殺人容疑者・神栖 真人、碓氷 朔馬
「そんな、父上……」
二階、水菱家“先代”当主、水菱 宗継の私室に入った息子、娘達は、各々この現実をどう受け止めるべきか、これからどうするべきなのかと迷う表情で父親の無惨な亡骸を目にしていた。
「そんな、いったい、誰がこんな酷い事を。何で父様がこんな目に……」
後退り、吐き気を懸命に堪えようとするのは二女、万彩。
その肩をそっと抱く夫の理一郎も宗継を直視することが出来ず目を固く瞑る。
「私達がご当主様を見つけた時には、既にこの状況で」
唯一、淡々と状況説明を続ける朔馬が先程の捕捉とばかりに俺と自分の無実さを付け加える。
だが、そんな説明を遺族が聞いているわけもなく、
「いったい、誰がこんな事をしただと!?碓氷君、神栖君!!君達がこの本館に入るまで、私達は外と別館を二人一組、三人一組で彩登美を探していたんだ!君達以外に誰か犯行が可能な者がいるのか!?」
充血した瞳で睨み付ける長男、宗明が俺と朔馬が犯人に決まっていると言うようにまくしたてる。
おい、ちょっと待て。そんな訳あるか。何で俺がジジイをここまで無惨にバラさなきゃならないんだよ?
「ちょ、そんな訳無いでしょ?私も朔馬もガレージを探して、その直後にご当主様を探しに行ったんです。こう言っちゃなんですが、人一人を磔にして頭蓋骨から脳ミソくり貫く時間なんて無かったですよ!」
「……確かに、私達が犯人だと仮定するなら犯行は時間的に不可能です。それに、もし、私達が犯人だとしても、返り血ひとつないこの服は?犯行に使用した凶器は?犯行動機は?どうしてわざわざ自分達の犯行を自ら口にして皆様をこの部屋に連れて来る必要があるのですか?以上のことから私達が犯人だとおっしゃりたいなら適切な証拠を提示してください」
ガトリング砲みたいな朔馬の返しに何一つ答えを提示出来ない宗明は、苦虫を噛み潰したように渋い顔を続けるだけだった。が、おそらく、これは、必ずこの屈辱は晴らして見せるぞと決意を固めたようにも受け取れる。
「そうだぜ、宗明兄貴。朔馬君と真人君が犯人だと言う証拠も無しに犯人だと決めつけるなよ。失礼だろ」
助け船を出してくれた雄司さん。
「うるさい!貴様は黙っていろ!」
どうにも宗明さんは雄司さんのことが嫌いな様で彼が話しかけるととたんに機嫌が悪くなる。
そりゃ、この屋敷に到着した時に“遺産を独り占めしている”と言われりゃ良い感情を持つのは難しいだろうが、どうにもそれだけじゃなさそうな気がする。
「兄さん、とりあえず落ち着いてください。とにかく、我々の中に犯人がいる、と言った類いの話をしてもしたかありません。使用人や子供達のいる一階の広間に戻りましょう」
比較的落ち着いている理一郎さんがそう促すと反論する者なく従ったが、宗明さんは、いまだに俺と朔馬に悪意剥き出しな視線を送っている。
だから俺達は犯人じゃないっつのに。
「何やら熱い視線を感じますね」
朔馬が俺だけに聞こえる音量の声で話しかけてきた。
「熱がこもっていたら何でも良いってわけじゃないだろ、この場合」
「そうですね。どうやら僕達は、第一容疑者になってしまったようですよ?どうしましょ」
どうしましょ、って、こいつ、何でこんなに余裕な顔していられるんだよ?
「あのさ、なんか無いのか?こうゆう状況を打開する方法」
「さぁ?なんなら真人さんが警察が到着する前に事件の真相を解明して疑いを晴らす、というのは?」
「自分で言うのもなんだが俺は、人並みの頭しか持ってない。ベイカー・ストリートの名探偵でも安楽椅子に座って事件の顛末を語る老人でもない」
「いやいや、そうでもないと思いますよ?次に誰が狙われるか、と考えて的中させたんですから」
まったくもって嬉しくない。しかも、その的中のおかげで犯人扱いを受けているんだから目も当てられない。
「そんなに不機嫌そうな顔しないでくださいよ。扉のこと、皆さん気にもしていないようで代金請求されなかったでしょ?」
「その代わりに犯人扱いだ。高かったのか安かったのか微妙だぞ」
ああ、何でこんなに気苦労が絶えないんだ、俺?いったいどんな星の下に生まれたっつうんだ。
同じく犯人扱いを受けた朔馬は、何事もなかったように平然とした面をしているし。
どうゆう神経してるんだ、コイツ?
いやしかし、警察の対応がまったく分からない。寿美子さんが連絡入れてからもう一時間は余裕で経過しているのにサイレンの一つも聴こえない。
この雨と風でヘリは飛ばせないにしても道路は使えるんじゃないのか?
とにかく、この屋敷は、今現在携帯電話も固定電話も使えず外部と連絡が寸断された状況に陥っているのは確実。
つまりは、陸の孤島と言うわけだ。
やれやれ、異常殺人嗜好癖の人間が近くにいるとすれば、誰か、さっさとどうにかしてくれ。
精神衛生上、俺みたいな健常者がいていい場所じゃない。
「とりあえず飯食おう。何か良いアイディアが浮かぶかもしれないし」
「さっきリバースしかけてよくそんな台詞が出ますね。普通は食べ物なんて受け付けませんよ」
据わった目で見てくる朔馬だが、腹減るのは人間として普通な事を知らない人間なんだろう。
「俺は、普通だ。それこそ、平均値が服着て歩く程の、な」
「ハイハイ、そうですか。でも知ってます?普通の人間だったら、こんな状況でそこまで冷静になってませんよ」
「顔に出にくいんだよ。失礼だな」
「そうですか。でもさっきは可愛かったですよ?」
さっきって、いつの話だ?
「ご当主様の遺体を見つけた時の驚きっぷりが。ククク」
……絶対、俺よりもお前の方がヘンだろ。