隠し事とドライな人間
ちょっと待て、待ってくれ。とりあえず状況を整理しよう。
俺と朔馬と水菱家の養子である雄司さんは、山道入口側で連絡の取れなくなった長女夫婦の娘、彩葉さんと使用人の葉路さんを探しに来ていた。そう、まったくそれで間違い無い。
山に沿って作られた山道の山頂側を探して何も見つからず、反対の渓流側を探している途中、妙に開けた空間を見つけた俺と朔馬は、2メートル程の段差を降りたわけだ。
それがどうして朔馬をお姫様だっこして、執事服着てるから男とばかり思ってた朔馬が女の子だったという真実を受け止めることに?
しかも、事故とは言えよりにもよって朔馬の乙女を鷲掴みにして確認しているこの状況。
あれ?あれ?アレェェ?
「そうか、これがリアルにおけるフラグかっ!!」
「いや、あの、真人さん?何を言って……」
そうだ、落ち着け、俺。ここでヘタに滑ってみろ。朔馬が俺に対して抱く印象が変態になってもおかしくはない。ここは、まず落ち着いて朔馬を腕の中から解放するんだ。柔らか過ぎてこっちの脈拍が飛び上がってることを悟られる。
ああ、くそ、柔らかいなぁ、いい香りだなぁ。
いや、待て、時よ止まれ。無理なら思考よ止まれ。ここは、機械的動作で朔馬を解放しろ。このままじゃホントに変態だ。
「いや、わり、……ほいっと」
慎重に、しかし、最低限の動作でこれくらいのこと何でもないと言うふりをして朔馬の足を地面に下ろす。
よし、後は腕を離せば状況は変わる、そう、変わるんだ!
「あの、ありがとうございます。助けてくれて……」
顔を伏せ目を合わせない朔馬。
え、距離を空けられた?引かれた?キラワレタ?
混乱してマイナス思考しか考えられなくなるのは悪い癖だと冷静な人格が脳裏で囁くが、だってこれ!この反応、絶対嫌われたって!そりゃ事故とは言え同意も無く胸揉んだんだぞ?いや、同意してても恋人同士でもないのにそんなことしちゃダメだろ。
ああああ、どうしよどうしよどうしよぅ!?
「驚き、ましたよね。執事の格好してるし、名前も男の子っぽいし」
混乱状態を終息させるために深呼吸をしていると朔馬がポツリと漏らした言葉。
そりゃ驚いた。ああ、男だと思ってたら女だった、なんて驚いてもしょうがないだろ?
けどまぁ、それだけだろ?
そう思うと精神の土台辺りが固さを取り戻して通常思考にシフト。さよなら、混乱状態の俺。
「ん、まぁ、そりゃな。あ、皆には黙っといた方が良いのか?」
と言うと今度は朔馬が驚いたように顔を上げた。
「え、うん。茉莉は知ってるけど、できれば他の人には……」
「オッケー、オッケー。んじゃ、あそこにある車を見に行くか」
「あのっ、それだけですか?僕が何で性別を隠してるのかを聞いたりしないんですか?」
まるでそうしない俺が変だと言う。
そりゃ、朔馬がこれまで出会ってきた人間が朔馬の隠し事にずかずか踏みいって来るような無礼者が多かっただけで、俺もそうだと断定するのは、早合点だろう。
「ん~、別に?男でも女でも気にならないけどなぁ?ただ予想もできない部位があったからびっくりしたけど」
偽りざる本心。
生憎、俺は、主人公属性と世間で言われる代物なんか持っていない。こうゆうシチュエーションで気の効いた格好良い台詞なんて言える性格じゃないんだ。だからモテた試しがないんだろう、と後ろ向きに自己判断。
「……そう、なんですか?じゃあ、あの、今は、忘れてください!後でちゃんと説明しますから」
「分かった。まぁ、話したくなったら話せば良いよ」
すると疲れた様に朔馬は、肩を下ろした。どうしたんだ?
「真人さんって、聞いてた以上にドライな人なんですね」
「そうか?まぁ、よく言われるけど」
それと朔馬が肩を下ろした事と何か関係あるのか?
「はぁ、なんだか自分がバカみたい。……車、見にいきましょ」
うん、そうしよう。
地面は、ぬかるんでいるが底無し沼と比べればまだ安定しているので歩きやすい。最短距離でベンツに回り込み、誰か居ないか、とスモーク処理されたガラスに額を押しつけ覗きこんだがなんにも見えない。
当たり前か。
「真人さん、何してるんですか?」
見て分からないか?誰か車内に居ないか確認しているんだよ。
「そんなことしたら中の人が怖がりますよ」
おいおい、俺の顔が怖いって?
「いきなり顔を窓に押しつけるような人、けっこう怖いですって」
見ず知らずの人間が無言で顔面を近づけて来る。
……ホラーだな。
「……確かに。でもこうゆう車の中に居る人とコンタクト取る方法って?」
「普通、ノックして判断しません?」
数秒の黙考。後に稲光の様に閃く思考。
「……その手があったぁ!!」
「え?素で気づかなかったんですか!?もっと常識を覚えましょうよ!」
はい、まったくもって。とりあえず、後部座席のドアをノック。
反応無し。
「誰も居ないのか?」
「どうでしょう?それより、どうします?雄司さんへ知らせに行きますか?」
ふむ、この辺りを少し調べた方が良いか?いや、車の中に居ないところを見ると雨が降るより前に車を出た、ということならこの周辺にはもう居ないのでは?
ガチャ。
「あれ、鍵が掛かってませんね?」
「だからって何故開ける」
俺に常識とか言った人間の行動とは思えないぞ。なんてツッコミが喉まで出かけるが、わずかに開いた車の中から何かの動く音。
何かいる?
「ひっ!?」
若い女の押し殺した短い悲鳴が聞こえ、俺と朔馬は、目配せで確認。
ゆっくりとドアを開けた。
暗い車内の後部座席に横になった姿でこちらを睨む、綺麗な金髪と陶磁器の様に滑らかで白い肌を持つ女性がそこに居た。
家族構成の資料で見たことのある美貌。
どうやら探し人が見つかったようだ。
「水菱 彩葉様ですね?ご当主、宗継様の命によりお迎えに参りました」