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配役×イレギュラー

「よう、ばあちゃん。また生きてるかい?」

 玄関から入ってすぐ、これまた古風な囲炉裏が中央にしつらえられた時代劇風の居間に見慣れた風体が置物みたいに座ってる。

 全て白髪の髪の毛を後ろでまとめ、最近酷くなったと言う老眼を覆う上品な眼鏡。部屋着だがノリのきいた割烹着姿の静馬ばあちゃんだ。

「生きてるかとはご挨拶だね、マサ坊。アタシが簡単にくたばる人間だと思ったら小百合の腹のなかに逃げ帰って一から出直しな」

「やれやれ、生きてはいるみたいだが口が腐っちまってるな。どうにかならねぇ?防腐剤突っ込むか?」

「口の減らない坊主だね。また茉莉の作った晩飯を食いに来たか」

「口が減らねぇのはどっちだよ。さすがに俺も80超えたら口が減るだろうに、ばあちゃん全然減らないな」

 ま、それがばあちゃんの元気の証拠だ。

 今年で81歳とゆう高齢社会の一翼を担うようになっても、町内運動会に出場し、副賞のほとんどを掻っ払っていくスーパーなババアでテレビ局の取材なんかが来たこともあったな。

「頑丈に産んでくれた母様に感謝だよ。いまだにマサ坊と舌戦ができる」

「ばあちゃんの母ちゃん?江戸時代産まれ?」

「このガキはホントに敬意って言葉を知らんのかね」

 呆れた顔で感想をもらしたばあちゃんが後ろにある台所に向けて声をかける。

茉莉(マツリ)、マサ坊の茶碗が必要だよ。出しておやり」

 すると台所から聞きなれた幼なじみの快活な返事が返ってきた。

「自分で出してよ。どこに何あるか分かってるでしょ~」

「だとさ。早く行きな、おかずが無くなっちまうよ」

「そりゃ困るな。晩飯作ってないだろうしな」

 一瞬、ばあちゃんが“そうかい”なんて消えそうな声で呟いた。しかも柄にも無く哀れむように。

 らしくもないよ、ばあちゃん。

「よう、茉莉。おかずって何だ?そして裸エプロンだったら俺は嬉しくて泣いちまうぞ?」

 ばあちゃんの顔は見なかったことにして、俺の口は、勝手にフザケタ戯言を輸出済み。

「死ね、バカマサ」

 台所で軽快な音程でキャベツを千切りしているのは、御原(ミハシ) 茉莉(マツリ)

 黒髪の長髪をポニーテールにした彫りの深い、日本人とは違う顔立ちが人目を集めてしたがないが、比例するように傲岸不遜な表情。

 西洋の血が入っている証拠のよう肌は白く、瞳は深緑色で芽吹いたばかりの若葉を連想させる。

 身長は、俺より背が低いクセに脚の長さで勝利し、カモシカのようにしなやかな容姿は中学時代から男子垂涎モノだったが、今は当時より丸みを帯び、女らしさが増したように思う。

「アンタ、少しは大人になったら?その年でエロ会話っていまだに思春期真っ盛りか」

「ハッ、俺はムッツリスケベなんだよ。こんな台詞、お前以外に言うか」

 と、その言葉を聞いた茉莉は、若干、頬が赤らんだ。

 なんだ?この反応?

 気を持ち直した茉莉は、まだ頬を赤らめながらも文句をブチブチ言ってる。

「最悪、アンタと幼なじみだってことが私の人生における汚点だわ」

「そう言うなよ。仮にも小六まで一緒に風呂に入った仲だろ?」

「だから!そうゆうトコを治せっつってんの!!」

 それで会話は終わりだとばかりに流し台に茉莉が向き直る。

 とまあ、自分の意見を堂々と宣言し、グイグイと周りの人間を引っ張っていくリーダー気質の持ち主なのだが、本人にその自覚がないらしく中学時代はよくよく俺がフォローしていたものでコイツこの考えてることは、だいたい分かるようになっていた。

 俺は俺で自分の食器を取り出しにかかり、炊飯器が炊き上がりを知らせると使い込まれたヘラを手に純白の飯をかき回す。

「それで、さっき、めーるで書いてあったけど、マサ坊も水菱屋敷に行くんだね?」

 居間から聞こえたばあちゃんの声の中に聞いたことがあるような気がする単語が入っているが、それがなんだか思い出せない。

「ああ、俺と友達二人でノルマだった三人はクリアだろ?って、水菱屋敷って何?」

「何って、マサ坊。アンタ自分が働きに行く場所の名前くらい覚えておきな。アタシが使用人していた水菱一族の避暑用の屋敷さね」

「いや、初耳だけど。……いや、待て、水菱?水菱ってあの大財閥の水菱!?ばあちゃん、そんな一族の使用人してたの?」

 大財閥、水菱総合コーポレーション。

 その中核に陣取る水菱一族は、日本有数の大富豪で時代をさかのぼると江戸時代の頃から歴史に出てくる。俺も退屈な日本史の授業で習ったから覚えている。そんな名家の関係者が身近にいるってのはかなりレアだろう。

 そんな俺の驚きをよそにばあちゃんは呑気にからからと笑った。

「ハハハ、言ってなかったかい?アタシゃこれでも“へっどはんちんぐ”されたえりーとだよ」

「信じらんねぇ、こんなド田舎からどうやって……」

 唖然としている俺を横目に茉莉もクスクス笑っている。

「なんだよ?」

「だって、その顔、……プッ、アハハハ」

「……それで、さっきもメールで送った通りなんだけど、こんな急場にハウスキーパーを雇うなんて、そんなに人材が足りないのか?」

 そう、昨日ばあちゃんから話を聞いた時から違和感ありまくり、どう考えても不自然だ。ただでさえ日本の大富豪。人材だけでなく人員も揃っているだろうに。

「大富豪となるとね、世間のブン屋どもの格好の餌さ。四六時中そんな連中と渡り合って、その息抜きに家族総出の旅行で渡世の喧騒を忘れよう、って時にいつも見ている使用人じゃ味気ないだろ。そこで何年か前まで夏の旅行でこっちに御当主様方が来ている時はアタシが世話してたんだが、今年は腰が痛くて動けそうもないから茉莉とアンタに代役を頼むことになったわけさ」

「だったら俺と茉莉だけでもいいだろ。なんで俺以外に二人、なんてノルマを出したんだよ?」

 その疑問に答えたのは、ばあちゃんではなく味噌汁を分けている茉莉だった。

「簡単な理由よ。アタシとアンタだけじゃ手が回りきらないの。明後日向こうに行って、水菱のご家族が到着するのは、その二日後。それまでにベッドの日干しや敷地内の掃除、空気の入れ換え、その他諸々の雑務を二人でやるには無理があるわ」

 そりゃたしかに、結構な重労働だ。さすが日払い8000円は、伊達じゃない。

「ハウスキーパーは、アンタとアンタの友達二人とアタシ、それと、おばあちゃんの知り合いのお孫さんの五人。今回限りの急場の人員補充だけど言葉使いには気をつけてね。さ、ご飯出来たから運んでマサ」

「へいへい、てゆーか、ばあちゃんの知り合いの孫?誰それ?」

 晩飯を運び再び居間に戻るとばあちゃんがニコニコと笑っている。子供の頃からの経験上、ばあちゃんがこうゆう笑い方をしているときは、大抵ロクなことじゃない。

「まあ、面白い子だよ。真っ直ぐで、冗談が通じなくて、少し変わっとる所がじいさんそっくりでねぇ」

「マサとは、たぶん初対面じゃないかな。名前は、………」




 告げられた名前の人間。

 俺は、その人間と出会うことによって平凡という日常とはかけ離れた、とんでもなくヴァイオレンスな非日常という、世界のもうひとつの側面、狂気と欲望を基準に動く人間達の世界に脚を踏み入れることになる。

 そう、全てが計算通り、しかし、実際動かしてみれば矛盾だらけの犯罪者達の領域に。



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