G03「テントが大きい」R02
「キリッとした」は月並みだけど、誰かのそういう顔は思い浮かぶと思う。
入部届を受け取った瑞希先輩が、きゅっと眉を寄せて口元を引き締める。
「キリッとした」という言葉がぴったりで、その表情はきっと何年経っても忘れない。
「佐倉さんも瀬戸さんも、早々に入部を決めてくれてありがとう。あらためて、礼を言わせてくれ。」
「まだ、どのぐらい役に立てるか分からないので、あまり期待しないでくださいね。」
「真宵は超頑張るっすよ。」
「大丈夫よ〜、2人ともセンスあるのは初日で分かったもの〜。」
両腕で大きな丸を作って、愛乃先輩が笑顔になった。
「真宵、センスの天才っす。」
そこまで言ったところで、まよちゃんが「あっ」と声を上げ、身を乗り出した。
「瑞希先輩! 『まよい』で全然いいっす! ちとちゃんも『ちとせ』でオッケーだよね?」
急に話を振られて、一瞬きょとんとしてしまう。
「え、うん、もちろん大丈夫だよ。」
瑞希先輩は少し照れたように視線を落とし、ほんのりと頬を赤くしながら口を開いた。
「じゃあ改めて。真宵さん、パソコンは受け取ってきたかな?」
「ゲットしたっす。」
まよちゃんはバッグから新品のノートパソコンを取り出し、両手で大事そうに掲げた。
「妹たちにも自慢できるっす!」
その笑顔は無邪気なのに、お姉さんの顔もちらりと見えて、私も思わず微笑んでしまう。
負けじと私もバッグから取り出し、胸の前に両手で持ち上げる。新品のマックが軽く感じられるくらい嬉しかった。
「クラスの男子が『13インチのマックじゃん、やったぜ』って盛り上がってました。」
まよちゃんのテンションに引っ張られて、私まで明るくなった気がする。
隣を見ると、まよちゃんは早速マックをデコり始めていた。
「ふんふーん♪」と鼻歌を歌いながら、ネコのステッカーを選び、勢いよくリンゴのロゴに貼る。
「これっすね。真宵のは、マックじゃなくてニャックっす!」
……リンゴの会社の人に怒られないかな。
「では、早速設定してしまおうか。」
瑞希先輩が椅子から立ち上がり、机の上に延長コードを置いてくれる。
「もう1つ確認なんだが、2人とも家でインターネットは使えるかな?」
まよちゃんはマック、いや、ニャックを自分の前に置き、親指を立てた。
「うち、お客さん用にWiFiあるっす。妹たちが動画ばっか見てるんで、ちょい遅いけど。」
妹が3人もいると、家の中はさぞ賑やかなんだろうな。
「おうち、来客が多いのかしら?」
「うち、レストランっす。洋食屋って言った方がしっくりくるかも。」
「あら、それじゃ必要よね〜」
愛乃先輩は納得した様子でうなずいた。
「そうだな。最近はWiFiがある飲食店が増えたな。」
モニターから視線を外した瑞希先輩も、軽く頷く。
「大社さんのお祭りで忙しい時なんかは、スマホ支払いの方が助かるっす。」
「おうちは大社さんの近くなのかしら?」
「すぐっす。ちとちゃんはもう誘ったから、先輩たちにも来て欲しいっす。」
「私と瑞希ちゃんは電車通学だけど、真宵ちゃんの家まで2駅ね。瑞希ちゃんも20分ぐらい?」
「そうだな、乗り換えを含めてもそんなもんか。」
「広小路なんで、駅から歩いても大したことないっすよ?」
「え⁉ まよちゃんち、広小路なの? うちから歩いても30分かからないよ?」
「ここからも近いから、真宵はチャリ通っすよ。」
「私もだよ。じゃあ明日から途中で待ち合わせしよっ。同じルートだよね?」
「真宵、迷子になるから、ちとちゃんが一緒なら助かるっす!」
毎日の通学で迷うのかー、世界レベルだもんね。
「あ。話が逸れちゃいましたね。うちもWiFiあります。父がパソコン使うんで、すぐ繋げると思います。」
「2人ともネットは問題なさそうね〜。じゃあブラウザを起動して、ジオゲを開いてみよ〜」
愛乃先輩は立ち上がり、瑞希先輩の椅子の後ろをすり抜け、私たちの後ろに来てくれた。
新品のマックを開いて、まよちゃんと声を合わせて「せーの」で電源を入れる。
「じー、いー、おー……」
愛乃先輩がジオゲのURLをゆっくり読み上げてくれる。
昨日見たトップページが、驚くほどスムーズに表示された。
まよちゃんはタッチパッドを軽快に操作しながら、画面を見て嬉しそうに声を上げた。
「おー、画面がきれいっすね。」
「13インチだとジオゲにはちょっと狭いんだ。こっちは27インチだから、ざっと4倍の広さがある。」
瑞希先輩がデスクトップのモニターの縁を軽く叩く。
続けて、少し困ったように眉を寄せた。
「マックに外付けモニターを繋ぐこともできるけど、高校生にとっては決して安い買い物じゃない。3万円くらいはするからな……。」
「そうよね〜。バイトしてればともかく、その金額は簡単には出せないわね〜。」
愛乃先輩も同意するように頷く。
話を聞きながら、胸の中で「やっぱり欲しい」という気持ちがじわじわ膨らんでいく。
たぶん、私もハマるんだろうな、このゲームに。
バイトしたいと言ったことは今までに無かった。
両親に少し驚かれるだろうけど、「キリッとした顔」で説得してみよう。
きっと何とかなる。少しの不安より期待の方が大きかった。




