G01「草が長い」R03
ジオゲって言ってたけど、アレって一体何だったんだろ?
部活紹介が終わって教室に戻る廊下は、新入生でごった返していた。
周りの会話は耳に入っていても、内容は全然頭に入ってこなかった。
私は自分の上履きだけを見つめながら、文字通りボーッと歩いていた。
悔しさで胸がキュッとなった。憧れで胸がじんわり温かくなった。
そして何より、次は私が、そう思ったとき、手のひらが自然にリボンの端をつまんでいた。
突然、背中にふわりと重みを感じた。
「ちっとっちゃーん!」
まよちゃんが生えた。
弟が小さい頃はよくこんなふうに飛びついてきたけど、高学年になるとさすがにやらなくなったなぁ。
「びっくりしたー」
「ちとちゃん、制服がマジメだからすぐ分かるっす!」
まよちゃんはスルッと私から下りて正面に回り込み、私の制服のリボンを指先でちょんちょんとつついた。
「うち、お母さんが厳しくて。私もきれいめが好きだから。」
「いいっすねー、清楚系。真宵なんか朝起きてー、パーカー引っかけてゴー!って感じ。」
パーカーの袖を両手でつかみ、腕を広げてポーズを決めるまよちゃん。
「あはは。パーカー、可愛いよ。」
あれ? 正式にはジャケットを着ないといけないんじゃなかったっけ?
「っすよね。 でも真宵、ちとちゃんと並ぶと完全に子どもっぽい。」
まよちゃんがちょっとふくれっ面になった。
2人でケラケラ笑い合った。
「地理研究部、ヤバかったっすね!」
小さく足を蹴り出すように歩くまよちゃんが、目をキラキラさせながら言った。
「うん、あれは普通わかんないよね……。」
「真宵、超方向音痴だから絶対無理ー」
まよちゃんは指をくるくる回している。
「あれ? 方位磁針っぽいの、画面に出てなかった?」
思い出そうとして、つい顔が斜め上を向いてしまった。
「先輩たちが鬼速くて全然見えなかったっす!」
まよちゃんとあれこれ感想を言い合いながらも、私の頭の中ではさっき受けた衝撃がずっとぐるぐる回っていた。
地理研究部のことが、私の心に刺さったまま抜けないでいる。
先輩たちのプレイが、まだ頭の中でリプレイされている感じだ。
胸の中で入り混じったあの複雑な感情を、自分でもはっきりさせたいと思った。
教室の前まで来たところで、私は思わず足を止めた。
声をかけようか、やめようか。迷ったけれど、結局、意を決して口を開いた。
「ねえ、まよちゃん。地理研究部、けっこう気になってたりしない?」
「そうっす! ワクワクした!」
まよちゃんはぱっと目を見開いて、ちょっと照れ笑いを浮かべた。
「私ね、ワクワクと悔しいのと、あとね、先輩たちがステキだったの……。」
そう言った途端、恥ずかしくなって私はうつむいてしまった。
自分でも意外な言葉が口から出て、頬が熱くなる。
「尊かったっす!」
ん? ちょっと誤解されてるような。
「えっと、良い意味だよね?」
「もちろんっす!」
「ショートボブの先輩はかっこよくて、金髪の先輩は妖精みたいで、いろいろ捗るっす!」
「う、うん、ちょっと分からなかったけど、まよちゃんも興味あるってことだよね?」
私が首をかしげているのを見て、まよちゃんは勢いよく私の腕をつかみ、上目遣いで甘えてきた。
「ね〜、午後の見学、一緒に行こ? 1人じゃ心細いよ〜。きゅる〜ん。」
あ、これは知ってる、「妹キャラ」だ。ともかく、この提案は正直ありがたい。
「私も1人で行くのはちょっとなーって思ってたんだ。」
「やったー! ちとちゃん、ありがと。」
まよちゃんはパッと笑顔になると、また私の腕にぎゅっとしがみついてきた。
教室に戻ると、チャイムが鳴るまであとわずか。
窓の外は、飛行機雲が空をスパッと2つに分けていた。
外でお弁当を食べたら気持ちいいだろうな。
ちょうどそのとき、まよちゃんがお腹をさすりながら尋ねてきた。
「ちとちゃん、お昼どうする〜?」
「お弁当だよ。まよちゃんは?」
「もちろんお弁当っす! 中庭は?」
まよちゃんは廊下の方を指さした。
「そうだね、天気いいし、確かベンチがあったと思う。」
お弁当の入ったポシェットを手に、中庭へ向かおうと歩き出す。
でも、頭の片隅ではさっきの地理研究部が、淡い残像のようにちらついている。
午後になったら、あの先輩たちの声がまた聞ける――そう思うと、道案内の線が地図に引かれるように、足が前に出た。




