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G06「車が追いかけてくる」R12

天国のような『酪農王国』から車で1時間。今日の最終目的地はなんと住宅街の中だった。

駐車場から少し歩くと、突如として『風穴』の看板が現れる。


梨沙子先生によると「ふうけつ」ではなく「かざあな」と読むらしい。


「周りは普通のお宅ですよね、ここ。」


「そうなのよ。面白いでしょ?」


フェンスに囲まれている敷地の入り口は藤棚になっていて、ちょうど見頃だった。

見上げると、鮮やかな紫の花と緑の葉が、教会の天井画のように広がっている。

少し甘い上品な香りが鼻をくすぐって、何とはなしに目を瞑って楽しんでしまう。


「千登世ちゃん、日本に生まれて良かったわね〜」


愛乃先輩が微笑みながら言った。


「どういうことですか?」


「藤は日本原産なの〜。近い品種が中国にもあって、ヨーロッパで見るのはそっちなのよ。香りは日本の方が強いかしらね〜」


先輩も目を閉じて、香りを楽しんでいる。


瑞希先輩がクイズを出してくる。


「『源氏物語』で藤と言ったら?」


「藤? あ、藤壺ですね。」


「紫の上っす!」


「2人とも古文をちゃんとやってるじゃないか。真宵さんは色で連想したんだね。」


先輩はクスッと笑った。


「真宵、古文は苦手だから、マンガで読んだっす。」


「あー、『あさきゆめみし』だね。あれは名作だよ。」


へー、瑞希先輩ってマンガ読むんだ。ちょっと意外。


「文献に残る世界最古の名字は藤原なんだけど、これも藤に由来してるという説があるよ。」


ちょっと上を向いて、記憶を辿る。


「確か教科書だったと思うんですけど、中臣鎌足の名前に括弧が付いてて、藤原って。」


「千登世ちゃん、さすがの記憶力だな。天智天皇から藤原という姓を賜ったんだよ。」


先輩にほめられると素直に嬉しい。私、単純なのかも。

藤棚の支柱を指さしながら、梨沙子先生が話に加わる。


「藤はマメ科のつる性植物だから、広葉樹に巻き付くことで環境に適応したのよ。」


先生は指先を上に向け、くるくると回した。


「日本にはブナやミズナラ、カエデ、要するに落葉広葉樹が広く分布してるわ。」


そういえば、サクラもハナミズキも冬には葉が無くなるな。


「ちとまよはこれから授業でやるところね。」


先生がウインクした。

ん? 今、何て?


「先生、ちとまよって?」


「あら、『千登世と真宵』で『ちとまよ』に決まってるじゃない、あなたたち、いつも仲良しだし。」


いきなりコンビ名決定された⁉


「ちとちゃん、よろしくっす! 衣装はギャルで決定っす!」


まよちゃんが私に飛び付いてきた。


「ぎゃ、ギャルは恥ずかしい、っていうか、勝手にコンビにされてるよ⁉」


「コンビ、いやっすか? きゅるーん。」


出た! まよちゃんの妹キャラで言われたら断れないじゃん。


「もう! 『ちとまよ』でイイです。」


「はい、衣装も決まって良かったわ。っと、どこまで話したっけ?」


瑞希先輩が冷静にアシストする。


「先生、落葉広葉樹までです。」


「さんきゅ、瑞希ちゃん。落葉広葉樹は温暖湿潤気候に分布するの。日本の大部分はこの気候帯よね。」


先生、切り替えが早すぎる。


「藤は日本の気候によく適応してるけど、日本の固有種になった原因は何だと思う?」


「島国だからっすか?」


先生がまよちゃんをビシッと指さす。


「真宵ちゃん、正解! 日本列島は1500万年前に、ユーラシア大陸から分離し始めたの。それで生物が隔離されて進化したのよ。藤もその1つ。」


そっか、ガラパゴス諸島と同じなんだ。


「つまりね、日本の地形が藤を育てて、歴史や国風文化を作り上げたのよ。」


あ。先生がいつも言う「地理は社会科の基礎」だ。


「ちなみに、瑞希ちゃんと珠希ちゃんで『みずたま』よ。」


先生、そんなドヤ顔で言われましても。


「姉とまとめないでください……。」


瑞希先輩が困り顔で呟いた。少し子どもっぽくて、あどけない表情だった。

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