08話 女魔導士と交渉
アクロイア聖碑前にしつらえた椅子とテーブル。
そこに優雅に座る女魔導士マリンジェゼータ。テーブルの上には封印解呪の機器があり、そのスイッチに指がかかるだけで無言の圧力となっている。
その女に交渉に挑む俺とアンダースン。
さて。クセ者っぽいこの女に、どうやって要求を呑ませるか。
「ふぅん、中止に解放ねぇ。それをしてアタシになにか得があるのかしら?」
「領主様から確約をいただいている。金三万ゼニス相当の資産を払う準備があるそうだ。それでお前らの退去と封印解除の中止、および若様らの身柄を交換してほしい」
「問題はお金じゃないのよね。最近おやつの戦闘狂が加速しちゃって、よりスリルを感じられる相手を求めているのよ。で、ここにけっこうな怪物が封印されてるって聞いてね。これと戦ってみたいって言い出したのよ」
「相手を考えろよ。相手は世界を滅ぼす大魔族だぞ。スリルどころじゃねぇだろうがよ」
「ふふっ、あなたって隙のなさそうな強面冒険者に見えて、意外に純朴なのね。貴族様の謳い文句を真にうけちゃって」
「なんだと?」
「仮に世界を滅ぼすような存在がいたとしましょう。そんなものを、どうやって当時の人間が封印出来るというの?」
「それは真竜退治で有名な先代領主様が行ったと聞いている。先代のもう一つの武勇伝だ」
「よけい信用ならないじゃないのよ」
「はぁ? なんといった?」
「貴族様ってのはね、倒した敵の実力を大きく盛りがちなの。それを倒した自分の評価が相対的に上がるからね」
そういや、貴族様ってのはそういうもんだったな。なんとなく先代は神格化されてるんで、今まで疑ったことはなかったが。
「それに『世界を滅ぼす魔族が封印されている』なんて話を宮廷内に広めておけば、国王や他の貴族の干渉を止められるわ。安全保障の基金も集めやすくなるでしょうし。ここに何が封印されているかは知らないけど、少なくとも世界を滅ぼすようなものじゃないと思うわね」
うーむ、あり得そうな話ではある。
しかしアンダースンは黙っていられなかった。
「よくも、わが主君筋を愚弄してくれたな。ならば貴様は真竜退治の方もそうだと言いたいのか?」
「そっちは真実。間違いないから安心しなさい」
どういうことだ? 先代の武勇伝を一方は腐すくせに、真竜退治の方は真実と断言するなんて。
「ならば大魔族の話も嘘ではあるまい。先代様のご威光は真竜退治で十分果たされている。この上さらに評価を上げる必要などないはず。ならば!」
「だから見てみたいのよ。先代様は真竜退治で十分に名を上げたはずだわ。であるのに『世界を滅ぼす』なんてうたい文句までつけて何を隠しているのかしらね」
むぅ……だが真実がどうあれ、俺たちのクエストは封印解除の阻止。
領主様の秘密を暴くことじゃない。
「その謎はこの指ひとつでダウンよ。ああ、謎がアタシを苦しめる。今すぐ解き明かしたぁい」
「うわあああっ! ボタンの上で指をプルプルさせるなぁ! 押すんじゃなぁぁぁい!!」
金だけじゃダメか。ま、そこは想定内。
ならば、さっき手に入れたもう一つの手札をここで使う。
「この件はアンタの妹分のおやつも了承している。アイツはこの件に反対にまわるそうだ」
「おやつが? ふぅん、そう……」
「疑っているのか? なんなら向こうでウサ耳娘とじゃれ合っているから、聞いてみるといい」
「別に疑ってないわ。ここまで来れたってことは、そうなんでしょうし。それにしても、おやつが心変わりねぇ……」
マリンは何を思っているのか。
その考え込んでいる顔からはうかがい知れないが、思い悩んでいることだけは確かだ。やがて――
「いいわ。アンタたちの要求、すべて受けてもいい。お金もいらない」
「本当か?」
「それで聞かせてほしいわ。どうやっておやつを心変わりさせたのか」
うーん。猫又の忠告もあるし、ステラをこの女に見せるのは危険かもしれない。
「あー、それは本人から直接聞けば………」
「あら? お金はいらないと言ったけど、タダとは言ってないわよ。おやつを心変わりさせるようなものがあるなら、それを引き換え要求にしてみようかと思ったのよ」
「なにっ!?」
…………そうか。領主様が保管してあるスキルを、なぜ縁もゆかりもないただの一領民のステラに与えたのか不思議だった。
やるなら身内を使って、手柄を領主家のものにした方が絶対良いはずなのに。
だが、その答えはあった。
ステラを売って、この問題の解決をはかろうとしやがったんだ!
糞っ! それを知って拒もうにも、手強いこいつらをふたたび敵にまわすリスクが天秤の片方に乗る。
「うぐっ………ぐぐうっ………!」
「ぐむむむううううっ、それは……それだけは!」
「あらあ? 二人ともずいぶん答えるのが苦しそうじゃなぁい? いったいどんなお宝を隠しているのかしら。ああ、早く答えてくれないと、指が勝手にボタンを押してしまいそうだわぁ」
チョンチョン
マリンはもてあそぶようにボタンを指でつつく。
糞っ、この女は本当にいたぶるのが好きだな!
と、その時だ。
ドーーーン
なにかが、このすぐ近くに落ちてきた。
かなりデカいものが、空からすごい勢いで降ってきただと?
「おやつ! なにやってるのよ!」
それはたしかに、ネコ耳猫又娘のおやつであった。
ヤツは体の埃を払い立ち上がる。
「痛たた。ああ、マリ姉。油断した。ウササの蹴りをまともに喰らっちゃった」
「まったく。じゃれ合いなら、ここまで飛びこまないようにやりなさい。でもちょうど良いわ。あなた、大魔族の封印を解くのに反対にまわったんだって?」
「ん? ああ、今その話の真っ最中か。そうだよ」
「どうしてかしら? あんなに戦うことを楽しみにしてたのに」
「それは………うーん、マリ姉にはちょっと言えないかな?」
「は? …………ふーん。アタシにだけ秘密なんだ」
「うん。マリ姉、なにも聞かず解放を中止してくれ」
「どうしてかしら? ここまでくるのに、けっこうな苦労したんですけど? 今現在も危ない橋を渡ってる最中なんですけど? アンタのためにやってきたのに、理由も告げられず一方的に中止しろってなに? どうしてマリンお姉ちゃんには言えないのかしら? ああ、もうどうでもいいわ。これ押して楽になろうかしら」
「やめろぉ貴様ぁ! ボタンから手を放せ!」
ああ、もう面倒くせえ女だな。ウザがらみのヒスが板についている。
とにかく何とかして、この女の機嫌をとらないと事件は終われない。
どうすれば、この女の機嫌をとれる?
なんでこんな浮気した後の女房への言い訳みたいなことで悩んでいるんだ。
「弱ったな。てか、そのボタンってなに? ボクが押していい?」
「良くない! 押すな押させるな!!」×2
それを押させないために俺たちは苦労してるんだよ!
「…………フフッ。おやつ、あなた一瞬心配そうな目配りをしたわね。さっき見た方向に、あなたの心変わりの原因があると見たわ」
ヤベェ! この女、観察眼なんて持っていやがった!
「くっ、マリ姉に知られる!」
「なに警戒してるのよ。べつにあなたの大事なものを盗ったりしないわよ。ただ、あなたが戦闘より優先したものが何かを知りたいだけ………アフォオオオオオイ!!!!!」
…………アフォオオイ?
なんだ、この奇声は。
「あっ」
猫又とマリンの視線の先。
そこにはステラが入り口の階段から半身をのりを出してこちらをうかがっている姿があった。
さすがド真ん中に好み。
遠目からでも、マリンのハートを直撃して射貫いてしまったようだ。




