G04「市外局番が難しい」R04
「世界最高峰のプレイ、興味あるわよね〜?」
三つ編みを揺らしながら、愛乃先輩が私のパソコンで検索を始めた。
「見たいっす!」
まよちゃんは即答で手を挙げ、目がきらきら。
「そんなにすごいんですか?」
もちろん私も気になるけど、先輩たち以上のプレイって想像できない。
愛乃先輩は検索結果をスクロールしながら、親指を立てて自信満々に言った。
「絶対ビックリするわよ〜、保証するわ。」
「一昨年からだったかな? ジオゲ公式がワールドカップを始めたんだ。」
瑞希先輩が、愛乃先輩の椅子を横に寄せながら説明する。
「そもそも、ジオゲの対戦は世界中の人が相手だから、常にワールドカップみたいなものだけどな。」
「は〜い、決勝戦の実況付きの動画、あったわよ〜」
愛乃先輩が椅子に腰掛けると、私たち4人は自然とモニターの前に集まった。
瑞希先輩が口を開く。
「惜しくも日本人は決勝まで進めなかったんだ。でも、この動画は日本のトッププレイヤーが解説してて、本当に参考になるんだ。」
先輩がちょっと興奮してる?
静かな部室の空気が、少しずつ熱気を帯びていく。
再生ボタンを押すと、解説者たちの声が流れた。
「さて、英語音声によると、そろそろ決勝戦が始まるみたいですね。」
「楽しみですよね、2人とも接戦を逆転で勝ち上がってますから。」
「どちらが優勝しても全然おかしくないカードなんですよ、俺も楽しみです。」
「最初のゲームは"Move"。移動しながら制限時間の90秒以内に場所を推測します。」
「第1ラウンドが始まります!」
解説が終わる。
次の瞬間、画面に風景が表示された。
2秒と待たずに、両方のプレイヤーがほぼ同時に北米にズーム!
「は、はやっ!」
思わず声が漏れた。
画面からは聞き慣れない専門用語が次々と飛び出す。
「ジェンスリー、ですね。」
「著作権表示は2018みたいですよ。」
「カメラとセンターラインで北米ですかね?」
「植生、どう見ますか?」
「んー、俺の目では北東部です。」
「同じですね。針葉樹の割合がそれっぽい。」
「市外局番見つけましたよ。ヨンイチマルだ!」
「リージョンゲスは、メリーランド!」
数字と地名が立て続けに耳へ突き刺さる。
画面は同じはずなのに、私の目には何も捉えられない。
理解が追いつく前に、次の声が重なる。
瑞希先輩は右拳を顎に当てて、いつもより早口で補足してくれる。
「ジェンスリーはカメラ世代のこと。画質の差で地域が特定できる。市外局番も使える。」
それでも追いつく前に、また次の情報が飛び込んでくる。
「あ! 道路番号70、出口はリスボン!」
「速い! もう道路の角度合わせてますか⁉」
「これはいきなりファイブ・ケーか⁉」
"Lisbon"という文字が見えた気がしたけど、一瞬で流れ去った。
道路の角度? 何のこと?
画面を見つめたまま、愛乃先輩も早口で解説の解説をしてくれる。
「5Kは満点。世界マップだと約200メートル以内よ。」
画面の中、一方のプレイヤーが"Guess"ボタンをクリックした。
すると相手側のプレイヤーの画面枠が赤く点滅し始める。
解説者がルールを説明する。
「一方が"Guess"ボタンを押したら、相手は15秒以内に確定しないといけません。」
「さー、焦らずに自分の"Guess"ができるか、これは見ものですよ。」
「このレベルは、もはやメンタル勝負よね〜」
愛乃先輩が眉をきりっと寄せて珍しく真剣な表情を見せた。
隣でまよちゃんも真顔になってる。
やがて制限時間になり、解説の音声が流れた。
「決勝第1ゲーム第1ラウンドからいきなりの5K!」
「いやー、驚きましたね。」
「すごすぎて、笑うしかできねー。」
「寄せてるんですよねー、相手選手も。」
「おかげでダメージは小さく済んでます。これは長引きますよ。」
「俺、自信無くしちゃうなー」
まよちゃんも「おおー」と弾けるような拍手をして、目を輝かせながらモニターに見入っている。
「ジオゲってランダムっすよね? 今のは170メートルしか離れてなかったっすか⁉」
「そうなんだ。ラウンドを取られたプレイヤーだって、十数キロ、十分に『寄せてる』んだよ。それでも距離の差だけヘルスが削られる。ゼロになった方が負けだ。」
瑞希先輩が淡々と補足する。
先輩たちのプレイも十分すごいけど、目の前のこれはその遥か先を行っている。人間業じゃない。
「十分に発達したゲスは、魔法と見分けがつかない……。」
思わず、小さな独り言が口から漏れた。
「「「おー」」」
先輩たちとまよちゃんが、3人そろって感嘆の声をあげて私を見る。
「その通りだよ、千登世さん!」
いつもより少し高い声の瑞希先輩が、熱っぽく語る。
「魔法みたいだろう? でも、あのプレイヤーたちは魔法使いじゃない、生身の人間なんだ! 努力の結果、あの舞台に立っている。 ほんとうにすごいことなんだ!」
拳を握る先輩の姿に、背筋が自然と伸びた。
クールな瑞希先輩が、こんなふうに情熱を見せるなんて、ちょっと意外。でも、とてもかっこいい。
「ホント、魔法よね〜。でも、この後、もっとすごいものが見られるわよ〜」
愛乃先輩が楽しげに手を伸ばし、マウスでスライダーを思い切り右へ動かす。
「次は、とっておきの『奇跡』を見せてあげる。」




