G05「電柱が四角い」R05
「さて、面白い話を持ってきたのよ。」
白峰先生はティーカップをそっと置き、私たちを見回した。
その声色だけで、部室の空気が少しわくわくしたものに変わる。
先輩たちも顔を上げた。
「今度の土曜日、みんなで日帰りのフィールドワークに行きましょう。」
「フィールドワーク……えっと、野外調査ってことですか?」
思わず聞き返すと、先生は嬉しそうに頷いた。
「そう。せっかく地理研究部なんですもの、外に出て実際の地形や地質、文化を見てみましょう。ジオゲで景色を探すのも面白いけど、自分の目で確かめるのも大事よ。」
ジオゲ、という単語にまよちゃんと視線が合う。
――昨日まで、私たちは画面の中で世界を旅してた。
そして今度は、本当に外に出て、自分の足で景色を見に行く?
……そんなの、夢みたい。
「私たちが住んでるこの半島はね、地理地学の宝庫なのよ。今風に言えば"聖地"に住んでるようなものね。」
「例えば……すぐ近くにある活断層。教科書の写真じゃなくて、本物の"地球の活動"を感じられる場所よ。」
「それから風穴。外とはまるで違う空気が流れていて、一歩入ると一瞬で季節が変わったみたいに思えるの。」
「あと、ちょっと山を歩きましょうか。形がきれいで、なかなか珍しいものなのよ。」
活断層、洞窟、火山――教科書でしか見たことないものばかり。
それを実際に見られるなんて、私までわくわくしてきた。
「もちろん日帰りで行ける範囲だから安心して。車で回れば効率的に見られるわ。私、この辺りの道には詳しいの。」
胸を張る先生に、まよちゃんが前のめりになって詰め寄った。
「面白そうっす! 絶対行きたいっす!」
「私もです! 先生や先輩がどうやって世界を見てるのか、知りたいです!」
私も思わず身を乗り出す。
部活で校外に行けるなんて思ってもみなかった。
先輩たちを見ると、2人とも笑って頷いてくれた。
「ちょうど新入部員歓迎も兼ねて、いい機会ですね。」
「前にもみんなで出かけたけど〜、すっごく楽しいわよ〜」
どうやら先輩たちも大賛成のようだ。
瑞希先輩がスマホを開きながら先生に尋ねる。
「集合時間やルートはどうしますか?」
「そうね……当日は少し早いけど朝7時に駅集合にしましょう。そこから山へ向かって……」
先生と瑞希先輩が、手際よく段取りを決めていく。
私は胸を躍らせながらも、ふと現実的なことに気付いた。
「あの……土曜って、保護者からの届け出とか必要ですか?」
「そうっす、許可とか……!」
急に「高校の部活で車に乗って出かけます」なんて言ったら、親が驚きそうだ。
「もちろん。明日、保護者向けの許可届を配るから、ちゃんと書いてきてね。安全第一で行くから安心して。」
その一言にホッとする。
正式な部活動なら、きっと両親も許してくれるだろう。
「では行程表は私がまとめて、明日の部活で説明します。よろしくお願いします、白峰先生。」
瑞希先輩がにこりと笑って頭を下げた。
先生はくすっと笑い、軽く咳払いをする。
「もう、瑞希ちゃんたら。堅苦しいんだから。」
「いえ……愛乃みたいにはちょっと。」
「いいって言ってるんだし、梨沙ちゃんって呼べばいいのよ〜」
瑞希先輩が肩をすくめた。
まよちゃんが面白そうに私の袖を引っ張る。
「なんか、チカラ関係? よくわかんないっすね。」
瑞希先輩にも聞こえてしまったみたいで、ちょっと困った顔をする。
「あー、そうだな。今度、詳しく説明してあげるよ。」
「まあ、あまり説明しなくても大丈夫よ。そのうち分かると思うし。」
先生が笑いながらフォローする。
「じゃあ決まりね! 楽しくなりそう!」
先生がぱん、と手を叩いた。
まよちゃんと顔を合わせて、笑いがこぼれた。
フィールドワークで何が得られるのかはまだ分からないけど……。
2人で一緒に、私たちの地図に新しい色を塗る期待に、心が躍った。




