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碓氷家の家系と危機的理論武装

 吹き付ける止まらない風。それは、すでに強風と呼ぶ類いで、右側面から押すような強さをもって吹きすさぶ。

 風と共に雨脚も強まり、山狩り中の俺が、バケツいっぱいに入った水を頭からかぶったような濡れ鼠になるのにたいした時間はいらなかった。

「クソ、結構ぬかるむな。朔馬、ついてきてるか?」

「大丈夫です。……それにしても、予想以上に深い森ですね。傾斜もあるようだし」

 山道の周辺を探すだけ、と言っても全長5キロばかりの捜査範囲をたった九人で動くのはシンドイ。

 単なる山なら、軽快に動ける自信がある。しかし、強風と豪雨は、俺から体力をドンドン奪っていく。

 視界は、ほとんどさえぎられ10メートル先すらぼやけて見える。

 細心の注意を払い、ゆっくりと山道に戻ってきたら連絡役として待機している雄司さんがこちらに気づいた。

「何か見つかったかい?二人とも」

「いえ、とりあえず50メートル程奥に行ってしばらく探してみましたが車体どころかタイヤの痕一つありませんでした」

 八人を三人二組、二人一組の三組に分け、山道入口、中間部分、屋敷側を手分けして探すことになった。俺と朔馬、雄司さんは、屋敷から一番離れた山道入口の部分を担当していたが、見つかるのは不法投棄された粗大ゴミと思われる残骸とビニール袋やダッチワイフの成れの果てであるビニール人形。

 リサイクル、リサイクルとこれだけ騒がれる世の中になる以前の代物なのだろう、全て草や蔦に侵食されて木々が侵食無機物の墓場にしか言い様のない風景があるばかりだった。

「……そうか、車で屋敷に向かったとしたら何かしらの痕跡があってもいいはずなんだがな。霞の様に消え去ってしまったわけでもないのだし」

 ごもっとも。反対側の森に何かしらの痕跡があればいいのだが、そこにも手掛かり皆無なら後に来る警察の捜索隊頼みだ。

「ところで、大学生なのかな?君らは」

「はい。仙台市内にある大学に通ってます。そういや朔馬は、どこの学校に行ってるんだ?」

 何気無いことだが、そう言えば、俺は朔馬の事を全く知らない。どこに住んでいるのか、なぜ茉莉と知り合いなのか、どうゆう事情でこのハウスキーパーのバイトを始めたのか、どんな人間なのか。今の今まで、気にもならなかった事柄だが、気になりはじめると波のように次々と疑問が押し寄せてきた。

「朔馬?苗字は何と言うんだ、君は?」

「僕ですか?僕は、東京にある大学に通ってます。あと苗字は碓氷と言います。石と、唯から口を取った字の碓と氷で碓氷です」

 それを聞いた雄司さんは、驚いたような声を上げた。

「碓氷 朔馬!?お祖父さんは碓氷(ウスイ) 朔月(サクヅキ)さんかい?」

 朔月?誰だ、それ?

「はい、祖父は碓氷 朔月。碓氷探偵事務所の先々代所長です」

「やっぱりそうか、20世紀最高と誉れ高い探偵の親族と会えるなんて思いもしなかったよ。お元気かい?朔月さんは」

 碓氷 朔月という人は、どうやら有名人らしい、ということは予測可能だが、名前を聞いたことはない。

「あの、すいません。碓氷 朔月さんってどうゆう人なんですか?」

 素直に聞いておこう。朔馬の事も知っておきたいしな。

「そうか、うん、知らないのも無理はない。歴史の表舞台にはほとんど現れない人物だったからね。戦後、アメリカ合衆国で活躍した伝説的探偵だったんだ。主にFBI の極秘捜査に外部協力者として参加していたらしいんだが、科学捜査至上主義のご時世だった60年代、綿密な現場捜査といやらしい程の粘着質な聴き込み。そして、常識に捕らわれない推理力で数々の怪事件や難事件を解決に導いた人さ。代表的な事件は、アイアンハワード邸殺人事件、CIA 内部情報漏洩事件、ワシントンDC連続猟奇殺人事件などで活躍した名探偵で、FBI の切り札と謳われた人だよ。碓氷 朔月さんは」

 聞いているだけで凄そうな人だな。それにしても、雄司さんの顔が生き生きとしている。よほど朔月という爺様をリスペクトしているのだろう。

「へぇ、朔馬のじいちゃんってそんなにすごい人なんだな」

「うん、白いスーツと白い帽子がトレードマークで、“探偵は、いつもハードボイルドであれ”って口癖でね。」

 ……いや、その台詞の意味は、分からないが。

 だが、自慢気に祖父の話をする朔馬の顔は、この三日間の中でも明るい表情だった。それほどに祖父思いなやつは、そうはいない。家族を大切に思ってる奴に悪いやつもいない。

 こいつとはいい友達になれそうだ。

「僕のじいちゃんの話は、これぐらいにして反対側の捜索を始めましょう。そこも探し終わったら一度他の捜索現場に行ってみましょう。それに、そろそろ警察にも動きがあってもおかしくない頃合いですしね」

「そうだな、そのはずなんだが、それらしい車が全く通っていないのが気になるところだな。警察は何をしているんだ」

「たぶん、まだ渓谷辺りを走っているんじゃないですかね?ここから麓の警察署ってけっこう距離ありますからね。……さてと、朔馬、行くぞ。とにかく今俺達にできるのは足で動いて何か手掛かりを見つけることなんだからさ」

 各々気を取り直し、俺と朔馬は深い森を見つめここに何らかの手掛かりがあることを期待した。


 暗い森の内部は、先程探した場所と変わり無いものだった。

 無機物の墓場、卒塔婆の様に乱立する苔むした木。

 風雨とカビ、湿度によって倒壊した山小屋。

 山の動物が絶滅したのかと言う程、生物の気配が皆無。先程と同じく誰かがここを通った形跡は、見られない。

「っと、下の方が開けてるな」

 よく見てみれば右手側が段差になっていて、四方、5メートル前後の空間。さらに、俺達の進んできた獣道のすぐ隣には、使われなくなって久しいのだろう、荒れ放題だが車が何とか通れるくらいの幅を有した通路。

 木々に囲まれていたこの森において、こんな空間は、目立ちすぎる。

 ……何かあるのか。

「そうですね、車を止めるスペースも確保できている」

 後ろから覗きこむ朔馬も俺と同じ発想らしい。

 だが、朔馬の予想は、俺以上に踏み込んだものだった。

「ここは、山道から30メートル程離れた場所です。向こう側の開けた砂利道を使い、山道の入り口付近から進入して車を乗り捨て、彩葉さんを連れ去る為の車に乗り換えることも可能でしょうね」

「は?そりゃ誘拐ってことか?いや、でも誰が、何のために?」

「あくまでも最悪の可能性の話です。誰と言えば一緒に行動していた専属使用人の葉路さんの可能性がもっとも高い。目的は、分かりません。身代金か駆け落ちか。考えればきりがありません」

 物騒な話だな。そうゆう発想をするのが流行ってるのか?いや、確かに誘拐ならば、相手は大富豪である水菱一族だ。交渉しだいじゃ、数億円くらいの身代金を提示しても出してくるかもしれない。

 とは言えその後に警察から追われるはめになるのは自明の理。金を手にいれた後で使えないのであれば、何のために危ない橋を渡り、逃亡劇を演じなければならないのか、と虚しくなってしまう。

 バカバカしい犯罪に手を出して、その後も追われる身。リスクがありすぎて俺なら手を出そうと思わないな。

 だが、俺と同じような考えの人間だけでないのも事実だ。実際、たかだか3万円程度の金欲しさに殺人がおこる世の中だ。

 いや、俺にしても残りの人生において、使いきれそうにもない金額を目の前にぶら下げられたとしたら?

 ……どうだろうな、としか言い様がない。

「どうかしましたか、真人さん?」

「いや、何でもない。うん、2メートルくらい段差あるだろうから朔馬はここで待っててくれ」

「いえ、僕も行きます。これくらい問題ありませんから!子供扱いしないでください!」

 子供扱いしてるわけじゃないんだがなぁ。足滑らせて下の石にぶつかって怪我でもされたら俺の監督責任になるわけだし。

 ま、いっか。本人の主張は、尊重してやらないとな。

「オッケー、オッケー。んじゃまず俺が降りて下を確認してくっから」

「大丈夫です、って言ってるのに……」

 ぶつぶつ言ってるけど、山道舐めたら危ないんだよ。地元じゃ昔から山菜取りに行った素人さんが行方不明になってる話が尽きないしさ。

 段差、と言っても、おそらく地盤がずれるか沈下したのだろう。根っこを剥き出しにした木がくぼみを囲んでいるので、これをつたって下に降りた。

 周りを確認してみると、夜の闇に包まれかけているくぼみの奥、雨粒のカーテンに遮られるかのように一台の黒塗りベンツが車体の所々をへこませながら止まっている。

 当たりだ!

 車はまだ新しい。つまり、彩葉さんと葉路さんが乗ってきたのは、これで間違い無いだろう。

 あとは、二人とも中に居てくれれば一件落着。よかったよかった、となるはず、

「う、ぅっわああああああ!?」

「あ?って、やっぱりな!!」

 悲鳴が聞こえたら方を見上げてみたら案の定、朔馬が足滑らせて、落下する瞬間だった。

 下は泥でぬかるんでいるだけだから、たいした怪我もしないだろうが、泥まみれになるのは、さすがにかわいそうだ。

 落下点に入り、両手をすくい上げる格好で、キャッチ。

 衝撃をやわらげるため、ある程度肩を下げたおかげでダメージはほとんど無いはずだ。

「きゃん」

「ん?」

 右手は朔馬の肩から少しずれて胸を、左手は尻から腰をしっかりホールド。

 手に伝わる感触は、男じゃ考えられない程柔らかい。擬音で表現するならプニ。

 そして右手が無遠慮に俺の脳内に送る感触の判定は、間違いなく女の子特有の柔らかさ。

 つまりは、オッパイ。

 執事服に違和感無く収まるくらいだから小さいのか、とも思うが押すとしっかり跳ね返してくるさわり心地から片手に収まるちょうどよさ。

 冷静に判断すれば、はなはだ失礼な事だと思うが、これは、男の習性だ。死ぬまで治らん不治の病だ。

 そこにオッパイがあれば、否、事故であったならなおさら怪我が無いか入念に精査するのは、むしろ必然!

 俺に落ち度があるとすれば、上に朔馬を残してこなかったことだ。だから怪我が無いか調べるのは自明の理!

 よし、じゃっかん混乱しているが理論武装と言う名の言い訳としては、一応筋が通るはず。

 悲鳴を上げたり罵詈雑言の嵐をくらおうとも俺に非は無い、無いだろう!?

「……あの、揉んで楽しいものでもないので、そろそろ降ろしてください」

「……ああ、わるい」

 だから、そんな冷静な返しが来るとは思いもよらず、俺の思考は氷ついた。

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