助けて下さい、探偵様
今時セレブが本館に泊まり、使用人が別館に泊まるなんてどんな差別だ、と普段なら言うところだが、この別館、さすがは水菱、と呼べるくらいに豪華だ。
一階にはビリヤード台とダーツの的が数台用意され、カウンターバーが横に設置され、俺なんか飲んだことも聞いたことも無い銘柄の洋酒日本酒が棚の中に並んでいて三日前から弘矩と拓也と俺の三人が朝まで占拠し、たまに茉莉や朔馬が飲みに来たりもしていて楽しい飲み屋と化していたが 、今は重苦しい空気で充満していて、とてもじゃないが酒を飲もうという奴は、一人もいない。
「……さて、寿美子さんは、寝室に行ったのか?」
当主付きの使用人である寿美子さんを抜けば最年長の一二三さんが仕切るような口調で言った。
「ええ、ご当主様のことのショックが大きいんでしょう。なんと言っても、ご当主様に古くから仕えている方ですから」
コーヒーを持ってきて皆に配る太刀音さんが一二三さんにコーヒーを手渡しながら返してソファーに腰を下ろす。
「そうだな。詩織君、君も無理する事は無い。彩葉様や彩登美様の件で気を張りっぱなしだったんだろ?」
「……そう、ですか?じゃあ、このコーヒーをいただいたら少し眠らせていただきますね」
力無げに微笑む詩織さん。
そりゃそうだろう、一日で仕えている家族の二人が行方不明になっているんだ、気疲れもするだろう。
「ところで、俺のこの状態は?」
緊迫の上流階級、華麗なる一族チックなシチュエーションに水を差して申し訳ないが、俺の格好がどうにも浮いている。
ベストにスラックス、純白のワイシャツまでは先程と変わりないが、腕を後ろに回され黒い光沢がかっこいい金属製のアクセサリーで両手が拘束され、しまいには、そのアクセサリーから鎖が伸びて柱に固定されてしまった。
俺にこんな奇特な性癖ありもしないっつうの。
ちなみに、黒い光沢のアクセサリーってのは、婉曲に表現しただけで直接的に言えば手錠だ。
特殊なプレイだ。放置プレイと視姦プレイの中間くらいで羞恥心が際限無しに込み上げてくる。
例のごとく弘矩と拓也がうつむきながら肩を痙攣させて笑ってやがる。
覚えてろよ、オマエラ。
「不自由を掛けて申し訳ないが宗明様からの言い付けでね。警察が到着するまで君から目を離すな、と」
あの、クソオヤジがぁぁ!!
「いや、俺、ホンットウに無実ですって!何もやってないのにこの仕打ちですか!?」
「……あまり大きな声を出さないでくれ、我々も本気で君を疑っているわけではないよ。これは君のためでもあるのだよ。例えば今後何かしらの事件が起こった場合、君に疑いの目が向くことはない。何せ四六時中我々の内の誰かが君を見ていたのだからね」
一二三さんが、まあまあと両手で落ち着けとジェスチャーして不意に真面目な顔で俺の目を覗いた。
「実際、ご当主様の殺人、彩葉様と葉路君の事故も君が犯人だとは思っていないさ。アリバイも君の友人達が証明しているし、何より犯行動機が不明確だしね。ただ、我々の雇用主は疑り深い性分を生まれながら持っているような方々だからね。ついでに私の雇用主は小心者なのさ。少しでも自分を脅かす存在は全力で排除したがる。頭も足りていないようだしね」
明らかな陰口。普段なら聴いても面白くない部類の話だが、今は、自分の無実を知っていてくれる人がいると解釈して聞き流す事にしよう。
「だいたい、一連の事件の犯人、というのな葉路君が怪しいがね」
「彼なら谷に落ちたら死んでいるのでは?」
「太刀音君、君は怖いことを平然と口にするんだね。いや、それは置いておく。簡単な話、我々は彩葉様を見つけた後、彼が谷に落ちたと結論したが証拠はどこにある?誰か彼が谷に落ちた場面を見ていたのか?山道を探したのはたったの八人。死角は数多く、森のなかに隠れていたなら見つからないだろう」
たしかに、未だ行方不明の葉路さんを犯人に仕立て上げれば 彩葉さんの事故は説明つくし、ご当主殺害についても屋敷に潜入して隠れていれば犯行可能。
宗明のオッサンが俺を犯人だと言い続ける根拠は、他に犯行可能な人間が居ないから。
だが、葉路さんが生きていたら?
今一二三さんが言ったように殺害はできる、が、あの密室が理解不能だ。わざわざ鍵を閉める理由が分からない。
何かしらの意図があるのか?いや、だが鍵は、ご当主しか持っていなかった。つまり、外から鍵を掛けることは不可能。誰も入れない部屋で誰かに殺されたとしか思えない死体。
矛盾している。
「あの、屋敷の本館には隠し通路みたいなものがあったりしますか?」
当主私室に入るためには一つだけのドアをくぐるしかない。他に方法があるとすれば隠し通路という裏技くらい、と踏んだのだが、
「いや、私は二十年以上お仕えしていますがそのような通路、聞いたことも無いよ」
と一二三さんの一言で潰された。
この密室殺人のトリックを解かない限り俺以外の誰もが犯行は不可能。
何故俺だけが犯行可能なのか?
鍵の掛かったドアをぶち破ったのが俺。見ていたのは朔馬だけ、つまり口裏合わせているんだろう、って言われりゃいくら俺が密室だったと主張しても誰も聞いてはくれず、当主私室が密室だったことを認めないだろう。少なくとも警察が到着し、現場検証が終わるまでは。
「なあ、朔馬」
「なんです?その切なそうな顔は?」
「いや、そうかもしんないけど、察してくれ。……なんとかなんないか、このままじゃ俺が実行犯でお前が共犯者だぞ」
「アタシからもお願い、朔馬。こいつ、バカでスケベでどうしようもない穀潰しだけど簡単に犯罪者になる奴じゃないよ」
茉莉、お前は俺を弁護してるのかけなしているのか、どっちだ?
言ってることを否定はしないが。
「うーん、笑えるのは笑えるがこのまま真人がブタ箱行きになったら笑えないからな、俺からも頼むよ、朔馬。笑いの種がなくなっちまう」
「そうだな、俺も一緒にコミケ行く友達が一人少なくなるのが寂しいし、助けてやってよ、朔馬」
弘矩、拓也、お前らはホンットに素直だな、自分らの都合で俺を助けろと言うなんてよ。
「……ふう、仕方ないですね。茉莉に泣かれても困りますし、あなたに少し興味が湧きましたし。ここで誤認逮捕されてもつまりませんから、少し力になりましょう。あなたの無実を証明するために」
こうして、俺の無実を証明するため、本気かどうか分からんが、伝説の探偵の孫が水菱屋敷殺人事件の捜査に乗り出した。
ちなみに、朔馬の“興味が湧いた”発言により拓也がヤオイネタを思い付いて弘矩と熱く語りだした内容は言わないでおこう、心に傷が残る。
そういえば、コイツら、朔馬が女だって知らなかったよな。