エージェントの憂鬱、あるいは親友の予言
俺、瀬戸彰人には、誰にも言えない二つの顔がある。
一つは、冴えない清掃バイトに明け暮れる、和希の「ノリの良い親友」。
そしてもう一つは、国家が秘密裏に組織した対異能者特務機関『境界監視局』のエージェントだ。
この「裏」の世界に足を踏み入れたのは、三年前。
原因は、異能者同士の抗争に巻き込まれたことだった。
死に瀕した俺の前に現れたのは、冷徹に銃を構える組織の人間と、化け物じみた異能を振るう暴走者。
その極限状態の恐怖が、俺の内に眠っていた『空間操作』の異能を叩き起こした。
それ以来、俺は「危険な異能者」を監視し、時には制圧する側として、この二重生活を送っている。
組織の目的は、異能という歪みが引き起こす人的被害の抑制。
文字通り、世界の綻びを縫い合わせる裏方の警察官だ。
だが、最近。その俺の専門知識ですら、到底理解できない事態が起きている。
原因は、隣の席で鼻歌を歌いながらノートを走らせる、佐藤和希だ。
(……和希は、本当にただの人間なのか?)
何度も、組織の最高精度のスキャナーで調べた。
だが、結果はいつも「異能反応:ゼロ」。
あいつはどこからどう見ても、ただの創作好きの高校生だ。
しかし、あいつが書く「筋書き」は、俺たちエージェントが数ヶ月かけて追い込み、ようやく掴んだターゲットの潜伏先や、極秘の作戦計画と寸分違わず一致する。
それが「偶然」なんて言葉で片付けられるレベルを、とうに超えている。
「あ、そうだ彰人。昨日言ってたシーンの続きなんだけどさ」
昼休み。和希がカレーパンを頬張りながら、いつものように自分のノートを叩いた。
「アキトが追い詰めるターゲット、実は『隠し通路』なんて使わないんだよね。あいつ、わざと派手に音を立てて逃げるけど、本当は『その場から一歩も動かずに、背景に溶け込んでるだけ』っていう設定。……どう? 結構エグくない?」
和希は「ただの思いつき」という顔で笑う。
俺は、喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
「……あ、ああ。面白いんじゃないか。灯台下暗し、ってやつだな」
俺は震える手でスマホを取り出し、机の下で組織のグループチャットに暗号を打ち込んだ。
【至急。ターゲットの逃走経路予測の変更を提案。現場待機組は『光学迷彩』または『知覚阻害』の可能性を考慮せよ】
和希は何も知らない。
俺が今、あいつの「中二病発言」一つで、国家予算を投じた作戦を根底からひっくり返してしまうかもしれない事を。
「アキト、頑張れよ。俺の筋書きじゃ、ここからが見せ場だからさ!」
応援するような和希の笑顔が、今の俺には「逃げ場のない神託」を告げる預言者の微笑みに見えていた。




