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G06「車が追いかけてくる」R13

風穴の大きさは、中に入ってみるまでまったく実感がなかった。

受付のすぐそばには全体の案内図があって、どうやら奥の方が相当広そうなことは分かる。

その案内図のすぐ先に鳥居があった。


梨沙子先生は鳥居の前で立ち止まり軽く一礼する。


私たちは大社さんが近所にあるので、小さい頃から教えられてきた作法だ。

先を行く先生の後について、石畳の左に寄って進む。


「ここは神社でもあるの。昔から洞窟は神が宿ると考えられてきたんでしょうね。」


石畳の周りはちょっとした林になっていて、昼間でも薄暗かった。


ほんの数メートル進むと、先生が無言のまま左手を指さした。


「うわ! サメが口を開けてるみたいっす!」


幅20メートルはあろうかという巨大な黒い穴が、崖のような岩肌に開いていた。

高さもかなりのもので、最も開いているところは5メートルぐらいありそう。

穴の周辺の岩は苔むしていて、抹茶をまぶしたお菓子に見えなくもない。

迫力のある穴に気を取られたけど、岩の上にも木々が生えていて、その向こうに住宅が透けて見える。

現実世界にぽっかりと開いた、異世界に繋がる穴、のイメージそのものだ。


「いきなりよね〜。さっきまで普通に住宅地を歩いてたのに〜」


「そうね。良い意味で観光地化されてないのよ、ここ。」


「他にもあるっすか?」


「ええ。富士山の火山活動で出来た洞窟がたくさんあるのよ。」


みんなで穴に近付くと、否応なしに異変に気付く。


「すずし〜、足元がひんやり〜」


「涼しいを超えて、ちょっと寒いんじゃないか、これは。」


「ええ。一年を通して内部は13度ぐらいらしいわよ。冬の昼間の気温よね。」


まよちゃんのホットパンツほどではないけど、私もキュロットなので、太ももから下がスースーする。


「徳川の将軍がかき氷を食べてた話は知ってるかしら?」


「聞いたことあります。夏に馬や人が氷を大急ぎで運ぶんですよね、江戸まで。」


「そうよー、氷穴、氷の穴って書くんだけど、夏まで保存しておいて山梨から運ばせたらしいわね。」


まだかき氷には早い季節だから、それほど食べたいとは思わないけど。


「ハラペコっすか?」


まよちゃんが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。

食べ物のことを考えたのを見透かされた。顔にサインが出てるのかな?


「だ、だいじょうぶだよ。車の中でみんなが食べさせてくれたから、おなかいっぱい。」


ここに着くまでの車中で、愛乃先輩とまよちゃんによる「お菓子接待」を受けたので満腹だった。


梨沙子先生が藪から棒に聞いてくる。


「千登世ちゃん、たこ焼きは好き?」


「ほ、本当にお腹空いてないです! たこ焼きは好きです!」


先生は苦笑いをしながら続ける。


「ごめんなさいね、からかってるわけじゃないのよ。たこ焼きは外がカリカリ、中はトロトロ、が美味しいでしょ?」


ん? 話が見えない。


「真宵もカリトロ好きっす!」


満腹なのに想像して口の中によだれ、いけない。下品だった。


「カリトロだと美味しいわよね。家で作ると、なぜか真ん中が空洞になっちゃわない?」


「なりますね。タコが出てきちゃったりします。」


「外が先に固まって裂け目が出来ると、中身が出ちゃうのよね。」


「梨沙子先輩、たこ焼きと洞窟の関係が分からないのですが。」


瑞希先輩も首を傾げて言う。


「瑞希ちゃん、慌てなーい。」


先生は人差し指を左右に振った。


「溶岩、主に玄武岩が流れると表面が先に冷えて固まるの。でも中の溶岩は熱いままだから、そのまま流れて行っちゃうのよ。」


あ、イメージできた!


「噴火が終わると溶岩も流れてこなくなって、中が空洞になっちゃうんですね⁉」


「はい、千登世ちゃん、よく出来ました。」


わー、先生に頭なでなでされるの、うれしー。


「つまり、この洞窟は、中身がどこかに行ってしまったたこ焼きですか……。」


「あら、瑞希ちゃんもたこ焼き好きなの? そんな寂しそうな顔して。」


「えっと、結構好きですね。」


先輩、ちょくちょくイメージ狂うな。


「中に入るわよ。足元に気を付けて。上からの水にもね。」


先生はそう言って、先導してくれる。


私たちはその後ろから、ちょっとおっかなびっくりで、ゴツゴツした岩の間を降りる。


中は照明があるものの、目が慣れるまではかなり暗い。


「ひゃっ!」


まよちゃんが落ちてきた水滴に驚いて声を上げた。


「天井は溶岩が垂れ下がった跡、壁や足元には流れた跡があるわ。よく見てね。」


中の空間の高いところは20メートルほどあり、上に向かって吸い込まれそうな気分になる。

入り口からしばらく行くと洞窟は左右に分かれている。

左の洞窟は『枝穴』と書かれていて、入り口がとても低い。


まよちゃんはちょっと腰をかがめただけなのに、愛乃先輩は座るようにして通った。


「こういう時は、不便なのよね〜」


眉を寄せてる先輩と同じく、私も頭をぶつけそうで困り顔になってたかも。


それでも全長200メートルほどの空間は、自然の圧倒的なチカラを感じるのに十分だった。

一通り見終わり、私たちはゆっくりと入り口へ戻った。


振り返ると、洞窟の奥から流れてくるひんやりとした風が、まるで異世界からの別れの挨拶のように頬を撫でた。


「ちとちゃん、なんだか不思議な気分っすね。」


まよちゃんの呟きにうなずきながら、洞窟の外へ一歩踏み出す。

周囲の景色は先ほどよりも眩しく、まるで夢から覚めたばかりのように現実味が薄れて感じられた。

ほんの少しだけ異世界に触れて戻ってきた、そんな錯覚があった。

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