イレギュラー達の日常
はい、やっちまいました。
ファンタジー作家の真似事しかしたことない人間の書く推理小説がどのようなものか、皆様生暖かい目で見守ってくれればありがたいです。
さあさあ、楽しい楽しい演劇の幕が上がる。演出家の設定を飛び越え、配役達はセリフを忘れる。舞台の大道具が勝手に動き、観客すらも入り乱れ劇場の混沌は誰にも止められない。
機械仕掛けの神は知らぬ存ぜぬのシカトぶり。
かくして動き出すは、作者すらエピローグが分からないトンチキ喜劇な悲劇の応酬。
ネズミが走り、引っ掻き回す狂騒劇の終演は、如何様になるものか、劇場の外から楽しもう。
“とある真夜中の呟き”より抜粋
「あ~、なんか面白いことねぇのかなぁ」
山々に囲まれた土地柄のおかげで火に炙られたフライパンよろしく日々容赦なく気温が上昇中だ。
大学内全面禁煙という人種隔離政策のおかげでクーラーの効いた室内から追放された俺たち愛煙家三人は、近場の駐車場で隠れるようにタバコとコーヒーとアイスを持ち寄り明日から始まる夏休みの計画を話していた。
「面白い事って、例えば?」
左の木陰に座った同級生、羽佐間 拓也(ハザマ タクヤ)が自分も探してるけど見つからないから教えて、というように聞いてきたが、あいにく俺も目下捜索中だ。
「……思い浮かばない。バイトでも探すかなぁ」
「今から?どこも募集終わってんじゃないか?」
拓也は俺より一つ年上。精悍な表情が印象的だが、それでも幼さがまだ少し残る童顔でイタズラ小僧みたいな奴。
三兄弟の次男坊で、いつもツルんでいる仲間内ではまとめ役的なポジション、ついでにムードメーカーその1。
どことなく周囲を和ませてくれるありがたい奴だ。
「だな、っても夏休み中暇人してるのももったいない」
「海いくだろうし、飲みにもいくだろうから完璧なニートだときついだろうな。地元で働ける場所ないか?」
こんなふうに状況をまとめ、それとなくアドバイスをくれるフォローの天才。
だが、いかんせん。あいにく俺の地元は、平成不況に耐えきれずシャッター街と化し、わずかに生き残った地元密着型スーパーは、最近できた大型ショッピングセンターに客を取られ業績悪化が著しい。つまるところ地元じゃ人件費に投資するほどの企業体力が無いのだ。
「田舎にゃ田舎の義理と人情と裏切りがあって、近所のオバチャンの値切りが怖いんだよ。あと純粋に地元で働きたくない」
「それが本音だな」
呆れたふうにタバコを口に運ぶ拓也。
「そういや弘矩、今日は仕事?」
右側の日向に立つ長身な人影に声を出すと、
「あ?いや、今、客から連絡あって来れないらしいから休むわ。つうか、来月まで客取れそうにもないなぁ」
こいつは、神栖 弘矩。
振り返った顔は、不良特有のオーラを纏っているが、人好きのする表情。ついでにモデル顔負けの体型と人心掌握に長けた話術を武器にこの夏、国分町の風俗業界で今一番勢いのあるホストでもある。
弘矩も拓也と同じく俺の一歳年上。
俺たちのブレイン的存在かつ、ムードメーカーその2だ。
その弘矩も夏休みロケットダッシュで売り上げを出そうとしたらしいがお客様の財布事情が芳しくないらしく不発弾頭と化したようだ。
「つまり三人とも夏休み序盤の予定がぽっかり空いてしまった、と」
簡潔に拓也が呟いた。
「どーする?九月入ったらゼミの合宿だ」
「どーするもなにも……、あ!」
「どした?期末レポート出し忘れたか。そうか、残念、ザマア見ろ」
なんか弘矩が酷いこと言っているが、この俺がそんなヘマするかよ。今回のレポートも完璧に仕上がっているさ。文末や細かい部分以外全てコピペだが。
「いや、そんな失敗はありえない。ネット上の論文三つからコピらせてもらったからセンセも見抜けないだろうよ。いや、それよりもさ、三人仲良く暇人決定したわけだよな」
「なんだよ、前置きいいから結論教えろ」
「そうそう、三人が暇人になったら何かフラグが立つわけ?二次元の扉が開くとか?」
……拓也をオタク文化に引き入れたのは、確かに俺だが、ここまで中毒化するとは思いもよらなかった。
いや、わざと道化を演じてる可能性の方がずいぶん高いだろう。根は真面目な奴だ。だからこそ拓也は、いろんな奴から相談を受ける事が多いらしい。
まぁ、雁首揃えて興味津々、というふうに返してくれて助かった。スルーされたらどうしようと内心ハラハラだったんだ。
「実はさ、昨日隣に住むばあちゃんから手を貸してほしいって頼まれてさ。その内容っつうのが籠鳥山にある洋館のハウスキーパーなんだよ」
この時点で察しのいい弘矩は、だいたい分かったようにため息を吐いた。
「バイトか?さっきはヤル気ねぇ、って言ってなかったか?」
「いや、頭数揃えろって言われて面倒臭いからスルーしようと思ってたんだけど、君ら、ヒマでしょ?」
そう言うと二人して『そういや予定があったよなぁ』なんてありもしない予定を思い出そうとしている。
「あ、ヤル気無い?」
「当たり前だ。なんで籠鳥山なんて辺境に行かなきゃいけないんだよ」
ごもっとも。籠鳥山というのは、仙台市の辺境として有名だ。なんせ山に行くためにはちょっとした峡谷を一つ、河を三つほど超えた先にある樹海の真ん中辺りにある山なのだ。
一応携帯の圏内らしいが近場にコンビニが無い、面白そうなイベントも無い、海と違い水着の女の子なんて幻想も無い陸の孤島になんて20代の男連中が好きこのんで足を踏み入れる場所じゃない。
だが、俺には足を踏み入れる理由があった。
もっとも、頭数が揃わなきゃ狸の皮算用になるのは目に見えていたんだが、タイミングが良かった。
「そうか、残念。日給8000円で期間は10日程なんだがな」
「今すぐやろう!!そうしよう!!」
押し倒す勢いで肩を掴んできた弘矩。まったく、現金な奴。
上手い事言ったなぁ、なんて思っていたら拓也も、
「美味しい話だな。乗っかるよ」
と、めでたく俺達は、現金欲しさに目が眩み樹海の中にひっそりとたたずむ不気味な洋館に10日間の執事として働くことが決定した。
「おい、そんなバイトがあるなら早く紹介しろっての、真人!」
上機嫌に肩を弘矩が揉みはじめた。
拓也は、何を持って行こうかと物思いにふけっている。
くすぐったいと弘矩から逃げ始めようとしたら駐車場の端から顔を覗かせた黒猫と目が合った。
俺は、神栖 真人。
弘矩と同じ名字だが、親戚でもなんでもない、同じ名字と言うことでツルんでいるわけだ。
仲間内じゃ大人しい常識人でツッコミ担当だ。
寝ぼけ面と半開き眼のせいでいつも眠たそうな印象を与えてしまいがちだ。
テレパシーでも受け取ったのか、黒猫は一目散に駐車場を横断し、視界から消え去った。
生暖かい風も吹き始め、楽しいだろう洋館のアルバイトなのだろうが、俺にはどうにも嫌な予感というものを感じずにはいられなかった。