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形而上の書庫  作者: 明星
3/9

善意 BE

リアナが宇宙船をとある惑星へ不時着させることを決めたのは、最後の賭けであった。

宇宙探査と銘打って送り出されたリアナ達数人のプロフェッショナル達は、順番にコールドスリープを繰り返しながら長い長い宇宙の旅の中で様々な発見をしていくはずだった。

だがその期待は早々に裏切られてしまう。

すべての設備があまりにも実験的すぎるクオリティであり、コールドスリープの機械などはまともに機能すらしていなかったのだ。

自分達は後続の為に捨て駒にされたのだ、とリアナは悟った。

コールドスリープの機械の中で仲間たちは既に死んでいる。

地球への通信も全く反応がない。既に自分達は見捨てられているのだ。

リアナは医療の専門家だった。

だからこそコールドスリープの対象から外れ、皆の生命維持を担当していた。

だから助かったのだが、リアナには宇宙船を操縦するような技術もなければどこに向かえばいいのかという知識もない。

仲間たちの死体は既に宇宙へと放出し、孤独のままにあらかじめ設定されている航路を取っているが、そろそろ心が持ちそうにない。

「近くに私達のような文明を持った星はないかしら?」

宇宙探査船に採用されるにはあまりにも低品質なAIに問い掛けてみると、意外なことに数日の距離の場所に、地球とよく似た星があるという。

「私は操作ができないのだけれど、無事に着陸することはできる?」

リアナが不安そうに不安そうに尋ねると、AIは自信いっぱいに「はい、お任せください」と答えた。

だから、賭けだった。

実際、リアナの乗る宇宙船が不時着する時、それはまるで燃え尽きる流星のように荒々しかった。そんな荒々しい不時着の末、彼女がたどり着いたのは深い森の中。

不時着の衝撃で負傷したリアナは、高度な医療知識とわずかな医療キットを駆使して自身の応急処置を行い、その後森をさまよった結果、偶然にも近くにあった村の住人に発見された。

見慣れない服装、わずかに違う顔の作り。

そして異国の言葉を話す彼女は、当初こそ村人を戸惑わせたものの、少しずつ受け入れられていった。

受け入れられるきっかけとなったのは、リアナの医療の知識、技術があったからだった。

故郷の星の技術で作られた治療薬や消毒液は、この星の伝統的な治療法よりも遥かに効果を発揮したのだ。

特に子供たちの感染症や、農作業での怪我などに対して目覚ましい効果を示し、リアナは次第に村人たちの信頼を得ていった。

彼女はいつからか「癒し手」として、敬意をもって接せられるようになり、森の奥、カモフラージュした宇宙船の傍で医療所を構えることができたのだった。

数ヶ月が過ぎ、リアナは村の生活に随分と溶け込んでいた。

彼女は、様子を見ては宇宙船から使えそうな器具を持ち運び、低品質とはいえ自分よりも知識の広いAIの力を借りながら修理していった。

リアナの偉業は医療だけに留まらなかった。

AIから得た知識を元に、より効率的な農耕方法や衛生管理を教え、村の生活水準は着実に向上していった。

村人たちはリアナの知識を天からの授かりものと信じ、リアナはいつしか「癒し手」から天の使い、「天使」と呼ばれるようになった。

彼女の言葉に耳を傾けてくれる村人達を見て、リアナ自身も、故郷を遠く離れた孤独を忘れ、この村人たちの役に立てることにささやかな生きがいを感じ始めていた。

そんな中、村にはバルドという中年男性がいた。彼は体格も良く、村の中でも力のある働き手だったのだが、どこか粗野で、常に女性たちを値踏みし、所有物を検分するような視線を向ける男だった。

リアナの登場以来、彼はリアナの知識や技術に一目置くようになったものの、同時に、彼女の異質な美しさ、そして自分たちとは違う雰囲気を持っていることに対して、歪んだ興味と執着を持つようになっていった。


ある夜のことだった。

リアナが一人で破損した宇宙船の残骸を調べていると、バルドが近づいてきた。

彼は「昼間の農作業で怪我をしちまって」とニタリ顔でリアナに手当てを求めてきた。

リアナは少し不審に思いながらもこれまでの付き合いから彼を信用してしまい、「こちらへどうぞ」と診療所へと案内した。

傷の手当を行いながら、リアナは自分の中の違和感の正体に気がついた。

「バルドさんは、いつ頃こちらにいらっしゃったんですか?」

努めて平然なふりをする。

「ああ、怪我したのが昼間だって話だからか?何、最初はたいしたことないと思ったんだがね、いつまで経っても血が止まらないものでよ」

今しがた来たところだ、とバルドは頭を掻きながらわざとらしく笑う。

「そうですか」

平静を装いながら、リアナは必死で次の行動を考えた。

バルドは今ここに来たと言っていたが、そんなことはあり得ない。

診療所と宇宙船の周辺には人感センサーを配置している。

日が落ちると自動で作動し、侵入者を教えてくれるセンサーをいくつも設置しているのに、今晩は全く反応していなかったのだ。

(バルドさんは、ずっとこの辺りに隠れていた)

そんな事をする人間に、ろくな目的があるはずがない。

「いやぁ、助かったぜ。ありがとうよ」

そう言って椅子から立ち上がったバルドは、しかし動かない。

「どうされました?」

今自分が部屋の奥、壁を背にしていることを後悔しながら、リアナは視界の隅で自衛するための道具を探した。

突如、バルドは、その重い体躯でリアナに抱きついてきた。

「あのよ、お前のような美しい女がな、こんな場所に一人でいるのはもったいないからよ、俺がお前を幸せにしてやるから」

嫌な予感が当たったと、リアナは必死に抵抗し、なんとかその場から逃れようと身を捩った。

「そんなに驚くこたぁねぇ。他の女どもも、結局最後は喜んでいるからよ」

リアナはぞっとした。

これまで気にならなかった自分とこの惑星の人間の価値観の差をまざまざと感じてしまった。

「やめて、ください!」

リアナは傍にあった注射器を、思い切りバルドの腕に刺した。

ダメージなどほとんどないはずだ。

だが女に反撃されたことが意外だったのだろう。

バルドは急に無言になると、大人しくそのまま帰っていったのであった。

この夜の出来事は、彼女の心に深い傷跡を残した。信頼していた村人の中に、自分を単なる欲望の対象としか見ていない人間がいる。

その事実に、彼女は強い衝撃を受けるとともに、故郷を離れて初めて、生きる上での決定的な恐怖を感じ始めたのだった。


翌日、リアナはこの出来事を村の長老に訴えかけた。

彼女にとって、この訴えは異星での人間関係、そして自身の安全に対する最後の賭けだった。

しかし長老は言う。

「バルドは少しばかり酒に酔っていただけだろう。君は外から来た人だから、グリフカテナを理解していないんだ」

と、曖昧な態度で済ませようとした。

意味が分からない、とリアナは憤慨した。

理解のできない単語は、おそらく自分達の星では使われていないようなニュアンスの言葉なのだろう。

そんな気味の悪いものの為に自分の貞操が危ぶまれるなど、あってはならないことなのだ。

しかし、村人たちのリアナへの信頼は厚いものの、バルドは村の有力者の一人であり、事を荒立てたくないという集団的な保身の思惑が村全体に広がっていた。

その後、バルドのリアナへの執着は増す一方だった。

彼は陰湿な嫌がらせを繰り返し、村人たちに「リアナは異様な力を持っている、あいつはいつか村に災いをもたらすかもしれない」と囁き始めたのだ。

最初はバルドの言葉を信じていなかった村人たちも、リアナに対する根拠のない噂が広まるにつれて、徐々に疑念を抱き始めるようになっていった。

そんな中、折り悪く再び村で感染症が発生した。

リアナは以前の経験と知識から、原因を特定し、適切な処置を提案したのだが、バルドは「これは異邦人のもたらした災いだ。精霊の怒りを鎮めるためには、彼女を村から追放するしかない」と主張し始めたのだった。

バルドの影響力は徐々に増大し、恐怖に駆られた村人たちは、リアナを「災いの元」として見始めた。

以前の感謝と信頼は薄れ、彼女を見る目は冷ややかで、敵意に満ちたものへと変わっていった。

そしてついに、村人たちはバルドに扇動され、リアナを捕えよう押し寄せてきたのだ。

リアナは必死に抵抗したが、かつて彼女を敬っていた人々は、もはや誰一人として彼女を助けようとはしない。

捕えられたリアナは、村の長の曖昧な指示のもと、人目につかない場所に監禁されることになった。

監禁されたリアナを、夜な夜なバルドが訪れた。

その下卑た顔で、リアナに何度も助かりたいかと囁いた。

だがしかし、彼女の懇願も、抵抗も、バルドの歪んだ欲望の前には何の意味もなかった。

かつて彼女を「天使」と呼んだ村人たちは、それを見て見ぬふりをした。

彼らは、自分たちのささやかな平穏を守るために、異邦人の犠牲を黙認したのだ。

希望を失い、心身ともに疲弊しきったリアナは、やがて静かに息を引き取った。

だが彼女の死は、村の中で小さく噂されただけで、大きな悲しみや後悔を生むことはなかった。

村人たちは、リアナの残した知識や技術を使いながら、以前と変わらない生活を送っていくのだ。しかし、その発展の礎には、一人の異邦人の善意と、そして人間の集団的な恐怖と個人的な醜い欲望が深く刻まれていることを、彼らが知る由もなく、知ろうともしない。

空は今日も変わらず晴れ渡り、リアナが故郷を思ったであろう遠い宇宙へと、その変わらない光を届けているのだった。

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