G01「草が長い」R02
丘の上の学校が舞台の物語って多いけど、正直あれはお話の中だけにしてほしい。
すぐ近くに高速道路のインターがあるけど、生徒には役立たずで先生の車用って感じ。
新幹線も停まる駅の近くに住んでるから、初日は母と一緒に電車とバスを乗り継いで登校した。
でも、かえって遠回りだから、自転車で30分かけて通うことにした。
少し冷たい朝の空気が頬を撫でる。
富士山のきれいなシルエットを眺めながら、自転車を走らせる。
川沿いの桜並木はもう散り始め。
そこから学校まではゆるやかな上り坂が延々と続いている。
太ももが太くなるのはイヤだけどダイエットになるなら、そう思いながらペダルを漕いだ。
入学2日目、自転車置き場が最初の難関だった。
何とか良さそうな場所を見つけ、自転車に鍵をかけて昇降口に向かう。
まだ真新しい上履きに履き替えて、名前の書かれた扉にローファーを押し込む。
下駄箱が並ぶ先に大きな掲示板があって、所狭しと部員の勧誘ポスターが貼られている。
足を止める子、紙の端を指で押さえて読む子が数人。
インクのにおいがまだして、ポスターの色がやけに鮮やかに見えた。
どのポスターも工夫が凝らされていて、熱意が形になっていた。
そんな掲示板の前で、真宵ちゃんが首を傾げていた。私を見つけるなり、いきなり難問を投げてくる。
「ちとちゃん、英語部とインターナショナル部は違うっすか?」
千登世の『世』が省略されてることの方が気になるけど、真宵ちゃんの疑問ももっともだ。
「んー、同じにしか見えないよね、『まよちゃん』。」
「そうっすよね、なんで2つあるのかな?」
あれ? 気付いてない? まよいの『い』も要らなかったのかな?
私たちは、それから他の部活のポスターもしばらく眺めてみることにした。
その中の一つは百人一首部のポスターで、袴姿の女子生徒が札を払う瞬間の写真がドーンと大きく使われている。
どうやらこの部活は過去に全国制覇をしたことがあるらしい。きっとすごいことなんだろうな。
ポスターには「君も『畳の上の格闘技』に挑戦しないか⁉」とも書かれている。
それを見た『まよちゃん』が、また首をかしげてる。
「ちとちゃん、柔道部も『畳の上の格闘技』っすよね?」
「んー、それを言うなら、剣道は『板の上』だよ。冬、寒いんだ……。」
「床暖房ないの?」
真顔だった。道場に床暖房なんて発想、ある意味天才かも。
「あー。あったら天国だね。」
2人でケラケラ笑ってしまった。
始業5分前のチャイムが聞こえ、私たちは慌てて教室に向かった。
掲示板で確認した今日の時間割は、1日中、新入生勧誘の行事で埋まっていた。
どの部活にしようかな。剣道以外なら、運動部も少しは見てみたい。
中学最後の県大会、ベスト4をかけた試合で、あと一歩が踏み込めずに負けたあの瞬間が、今も頭の奥で引っかかっている。
竹刀の柄を握る手の感触も、間合いを詰められた時の息苦しさも、鮮明に残っている。
だから、道場にはしばらく近づきたくない。
あのときの息の詰まる空気が、一瞬だけ今の胸の奥にも滞る。
小さく肩をすくめ、呼吸を整えるようにゆっくり息を吐く。
掲示板のポスターに目を戻すと、その色とりどりの写真が、わずかに重さを追い払ってくれる。
でも、走るのは絶対イヤ……。
去年のマラソン大会、冷たい向かい風の中で顔も耳も真っ赤になりながら、ただゴールだけを待っていたあの地獄を思い出す。
それでも。写真部のポスターにあった、夕焼けのグラウンドを駆けるシルエットには、なぜか目が止まった。
オレンジ色の光が、ポスターの中から今にもこちらへ溢れ出してきそうだった。
午後、ちょっと覗いてみてもいいかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、教室のドアをくぐった。




