G06「車が追いかけてくる」R14
風穴から朝の集合場所に戻る途中に、瑞希先輩の自宅はある。
「すいません、最寄り駅まで送ってもらってしまって。」
「いいのよ、途中だもの。20分で着くしね。」
梨沙子先生の見立て通り、きっちり20分で瑞希先輩の最寄り駅に着いた。
「ありがとうございました! みんなも気を付けて帰ってくれ。」
頭を何度も下げている先輩は、すぐに見えなくなった。
瑞希先輩の最寄り駅と、愛乃先輩の最寄り駅の間も20分だった。
「梨沙ちゃ〜ん、ありがと〜。楽しかったよ〜。月曜日に学校でね〜」
そして、愛乃先輩の最寄り駅から朝の集合場所も20分。
「先生、1日ありがとうございました! きっと私、今日のこと一生忘れないです!」
「真宵もっす! 先生、今度うちの店にも来てください。 美味しいワイン用意しておくんで、電車っすよ。」
「ちょっと! 真宵ちゃん、ワインって言った⁉」
「うち、洋食なんだけどイタリアンとフレンチミックスなんすよ。ワイン以外もごっそりあるっす。」
「分かった! 絶対行く。」
お酒好きなのか。イメージは合うかも。
「じゃあねー、月曜日は遅刻しないでねー。」
暗くなり始めた駅のロータリーで、私とまよちゃんはいつまでも手を振り続けた。
先生の車が見えなくなって、2人で顔を見合わせる。
次の瞬間、どちらからともなく抱きついてしまった。
「まよちゃん、入学初日に声をかけてくれて、ホントにありがとう! あれから毎日、千登世は幸せ過ぎるよ。」
「ちとちゃんこそ、真宵のこと、すごい大事にしてくれてるの分かってるっすよ。いつも楽しさしか無いっす!」
今日の充実感は、すべて初日のあの出会いから始まっていた。
まよちゃんが人見知りの私に声をかけてくれなかったら、絶対、今日のこともなかった。
感謝のあまり涙が出てきてしまったけど、構わず体を離して、まよちゃんの顔を真っ直ぐ見る。
「まよちゃん、私、1つお願いがあるの。」
「なんすか? コンビの衣装はギャルで決定したっすよ?」
「あー、えっと、恥ずかしいけど、まよちゃんのコーデなら着てみようと思う。」
「ホントっすか⁉」
キラキラおめめのまよちゃん、かわいー。持ち帰りたくなる。
「うん。今度一緒に買いに行こっ。」
「了解っす! わー、ギャルのちとちゃん、捗るなー。」
人差し指を桃色の唇にあてて、まよちゃんが何かを想像してる。
しまった、早まったかもしれない。
少しだけ気持ちを固めて、思い切って言う。
「えっとね、まよちゃんちのお店でバイトさせてもらえないかな?」
「オッケーっすよ。」
「え?」
「パパたちに聞かないと分からないけど、たぶん大丈夫っす。真宵もバイトしてるし。」
「そうなの?」
「高校生になってからは時給上げてもらったっす。真宵、フロア係の天才っす!」
「せ、先輩! 接客の仕方、教えてください!」
「任せたまえよ、千登世くんは初めてかい?」
「ぷっ」
2人で笑い転げた。
「じゃあねー」
「またっす!」
お互いに見えなくなるまで、何度も振り返ってバイバイし続けた。
まよちゃんとならきっと楽しくやっていけるという初日の直感は正しかった。
初めてのことばかりで慌ただしいけど、どれも楽しいことばかりで幸せだった。
バイトのことも切り出せて、ちょっと自分をほめても良いかなと思った。
ギャルはどうしよう。似合うという自信は無いなぁ。
でも、まよちゃんが笑ってくれるなら、それだけで着てみる価値はあるかもしれない。
まよちゃんに出会ってからの私は、いつの間にか知らなかった自分をたくさん見つけている気がする。
小さな自信が胸の中に灯った気がして、私は少しだけ足取りを速めた。




