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別館の謎解き人

「まず言っておくことがあります」

 目を閉じた朔馬が皆に言い聞かせるように口を開いた。

「今回の殺人事件、及び彩葉様の事故に関して、僕や真人君は清廉潔白の白です」

 何故なら、と続ける。

「犯行動機と言ったような曖昧な要素を根拠にするわけじゃありません。アリバイや証拠を根拠に疑いを晴らしましょう。それが一番手っ取り早い方法でしょう」

 と、今まで座っていたソファーから立ち上がりダーツの結果を書き込むためにあるのだろうホワイトボードを引っ張り出し皆が見やすい位置に固定した。

「簡潔にまとめましょう。僕と真人君が拓也さんと雄司様と一緒にガレージに向かった時間に時計をスタートとしてご当主の私室に到着したのが五分後、といったところです。この点は雄司様が保証してくれるでしょう。で、さらにご当主様の遺体を発見し皆さんに報告したのがそこからプラス五分前後、つまり僕と真人君の空白の時間は十分程。

 宗明様はこの十分の間に犯行が行われた、とおっしゃっておられますが、それは不可能です」

 つらつらと述べた現場の様子をホワイトボードに書き連ねていく朔馬。

 慣れているのだろうか?

 そこで質問、とでも言うように太刀音さんが手を上げた。

「それは、何故です?ご当主様は、頭蓋骨を頭頂部から後頭部までを切断されていた、と聞きました。刃物では無理でしょうがノコギリ、もしくは小型のチェーンソーだったらどうです?チェーンソーの音も外にいた我々には雨音で掻き消されて聴こえないでしょうから」

「ええ、でしょうね。でも、その殺害方法には致命的な欠陥があります」

 太刀音さんの言葉を正面から受け止め、なお朔馬は、自信に満ちた瞳が輝かせた。

「僕達二人が犯人だとすれば返り血を浴びた衣服はどこに?凶器についても同様です。弁護するなら、ご当主様を殺害し、次に衣服を整え皆さんのいる食堂に行くには少々時間が足りません。そして凶器ですがノコギリかチェーンソーを使用したならばその凶器は今どこに?そして仮にその凶器が見つかったとして、それが僕と真人君が使用したと言う証拠は?あやふやな状況証拠だけで僕達を犯人だと言うのなら警察が来た時にはっきり分かるでしょうね、僕達は真っ白だと。その時の謝罪はどなたからいただけるんでしょうね?」

 そうホワイトボードから振り向きざまに啖呵を切った朔馬は、どのような疑問に対しても受けて立つと言わんばかり。

「疑わしきは罰せず、と言う言葉もあります。まぁ、僕達は外界と連絡のとれない密閉空間に閉じ込められた者どうしなんですから、仲良くいきましょうよ」

 最後の最後に自分達の置かれた状況にかこつけて俺達が一つの共同体なのだと言って無駄な争いを止めないと真犯人の思う壺だと副音声に含ませる朔馬は、間違いなく話題を俺達犯人説から一致団結しようと言う流れに転換させた。こいつ、弘矩並みに人を動かすの上手いな。

「たしかに、君達が犯人である可能性は今のところグレーだ。そして朔馬君の言うように内部で争っていたらそれこそ足元をすくわれかねない。今後は、明確な証拠も無しに誰彼を犯人だと叫ぶのは無しにしよう。少なくとも我々だけでも」

 と一二三さんが締めて他の面々が頷いた。

「あ~っと、一二三さん、俺と朔馬の疑いが晴れたついでにこの手錠も解いてくれません?」

 皆忘れてるようだが俺は手錠という素敵アイテムで束縛されているのだ。女王様でも呼ぶのか?そして俺にそっちの趣味は無いことを宣言しておく。

 誤解ないように。いや、ホント。

「申し訳ないが、君の手錠の鍵は持っていないんだ」

 はいはい、口上はわかってるよ、でも俺の疑いなら晴れ、……え?なんつった?

「鍵は宗明様が持っている。我々が君に懐柔されても鍵をはずせないように、とね」

 残念だ、とでも言うように両肩を下げる一二三。

 どこまでねちっこいんだよ、そこまで俺が犯人だと確信する根拠は何?

 軽く三ダースほど罵詈雑言を脳内で再生し終え、理性を取り戻した俺の眼前に立つ一二三さん達常勤の使用人の人達が仕方なさそうに俺を見ていた。

「ご不快に御不快に思われるのは当然のことでしょうが、宗明様の用心深さは今に始まったことではありませんのでご容赦ください」

 目を伏せ淡々と喋る詩織さん。なんかこの人と喋るのは始めてだな。

「……そっすか。んじゃ、代わりってわけではないですが皆さんに聞きたいことがあるんですけど、いいっすか?」

 マグマのようにハラワタ煮えくりかえっているが、昼時から気になっているキナ臭い話、数年前に起こったという事件を代償ついでに聞いてもバチは当たらないだろう。何せ、こっちは人間にとって一番大事な自由ってやつを差し出してるんだからな。

「ああ、我々で答えられることなら、なんなりと」

「……雄司さんや茉莉がちょいと口にしてたことなんですがね、何年か前に、この屋敷で起きたという事件とやらを話してくれますか?」

「……ふむ、茉莉君は、知っているのかね?」

 一二三さんが確認するように茉莉の方を向く。

「いえ、アタシも詳しくは知りません。……今年の梅雨に静馬婆ちゃんにある手紙が届いて、内容を要約すると、“また籠鳥山の屋敷で人が死ぬ”というものでした。悪戯だろう、ってアタシは思ってたら本当に皆さまがこの屋敷に来ることになって、婆ちゃんも何か胸騒ぎがするって言って……」

「そのような内容の手紙が、いったい、どこから?」

「分かりません、投函されずに直接アタシと婆ちゃんの家のポストに入れられてて」

 ということは少なくとも茉莉達の家の住所を知り得る人物からの手紙、と見るべきだが、何故手紙なんて届けたんだ?誰にも話さず水菱家の人間と使用人だけならもっと楽に犯行が行えるはずなのに、不特定多数の俺や茉莉をわざわざ呼び出すようなことをする理由は?

 はっきり言って犯人の意図が読めない。謎が謎を呼ぶ、なんて言葉があるがここまで当てはまる事例ってのも珍しいだろう。

『ーーお前ならどうしてそんなことをしようと思う?』

 ……俺なら、そうだな、誰かに知ってもらいたい。自分の仕業である事件を外に持っていくオーディエンスがいなければ単なる“異常殺人事件”でお茶の間のニュースに流れて終わりだ。芸人は自分の芸で笑ってもらうために人前でコントを披露する。誰にも見てもらえなかったら寂しすぎる、って、あれ?もしかして……。

「誰かに知ってもらいたい、見届けてもらいたいから、だから茉莉ん家に手紙を出した、としたら」

「え、なんですって?」

 呟いたつもりの声が太刀音さんに聞こえていたようで思考の海から急速にリアルへ俺、帰還。

「いや、なんでわざわざ茉莉ん家に手紙を出して人の目を増やすような真似をしたんだろうなぁ、って思いまして」

「……それで、僕たちを観客に見立ててこの閉鎖された屋敷に呼び出した、と思うわけですか。面白い見立てですね。普通思いつきませんよ、そんなこと」

 感心したような顔で朔馬はホワイトボードに今の見立てをスラスラと書き連ねていく。いや、思いつき以外のなにものでもないんだが。

「いくらなんでも突飛過ぎませんか?そんなことをして犯人になんの利点があるんですか?」

「詩織さん、殺人というタブーを犯した大抵の人間に普通の理屈なんて通用しないものですよ。それこそ、“魔が差して殺してしまった”と殺人犯が自供するように普通の精神状況にない人間にどんな常識が通じるんですか」

「それは……」

「まあ、僕の祖父の受け売りですがね、今のは。ともかく、今僕が聞きたいのは何故犯人が茉莉の家に手紙を送ったか、ではなく数年前に起こった事件、なんですが」

 ああ、たしか、そうだったな。さて、俺の根拠皆無な見立てで脱線しちまったが本線に戻ろう。かつて起こった事件とやらを誰が話してくれるんだ?



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