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そのノート、取扱注意につき。

「――その時、組織の執行官・アキトは、古びた喫茶店の片隅で震えていた。裏切り者の放つ冷たい殺気が、彼の背筋を凍らせる」




カリカリ、と心地よい音を立ててシャーペンを走らせる。

窓際の特等席。昼休みの喧騒をBGMに、俺、佐藤和希(さとうかずき)は至高の創作タイムに浸っていた。



「……ふふ、いいぞ。ここでアキトが『あいつ』と密会するシーン、最高にハードボイルドだ」



自画自賛しながらノートを眺めていると、隣の席から俺のノートを覗き込んでいた幼馴染の彰人(あきと)が本当にガタガタ震えてた。



「おい……和希。お前、その『古びた喫茶店』って……もしかして駅前の『琥珀堂(こはくどう)』のことか?」

「え? ああ、あそこのレトロな感じ、悪の拠点っぽくない? 取材がてら昨日寄ったんだよ。彰人も好きだろ、あそこのコーヒー」



彰人は何も答えない。ただ、額から嫌な汗をだらだらと流し、耳についている変な形のイヤホン――本人は『清掃バイトの通信機』だと言い張っているが――を震える手で押さえている。



「……っ! あそこは……今日、俺たちが…...まさかっ!?」



彰人がブツブツと何事か呟いている。最近、彼はバイトが忙しいらしく、やけにピリピリしている。設定の作り込みが甘い俺に比べて、彰人は形から入るタイプらしい。



「あ、そうだ彰人。これ、どう思う? 『アキトの正体は、実は政府の二重スパイだった』っていう伏線。熱くない?」



ガシャーン!! 彰人が椅子ごとひっくり返った。 大きな音が教室に響いたが、クラスの連中は「また和希の中二病に彰人が付き合わされてるよ」と言わんばかりの冷ややかな視線を一瞬向けただけで、すぐに自分のスマホや教科書に戻っていった。



だが、彰人だけはそれどころではないらしい。



「な、ななな、なぜそれを!? いや、誰から聞いた!? 組織のシュレッダーを通したはずの機密事項だぞ!?」

「え? いや、インスピレーション? ほら、彰人って昔から正義感強いし、スパイとか似合うかなって」

「インスピレーションで国家機密を暴くなよ!!」



彰人が俺の肩を掴んで激しく揺さぶる。相変わらずノリがいいな。「国家機密」なんて単語、普通は恥ずかしくて言えないぞ。さすが俺の親友だ。



「落ち着けよ。これはまだ『予定』だから。次のページでは、アキトがターゲットに気づかれる前に、店員がうっかりコーヒーをこぼして作戦が台無しになる……って展開にするつもりだし」



その瞬間。 彰人の耳のイヤホンから、微かに、だが切迫した声が漏れた。



『――こちら現場! 予期せぬトラブル発生! ターゲットの眼の前で店員が転倒、コーヒーをぶちまけました! 現場はパニック、ターゲット逃走! 作戦失敗です!』


「………………」



彰人の動きが止まった。

彼はゆっくりと、機械仕掛けの人形のような動きで俺のノートを見た。 そこには今、俺が書き足したばかりの【店員、コーヒーをこぼす】という一文が、まだ乾ききらない芯の跡と共に刻まれている。



「和希……お前、まさか……」

「ん? なに?」

「……いや。……いやいや、ありえない。偶然だ。……だよな?」



彰人は(すが)るような目で俺を見てくる。 俺はそんな彼を安心させるように、とびきり「意味深な」笑みを浮かべて言った。



「彰人。この世界に『()()』なんてないんだよ。すべては……そう、俺の書いた『()()()』通りさ」



本当は、昨日読んだネットの格言の受け売りだけど、創作ノートを持ってる時はこれくらい言ったほうが雰囲気が出る。



「筋書き……通り……」



彰人が絶望したような顔で崩れ落ちる。

そんな俺たちのやり取りを気にする者は、教室には誰もいない。 みんな、自分の「日常」を過ごしている。



「あ、そうだ。次は『転校生の魔法使い』が登場する回を書く予定なんだ。楽しみにしててよ」



俺は鼻歌交じりに、次の授業の教科書を取り出した。 隣の席で、彰人が「……もう俺、辞表出そうかな……」と頭を抱えていたが、きっとそれも彼の「役作り」の一環なのだろう

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