G08「ガイドがいる」R11
「なんかチャットがえらく盛り上がってるわよ?」
梨沙子先生が画面を拡大した。
『今の"Chito"って子、エモなんだけど』
『にゃあにゃあ言いながら、ビタ当てしてたな』
『"Mayo"って子と同じ学校じゃね。どっちも、かわよ。』
わ、私、何かやらかした⁉
愛乃先輩が小首を傾げる。
「ん〜、なんかいつもの千登世ちゃんじゃなかったわね〜」
「勝ったから、細かいことはいいじゃない。」
「そうっすよ、勝ちは勝ちっす。真宵も勝ちに行くっす!」
まよちゃんも1回負けて、"Lower Bracket"、つまり私がいるトーナメントに移動した。
梨沙子先生がトーナメント表を指さし、突然大きな声を出す。
「ちとまよ2人とも勝ったら、次は対戦じゃない!」
「気合い入るっす。勝って、ちとちゃんとやりたいっす!」
「まよちゃん、強いから、あまりやりたくないなー。」
「何言ってるっすか。公式戦でやるのが良いんじゃないすか。」
「それは……、そうかな?」
まよちゃんの次の対戦相手は、"Gwalker"さんという女性だった。
ウインクすると、色っぽさがにじみ出てる。
大学生か社会人か、私にはちょっと分からない。
第1ゲーム・"Move"が始まった。
まよちゃんは大きく外さないけど、"Gwalker"さんは寄せが上手い。
ラウンドが進み、まよちゃんのヘルスがジワジワと削られていく。
第8ラウンド、ヘルスの差が4000。
こうなると倍率を活かして逆転を狙うしかない。
大きな国の方がチャンスはあるけど、苦手が出たら終わりだ。
そして表示された景色は、アルゼンチン。
乾燥した大地が、今は冷酷に見える。
ここでも"Gwalker"さんの寄せが勝って、第1ゲームをもぎ取った。
まよちゃんの集中力が切れたのか、"Gwalker"さんが強いのか、第2ゲームもズルズルと差が開いていく。
「勝てないっす。強い。」
まよちゃんが必死に涙をこらえてる。
第2ゲームも"Gwalker"さんが取った。
ダメージを与えたので、フローレス負けではなかった。
けれど、為す術が無い流れだった……。
まよちゃんのデュエルが終わった。
カメラをオフにするやいなや、まよちゃんは「わー」っと泣き出してしまった。
涙を右手で拭うのが追い付かない。
愛乃先輩がまよちゃんを抱きしめた。
「真宵ちゃん、よく頑張ったね〜、お疲れ様。」
ずっと一緒に頑張ってきた。
まよちゃんの悔しさは、私の悔しさだった。
今はかけてあげる言葉が見つからない。
「千登世も、やれるだけやってくるね。」
これが精一杯の言葉。
そして、私の対戦相手は……。
再び、"Kadoo"さんだった。
トーナメント表を見ると、まよちゃんの前の試合で"Kadoo"さんは"Magika"さんに敗北。
つまり、"Lower Bracket"に移動した、ということだ。
カメラがオンになる。
"Kadoo"さんは、イケメンに見えた。
それに気付いた梨沙子先生が身を乗り出してきた。
「年下かー、残念。」
何が残念なんだろう?
"Kadoo"さんは私を覚えていたようだ。
始まる前にアバターが手を振ったので、私もお返しをした。
同じ人に2回負けるのは絶対にイヤ。
ふと、剣道のベスト4がかかった試合を思い出す。
そうだ、ココロは熱くアタマは冷たく、"攻め"るんだ。
目を閉じて、ふーっと時間がかけて息を吐く。
同じようにゆっくり吸って、まぶたをしっかりと開く。
カウントダウンがゼロになり、第1ゲーム・"Move"が始まった。
第1ラウンド、赤土が広がる風景。
カメラカーのぼかしがクッキリ。
左側通行、"Safaricom"の広告。
「ケニアだ。」
"Kadoo"さんが"Guess"。
さっきの試合より、遅い。
道路番号、"B1"がとれた!
「ほとんど東西かな。」
道路の角度を見ながらマップをズーム、"キスム"の辺りにピンを置く。
16キロまで寄せて、400ダメージを入れる。
第2ラウンド、ヘブライ文字でイスラエル確定。
住宅地で緑が多い。
でも、遠くの山に背の高い木があまり生えてない。
空が乾いた感じで地中海が近い?
"Kadoo"さんが"Guess"。
「テルアビブじゃない。」
アビブはもっと平ら。
移動しても大きな道路に出ない。
攻めよう。
「ハイファにゃ!」
拡大したハイファには、くねくねとした道路がたくさんあった。
この辺りだ。
11キロまで寄せることができて、さらに200ダメージ。
やっぱり、"Kadoo"さんの"Guess"がゆっくりだ。
戦法を変えてきたのかなー?
第3ラウンドは、"Mellieħa"と書かれた看板でマルタ。
今度は私が先に"Guess"。
差が付かない。
第4ラウンド、ボラードはイタリア?
「リフト、バニアだ。」
空に裂け目を見つけて、また私が先に"Guess"した。
あれ?
まだ始まって5秒なの?
"Kadoo"さんはナポリ、私はアルバニアの首都・ティラーナの東。
リフトに気付かなかったのかな?
ヘルスを1000削る。
第5ラウンド、北米。
標識は"STOP"で、水面が見える。
「海にゃー」
空が広かった。
舗装に細かい溝。寒そうな植生。
「ノバスコシアか。」
再度、私が先に"Guess"。
"Kadoo"さんは、アメリカ・ボストンの北。
英語だけで"MAXIMUM"表示が見つからないと、アメリカに見える。
1700削って、残りも1700。
第6ラウンドはロシアだった。
バスの側面の広告、"Челябинск"。
「チェリャビンスク、これで決まりにゃ!」
"Guess"を押す。
ダメージ4000を与えて、第1ゲームはフローレス勝ち。
ふわぁ、キモチイイ。
まただー、まよちゃんたちの声が遠いにゃー。
思い出した、この感じはベスト8を決めた試合!
相手の剣先も足さばきもゆっくりに見えた。
空中に竹刀がいくつも浮かんで、それをなぞるだけで勝てた……。
千登世、どうなってるにゃ?
第2ゲーム・"No Move"が始まる。
第1ラウンド、リトアニア、第2ラウンド、クロアチア。
第3ラウンドは、フィリピン。
「トライシクルがミンダナオー」
何か楽しくなって、クスクス笑いが止まらない。
第4ラウンド、アフリカ?
「ガイドさん、みっけ。」
マダガスカル。
第5ラウンド、またアフリカ。
「草が長い、エスワティニ。これで決まりにゃ!」
あー、瑞希先輩、こんな感じだったのか。
え、第2ゲーム、終わっちゃった?
もっと、やりたかった。
「ちょっと、ちとちゃん、大丈夫っすか⁉」
「あ、まよちゃん? 今のはすごい楽しかったよー。」
思い出すと、背中を電気がゾワゾワと上ってくる感じがする。
梨沙子先生だー。
「ランナーズハイみたいなものかしらね?」
「ちとちゃんていうか、ちとにゃんだったっす。」
愛乃先輩にゃ。
「さっきの試合より、"Guess"が速くなってるみたいだったわね〜」
「次、真宵が負けた"Gwalker"さんっすよ!」
「まよちゃんの分も勝ってくるー。」
あ。
「ハラペコにゃー。」




