G06「車が追いかけてくる」R09
言葉は知っていても、断層を直に見たことがある人は少ないんじゃないかな?
2つ目の目的地、断層が見られる公園には1時間ほどで着いた。
梨沙子先生は、駐車場の隅にある大きな看板の前に私たちを連れて行く。
「はい! 今からナマ断層を見るわよ!」
「ナマズかと思ったっす!」
腕をヘビのようにニュルニュル動かすまよちゃん。
「まよちゃん、ナマだよ、ナマズじゃないよ。」
「真宵ちゃんが今ナマズを連想したのは、昔の人が地震の原因だと思っていた話?」
「迷信っすよね?」
「それがね、あながち間違いじゃないのよ。」
まさか最新の科学で地下に巨大なナマズが発見される、ことはありえない。
「どういうことですか?」
小首を傾げてしまった。
「この断層は100年前に2メートル動いて、大地震を起こしたの。」
「看板に書かれてますね。マグニチュード7.3って。」
「そう。ところがね、地震の原因は断層だけじゃないのよ。火山活動でも引き起こされるし、スロースリップという現象も分かってきたの。」
「ゆっくり滑るってことですか?」
「ええ。数日から数ヶ月かけて、プレートがゆっくり滑るの。」
先生は、ゆっくりと両手の平を摺り合わせるように動かした。
「滑るときには、水やガスみたいな流体が関係してるの。『ニュルニュル』してる感じね。真宵ちゃんの腕のイメージ、実はけっこう近いかも。」
「真宵、イメージの天才っす!」
「人間の直感はバカに出来ないの。科学だから、ちゃんと証拠を集める必要はあるけどね。さて、証拠の例を見ましょうか。」
駐車場から石段を数歩上がった先に、それは突然現れた。
「赤い矢印が3組あるわよね? 結んだ線が断層の境界面。こっちの看板を見ながらだと分かりやすいわよ。」
先生が案内してくれた看板の図を見て、思わず私たちは声を上げた。
「ズレてる(っす)!」
まず、石を積み上げて作られた水路が、引き摺られたように曲がっている。
そして、もう1つ。
元は円だった石の列が真ん中で断ち切られ、向かい合う半円になってしまっている。
「誰が見ても明らかよね。このズレで最大震度6の地震が起きたの。震度は推測だけどね。」
「そんなに揺れたんですか⁉」
「40秒ほど強い揺れが続いたらしいの。想像してみて? そのズレの上にいたら、立っていられるかしら?」
ムリだ、と思った。
日本に住んでいれば、毎日のようにどこかで地震が起き、そのたびに「震源は……」という速報を聞く。
でも、その震源を実際に目の当たりにしたのは初めての経験で、胸がドキドキした。
「じゃあ、地下観察室も見てみましょう。」
看板の数メートル先に地下への階段があった。
そこに降りると、断層の断面といくつもの解説看板があった。
「時間はあるからじっくり見て良いわよ。」
先生はそう言って、私たちをおいて先に階段を上がっていった。
「ちとちゃん、真宵、怖いっす。今にも壁が動き出しそう……。」
まよちゃんの感想はもっともだった。
切り取られた断面には亀裂があって、その左右で土の色合いが全く異なっている。
これが動くのかと思うと、背筋がぞわっとした。
瑞希先輩がいつにも増して真剣な顔で口を開く。
「これは梨沙子先輩の受け売りなんだが……。」
「恐怖は知ること、理解することでしか乗り越えられない。その上で、正しく恐れなさい、と教えてくれたよ。」
愛乃先輩もいつもの笑顔ではなかった。
「梨沙ちゃん、さっき説明してたでしょ〜? 南海トラフのスロースリップが梨沙ちゃんの博士論文なの。」
「それを明らかにして、地震を予知するとか、被害を小さくするのが目標なんだって〜」
瑞希先輩が言葉を継ぐ。
「先輩は高校3年生をやってないんだ。」
「どういうことですか?」
「スキップしたのよ。2年次に大学に進学したの。」
そんなことが可能なの⁉
「さらにスゴイのはここからなんだ。大学も4年次をスキップして、特例で大学院に進学してるんだ、あの先輩は。」
「て、天才っすか?」
「ああ。天才って言葉はあの人のためにあるね。」
「博士号って普通は最短でも27歳。でも梨沙ちゃんは25歳で取ってるのよ。」
「『若気の至り』って言ってただろ? 高校の青春より学問を取った人だ。地震を憎み、地理を愛する人だよ。」
すごい……。
ジオゲの超人たちも驚異的だったけど、瑞希先輩をして「学歴バケモノ」と言わしめるのは納得だった。
「えーと。愛乃先輩が梨沙子先生にベタベタなのは、それが理由なんですか?」
「ん? 違うわよ〜?」
「え、違うんですか? なんか教祖みたいに崇め奉ってるのかと。」
まよちゃんが両手を合わせて拝むポーズをしている。
瑞希先輩がおでこに手を当てながら、大きなため息をついた。
「愛乃は、単に梨沙子先輩の顔が好きなだけだ。」
「「はぁぁぁあ⁉」」
まよちゃんと同時にくそでか、失礼しました、大声が出た。
「え? 百合っすか?」
愛乃先輩はまったく悪びれない。
「違うわよ〜。瑞希ちゃんも好きだけど、梨沙ちゃんはもっと好き〜」
そんなこと、ニコニコしながら言われましてもー。
「ちょっと待って下さい! 私、すごい感動してたのに! 返してください、私の純粋な心!」
ムダだと思いつつ、愛乃先輩に抗議してみる。
「はー、捗るっす。1ヶ月は補給無しで生きていけるっす……。」
まよちゃんはブツブツ言ってるし。
ニコニコしてる愛乃先輩と疲れた瑞希先輩。ヘラヘラしてるまよちゃんと、呆然としている私が車に戻った。
「どうしたの、あなたたち……。何かあったの?」
梨沙子先生は怪訝そうな顔を隠さなかった。




