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水菱の家系

 セミの大合唱が四方八方から聞こえてくる特殊音楽ホールとも言える水菱屋敷の正門に数台の国内最高級セダンが停車している。

 外装はノーマルだが、内装は全シート革貼りでドアはかなり分厚いようで、開ける時にちょっとばかり力がいる。詳しくは知らないが、おそらく窓も防弾使用の強化ガラスだったりするのだろう。

 ここに止まってる車だけで億単位の額になるんじゃないだろうか。

 俺達のせせこましい金勘定を聞いたら鼻で笑いそうな別人類としか思えない。

「ようこそいらっしゃいました。御当主様、若様方」

 どこでそんな礼儀を拾ったのか、茉莉は完璧なハウスメイドの作法でうやうやしく車から出てきたいかにも貫禄のあるじい様に一礼した。

「うむ、短い間だが世話になる。今年は新顔が随分がいるな」

 茉莉の少しは後ろに並ぶ俺達を一瞥し、蔑むような視線を向ける老人が水菱の現当主、水菱(ミズヒシ) 宗継(ムネツグ)だろう。

 どうやら人に会ったらまず疑う人らしい。まぁ、経営者としてはその方が正解なのだろうが、評価される側からの印象はよろしくない。

「ふん、どこの馬の骨かわからんがな」

 それだけ言うとさっさと本館に入り、すぐ見えなくなった。

「申し訳ないわね、どうやら今朝からご機嫌が悪いようで」

 すると反対側の後部座席から白髪の老婦人が出てきた。

「いえ、お気にならさずに。山内さん」

 山内さんはニコリと笑い、大きな荷物を両手に持って御当主様の後を追い、中に入っていった。

「茉莉、今の人、誰?」

「御当主様専属の使用人、山内(ヤマウチ) 寿美子(スミコ)さん。使用人の中では最高齢でおばあちゃんの元同僚」

 小声で返してくれた茉莉に感謝。一族の名前は覚えていたが、専属使用人達の名前までは覚えきれなかった。

「あら、今年は若い子が多いわね。ウフフ」

「う、ぅあああ!?」

 急に後ろから息を吹き掛けられビックリして跳び跳ねた俺の右後ろには派手で露出度の高い服を着ているクラブのママみたいな人が立っている。

 垂れ目と厚目の唇は、何が可笑しいのかほころんでいる。

「あ、その、えっと、よ、ようこそ。万彩様!」

「ウフフフフフ。はい、ヨロシク。君、新人さんよね?いろいろ教えてあげようか?」

 よかった、名前間違わずにすんだみたいだ。すると次女万彩の後ろから子供が声を掛けてきた。

「お母さん、浮気しちゃダメなんだからね」

 腰に手を当て、万彩をたしなめる少女。彼女が次女夫婦の娘、彩那だろうか?

「あらやだ、彩那ったらどこでそんな言葉覚えたのよ。おませさんなんだから。さ、挨拶なさい?」

 万彩は何事でもないふうに娘を手招きし、俺の前に連れてきた。

 クリッとした目が印象的で、サイドアップにまとめられた髪は柔らかそうで夏の日差しに照らされ茶色になっている、小学中学年くらいの女の子は、記憶した彩那と一致する。

水菱(ミズヒシ) 彩那(アヤナ)。10歳。帝国学院初等科4年生。……はじめまして」

 人見知りなのだろうか、先ほど母親をたしなめた時の勢いが消え、ポソポソと消え入りそうな声で自己紹介し、視線は、じっと足元に固定されている。

 子供に自己紹介するときは同じ目の高さで挨拶すると好印象をあたえるとどっかの情報誌で読んだことがあったので、とりあえず腰を下ろし、普段彼女が見ているてあろう高さで挨拶する。

「あ、俺、いや、私は神栖 真人と申します。短い間ですが、こちらこそよろしくお願いいたします」

 だが、少女はそれだけ聞くと一目散に走り、一人の男性の後ろに隠れてしまった。

「あら、あなた、荷物は太刀音(タチネ)に任せればいいのに」

「なに、少しは体を動かさんとな。ところで、彩那、急にどうしたんだ?」

 “あなた”と万彩に呼ばれた男性は、間違いなく婿養子の理一郎だろう。

「こっちのお兄さんと自己紹介してたら恥ずかしくなっちゃったのかしらね。あ、この人は夫の理一郎さん」

「はじめまして、神栖 真人と申します」

 さすがに三人目ともなれば口の滑りも良くなって噛むこともなくなってきた。

水菱(ミズヒシ) 理一郎(リイチロウ)だ。よろしく頼むよ。おぉい、太刀音、君も挨拶しなさい。これから一緒に働く子だそうだぞ」

 すると影みたいに気配も無く俺の背後から肩を叩かれた。

五所川原(ゴショガワラ) 太刀音(タチネ)です。はじめまして」

 長身で見下すように冷たい目をした執事姿の男が俺を値踏みするようにじろじろと遠慮無く見回されているが、お世辞にも気分がいいものじゃない。

「あの、私の顔に何か?」

 はっきり止めろと言うのは簡単だが、この手の人間は何をしでかすか分からないので遠回しに失礼だと言ってやる。

 しかし、一人称“私”って、背中が痒くなるな。

「失敬、貴方という人間は、どのような人なのかと考えておりました。お気に障ったのならばご容赦を」

「はぁ、いや、別に怒っているわけじゃないけど……」

 意外と低姿勢な態度に思わず毒気が抜ける。

「太刀音は、私たち夫婦の専属使用人。でも彩那の使用人がまだ決まってなくてね?真人君、うちで働かない?」

 魅惑的な申し出だが使用人なんて気の滅入る仕事は期間限定のパートタイムで十分だ。

「え~っと、考えておきます」

「良い返事を期待してるわ。じゃ、荷物置きにいきましょ」

 次女家族が中に入った所を見届け、次の挨拶、と思っていたら、

「それは、どうゆう意味だ雄司!」

「どうもこうもねぇよ。あんたがジシイの財産独り占めしようとしてんじゃねぇか、って言ってんだ」

「貴様!何を根拠に!」

 二人の男がにらみ合い、白いものが目立つ大柄な壮年の男がヒョロリとしたメガネの男に喰いかかり、それを遠巻きに見つめる三人の女性の瞳は、どれも心配そうだ。

「どうしたんだよ?」

「うん、…なんだか遺産相続についてもめてるみたい」

 このタイミングで喧嘩されても困るんだがな。しかも明らかに込み入った事情が原因だとしたら俺達のような部外者が手を出すとよけいにヒートアップするものだし。

 どうしたもんだろうな?

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