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G04「市外局番が難しい」R05

『魔法』は努力の先にある。

だけど、『奇跡』はさらにその先――そんな奇跡を目撃したら、人って変われると思う。


愛乃先輩が進めた先の画面に、大きく"No Move"の文字が出た。


「え⁉ 移動できないんですか⁉」


思わず裏返った私の声が静かな部室に響いた。

出題された場所から移動しないで"Guess"するって、そんなのアリ?


「ええ。出題地点から動けないの。見回すのとズームだけで推測するのよ。」


愛乃先輩が興奮したように早口で説明する。

頬がうっすら赤くて、ワクワクしてるのが隠せてない。

先輩はこういう時ちょっとあどけないなと思った。


解説が流れる。


「2ゲーム先取で一気に決まってしまうと思われましたが。」


「いや、やはり3タテで負けられないという意地がありますよね。」


「メンタル強いなー、普通、諦めちゃうと思うんだよなー」


「1ゲーム取り返して、第4ゲーム、"No Move"です。」


「これで決まるか、2対2になるか、これは否が応でも盛り上がりますね。」


解説の間にも私たち4人は無意識のうちに椅子を前へと引き寄せる。

身を乗り出して画面に見入った。

画面の中に自分も引き込まれていくような感覚……。

気づけば誰も一言も発さず、静かな部室には4人の固唾を呑む気配だけが満ちている。


第4ゲームが始まった。


画面の中のプレイヤーたちは、出題された場所でぐるりと視点を回し、何度もズームイン・アウトを繰り返す。

風景、標識、看板の文字、道路の舗装の色、電柱の形状、カメラカーのアンテナ、どんな細かな手掛かりも絶対に見逃すまいという執念が伝わってくる。

それはまるで、広い砂浜から1粒の砂金を探し出すような……。

息を詰めるような緊張感が画面越しにもひしひしと伝わってくる。

解説陣も"Move"よりも淡々と説明している。


「さて四角電柱、タイですが。」


「土が赤いので東部に行きたいところですね。」


単語が弾丸みたいに飛び交い、私の頭の中で意味になる前に消えていく。

見えているはずの景色が、私にはただの道路と空にしか見えない。


「看板ズームしてますが、これは画質が良さそう。」


「あー、リージョン拾ったみたいです!」


やがて両方のプレイヤーが、お互い数十キロしか離れていない地点にピンを立てた。


「せ、先輩! 1人はフランス人で、もう1人はアメリカ人ですよね? タイ語、読めるんですか⁉」


私は信じられない思いで愛乃先輩に尋ねた。


「そうなの。主な地名なら現地表記で読める人がいるの。このフランスの選手は漢字の『新潟』も読んでたわよ。」


先輩はどこか誇らしげに頷いてみせる。


瑞希先輩が意味ありげに口元を緩め、私とまよちゃんに視線を向けた。


「そういえば、今年の決勝戦は"NMPZ"までもつれこんだんだったな。」


「えぬえむ、ぴーぜっと? って何っすか?」


横文字の羅列に、まよちゃんが即座に聞き返す。


私も何のことか見当がつかず、一緒に首をひねった。


「"No Move, Pan, Zoom"」


流暢な発音で愛乃先輩が告げる。


「移動も、視点を動かすのも、ズームも禁止。たった1枚の画像だけで推測するルールだよ。」


瑞希先輩が静かな声で補足した。

その内容を想像しただけで胸がぎゅっと締め付けられる。

画像1枚きり?


愛乃先輩が、第5ゲーム、"NMPZ"まで動画をスキップした。


第1ラウンド。


画面いっぱいに映し出されたのは、乾いた風が吹き抜けていきそうな真っ直ぐな一本道。

遠くに連なる山並みが見える。


2人のプレイヤーは迷うことなく、ほぼ同時にアルゼンチンにピンを置いた。


ほとんど手掛かりらしい情報が画面に無いのに。

何が起きているのかが、全く理解できない。


私たちは息を殺して結果を待つ。

正解は果たしてアルゼンチンだった。

しかも、2人のピンは100キロと離れていない。

勝敗は決しない。


続く第2ラウンド。

表示されたのは、一面に白樺のような幹を持つ森が左右に広がる舗装道路だった。

2人はほぼ同時に、シベリア東部にピンを落とした。


さっきのラウンドと同じだ。

標識どころか、電柱もボラードも、ヒントが全く拾えない。


自分の手の平が汗で湿るのが分かった。ただ固唾を呑む。

今度は2人のピンの位置にかなり距離があるように見えた。

2人は何度もピンの微調整を繰り返す。

残り数秒で、一方のプレイヤーがピンを大胆に移動した。


結果が表示された瞬間、私は言葉を失った。


遥かに離れたシベリアの西部に、奇跡のようにピンが突き刺さっていたからだ。


正解地点まで十数キロという、にわかに信じたい場所だった。

とうとう決勝戦の幕が下りた。


張り詰めていた空気がふっと緩み、私も大きく息を吐いた。

さっきまで早鐘を打っていた心臓の鼓動が、ようやく静まっていくのを感じる。


世界には、想像もできないほどの超人たちがいる。


でも、ジオゲを通じてそんな世界の強者たちとつながれるだなんて。

胸の奥に弾けるような熱を感じて、私は無意識のうちに強く拳を握りしめていた。


そして気付いた。


この人たちも、私が持ってない地図を持っている。

まだ、点々としか色が付いていない私のものとは違う。

その地図を絶対に手に入れたい、そう強く思った。

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