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借金は危険な香りに誘われて

 廊下を駆け抜け、階段を飛ぶようにかけ上がる真人と朔馬は、水菱家当主、水菱 宗継の部屋を目指していた。

「なんで食堂にも広間にも居ないんだよ!ジジイ!」

「ハア、ハア、既に拉致監禁された、と考える、べきで、しょうか?ハァ」

 当主私室は、階段室を登った二階の東棟、廊下の一番奥にある。

 二人は、一階にある食堂と広間を探したが、宗継の居た形跡はあれど本人は、煙りのように消え失せていた。

 朔馬の言う通り、現在この屋敷は、神隠しとでも呼ぶしかないような失踪事件が発生している。

 ならば忽然と消えた宗継も失踪、または拉致されたと連想してしまうのも無理はない。

 いや、むしろそうなってしまって当たり前。

「だいったい、なんでこんなだだっ広い廊下を作ったんだよ!」

「セレブのステータスか何かでしょう?……っと、ここが宗継様のお部屋ですね」

 眼前に荘厳な装飾を施された扉が固く閉ざされているのが見えた。

 おいおい、これだけでウン十万しそうな代物だ。

 くたばっちまえ、セレブリティ。

 いや、くたばられたらバイト代出ないから振り込み終わったらキエロ。

「なにか、暗黒面的思考をしてますか?」

「いや、そんなことはない。宗継様、おられますか~?」

 反応無し。

 まさか、マジで消えてる?

「……おい、どうする?宗継様、消えてんじゃねぇか?」

 嫌な予感がビリビリして思わず朔馬にこれからの行動を聞いてしまう。

 我ながら情けない。

 これって、噂に聞く“第一発見者”ってやつでは?

「まだ決まったわけじゃないでしょう?」

 おい、ついさっき拉致監禁うんぬん言ってなかったか?

「しょうがない、真人さん、扉を破って下さい」

「……おい、この高級感吐き出しまくり、自己主張しまくりの御扉さまをか?」

「大丈夫でしょう。年代的な特長で考えれば、明治初期の作品でしょうから、高くて数十万円です」

「俺的には、全然大丈夫じゃねぇよ!!」

 そんな単価の物品、壊せるわけねぇだろ!

「怒らないでくださいよ。二重の意味で懐の小さい人ですね」

 コ・ノ・ヤ・ロ・ウ!!

「でも、そうすると、どうします?皆さんが戻ってくるまで放置しますか?」

 家族の了承を得てから破る、ということか?

 どっちにしても荒っぽい作業だよな。早いか遅いかの話ならば、早い方が良いよな、何があったとしても。

「一応、聞いておくが、ここの鍵のマスターキーって誰が?」

「ご当主様ですよ。ちなみにスペアキーはありません。よほど自分の部屋を他人に見られたくないようで」

 偏屈ジジイめスペアキー作ってないから壊すはめになるんだぞ。

「これでジジイが生きてたら笑えない話だな」

「バイト代が出ても扉の弁償代に消えるだけでしょうね」

「……なぁ、朔馬。お前も何割か負担しろ」

「いやですよ。あくまで扉を壊したのは真人さんで僕はただ傍観していた、ということでヨロシク。やぁ、その年齢で借金とは、楽しい人生になりそうですね?」

 と楽しそうに嘲笑う朔馬は、この上なく機嫌が良い。

 こいつ、毒舌かと思ったが、どうやら腹黒だったようだな。しかも、他人の精神を攻め、じわりじわりと弄ぶ類いに悦を見い出すドSだ。

 ねっとりとした脂汗が額に滲み出し、これから支払うことになるかもしれない借金の返済計画を組み立てはじめる俺の思考。

 ……考えるまでもない。誰か、今すぐこの役を交換してくれ。頼むから。

「……もう、たかだか数十万の借金程度でビビる必要ありますか?」

 じゃあお前がやれ。

「はぁ、かわいそうだから教えときましょう。水菱一族にとってその程度の扉なんていくらでも替えがききますよ。だから弁償代なんて請求されることもないでしょうから安心して蹴破ってください」

 仕方ない、と言うようにやれやれ顔で朔馬が種明かし。

「……本当か?」

 と涙目てボヤける視界の朔馬の顔を見たら、

「ええ。僕が水菱一族ばりにセレブなら扉一枚にいちいち目くじら立てませんよ」

 だから、さぁ。とニッコリ微笑みながら扉を指差し促す朔馬。

 そうか、分かったとおもいっきりヤクザキックを繰り出した俺。


 バカァン!!


 思いの外いい音で開いた扉の中、水菱家当主の部屋は、ミステリー小説の例に漏れず真っ暗だ。

「あ~あ、やっちゃった」

「えっ?」

「弁償代の事ですが、あれは、僕が水菱一族の人間だったら、というだけのもしも、の話です。本当に一族の方々が請求しないかどうかなんて、僕には分かりません」

 は、嵌めやがった!こいつ、俺を嵌めやがったぞ!!

「ハハハ、引っ掛かる方が悪いんですよ」

「……お前、絶対友達少ないだろ」

 腹は立つが、やっちまったことをブーブー言ってもしょうがない、と部屋に入った俺は、とりあえず蛍光灯のスイッチを探すために壁に沿って移動。

 電気が点いてないところを見ると元からここにもジジイは居なかった、と言うことか。マジで借金しちまったらキッツイなぁ、オイ。

 あ、スイッチ見っけ。ポチっと。

「電気点けたぞ」

 蛍光灯は、何度か明滅を繰り返し安定するまで数秒。

 だがスイッチを入れて一度深呼吸してすぐに異変を感じた。

 言うなれば、酸素が濃い。いや、何かねっとりと濃厚な臭気が俺の肺に侵入しようとし、無意識に俺の本能が拒絶している。

 “何か”の侵入を完全に防ぐことは出来ず、“何か”が肺に到達。

 肺から俺の血中に含まれた酸素と同化し、速達で届けられた“何か”を脳が判定した。

 その判定を理性が否定するも本能が肯定する。

 信じたくない事象に遭遇した時の人間が、どんな事をかんがえるのか、俺は、身をもって体験する。即ち、否定と肯定を脳内で繰り返し、他の思考がフリーズしてしまうってことだ。


 ……おれは、コレをしっている。


 蛍光灯が部屋を照らす。

 ヤバい、とてつもなく。

 俺の人生で一度も見たこと無い、見たくもないソレが視界に入ってしまう。

 既に吐き気は喉の奥底まで登ってきている。ソレを見たら確実に吐く。吐いてしまう。

「ご、ご当主様?」

 俺と朔馬に背中を見せ、膝をつき、磔にされたように手の甲を壁に釘で縫い付けられている水菱家当主、水菱 宗継。

 最高級の絨毯は、三日前までは深緑色一色だったはずだが、今、蛍光灯の光に照らし出されている色は、茶色に近い赤色が混じったまだら色。俺は、それに似た色をつい数分前に目にしている。

 そう、ガレージの壁にぶちまけられた赤に似ている、いや、おそらく、同じ塗料だろう、つまりは、血液という塗料だ。

「……うそ、だろ?こんなの」

 極めつけに(ノコギリ)で切断されたとしか思えない断面から後頭部から、神経が飛び出している。

 そして、生きている人間なら絶対に必要なはずの、そこに収納されているはずの、脳ミソの部分は、空洞。

 白と赤と黄色の三つの色が混沌と混ぜられた穴としか言い様が無い。

「……なんだ、これ。なんなんだよ!コレェ!!」

「お、落ち着いてください、真人さん。ショックなのは分かりますが、落ち着いてください」

 落ち着け?落ち着けだと?無理だろ!?こんなの見せられていつも通りでいろって?不可能だ!!なぁ、これは、冗談だろ?本当に人が、しかも脳ミソを盗られて死んでるなんて!!

「ア、アア、アアアアア!!」

 何か言葉を出そうにも口が強ばり、舌が痙攣し、ろくな言葉が出てこない。

「真人さん、しっかりしてください!大丈夫です!すぐにここを出ましょう!ほら、立って。立ってください」

 そう言われてようやく気づいた。俺は、知らないうちにしりもちをついていたことに。

「さあ、出口の方へ」

 俺の襟を引っ張って扉の外に出た朔馬は、ハァ、と深呼吸。

「これで決定的ですね」

「……何が、だよ?」

 一時の錯乱状態から脱した俺は、壁に背中を預け、息を整えながらなんとか言葉を紡ぐ。

「今現在、この屋敷の中では殺人事件が起こっている、ということが。彩登美さんの失踪も関連していると考えた方が良さそうですね」

 下の階からは、雨に濡れたであろう、水菱一族と弘矩達が屋敷に入ってくる音が聞こえた。

 ジジイのこと、何て言えばいいんだよ。

「……報告、しないわけにはいかない、よな」

「真人さんは、少し休んでいてください。僕が皆さんに報告しますから」

 こちらを気遣う朔馬の心はありがたいが、俺、基本的に負けず嫌いなんだよ。

 一度四肢の動作を確認して異常無しと判断。なら、部屋に引っ込んで布団の中に潜り込むのはまだ早い。

「大丈夫だ。俺も行く」

 空元気?根性?気合い?どれも違う。心配してくれるのはありがたいが、カッコ悪いだろ?

 ああ、そうとも、やせ我慢だとも。文句があるか?無いなら足を動かせ、血を巡らせろ、みっともなく錯乱した自分を反省しろ。

 そうとも、俺は、神栖の忌児、神栖 真人だろうが。

 よっしゃ、元気出てきた。

「本当に大丈夫なんですか?」

「問題ない。さあ、気が滅入るが、下の階に降りよう。話さなけりゃならないことがたくさんある」

 そう言って二人でもと来た廊下を重い足取りで戻ることにした。


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