G03「テントが大きい」R03
初めてのバイトって何がオススメなんだろ?
私がバイトを始める日なんて想像したこともなかった。
ファミレスにコンビニ、ファーストフード。どれも人見知りの私がうまくできるイメージがない。
でも、美味しいまかないが食べられるレストランなら、お金ももらえて一石二鳥かも。
あ、まよちゃんちで雇ってもらうのはアリかな? 可愛い制服あるかな?
そんなことを考える、というか妄想していたら、瑞希先輩の声で我に返った。
「さて、ここでもう1つだけ、大事な問題がある。」
瑞希先輩が、ふっと真剣な目つきになった。
「ジオゲは無料でも遊べる。でも本気で強くなりたいなら、お金がかかる。」
その言葉に反応して、思わず背筋が伸びた。
横を見ると、まよちゃんは椅子の上で小さく縮こまり、「い、いくらぐらいっすか?」と胸の前で両手の指をそわそわ動かしている。
ほんと、ハムスターみたいできゅんとくる。
「そんなに不安に思わなくていい。それほど高くはないんだ。」
瑞希先輩の落ち着いた声が、少しだけ緊張を和らげる。
まるで強くなるために何が必要かを確信しているみたいだ。
「最も安いプランは月数ドル、日本円で千円しない。年払いにすれば5千円くらいだ。それで時間制限もなく遊べる。」
愛乃先輩が私とまよちゃんの両肩にそっと手を置いてくる。
長いプラチナブロンドの髪がふわっと降りてきた。
私とまよちゃんの間に、かすかに甘い香りが漂う。
不思議と背中を押してくれるみたいだった。
「他の部活より高くつくわけじゃないけど〜、お金のことだから、ご両親にちゃんと説明してね〜。」
「ジオゲは見た目はゲーム。でも私たちは、ちゃんとした部活動としてやってるんだって、理解してもらわないと。」
「でね〜? 歴代の先輩たちもきっと悩んだのよ。ちゃ〜んと、良いものを残してくれてるのよ〜」
そう言って、愛乃先輩が1枚のプリントを差し出した。
「保護者の皆様へ
地理研究部の活動へのご協力のお願い
拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。日頃より本校の教育活動にご理解とご協力を賜り、誠にありがとうございます。
さて、このたびご子息が本校地理研究部に入部されましたこと、大変嬉しく歓迎申し上げます。当部活動は、従来の地理教育の枠にとらわれず、地理学に情報技術(IT)を組み合わせることで、より実践的かつ学際的な知識を身につけることを目的としています。
主な活動として『ジオゲ』というオンライン型地理探索ゲームを取り入れていますが、これは単なる遊戯ではありません。ジオゲは世界各地の実際の画像を元に位置を特定することで、地形・気候・植生・文化など幅広い分野にわたる知識……」
「ね? すごいでしょ〜?」
「実際、ウソは言ってないんだ。ただこれを口頭で説明するのはなかなか難しいよな?」
「天才の真宵にはムリっす!」
そこは元気よく答えるところじゃないよ、まよちゃん。
「そうですね、すごく助かります。」
「そもそもね〜、ジオゲにハマったら、年間5千円なんて実質無料よ〜」
私とまよちゃんの肩に手を乗せたまま、愛乃先輩はそっと耳元に顔を近づけてささやいた。
心地よい言葉を魔法のように流し込んでくる。あ、これダメだ、あらがえないやつだ。
というか、そもそもあらがうつもりなんて、もう私には無かった。
両親に、この部活のことをちゃんと話したい。うまく言えるか不安もある。
でも、言ってみよう。少し怖くても、ちゃんと伝えたい。自分の気持ちを。




