G03「テントが大きい」R04
自分専用のマックを手に入れた女子高生が、最初に何をするか分からない人はいないよね?
ジオゲです。まよちゃんはデコってたけど。
リビングで家族に見せると、父がWiFiのパスワードを教えてくれた。
「千登世のことだから心配はないと思うが、インターネットには危険な面もある。よく考えて使いなさい。」
私の向かいのソファに座る父が大真面目な顔で言った。
「はい。大丈夫だと思います。勉強に使うだけなので。」
そう言って、『地理研究部の活動へのご協力のお願い』を渡す。
父の前で、背筋をまっすぐに伸ばす。
両手を膝に置くと、指先にほんの少し汗がにじんでいるのが分かった。
顎をほんのわずかに引き、視線を父の目に合わせる。
見つめ合う数秒が、やけに長く感じられた。時計の秒針の音まで大きく聞こえる。
「キリッとした顔」になっているかどうかなんて分からない。でも、この一瞬に全てを込めるしかない。
「父上に2つお願いがあります。」
「部費が毎月千円かかるので、出していただけますか?」
父は少し難しい顔をして聞いている。
ちょっとだけ息を吸い込んで、ゆっくりと言葉を口にする。
「もう1つ、バイトするのを許していただけますか? 保護者が署名した許可願いを学校に提出しないといけないのです。」
「何のバイトをするつもりなんだ?」
「まだ具体的には決めてないですが……。真宵さんの家がレストランをやっていて、お願いしてみようかと思っています。」
「まずは真宵さんに相談してからだな。やるからにはご迷惑をおかけしないように、きちんとな。」
「はい。」
「と。ちとちゃん、こんなもんか?」
父が笑顔になった。
「もう、お父さん、大好き!」
ソファから跳びはねて父に抱きつき、頭をぐりぐり押し付けた。
父は普段、私のことを「ちとちゃん」と呼ぶ。「千登世のことだから」と切り出した時点で、父が小芝居を始めたのは明らかだった。
「お父さんってば、また、千登世を甘やかして!」
キッチンで聞いていた母がリビングに出てきて、呆れたように口を開いた。
「し、しかたないだろ、あんなキリッとした顔して、ちとちゃんがバイトしたいって言い出したんだぞ?」
父が身振りを交えて言い訳を始めた。
そんな父を無視して、母は私の方を向く。
「真宵ちゃんっていつも話してる子よね? 今度、親御さんにもご挨拶しないとね。」
「うん。まよちゃんにお誘いされてるから、まずは私だけでお邪魔しようと思ってる。」
「バイトして何を買いたいんだい?」
「パソコンのモニターなんだけどね、3万円ぐらいするんだって。」
「ノートだと画面が狭いからな。勉強に支障がない範囲で好きなようにしなさい。社会勉強にもなるしな。」
「千登世は人見知りだから、接客で慣れてくるぐらいが丁度良いわよ。」
母は苦笑しながら言った。
まよちゃんみたいに、知らない人といきなり話すのは私には難しい。
バイト、本当にできるだろうか……。
そう考えた瞬間、あの試合の光景がよみがえる。
攻めるべき一瞬で迷って、結局何もできなかった私。
それまで「家族ドラマ」を聞いていた弟の悠人が口を挟む。
「姉貴、ハラペコになってもダメじゃん。」
「滅多にならないもん。姉貴じゃないでしょ、お姉ちゃんでしょ!」




