G08「ガイドがいる」R08
"KatakanaSignMeta"さんとの試合は、打って変わってゆっくりなリズム。
こちらの"Guess"が先行して、寄せに使える時間が長い。
第1、第2ゲームと私が連取して、"Kadoo"さんみたいな"強敵感"が無いまま終わった。
まよちゃんも勝利して、勢いよく立ち上がる。
2人で手を振りかぶり、ぱしんと音が響くハイタッチ。
「初勝利、おめでとうっす!」
「まよちゃんこそ、連勝はすごいよ。」
「真宵、連勝の天才っす!」
まよちゃん、ニカッと笑いながらピースサイン。
「2人とも良かったわ〜」と、愛乃先輩は頬に手を当てて首を傾げ、楽しそうに目を細める。
「千登世ちゃんは観察からの寄せ、真宵ちゃんはイメージでビタ当てよね〜」
続く2試合も、2人共、難なく勝つことが出来た。
初戦であたった"Kadoo"さんが強かっただけかも、という気がしてくる。
次の相手は誰だろうと、トーナメント表を見る。
なんと、まよちゃんと"Melon"さんの試合の敗者だ。
まだ、まよちゃんとは対戦したくない。
2人揃って、もう少し上まで勝ち残りたい。
まよちゃんの試合はまだ続いていた。
第1ゲームを"Melon"さん、第2ゲームをまよちゃんが取って、第3ゲームにもつれ込んだ。
その第6ラウンドは、フィンランドに見える景色だった。
声に出すのは反則なので、頭の中で考える。
見えてる水面は川じゃない。たぶん湖。
建築は間違いなくヨーロッパだけど、フィンランド特有の2階のハシゴが無い。
移動して標識を探せば、と思った瞬間。
「カナダのケベックっす。真宵、スクショの天才っす。」
まよちゃんはぐいっと前のめりになり、モニターを指差す。
私なら標識を探す状況なのに、まよちゃんは"Guess"ボタンを押してしまった。
そして、正解。
"Melon"さんはフィンランドに置いて、まよちゃんのベスト8入りが決まった。
梨沙子先生が真面目な顔で言った。
「真宵ちゃん、すごく強いわね。完全にイメージだけでイケるのね。」
「そうっす。景色が頭の中に入ってるっす。」
「ふんふん」と鼻歌を歌いながら、次の試合の準備するまよちゃん。
まよちゃんが勝った嬉しさに、とげがチクチクと混ざる。
メタを言語化して、少しずつ積み重ねて覚えるのが私のやり方。
でも、まよちゃんは一度見た景色を、まるごと頭の中にしまい込める。
私がノートに地名を書くように、まよちゃんは頭の中に絵を描いてしまう。
その差が、これから広がっていくんじゃないか――そんな不安が頭をよぎった。
「休憩にしま〜す」
愛乃先輩の声で、我に返った。
先輩が持ってきてくれたお菓子でティータイム。
前もいただいたデンマークのクッキー、サクサクでバターの香りがフワッと口の中に広がる。
やっぱり、美味しいなー、これ。
手の平に入っていた力が、ゆるっと抜けていく。
たぶん剣道と同じ。
余計な力が入ると、勝てる試合も勝てない。
いったん、まよちゃんのことは忘れて集中しよう。
「ちとちゃん、たぶん"Melon"さんは言語ゲスが苦手っす。」
「そうなの?」
「"Move"で看板探して即ゲスしたら、勝てるっすよ。」
「分かった。ありがと。」
「2人でもっと上まで行くっすよ!」
休憩が終わる。
"Melon"さんとの第1ゲームは、まよちゃんのアドバイスが効いた。
第1ラウンド、スリランカ。
シンハラ語の看板で少し差を付けた。
第2ラウンドの日本はお互いに5K。
第3、4ラウンドはベトナムとグアテマラ。
お互いにヘッジ。
次からはダメージ倍率が加わる。
目を瞑る。
相手の竹刀が空に揺らぐ。
深呼吸を1回。
世界の音が薄膜の向こうに霞む。
第5ラウンド。
「"Rua"にゃ。」
普通ならフランスだけど、空に浮かぶ雲が海の近さを感じさせる。
「スペインかな?」
ここは攻め!
北西部に置いて、"Guess"。
"Melon"さんはフランスのトゥールーズ。
1300ダメージを入れた。
第6ラウンドはペルー。
海岸沿いで大きくは外さなかったけど、少しダメージをもらう。
大丈夫、イケる。
第7ラウンド、倍率は3倍。
得意な国が来て欲しい。
カウントダウンの数字を待つ。
表示されたのは……。
「ウクライナ?」
見つけた看板はキリル文字、読める!
「Хмельницький《フメリヌィーツォクィイ》! これでキメにゃ!」
"Melon"さんが置いたのはロシアのサラトフ。
4000ダメージを入れて、私の勝利。
第1ゲームの勢いを保ったまま、第2ゲームも連取して勝ち抜けた。
いつの間にか、額にうっすらと汗をかいていた。
背もたれに身体を預け、両腕をだらんと垂らしながら呟く。
「つ、疲れたにゃ。」
あ。今、私、「にゃ」って言った?
愛乃先輩は口元を手で隠してクスクス笑い、肩を小刻みに震わせている。
「ち、千登世ちゃん、集中すると"にゃあにゃあ"言い出して、むっちゃキュート〜」
「ま、まよちゃんの癖が伝染っちゃったんですよー。」
梨沙子先生は湯気の立つカップをそっと机に置き、トーナメント表を指差した。
「千登世ちゃんもベスト8入りじゃない?」
ホントだ。
表には8枠しか残ってなくて、次は4試合が同時にスタートだ。
チームデュエルの試合も始まっていて、いくつかはもう終わっていた。
ダブルエリミで"Upper"から"Lower"に敗者が移動するから、全体での順位が分かりにくい。
次に勝てば、私はベスト6、まよちゃんはベスト4。
ところが、まよちゃんは次の試合で大苦戦するのだった。
◇
あ、まよちゃんが映った!
ベスト8からは、試合がストリーミングされる。
不正プレイを防ぐために、マイクもオンになる。
試合中ではないので、チャット欄にコメントが流れる。
『ふつーに、褐色美少女じゃん!』
まよちゃんは、ピースサインをした指先をくるくる回して、おどけたように体を揺らした。
『ガチ、かわえー』
『ジオゲもできるの、チートでしょ。』
対戦相手は、トーナメントの一番下のブロックにいた"Swifter"さん。
名前とアバターに見覚えがある。
顔を見るのはもちろん初めてで、大学生ぐらいの男の人だった。
「"Swifter"さん、けっこう強かったはず。ゲス速いから気を付けてね。」
「速さなら負けないっすよ!」
カウントダウンが始まった。
ちとちゃん、頑張って!
机の下で両手をぎゅっと組んで祈る。
第1ゲーム・"Move"、第1ラウンドはモンゴル。
カメラカーの荷台に大きな荷物が見えるから、間違いない。
果てしなく続く草原の向こうに低い山が見える。
顎に指を当てて画面を覗き込み、まよちゃんにしては珍しい独り言を言った。
「なんもないにゃー。」
ヘッジ気味にウランバートルの北に置いたのは、相手も同じ。
まよちゃんの方が少し遠くて、軽くダメージをもらう。
第2ラウンドは、"コロンビアクロス"がすぐに見つかり、差が付かない。
第3ラウンドは、北米はすぐに確定。
ところが移動しても、"SPEED LIMIT"も"MAXIMUM"も出てこない。
湖があって、針葉樹が立ち並ぶ。
"Swifter"さんが"Guess"ボタンを押して、15秒制限が始まる。
「オンタリオ?」
正解はメイン州だった。
まよちゃんに400ダメージ。
良かった、そんなに大きく外してない。
そのまま一進一退の攻防が続く。
マウスのクリック音が部室に響く。
まよちゃんの肩が前のめりになり、画面の光が瞳に反射する。
第7ラウンドが明暗を分けた。
チリは間違いなさそうに見える。
植生が濃く、私ならサンティアゴより南を選ぶ風景。
まよちゃんも同じ考えだった。
「南っすかね?」
ところが、正解は中部。
"Swifter"さんが100キロまで寄せて、第1ゲームは決まってしまった。
まよちゃんは、両手の人差し指で、机をトントンと何度か叩いた。
続く第2ゲーム・"No Move"は、第3ラウンドまで差が付かない。
"Swifter"さんの方が、"Guess"ボタンを押すのが速い。
第4ラウンド、東南アジアの植生だけど、国のメタが無い。
まよちゃんは少し首をかしげて、ベトナム中部にヘッジ。
ところが"Swifter"さんは、インドネシアのスラウェシに置いた。
ここで800ダメージをもらうのは、ちょっとキツいかも。
正直なところ、今のは厳しい。
どうしてスラウェシだったのか、私も全く分からなかった。
第5、6ラウンドは、連続でインド。
じわりと差が開き、まよちゃんのヘルスは残りが2500。
大きな国なら逆転のチャンスがある、と祈る。
第7ラウンド、まよちゃんはボラードを見落とした。
一瞬、とても小さく黄色い棒が映った。
建物が少しでも映っていれば、まよちゃんなら外さないはずだった。
「ノルウェーっすかね?」
無情にも、正解はアイスランドだった。
"Bye Bye"した後、カメラをオフにして、まよちゃんは大きく息を吐いた。
まよちゃんは笑おうとしたけど、頬がぴくぴくしてうまく形にならない。
両手で顔を覆って「負けたっす」と声を震わせて、指の隙間から涙がぽとぽと机に落ちた。
その仕草が子どもみたいで、余計に胸がぎゅっとなった。
「まよちゃん、悔しい時は悔しいって言って。千登世も今のは悔しかったよ。」
まよちゃんの顔がくしゃっと歪んで、私に抱きついてきた。
「悔しいっす、ちとちゃーん!」
まよちゃんの頭をなでなでする。
愛乃先輩が心配そうな顔で、まよちゃんを見ながら言う。
「さすがに疲れたかしらね〜、いつもの真宵ちゃんじゃないみたい〜」
「制限かかると緊張するっす。パッと出てこないっすよ。」
「チャットにも『今のは厳しかった』って流れてきたわよ。」
そう言った梨沙子先生は、私の肩を軽く叩きながら笑顔で言った。
「ほら、次は千登世ちゃんでしょ。カタキを取ってあげないと。」
そうだった、私の試合だ。
対戦相手は"Tawashi"さん。
カメラとマイクがオンになる。
声は男の人。でも、特撮ヒーローのお面を被ってた。
顔を隠しても良いなんて、聞いてないんですけど!
やっぱり名前に見覚えはない。
でも、ここまで残ってるなら弱くはないはず。
席についてスタンバイ。
「ほら〜、千登世ちゃん、カメラに向かって笑顔よ〜」
「む、無理言わないでください。そんな余裕ないです!」
「ほら、『また美少女出てきた』ってコメント流れてるわよ?」
え、えーと、何か慣れてる動作、あ。
「いらっしゃいませ。ようこそ、アリア・エトワールへ!」
まよちゃんちのバイトで覚えた笑顔とセリフが、サラッと出てしまった。




