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G02「家がカラフル」R03

ウインドウの真ん中に、ホワイトタイガーの着ぐるみの女の子が立ってる!


「え? か、かわゆい。」


思わず、両手が口元にいってしまった。

横をチラ見すると、まよちゃんの画面にはニットワンピースの女の子。


「ふわふわニット、良さしか無いっす!」


まよちゃんは画面に顔を近づけて、「わー」って口が大きく開いてる。


私の向かいに座る瑞希先輩がさらっと解説する。


「それはアバターって言って、私と愛乃の分身だよ。」


机の上の2台のパソコンは、すでに地図画面を映して待っていた。


愛乃先輩は私たちの背後に立って、手助けしてくれる。


「そうね〜、まずはストリークかな?」


愛乃先輩がまよちゃんの肩越しにマウスを操作する。


まよちゃんは目を細めて鼻をひくひく。

ハムスターの真似? マウスだから?


次にこっちにも回ってきて、同じように操作してくれる。


あ、鼻ひくひくしちゃうね。

バニラのような少し甘い香り。

先輩のヒミツを手に入れてしまったようでドキドキする。


「じゃあ、始めるわね〜」


いよいよ始まるんだ。私のワクワクは最高潮に達する。

画面が暗転し、次の瞬間、どこかの風景が表示された。


瑞希先輩が説明してくれる。


「部活紹介でプレイしたルールだよ。連続で国名を当てれば良い。」


どうやら、移動もズームも自由。

高ぶった気持ちを、瑞希先輩のクールな声が少し落ち着かせてくれる。

モニターに意識が引き込まれていく。


映ったのはどこかの街の中。

マーケットと言えば良いのか、赤、緑、青、黄、色の洪水のような屋台。

歩いている人たちの肌は褐色で、着ている服も店に劣らず派手。

車ともバイクとも違う乗り物が、その人たちをかき分けるように走ってる。

英語とも、もちろん日本語とも違う文字があふれる看板の数々。

思い付いたのは……。


画面右下の地図を拡大して、インドをクリックする。


愛乃先輩が「『推測する』をクリックしてみて?」と教えてくれる。


結果は……、不正解。

う。唇を少し噛む。奥歯のあたりまで力が伝わり、肩の筋肉がじわりと固まる。

決め手なんてなかったのに、胸の奥に熱いしこりが残って、もう、めちゃくちゃ悔しい

画面の中の景色が、ゆっくりと遠のいていく。


瑞希先輩が愛乃先輩に「どこだった?」と尋ねた。


「バングラデシュ。ベンガル語が見えたわね〜」


「千登世さん、気にしなくて良い。インド周辺の言語は1週間あれば見分けられるよ。」


「え? そんなにすぐ?」


「ヒンディーとかタミルとか、そのへんの文字が見分けられれば、大外しはしなくなるわ。読める必要は無いのよ〜」


「次、いってごらん?」


今度は当てたい。

左の拳に知らず知らずと力が入る。


真っ直ぐに伸びる舗装道路。なのに中央線も路肩の白線もない。

舗装の端から先は赤茶けた土がずっと広がってて、ぽつんぽつんと電柱が立ってる。

遠くには背が低い木がまばらに並んで……、あれ、空気が乾いてる感じ。サバナっぽくない?

あれ、太陽が微妙に北にある? 南半球?

看板の単語が理解できるので、たぶん英語。

見つけたものを頭の中で組み合わせる。ひょっとして……。


自信はないけど、ケニアをクリックして『推測する』を押した。


「きゃー、千登世ちゃん、すごいわ! 正解じゃない!」


先輩に後ろからぎゅっと抱きしめられた。

先輩の甘い香りに包まれる、これ絶対ご褒美だ!


押せた。

あのときの私なら、押せなかったかもしれない。

剣道の試合で攻め切れず負けた、あの瞬間。

でも今は「やってみたい」が勝った。


瑞希先輩が確認するように優しく尋ねてくる。


「どうしてケニアだと思ったのかな?」


「確信はなかったんですけど。草原っぽいのと英語の看板。それに選挙の候補者ですかね? 写真に"Vote"ってあって、あ、イギリス植民地だったなって思い出して。」


「その通りだ!」


瑞希先輩が満足そうに微笑む。


「佐倉さん、観察力がかなり鋭いんだな。ジオゲ向きだよ。」


先輩は拳を握ったまま、熱を込めて続ける。


「部活紹介でシュノーケルの説明をしたんだが、実は最近は少なくなってきてる。それにも関わらずケニアだと見抜いたんだ。これはスゴイことだよ!」


も、もう。先輩、褒めすぎですよ⁉

観察力が鋭い、なんて初めて言われたかも。悪い気はしないけど、なんだか照れくさい。


でも、1つのヒントじゃ分からなくても、重ねれば答えに近づけるのが分かった。

まるでパズルのピースがパチンとはまったみたい。

攻めてみて良かった。正解を1つ勝ち取れて、胸の中が少し熱くなった。


隣のまよちゃんが、楽しそうな声を上げた。


「家がきれいっす。絵本か何かで見たことあるっすね……。」


どういうこと?と思って、モニターを覗いてみる。


少しゴツゴツした斜面や桟橋沿いには、赤、青、黄、緑と鮮やかに塗られた家々が並んでいる。

家の間を縫うように灰色の細い石畳の道が走り、群青色の水を湛えた港には白いボートがいくつか浮かんでいた。

透き通った青空は、まるで絵の具をチューブから絞り出したままのように鮮やかだった。


まるでおとぎ話の世界だけど、これは実在する景色なんだ。

私は目をこらして、その鮮やかな風景に見入った。


まよちゃんは地図上でデンマークを選び『推測する』をクリック。


「真宵ちゃんも、だーいせいかーい!」


愛乃先輩が今度はまよちゃんを後ろからぎゅっと抱きしめる。


「わー、めっちゃ嬉しいっす!」


満面の笑みが先輩の腕の間から覗く。

分かる。愛乃先輩、包容力の鬼だよね。


瑞希先輩がちょっと驚いた顔で説明してくれる。


「パッと見で当てるのはすごいよ。デンマークの家がカラフルなのは、漁師が自分の家をすぐ見つけられるようにするためなんだ。」


「そうっすよね。日本でも酔っ払いが隣の家に入っちゃった話もあるっす!」


「あ、あー、似たようなものだな、きっと。」


瑞希先輩がまよちゃんの天才っぷりの洗礼にあってる。


「瑞希ちゃん! ふたりともすごいわよ〜、逸材よ!」


「そうだな、去年の愛乃は大変だったもんな。」


瑞希先輩はちょっとからかうように言った。


「もー、ちゃんと強くなったじゃな〜い。」


ほっぺたをぷくーっと膨らませた先輩、チャーミング。


瑞希先輩はくすっと笑ってから「ごめんごめん。冗談だよ。順調にレートは上がったよな。」とフォロー。


「佐倉さんは観察と分析、瀬戸さんは直感。タイプが違うのはイイことだ。」


「お互い補えるのはステキだわ〜」


愛乃先輩が嬉しそうに頷いた。


まよちゃんと目が合い、親指を立て合う。

一緒なら、強くなれるかも。

夢中でクリックが続く。


「標識がフランス語? セネガルですかね?」


「電柱が日本より美味しそうっす!」


次々と新しい発見。もっと世界を見たくなる。

私たちが飛び込んだのは、ワクワクが止まらない広大な『ゲーム』だった。

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