恋愛感情とメイド服
「……一つ思ったんだけどさ、ここって今通って来た道以外に道路って無いんだよね」
荷台から荷物を下ろし、各々の部屋に運んでる最中に拓也がそんな事をポツリと言った。
たしかに、ナビで検索かけたら一本道しか表示されなかった。
「ああ、ここ半年の間に新しく作られていなければ道は一本道だけだな」
「おお!じゃあここが台風直撃コースで道路が土砂崩れとかで塞がったらここは隔離された場所になるんだな!」
「で、次々と発見される他殺体と謎めいた暗号、とか?」
「そうそう。あ、でも探偵役が居ないよな。最終的に全員殺されて事件は迷宮入りという結末に?うわ、切ないなぁ!」
アホか、どこぞの頭が大人で体が子供のナンチャッテ小学生かジジイの栄光を毎度毎度口にする探偵気取りのマンガじゃあるまいし、そんな出掛けた先で簡単に殺人事件なんて起こってたまるか。
「だとしたら犯人になれば?最後まで生き残れるぞ」
「やだ。警察の世話にはなりたくないなぁ」
ごもっとも。推理小説やマンガに登場する犯人は、大概、報われない最後を迎えるというのがパターンだ。自ら進んでそんな配役になりたいと思う奴は居ないだろう。
「で?茉莉ちゃん、だっけ?どうゆう関係?」
一回は聞かれると思っていた。大学生といっても所詮は高校生の延長線上でジョブチェンジしただけにすぎず色恋沙汰の話で盛り上がるのはしょっちゅうだ。いや、高校生より生々しく表現してくるときがあるからトキメキ皆無で現実の男女関係の複雑さを感じるわけだ。
だが、俺も今年で21歳。高校時代の悪友から結婚報告メールを受け取ったりすると、
(俺も子供作らなきゃいけないのかなー)
なんて思いがよぎり種の保存本能に真っ向から反逆する面倒臭さが全身を包んだものだ。
かと言って神栖家の人間で最年少なのは俺で、俺が子供を作らなければ代が途切れる。それもありかなぁ、なんて思っていたら親戚筋の世話焼きなオバチャンが見合いの段取りを付けているという話が舞い込んだ。
この自由恋愛時代に、しかもこの歳で見合いするほど俺は出会いに絶望しているわけではないので丁重にお断りしよう、そうしよう。
ハハハ現実逃避って楽しいなぁ。
「おいおい、どうした、急に無口になって。もしかして言えない関係?」
しかし、空想は、現実のちょっとした雑音で簡単に壊れるものだ。
「別に、たいしたものじゃない。子供の頃、朝から晩まで一緒になって走り回って、一緒に食った飯の回数は、たぶん親父や母さんより多い幼なじみ、ってとこだよ。悪いね、期待にそえなくて」
「それ、昔の話だろ。聞いているのは今のことだよ」
「………」
それを言われると曖昧だ。昔のような感じで接しているがお互いそれなりに成長して、別の高校に進学してぱったり会うこともなくなったが、卒業式の帰りにばったり出くわし久しぶり会った茉莉は、何だか大人っぽくなっていて少しばかり、……ああ、絶対本人には言いはしないが、見惚れちまった。
その後は昔通りの付き合いで、そもそも、見とれただけで、好きとか付き合いたいとか勘違いするのは思考の飛躍だろう。実際のところ、拓也の質問への解答は、
「……よくわからねぇ」
「思春期の中学生かよ」
けっこう最近に同じようなこと言われたことあるよな、俺。
「まぁ、本人が分からないって言うならいいんだけどな。けど……」
「けど、なに?」
「女の子っていついなくなるか分からないから、もし真人が茉莉ちゃんのこと好きなら後悔しないようにしたほうがいいんじゃない?」
「だから、そりゃ分からないって!」
「ハハハ、だから保留でいいだろ。悪いな、変なこと聞いて。さて、さっさと運ぼう」
そう言って角を曲がると弘矩が走って来た。
「おい、これ見ろ!制服だ!」
と、オペラ歌手みたいに両手を広げ自分の纏う“制服”とやらを見せてきた。
黒のベスト、同色のスラックス。白いワイシャツに深紅の蝶ネクタイ。ベストとスラックスには、銀糸でアクセントとしてか波模様が刺繍されている。
「どうしたんだ、それ」
「さっき茉莉ちゃんが来て“これに着替えてね”って渡してきたんだよ。たぶん部屋に置いてあるんじゃね?」
と言うもんだから角の手前側に割り当てられた俺の部屋を開けてみると質素なベッドの上に折り畳まれたベスト、スラックス、ワイシャツと蝶ネクタイ、あと見たことのない虫メガネみたいなアクセサリーが置いてあった。
「いやぁ、サイズが合うかなぁ?」
「いろんなサイズがあるみたいだぞ。つか、茉莉ちゃんも制服似合ってたな。なんつぅの?献身的、みたいな?」
「なんだそりゃ?茉莉が献身的?傲岸不遜が下着つけて出歩いてるような奴だぞ?」
「マジで?茉莉ちゃんって以外と大胆だな。いや、それは後で詳しく聞くとして、たしかメイド服着てたぞ」
「「何ぃ!!」」
俺と拓也は、二人して同時に叫んでいた。
「め、め、メイド服!?馬鹿な、ありえねぇ!あいつが誰かに従順するような態度なんて見たことねぇ!」
「いや、それよりメイド服?エロゲーの中でしか見たことないのに、ついにリアルで拝める日が来るなんて!」
急いで荷物を置き、茉莉(メイド服ver)を探すため、屋敷内を走り始めた俺達三人は、ついに、中庭でシーツを干している茉莉の後ろ姿を発見した。
「おおい!茉莉ぃ!?」
振り返った茉莉の格好に俺は、軽く目眩を起こした。
漆黒のスカートと純白のエプロンが夏の風にそよぎ、黒いストッキングが柔らかに包んでいる足は、本人は確実に否定するであろうが色っぽさを演出し、メイドの代名詞とも言える白いレース付きのカチューシャ、ホワイトブリムと言うらしいアイテムを頭上に装備した姿は、ヴィクトリア朝時代の英国中間層だった人々の姿そのものと言える。
だが、細部が現代的にアレンジされており、まるっきり古めかしい印象を与えず、かと言って風俗店のコスプレみたいな安っぽさは皆無。表現するべき言葉は、伝統の意匠の中に織り込まれた最先端か、最新デザインの中に甦った伝統、と言ったところだ。
「何よ、マサも拓也さんも固まっちゃって」
いぶかしむ茉莉は、生来の堂々とした態度であるが、逆に、そう、逆に、だ。そうゆう態度こそが茉莉(メイド服ver )にピタリとマッチしている。
「えっと、茉莉?だよな?そっくりさんで本物は今頃ベッドを天日干ししてマットをサンドバッグ代わりにして拳骨叩きつけてる、ってオチは無いよな?」
「アンタは、アタシを何だと思ってんのよ!」
振り上げた拳の軌道が全く見えず、いつの間にか俺の視界は、真夏の青空に強制転換して、下顎で何か爆発したんじゃないかってくらい神経が痛みを脳ミソに訴えている。
「イデデデデ、コノヤロ。いきなりグーパンかよ!せめて平手打ちくらいにしときゃ女っぽいのによ!」
「アンタが腹立つこと言うからでしょ!それに正確にはグーパンじゃなくてアッパーよ!わかったか!このバカマサ!」
「カァァァ!可っ愛くねぇ!服が変わってもやっぱり茉莉は茉莉だな!」
「ハァ?意味わかんない!何でアンタなんかに可愛いって思われなくちゃいけないのよ!」
「バッカ、わかんねぇか?服装によって茉莉の普段のガサツさが少しは和らぐんじゃないかって俺の淡い希望!」
「アタシは何着てもアタシのままだっつうの!ってゆうか、そんなくだらない事考える暇あるなら手伝いなさいよ!穀潰し!!」
「なに?聞き捨てならねぇな。誰が穀潰しだって?」
「自分の事って気付きにくいものね。アンタのことに決まってんでしょ!いつもいつも家に晩御飯タカりに来て!アタシん家はアンタの餌場じゃないんだからね!」
俺と茉莉は、最初に何で言い争いが始まったかなんて忘れ、目まぐるしく話題が代わる。だが、晩御飯の献立のバランスの悪さ、雨漏りが味噌汁の中に入った時のやり取りなど、痴話喧嘩としか言い様のない不毛な言い争いを続けていると、洗濯したシーツの影にいた男性用制服を着用した人が間に入ってきた。
「あの、喧嘩はそこまでにしておきませんか?まだやることは残ってるんですし」