白銀の長剣を低く構えていた。
「……消えた」
ユイが短く、抑揚のない声で呟く。
数秒前までそこにいたはずのターゲット――空間干渉能力を持つ異能者が、忽然と姿を消した。彰人の『空間操作』による探知にも反応がない。
「逃げたの? それとも……」
「いや、和希の言った通りだ。奴は逃げていない。この空間の『背景』に溶け込んでいるだけだ」
彰人は右手を振り抜き、空間を鋭く切り裂く『真空波』を放った。だが、透明な刃は虚空を通過するだけで、手応えがない。
その直後、何もない空間から不可視の衝撃が走り、前衛のユイが小さく呻き、吹き飛ばされる。
「……っ」
「ユイ! 大丈夫!?」
レンの問いに、ユイは無機質に首を振った。
「……平気。でも、斬れない。そこに、いない」
敵は空間の層の隙間に潜んでいる。彰人と同じ空間系能力者ゆえの、非常に攻めにくい相手だ。
レンが援護のために特殊弾を撃ち込もうとするが、外せば後がない。
「彰人、このままじゃジリ貧よ。一度スモークで離脱しましょう!」
レンが最後の一弾を煙幕弾に切り替えようとした、その時だ。
彰人の脳裏に、昼休みの和希の能天気な声がした。
『あ、そうだ。アキトってさ、実は「空間を操る」んじゃなくて「空間を折り畳む」ことができるんだよね。ほら、紙を折れば、離れた二点が重なるだろ? それを使えば、隠れてる奴の「層」ごと引きずり出せるんだ!』
「……折り畳む、だと?」
それは、組織の訓練でも教わっていない、理論上の空論だ。だが、和希が「物語の設定」として語ったのなら...。
「レン、スモークは要らない! ユイ、俺が引きずり出す、一撃で決めろ!」
彰人は全神経を『空間操作』に集中させた。敵を「点」で狙うのではない。この空間全体を、一枚の「布」としてイメージする。
そして、その布を無理やり、力任せに「折り畳んだ」。
「な……!? 何をしたぁ!?」
空間が物理的に歪み、悲鳴とともにターゲットが虚空から吐き出された。
和希の言った通りだ。奴が潜んでいた空間の層を、彰人が現実の層と強制的に重ね合わせたのだ。
「そこよ!」
「……了解」
レンが放った意志を込めた弾丸がターゲットの足を止め、同時にユイの銀閃が音もなく敵の意識を刈り取った。
静寂が戻る倉庫内。チーム・ベータの三人は荒い息を吐きながら、拘束されるターゲットを見下ろした。
「……彰人、今の技。あんなの、資料にも載ってなかったわよ。どうやって思いついたの?」
レンの疑念の入り混じった賞賛に、彰人は乾いた笑いしか返せなかった。
三年前、異能者同士の戦闘に巻き込まれ、生き残るために無我夢中で力を振るったあの日。あの時から、自分はそれなりに異能を使いこなせている自負があった。だが。
(……和希。お前、本当に何者なんだ?)
あいつがノートに書いたことは、単なる予知じゃない。
俺たちが知るはずもない「能力の真理」や「世界の理」を、まるでおままごとでもするかのように提示している。
「いやあ、我ながら天才だと思うんだよね!」
和希は朝から、自分のノートを見返して上機嫌だった。
「この、空間をバキバキに折り畳んで勝つっていう発想! こういう実は違う使い道があるってのが一番熱い展開なんだよ。ね、彰人もそう思うだろ?」
和希はいつも通りの、無害な笑顔でこちらを見ている。
その隣で、彰人は戦慄を隠しきれなかった。
「……ああ、最高だったよ、和希。続き、楽しみにしてる」
彰人は、神を見るような畏怖を込めて、親友にそう告げた。




